一話
初めて目にしたものは大人たちの笑顔でも綺麗な風景でもなく、朽ち果てた町の光景。生き物の気配はゼロ。僕はどうしてこんなところに生れ落ちてしまったんだろう。
僕はいわゆる魔王様だ。自分で様とかつけちゃったら駄目? 偉そうな感じがする? 実際偉いんだって、だって魔物の頂点だよ。王様だもん偉いんだよ僕。本来は。
僕は生まれたばかりだけど歴代の魔王たちの知識がなぜかあるから、ここはどういう場所で何があったのか知っている。知っている? 思い出している? 靄がかかったあやふやな記憶がゆっくり蘇ってるって感じかかな。歴代の記憶すべてがあったらパンクしちゃうからこのくらいの適当さがちょうどいいんだ。
前魔王は人類最強の勇者に殺された。その勇者がもう人間じゃないくらい強くて。いや勇者は歴代こぞって人間離れした強さを誇ってるんだけど、今までの勇者とは比べ物にならないくらい強くて魔物全滅。魔王領土は草一本残さず潰滅。
魔王領土だっていろんな資源が取れたし、緑も豊富にあった。
毒にも薬にもならないような民も沢山住んでたのにあの勇者は無慈悲だった。あの勇者のほうが魔物より魔物らしく、魔王にふさわしいと思う。
あんなのが魔王だったらこの世界はきっと一瞬で魔王に侵略されただろう。
「これからどうしようかな。」
僕は過去に思いを馳せつつ、これからどうするか考え始めた。
この土地を開拓しまた住めるようにしても良いんだけど、そしたら勇者が襲ってくるかもしれない。できることならあの勇者にはもう二度と会いたくない。
普通の人間であれば死んでるはずだけどあの化け物みたいな勇者のことだ。不老不死であっても不思議じゃない。
仲間もいない。住む場所もない。金もない。詰んだよね生まれてすぐに人生詰んだ感じ。
あー もっとましな時代に生まれたかったよ。せめてさぁ、一人くらいは生きてて僕の誕生を祝福するなり歓迎してくれる環境がよかった。僕が普通の子どもだったら数日のうちに死んでるよ。
「はぁー。」
なんとなく、深い意味もなく魔法で崩れた瓦礫を元の姿に戻してみた。
赤いレンガの倉庫のような建物だ。
「なんだろう?」
記憶をたどってみても何もヒットしない。魔王領土も広いわけだし以前の魔王たちもすべてを把握していたわけじゃないから記憶にない建物があっても何らおかしくはないんだけど、いやな予感がヒシヒシとするんだよ。
僕余計なことをした?
あー 生まれてすぐに死亡フラグ?
生物の気配がする。
あの赤いレンガの建物の中から。
まさか、僕の魔法建物だけじゃなくて要らないものまで復活させちゃった? 僕の魔法を持っても死んだ者を生き返らせることはできない。
あの瓦礫の下で瀕死状態の何かがいた? そうとしか考えられないけど。魔物だと思うんだけどなんだろうこの嫌な感じ。
「ちっ、誰だ俺の眠りを邪魔したクソは。俺を起こしたんだ、責任を取れよ。」
ああ、幻聴が。
魔王である僕よりよっぽど偉そうな口調の幻聴が聞こえる。
なんか乱暴な足取りで近づいてきてるような気配がする。
だめだ、振り返ってはいけない。振り返ったら取り返しがつかないことになる。
逃げよう。
なんか嫌な予感がするし。
「おい、まて!!」
ガシッと肩をつかまれた僕は振り返らず魔法で転移した。
叫んでるような怒鳴ってるような声が聞こえた気もするけど、そんなの関係ない。自分の身の安全第一だ。
転移した先は魔王領土と人間領土の狭間だった場所。今はもう人間領土になってるんだろうけど人の手が入った気配はなく以前のままだ。
この森は珍しい薬草や鉱物が取れる場所で、お互いに欲しい領土だけど話し合いは平行線で結局グレーゾーン。そのため野生の動物や魔王領土になじめない魔物や人間領土になじめない人間が共存? 弱肉強食的な生活を送っていた。
この場所での魔物と人間のトラブルは見ないことになっている。
だから禁止されている魔物狩を楽しむ人間。人間狩りを楽しむ魔物がたびたび足を運んでいたというが、この場所も生き物の気配がない。
僕にビビッて隠れてる?
魔法を使って生物探知するも生物の気配はやはりない。
もしかして人類全滅?
生きてるのは僕とさっきのやつだけ?
あんな怖そうなやつとアダムとイブ的展開とか俺死んじゃう。
「人間の町に行けばきっと生きてるやつ居るよね、魔物は勇者によって全滅させられたけど人間を全滅させるような魔物は居ないし、勇者が勝利を収めたわけだし。」
うん、大丈夫。
あえて声に出して自分に言い聞かせた。
そうしないと不安に押しつぶされそうだったから。
そもそも魔物は人間が好きだ。
好き過ぎて猟奇的になったり、力の差ゆえにじゃれ付いたつもりが致命傷負わせたりと問題はあったけどさ。前魔王たちだって人間と共存していくために何百回と会議をして魔物にとって不利な条件だって飲んできた。
それなのに強欲な人間たちは勇者なんて化け物を作り上げ僕たちを攻撃してきた。
魔物よりよっぽど人間の方が怖くて性質が悪い。
そんな裏切りを何度受けても、人間を嫌いきれない僕ら魔王。
何度殺されても新たな誕生し人間と協定組む。今度こそはとかなわぬ願いを胸に。
「気配だ!!」
人間の町には少しだけど生物の気配があった。
僕はそれがうれしくて、テンションがあがった。よかった、人類はまだ全滅してなかった。
人間の町にすぐにでも飛んで行きたいところだけど、魔物が突然現れたらびっくりするだろうから、僕は人間に化けることした。
化けるって言っても人型をとって髪の色と瞳の色を黒くするだけ。僕の本来の色は銀色だけど人間に銀色ってあんまり居ないから魔物って疑われる可能性がある。
ウキウキしながら人間の町に降り立つと、そこはまるでゴーストタウンのようだった。
「なんで?」
僕が生まれる間に何があったのか。
とりあえず生物の気配がするほうに歩いていくと小さな家にたどり着いた。
木製の頼りない扉を軽くノックすると中で人が動いた気配がする。
しばらく待ってみたが出てくる気配がないので、もう一度先ほどよりは強めにノックした。
「あのー 誰か居ませんか?」
誰か居ることはわかってるけど。
出て来いなんて声を荒らげて脅かすつもりも、不法侵入する気もない。
ゆっくりと少しだけ扉が開いた。
「だ、だ、だ、だれ?」
「僕さっきこの町に着いたばかりで、そのなんでこの町がこんな事になってるのか教えて欲しいんだけど。」
素直に目的を告げると扉が開かれた。扉の向こうにいたのは耳がとがった色白美人だ。うん、エルフだよねその耳。人間にいないよね紫色の髪に金色瞳の色白美人って。
「あなたは……魔族ですか?」
コテンと首をかしげて聞いてくる姿とかめっちゃかわいいけど、この子頭弱いんだろうな。僕がいくら変装してるからって魔王のだってわからないとか魔族としてアウトだと思う。普通は新魔王になったとしても会えば気配でわかるはずなんだけど。僕の魔王としての力が弱いすぎってこと? いやまさかね。
「そうだよ、中に入れてもらえないかな?」
「ええ、どうぞ。」
エルフは快く僕を招きいれてくれた。