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【1】

新連載です。

ふわっとした設定でゆるっと更新していきます。

よろしくお願いします。










 ファルギエール共和国国立レオミュール魔法研究所。この研究所の職員であるロジェ・シャルロワは何かを探すように周囲を見渡ながら、研究所近くの公園を歩いていた。やがて、目当てのものを見つける。


「姉さん」


 上から覗き込むようにすると、芝生の上に寝転んだまま本を読んでいた目当ての人物は、読んでいた本を少しずらして顔を出した。ロジェを認めると目を細める。

「どうかしたの、ロジェ」

 ロジェは芝生に寝転がる姉を見下ろして言った。

「所長が呼んでる」

「……そう」


 爽やかな風が、姉弟の間を通り抜けた。
















 レオミュール魔法研究所は国立であるが、創設者は救国の英雄にして最後の大貴族、シャルロット・エメ・ラ・デュシェス・フィリドール女公爵ド・フィリドールである。彼女がこの地に研究所を開いた時、この場所は王領であった。今は民主主義の共和国であるファルギエールだが、つい三十五年ほど前までは王制だったのである。


 当初は王立であった研究所も、共和制への移行とともに国立へと変わった。しかし、創設者に置いてはシャルロット・エメ・フィリドールの名が残る。彼女が研究所の整備を行ったからだろう。彼女は偉大な貴族で、政治家で、教育者でもあった。


 北部のレオミュールと言う街に置かれる魔法研究所は、研究所と大学で一つの街を形成している。もともと要塞都市だったものを整備し直したため、塀に囲われてもいる。そう、ここは北部の国境に近かった。


 そんな魔法研究所に身を寄せているキトリ・シャルロワは所長室になっている部屋の扉をノックした。もともと城塞であったので、作りは堅固だが内装は割と華やかだ。

 中から返事があったので、キトリは扉を開けて中に入る。

「失礼します」

「ああ、キトリ。ちょっとそこに座れ」

 所長ブレーズ・フィリドールは奥の執務机から立ち上がると、キトリに進めた応接用ソファに自らも座った。キトリもその向かい側に座る。


 ブレーズ・フィリドール所長は褐色の髪に白いものが混じり始めている初老の男性だ。緑の瞳は優しげな雰囲気を醸し出しており、ファミリーネームからわかるとおり、この魔法研究所の創設者シャルロット・エメ・フィリドールの子孫にあたる。子孫と言うか、孫だ。


 研究所の所長として遺憾なくその才能を発揮する彼は、はっきり言って苦労性だ。彼の苦悩の一つに、キトリが含まれていることは棚に上げている。

「実はな。近く、首都の中等学校が社会見学に来ることになってな」

「はあ」

 たまにある話ではある。今は機関車なども通っているので、国のほぼ中央にある首都から国境付近のレオミュールまで、一日あれば行ける。

「で、お前に案内係をしてもらえないかなと」

「はあ……」

 気のない相槌を打ちながら、キトリはことりと首をかしげる。

「つまり、たまには働けってことですね」

「わかってるなら、やってくれ……」

 疲れたような口調でブレーズは言った。キトリはひとまずうなずいた。

「それくらいなら、構いませんけど」

「よし。頼むから、ボーっとして変なところに生徒たちを入れないでくれ」

「……気を付けては、みます」


 信用のないキトリだった。だが、正規職員ではないのに置いてもらっている以上、何かはしなければならないとは思う。

「詳細はあとで伝える。見学プランはお前が考えろ」

「ええ~」

「ええ~、じゃない。得意だろう、そう言うの」

「仕方ないのでやってただけです」


 キトリはそう言いながらも、頭の中ではどこを見て回ればいいか、算段を立てていた。形ばかり「失礼しました」とブレーズに声をかけ、扉に手をかけようとしたが、何故かすかっと空振りした。

「っと」

 あるはずのものに手がかからず、よろめいたキトリを誰かが支えた。背後からブレーズが「だから、考え事をしながら歩くな」と呆れ口調で言っていた。

「ああ、ごめん、アレク。ありがとう」

 キトリは自分を支えてくれた人物に謝罪と礼を言った。支えてくれた青年は「いや」とキトリの体勢を立て直し、立たせてくれた。


 アレクシ・リエーヴルはアッシュブロンドに淡い紫の瞳をした美人だ。美男子ではなく、美人と言う方が何となくしっくりくる。すっきりとした嫌みのない美貌だ。ちょっとうらやましい。

 若くして応用魔法研究室長を任されている彼と別れ、所長室を出たキトリは自分の研究室に向かった。雑然と整理されたその研究室は、通常の研究室とは違って彼女一人が利用していた。この魔法研究所に置いて、本来、彼女は部外者なのだ。出向扱いとはいえ、一つの研究所を与えられているのは贅沢なのだろう。


 しかし、もともと魔法大学に在学し、魔法研究所にも所属していたことのあるキトリにとっては、これが本来の姿なのかもしれない、とも思わないでもない。


 そんな彼女の元に、見学に来る人数と生徒たちの名簿と引率者、そして日程表が届いた。やはり一泊二日、レオミュール内のホテルに泊まり、二日目の午前中に見学に来るそうだ。

 人数は三十名と言うことで、一クラス分程度だ。ざっと名簿を確認して、その背後関係を見ようとしてしまうのが職業病だろうか。


 十四・五歳の少年少女が見て楽しくわかりやすく、かつ三十名が見ることのできる場所。会議室も一つ、押さえておく必要がありそうだ。

「姉さん、いる?」

「ああ、ロジェ? 入ってきていいわよ」

「っていうか、扉開いてるんだけど……」

「あら」

 扉に背を向けて座っていたキトリは、弟に言われて自分が研究室の扉をあけっぱなしにしていたことに気が付いた。

「さすがに、不用心が過ぎると思うけど。姉さんのところ、機密文書も多いでしょ」

「いや、そんなにないわよ」

 ちゃんと扉を閉めて、向かい側に座った弟に、キトリはおっとりと微笑む。そして、ロジェはどこか浮世離れして見える姉が心配になるのだった。


「姉さん、所長の用、なんだったの」


 ロジェは頭のいい青年だ。キトリが言えない、と答えればそれはそれで納得するだろうが、取り立て隠す事でもないので答えた。

「一週間後に首都の中等学校の生徒が見学に来ることになってね。その案内をすることになったのよ」

「へえ。たまには仕事しろってことじゃないの」

 眼鏡を押し上げてブレーズと全く同じことを言うロジェに、キトリは怒りもせず「そうねぇ」と穏やかに言う。別に彼女も仕事をしていないわけではないのだが、彼女が何をするにもおっとりしていて余裕があるように見えるのだろう。まあ、確かに以前よりは余裕が出てきたが。

「何を見たら楽しいかしらねぇ」

「社会見学って勉強の一環だから、学べるところがいいんじゃないの」

 一般的な認識の答えを返してきたロジェに、キトリは何とか瞬きして言った。

「まじめね、ロジェは」

「姉さんがのんびりしすぎなんだよ。コーヒー飲む?」

「飲む」

 弟は立ち上がって勝手に姉の研究室でコーヒーを入れ始めた。いつ置いたのかわからないが、ちゃっかり自分の分のマグカップも用意しているロジェなのである。


 キトリとロジェは、四つ年の離れた姉弟だ。キトリは今年二十六歳、ロジェは二十二歳になる。あまり似ていない姉弟で、二人とも黒髪だがキトリはヘイゼルの優しげな目元をしており、ロジェは性格通り、まじめそうな琥珀色の瞳をしている。性格もおっとり鷹揚とした姉と、生真面目な弟、という構図だ。

「はい」

「ありがとう」

 キトリはロジェが差し出してきたマグカップを受け取る。ロジェも自分のマグカップを持って先ほど座っていた場所に戻った。


 ついでに言うなら、弟は明言できる美男子であるのに対し、キトリはどちらかと言うと整っている方、というあいまいな言い方しかできない顔立ちだ。別に自分の顔は嫌いではないが、弟の半分くらい美人だったら人生変わってたかなあ、と思うこともある。

「……姉さん、見学案作るの、手伝おうか」

「あら、どうして?」

 突然の弟の提案にうろたえもせずにキトリは首をかしげる。ロジェは、「何か考え込む顔してたから」と答えた。キトリはおっとりと笑う。

「大丈夫よ。あなた、忙しいでしょ。それくらい、私一人でもできます」

「それはわかってるんだけど」

 心配性の弟なのだ。彼は、みんなにシスコンだと言われているのを知っているのだろうか。知っているのだろうな。

「あなたは自分の研究をしていなさい。たぶん、あなたのところはちらっと見るだけになりそうね」

「だろうね……」

 ロジェが所属する研究室は、魔法構築解析室だった。見て派手でわかりやすいものではなかった。













ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


何となくゆるーいのを書きたくなったのですが、これもそんなにゆるくないですね……。


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