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短編集

「いまどき」SNS探偵

作者: 大恵


「最終調査報告は以上です」

 東京のオフィス街。合間に立つかのような細い雑居ビルの三階。そこで、あるいまどきな調査会社の所長が、顧客の男性へ書類を手渡した。


「そうですか――。やはり妻は、あのことを悩んでいたんですね」

「そのようです」

「一度は愚痴を言っていましたが、その後わたしへは言ったことなどなかったのに――。SNSではこんなに……」

 後悔する顔を覆い、男性はうつむく。所長は黙って顧客の頭頂部を眺めた。

 

 この調査会社の仕事は、インターネット内のSNSの個人を調査し、発言内容の傾向から投稿者の心理状態を調べあげる。

 時には浪費や浮気の兆候、自殺のきっかけを探り当て、SNS投稿者の親族などの依頼者へ報告し、未然に防ぐなどの功績を上げていた。


 ただ今回は少しだけ違った。

 依頼者の妻はすでに死亡している。

 

 男性は「なぜ妻が自殺したか」を調べたかった。この男性は仕事中毒で、妻の交友関係すら把握していない。そのため、妻の友人関係や近所に話を聞こうとしても、その手段もなく途方に暮れていた。

 こうして男性は、藁にもすがる思いで調査会社に依頼をした。所長は故人SNS消去サービスを受けるまえの妻のSNSにアクセスし、遡って投稿を細かく調べ上げた。


 その中から、自殺につながる内容の書き込みをまとめ上げ、依頼者の納得する形にまとめ上げて報告した。

 この調査から弾きだされた自殺理由は真実ではないかもしれないが、説得力ある内容はこの夫の中では事実となるだろう。


「もっと早くここのことを知っていれば、妻の自殺を止められたかもしれません」

「ええ、残念ですね」

 形ばかりの同意。同情していたらきりがない商売だ。


「でも気持ちが少し落ち着きました。妻はわたしに隠しておきたかったのでしょうが――」

 夫はそこまで言って言葉を呑みこんだ。所長も問わない。依頼者は納得しながら、いくつかの罪悪感を抱えて去っていった。

 なにげない呟きや写真投稿から、人の秘密をあばくこの会社から――。


   *   *   *


「所長ぉ~。なんで、こんな仕事、思いついたんスか?」

 ある日、調査会社に雇われてやっと一か月の新人が、心底不思議そうな顔で所長に尋ねた。

 コーヒーを飲もうとしてた所長は、いったんカップを置いて答える。

 

「たしかに普通ならば、こんなヒドイ仕事は思いつきそうにないな」

 要約するとこの会社の事業内容は、他人のSNSをのぞき見してデータをまとめる。そのデータから投稿者の社会状況や心理状況を推察する会社だ。

 やり方もまとめて出てくる情報も怪しい。違法ではないが、道義的に受け入れられない人も多い仕事だ。

 これを機に新人へ説明しておくか、と所長は椅子に深く座り直した。


「あれは私が無職のころだった」

無職ニートだったんスか?」

「そこに引っかかるな。で、なんかのTV番組で、セレブのゴシップ話が出てたんだよ。そこで芸能人が写真投稿サイトの『インノカ』に、上げられたアメリカセレブの写真について語ったのを見たのがきっかけだ」

「テレビっスかぁ。どういう話だったスか?」

「あるセレブが自然ないくつもの表情を、何枚も写真に撮ってを連続投稿した。どう思う?」

「何枚も写真撮りたかったんじゃないんスか? あとどれもいい写真なんで、全部上げたかったとか?」

「私も最初はそう思った」

 新人から模範解答のような間違った答えが聞けて、所長は満足げに微笑み頷く。


「だが、違うんだとさ。今なら私も理解できるが、当時は分からなかったよ。セレブってのはありきたりな写真をアップしても、それを何度も連続で投稿するなんてない」

「そういうもんすか」

「そういうもんだ。で、その投稿写真は、連続投稿されてた。背景も変わってないし、髪型も化粧も服も変えてない。インノカに写真上げるセレブはみな、フォロワーの憧れの対象として振る舞わう。変化のない似たような写真をアップする意味がない。あこがれの対象として、それは悪手だ」

 飲み忘れていたコーヒーに一度口をつけ、一息ついて話を続ける。


「で、そのゴシップ好きな芸能人を気が付いたんだと」

「なんて?」

「男ができたって」

「あー、そういうもんなんすか?」

 そういうのもあるだろうと、新人は腕をこまねき何度もうなずく。


「表情だけ変わるってのは、『ワタシはアナタにまだみせてないこんな顔もできる』ってところを男にみてほしいから、だと。一億のフォロワーなんて関係ない、みたけりゃみろ。だけど、これはたった1人相手だけ、彼のための写真投稿……なんだとさ」

「一億総置いてけぼりッスね」

「そうだ。この番組を見て私は思った。投稿内容の見方を変えれば、自殺の兆候だってわかるんじゃないか? 浮気もわかるだろう。浮気の証拠がたまにぽろっと出てくるが、これは希だ。しかし高い探偵料を払う前に、うちの安い料金で兆候や気配がわかればみっけもんだろ。どうも金額的に――っていう人への、探偵に依頼する後押しにもなる」

 もちろん確度は低いので、信用しすぎるのも問題だ。

 たまにこの確度の低い情報で暴走する顧客もいる――。


 楽な仕事のケースでは、間違って浮気の証拠が投稿される場合もある。すぐに消されるが、依頼された対象者の投稿はソフトで常時吸い上げているので、証拠として残る。

 吸い上げソフトが個人製作なので、まだ裁判での証拠能力が低いのが問題だが。


「そういえば死ぬ死ぬ死にたいって言ってる人って、だいたい死にませんよねぇ」

「その辺は人によるな。投稿をさかのぼってみて、ひとなりを知るのも大切だ」

 実社会の状況変化で、その死ぬ死ぬが本当になる場合もある。死ぬ死ぬ言うのが悪化するだけで、死なない人もいる。この辺になってくると、データベースと心理学と勘が必要になってくる。

 だが、とにかく必要なのはデータだ。


「とにかくオマエは投稿頻度と、その表にある通り、書き込みの部類をわけて時系列に並べる仕事をしろ」

「へーい」

 新人は地味な仕事に戻った。


 新人に任せられた仕事はデータ取りだ。無作為にかたっぱしからSNS利用者の投稿頻度や傾向をまとめ、調査に役立てられる。


 実際には複雑なのだが簡単に言うと、年齢が近く性別が同じで似たような話題を投稿する人物ならば、ある程度の参考になる。

 地味なデータの蓄積と把握。それが大切だ。


「あのー、所長~」

 その大切で地味で大変な仕事をしていた新人が、作業の手を止めて畏れながらとその手を上げた。


「なんだ?」

「あの~、たまたま調べてたこの高校生の子、ツブヤキとアカウントと連動した質問サイトの内容なんスけど。なんか変じゃないですか?」

「ん~。投稿頻度が……ずいぶんと不規則だな」

 新人の肩越しに、サンプル対象の投稿者データを眺めてみる。

 不規則そのものは珍しくない。リアルの生活状況や、性格など理由がある。しかし、その不規則ながらもある種の規則性が見えた。

 彼女はSNS内で相談するときだけ書き込みが多くなる。


「なんだか、やけに科学的な――というか専門的で具体的な状況下での、特殊な応用例とか質問してるな」

「宿題……ですかねぇ?」

「たまに封建主義時代の傾向と対策を質問してるぞ。なんだこれ」

「オタクっぽい人がなんか答えてますねぇ」

「……ッ! そうか! ちょっと貸せ!」

 所長は新人からノートパソコンを引き寄せ、質問内容にある単語や類推できる事柄を、ささっと検索エンジンにかけてみた。

 しばらくの調査後――。


「おっと、あったな。ほらみろ、これだ」

 所長は一つの小説サイトの作品を開いて見せた。


「ああ、小説家になったろう。っすね」

 見せられた新人も知っていたのだろう。一目で理解した。


「ここに投稿するネタを、SNSで集めてたんだろうさ。質問して、アイデアを集め、ネタをまとめ、こういう形にしてた。おそらくそうだろう」

「ああ、犯罪者が死体の処分法を、犬と言い訳して質問したりしてたってのがありましたね。それの小説ネタ用かぁ」

「君はそういう話は知ってるんだな……。とにかく、この子はここのサイトの作家だ。ほら、この作家――作家名は違うが、よく見ればプロフィールが、ツブヤキのプロフィールと類似点が多い。この作家の小説内の単語を拾い集めてみると質問内容とネタが同じだ。よく読めば、ボツにされてるのもあるだろうが、アウトプットされている内容は他の質問と同じだろう」

「ああ、なるほどー」

「疑問がとけたところで、わかったら仕事に戻れ」

 さすが所長と感心する新人の肩を叩き、気楽にやれと勤労意欲を引き出させる。


「そうそう、この仕事はいずれ探偵業の許可もいるようになるから、ちゃんと勉強しておけよ」

 2000年代に法律がかわり、社内ネットワークを監視するエンジニアにも探偵開業の許可がいるようになった。ログの表面的な調査は会社内であっても、業務であるならば探偵業とされたのだ。

 まだこの仕事は探偵業として規制されてないが、いずれなることは決まっていた。個人の趣味の範疇ならばともかく、依頼を受けて調査をまとめて顧客に手渡す業務である以上、探偵業と認定されわけだ。

 以前は各種書類を集めてまとめ、適正検査を受ければよかったが、2020年代となり規制がすすんで今では簡単な試験で合格点を取ることも必須となっていた。

 なお、所長はきちんと探偵業の許可を警察からもらっている。


「うへぇ~」

 新人は大変だぁ~と肩をすくめつつ、仕事を再開した。


 そんな作業がしばらく続き――。


「あの……」

「なんだ?」

「ちょっと見てほしいんですが、さっきのやつ……」

 唾をのみ、自らを落ち着かせてから新人はノートパソコンの画面を所長へと向けた。


「すごいリアルな化け物とか異世界風景の写真がアップされ始めたんすけど――」



おととい見た番組で思いついたので書きました。

またなろうオチ。

もっと裏アカや鍵アカの対策やマストドンネタも入れたかったのですが、短編ではなくなるのでカット。

もっと人間ドラマのアイデアが出れば連載してみたいものです。






あ、新人は女の子です。

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