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クリスマス・イブ

2014/1/23登録作品

 なんでこんな中途半端な時間に終わるのだろう。

 恨めしい気持ちで、私は着替えていた。いつもの服に、いつものスカート。変りばえのしない自分の姿が、ロッカーの鏡に映っている。

 同僚たちは特別な日にふさわしい洋服に着替え、念入りに化粧直しを始めている。どの顔も期待に胸を膨らませ、時計を気にしていた。その時間を気にする必要もないくらい早い時間か、遅い時間なら少しはマシだったのに、と思った。

「おつかれさま。」

 私は身支度を整えると逃げるように会社を出た。

 こんな日は残業したかった。人通りが少なくなった寂しい道を足早に帰れば、こんな寂しい想いは抱かずに済んだのに、と思う。

 とても寒い平日の夜だというのに、外はカップルが多かった。私の勤めている会社があるオフィス街は賑やかな繁華街へと続く大通りに面していて、冬は街路樹に電飾がほどこしてある。かなり長い距離のライトアップだから、デートスポットとして人気があるのだ。

 このライトアップの電気代は誰が払っているのだろう。こういうのが、温暖化に拍車をかけるのではないだろうか。そんな馬鹿なことを考えながら駅へ向かう。

 どこからかクリスマスソングが流れている。サンタ姿のバイト店員がケーキ屋の呼び込みをしていた。

 駅に向かう道を歩く人は二種類だ。待っている人がいるか、いないかだ。同じ家路を急ぐのでも、ケーキを片手に慌てて帰るお父さん達と、私とは全然違う。前者が帰るのは暖かな家族がいる場所で、私が帰るのは誰もいない寒々とした部屋だ。

 ひときわ派手な電飾を施された駅前の噴水の前には、人待ち顔の男女が群がっていた。

 イライラしている顔、心配そうな顔、ワクワクしている顔……。着飾ったそれらの人々の間を抜け、私は改札をくぐった。


「松山、だよな?」

 ドアの側で見慣れた街のネオンが通り過ぎるのを見るとはなしに見ていた私は、どこか聞き覚えのある声に振り返った。

 サラリーマン風のスーツとコート。髪は短めでナチュラルな感じだ。記憶より落ち着いた感じだが、精悍な顔立ち……。

「川村?」

 私はびっくりして大声をあげそうになり、あわてて口をおさえた。立っている人がまばらな列車の車内では、それでも十分に目立ってしまい、思わず顔が赤くなった。

「やっぱりそうか。久しぶりだなあ」  

ほっとしたように川村は微笑んだ。昔と変わらない印象的な瞳で私を見た。

「高校卒業以来だから、もう十年ぶりだよね」

 私と川村は高校のときのクラスメイトだ。親友だった、と言ってもいい。私たちは同じ写真部に所属していた。

 彼は東京の大学へ進学し、私は地元の短大に進んでしまったから、その後親交はなくなった。あの時、東京の住所をどうしても聞けなかった甘酸っぱい想い出が胸によぎる。

「松山、全然変わらないな。すぐわかったよ」

 屈託のない、変わらない微笑。時が一瞬で巻き戻る感覚。 

「女性に久しぶりに会ったら、『綺麗になったから、わからなかった』って嘘でも言うのが礼儀だと思うよ」

 少し不満げに私は口を尖らせた。

「だって、わからなかったら声かけるハズないじゃん」

 川村はそう言って面白そうに笑った。あまりにもその通りなので思わず納得してしまうが、やっぱり少しだけ寂しかった。

「いつからこっちに戻ってきてたの? 東京で就職したって噂だったけど」

「今年の夏ぐらいかな。転勤でね」

 言いながら、川村は探るような目で私を見た。

「松山、実家、この路線じゃ無かったよな?」

 どう見ても帰宅以外に目的のなさそうな服装の私を興味深げに眺める。

「私、自立したの。会社S駅の近くだから、実家からだと遠いし、うち、兄貴が結婚して親と同居してんの。小姑までいたらお義姉さん、気の毒だし」

 その言葉に川村は納得したような顔を見せた。

「今はK駅のそばに住んでるの」

 S駅からK駅までおよそ十五分。そんなに混む路線でもないから通勤は快適だ。

「川村はどこで降りるの?」

 どこに住んでいるの?と、本当は聞きたかったが、やめた。ひょっとしたらこの電車に乗っているのは今日だけなのかもしれない。

 いかにもサラリーマン風の服装からは、何も読み取ることは出来ないけれど、彼は昔からすごくモテた。女の子のひとりやふたり、待たせていて不思議はない。

「J駅。いつもは車なんだけどさ、今日は電車で出張だったから」

 私の降りる駅の次の駅だ。口ぶりから見て、その辺に住んでいるのは間違いなさそうだな、と思った。

「出張って、ずいぶん荷物少ないけど、日帰りなの?」

 我ながら実にどうでもいい質問だと思った。川村に淡い想いを抱いていたのは十年も前の話だ。それもとっくに整理のついた想い出だ。

 何を恐がって言葉を選んでいるのか、自分でも不思議だった。

「うん。まあ、いわゆる年末のご挨拶みたいなものだし。松山、仕事は?」

「銀行員。お堅いでしょ」

 川村はへえ、と言った。

「写真のモデルをやったって、聞いたよ」

「やあね、それは学生のときのアルバイトの話よ。しかも、私はみゆきのおまけで呼ばれたようなものだもん。」

 写真部の先輩のコネで、一度だけ写真コンテストのモデルをやったことがあるが、思い出しただけで、赤面したくなる。写真は撮られるより、撮るほうがやっぱり好きだ。

「ふうん。そうなんだ。上野や白井とは今でも連絡取っているの?」

 さりげなく本題に入ったな、と思った。上野みゆきと白井梓は私の親友だ。ふたりとも校内屈指の美少女だった。三人で歩いていると時折、自分がふたりの引き立て役なのでは、って思ったこともある。それでも、私は彼女たちが大好きだった。

「ふたりとも元気だよ。梓は結婚して子供が去年生まれたの」

 私は携帯を取り出して、彼女と子供の写真を見せた。

「みゆきは最近、お互い仕事が忙しくて会ってないけど、メールはよく来るよ。一応、まだフリーみたい」

 私は川村の顔を覗き込んだ。はっきり聞いたわけではないが、川村はみゆきに気があったように思えた。彼が私に親切だったのは、私が彼女の親友だったからじゃないかとも思うのだ。

 動揺するかな、と思ったが、にこやかなその表情からは何も読み取れなかった。確かに、昔はどうでも、十年も前の話だ。

「沢田も伊藤もまだ結婚してないよ」

 写真部で同じだった同級生の男子のことだ。

「川村は?」

 会話の流れに乗って自然な口調で聞いてみる。

「残念ながら、まだ独身」

 あまり残念そうでもない。二十代後半で結婚に焦りを感じるのは女性だけの感覚なのかもしれない。それに、独身なのと、フリーなのは違うコトくらい私は知っている。

 私は車窓にふと目を移した。

 闇の中で見慣れた街灯が流れていく。下車する駅はもう間もなくだ。

「久しぶりにみんなで会いたいね」

 言いながら、私は窓に映る自分の姿を見た。いつもと変わらない私。十年前と変わらない、と彼は言った。こんな偶然があるのなら、もっとおしゃれをしておけばよかったと思う。相手が声をかけそびれるくらい、別人のように綺麗な大人の女として出会いたかった。

 今日の私は、あまりにも普段着だ。

 出会った相手は、昔と同じか、それ以上に二枚目だというのに…。

「そろそろ、着くね」

 車内放送が次の停車駅をコールした。ゆっくりとプラットホームに電車が入っていく。

「ね、時間があったら、駅前のファーストフードでお茶でもしない? せっかくだから」

 清水の舞台から飛び降りる思いで、誘ってみる。

 電車がゆっくりと停車した。

 彼は苦笑したようだ。

「野暮だなあ。今日、クリスマス・イヴだよ」

 やっぱりね、そう思った。待っている人がいるのなら、もっとはっきり言えばいいのに、と恨めしく思いながら、がっかりしたことを悟られないように笑顔を作った。

「ごめん、そうだね。じゃあ、またね」

 逃げるように開いた扉から飛び出す。ホームに下りてから、アドレスすら交換しなかったことを思い出し、首を振った。縁がなかったのだ。結局のところ。

 それでも、さすがにろくに挨拶もしてないのはマズイかなと思い、電車を振り返ったが、いるはずの場所に彼はいなかった。

「それで、どこでお茶するの?」

 横から声がして、振り向くと面白そうに彼が笑っていた。

「用事があったんじゃないの?」

 意味が分からない私に、彼は微笑んだ。

「別に。ないよ」

「だって…」

 言いかける私を目で制しながら彼は応えた。

「クリスマス・イブにファーストフードでお茶、って野暮じゃん」

「そうかな…」

「せめて、一杯飲まない? くらい言えよ」

 冗談とも本気ともつかない優しい瞳で覗き込まれて、心臓の鼓動が早くなる。音が聞こえたらどうしよう、と思う。

「やーよ。そんなトコ、今日はカップルしかいないもん」

 おそらく紅くなっている顔を見られないように、わざと早足で前を歩く。

「……そうだね」

 私の背中で彼が頷いた。表情は見えないけれど、笑ったようだった。

 何かが始まるかどうかは、まだわからないけれど。

 今日の出会いは、クリスマスのくれた奇跡かもしれない。そう思いながら私たちは改札を出た。

 野暮な場所で、お茶をするために……。


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