草食の蛇
その蛇は体長が1m30cmぐらいのごく普通にみられるものだった。身体の色は茶褐色と灰色の小石を雑に混ぜ合わせた模様で、金色の中の黒い眼であたりを見据えている。赤い舌先をちょろちょろと出して、獲物を狙っているようでもある。ただ一つ、他の蛇と違っているのは、草食であることだ。
最初は好奇心からだった。畑に実る赤い果実。あれをついばんだら、さぞや美味しかろうと想像していた。人気がいなくなった夜に、トマト畑に近寄り、上顎と下顎をめいっぱい開けて、張り詰めた身に牙を立てた。やや青臭く、ほのかに甘い果汁が、顔面にかかり怯んだが、喉は潤った。ネズミやバッタを食した時とは、まったく違った食感で、彼の好奇心は満たされた。
それからというもの。畑にある農作物をひたすら試したくなった。あの緑色の長い棒状の物体は、どのような味がするのだろうか。枝に絡みついて、ひとかみすると、青臭い汁気が硬い皮の下に隠されていただけで、ただただ閉口するのみだった。
似たような植物が地を這っている、緑色のつやつやとした皮が、芳醇な甘みをたたえているようで、身のヘリに歯を立ててみたが、固い皮を上滑りするだけで、実には届かなかった。彼は思った。この丸い物や長い物にはたくさんの種類があるということ、つまり好奇心を探るのには事欠かないということになる。彼は尻尾を揺すって小躍りした。
ネズミやカエル、昆虫を食すのも忘れて、目についた植物の身にかぶりつく毎日。皺だらけの皮に囲まれたメロンと人間たちが読んでいる果実は、彼の人生(蛇生)で味合ったことのない甘美な時間を過ごさせてもらった。また、太陽が高くなる季節に、地べたにたくさんの濃い緑色の縞模様の瓜を見かけた時、甘い方向に誘われ、かたい皮を何十分もかけて少しずつかみ砕き、やっとの思いで赤くてずぶと崩れてしまう果肉にたどり着いたときは、思う存分、濃厚な汁を堪能した。
実りの秋には、様々な植物の実を堪能した。栗に出合った時は困惑した。棘だらけの皮が食事の邪魔をするのだ。時期が来て、皮がはじけて実が地べたに落ちた時、それを食すことができた。固い皮に包まれた実は、メロンや縞模様の瓜とは違った趣の、乾いた甘みが口中に広がり、しばらく栗を探してはむさぼる日々が続いた。
クルミには難儀した。緑色の皮の下に、固い種のような大きな塊があり、それが本体だとは知らなかったので、しばらくは皮の方に牙を立てていた。偶然、種の方が割れて、人間の脳髄のような実が顔を出していた。それに恐る恐るついばんでみたが、クルミ特有の苦みしか感ぜられず。すぐに吐き出した。
山ぶどうは酸味の中に甘さを含んでいて、ちょうどいいアクセントとなり、房ごと飲み込んでいた。実の一つ一つが一気に、口腔内でつぶれて、やわらかくてぶよぶよとした実が果汁とともにあふれ出てきた。残った種と皮は、まとめて吐き出した。
柿は、青い実に手を出して、渋いものだと思った。やがて実が赤く色づいてきたが、渋みに凹まされた彼には、中々手が出せなかった。ライバルのカラスが、赤い実を突いているのを目の当たりにして、食べるのには時期があるのだと学習した。赤く売れた柿は、確かな甘さをたたえて、彼ののどを潤すのであった。ただ、大きな種には閉口した。種は消化されず彼の腹をせき止めるのだ。便秘の種になり、手足のない彼を狂わすのであった。
やがて冬が来て、栄養の取れなかった彼は冬眠中に衰弱死した。一匹のチャレンジャーは人知れず存在を消していった。