9th.戦闘開始
一つ訂正です。
メイリンビュロー生の数が一人多く書き間違えているので、次回更新作の更新に合わせて修正します。
二人は息を潜めて周辺状況の変化を読み取ろうと気配を待つ。それを学園長が大空から静かに見つめる。
「さすがは宗家たる家系の血、と言うものですかね。フロンもよく見たものだ」
それぞれのビュローに分かれて、二人を捜索する。その中でまず学園長の目に留まった―――二人へ近づくのは、アルフォンスビュローだった。WOMAによるモンスター所在把握を利用しているようで、モンスターの行動が異常範囲を限定して捜索している。アルの訓練の成果か、仲間たちはそれぞれが独立して連携を取っていた。
「この先は荒野だ。モンスターの移動がない上に、モンスターも少ない。可能性は高いぞ」
リーダーを買って出たのか、一人の男子学生が立てた指を振る。するとメンバーたちが散開して、荒野のある程度の周囲を取り囲むように広がる。
「自らの情報収集と判断分析力は、この段階にしては立派ですね。さすがはアルフォンス。君の教えは伊達ではないようですね」
徐々に距離を縮めつつ、気づかれない行動に、学園長は感心したように次のポイントへ飛行しつつ、その様子を眺めている。
「棗さん」
同刻、ルークと棗もその静けさの中にある人気に気づいたようで、棗は武器を構え、ルークは魔力を集中させ、ローブを揺らす。
「魔力反応じゃありませんね、この気配」
「……アルフォンス、ビュロー、かな?」
かもしれません、とルークが棗が先手を取るか後手を取るかを考えている間も、攻撃・防御魔法がいつでも使えるように発動ギリギリで抑えている。
その時だった。ルークと棗の周囲を取り囲むように銃声が響いた。
「シールアッ」
それと同時に、ルークが棗の前に出て、自らと棗の周囲に防御系魔法を展開させる。飛襲する銃弾を警戒してのことだった。
「来ましたね」
「……うん、囲まれて、る」
だがしかし、ルークの魔法発動は完璧ではなく、二人だけを守れば良いのだが、シールアの展開領域がやけに広かった。
「ルーク、君。もう少し、魔力、抑えた、方が、良いかも」
「あっ……すみません。つい、緊張しちゃって」
棗にも言われ、周囲を取り囲むシールド展開に、ルークが苦笑した。
「あれ? 銃弾が飛んできませんね……?」
しかし、シールアに突撃してくる銃弾は一発もない。複数の銃声の残音もどこかへ消えた。
「っ!? ルーク君っ、上」
棗が微かな音を聞きつけたように、瞬間的に空を見上げる。と、同時に二人の頭上から七発の銃弾が雨のようにシールアに衝突し、シールアが揺れる。
「上からっ!?」
ルークが上空からの攻撃だと思ったのか、タクトを上に翳すが、棗はすぐに槍を前に構え、眼を閉じる。
「違う……ルーク、君。右斜め前方と、後方に、フレイヤを」
「え? は、はいっ。フレイヤッ!」
身動き一つしない棗に言われ、多少慌て気味にルークがタクトからフレイヤを発動する。焔の柱が大地を這うように燃え広がる。
「しまっ……」
「ケイルとユーリの花が燃やされたっ」
その焔の辿り着く先、森の影からアルフォンスビュローの生徒が二人姿を現す。
「ルーク君っ」
「はいっ。フレイヤッ!」
それを感じ取った棗がルークに指示し、ルークが再びその方角へフレイヤを放つ。
「リュークッ!」
「え? ……くそっ!」
「なっ! うわぁっ」
森林まで辿り着く焔の蛇のように燃えるフレイヤは、怪我することなく、花だけを焼かれた生徒の隣にいた生徒二人にも襲い掛かり、肩に身に付けていた花を掠めるように燃え、消えた。回避してもその熱に花だけは、容易く火がつき、燃え消えた。近くにいたことが災いしたようで、一気に四人がここで脱落した。
「嘘だろ……」
「まだ、何もしてないのに……」
開始早々に二つの花が炎に灰と化し、風に消え、二人の生徒が肩を落とした。
「ちっ、ルークとか言う魔術師、結構やるみたいだな。トーニッ、ブライドッ、支度は良いか?」
そこからほぼ対極側の木陰に身を潜めるリーダーの生徒がWOMAで通信する。
《任せろ。いつでも行ける》
《僕も大丈夫です》
早速戦線離脱を余儀なくされ、残るメンバーが三人となった、アルフォンスビュロー。交信でタイミングを計るように、リーダーの男が二丁の銃を構える。
「俺が囮で出る。その後にトーニの狙撃、ブライドの一撃で、終わらせるぞ」
《他のビュローに出番はなしだな》
《気をつけてください》
すると、ファイブカウントが開始され、リーダーの男の声だけが風に乗る。
「スリー……ツー……ワン……ゴーッ!」
その声と同時に男は飛び出す。ルークと棗までの距離は先ほどの二人より近い。
「上手くやってくれよ」
それを森の茂みの上、枝に身を預け照準器から状況を見ている生徒が、狙いを定める。
「……ツー、ワン、ゼロッ!」
そして男が駆け出してからワンテンポほど後、別方向からもサブマシンガンらしき銃を胸に抱いたブライドがルークたちへと向かう。ルークたちは一足先に飛び出した男へと視線が集まり、その対極から飛び出してきたブライドには気づいていない。
「棗さんっ、来ますっ」
「ルーク君、フレイヤ、をっ」
それに気づいたルークがフレイヤを放つ。
「二度も見てれば当たらないっ」
身を低くし、男は胸で交差させていた銃口を二人へ向ける。遅い繰るフレイヤの炎を素早い身のこなしでかわすと、男は駆け足のまま、トリガーを引いた。
「棗さんっ、僕に任せてください」
棗が槍を構え、迎え撃とうと足を踏み出すが、ルークがそれを止める。
「……っ!」
棗がルークを振り返ると、ルークはタクトを胸の位置で垂直に立て、魔法を詠唱した。
「エミレント・ハデラス・デュ・エレクトッ」
詠唱を終えると同時に、ルークのタクトに宿った雷が、辺りに轟音とともに稲光として駆け巡る。正面にいた棗は身を低くしエレクトをやり過ごす。
「何っ!?」
フレイヤは一本の炎。故に回避は容易だった。しかし、エレクトはほぼルークの視界範囲内を貼り巡るように閃光を走らせ、男はその眩さに目を眩ませた。
「フレイヤッ!」
それを見計らってルークがフレイヤを唱える。目をくらませ、放つ銃弾がシールアに打ち消された男の足が止まり、そこへ閃光の中から赤い炎が駆け抜けた。
「うわぁっ!」
男の肩にあった花が、フレイヤが消滅すると同時にその姿を失っていた。
「ルーク、君は、そのまま……」
だが、棗はその一部始終を見届けることなく、身を低くしたままルークの傍らを滑るように駆け抜ける。
「えっ……あ」
唐突な棗の行動にルークは不思議そうに振り返る。そしてそこで気がついた。
「っ!?」
ルークが気づく時、既に棗は槍を構え、そこへ駆けていた。ブライドはこのタイミングで見つかるとは思っていなかったようで、棗の行動に驚き、その距離が一気に縮まり、やっと目的を思い出して、胸に抱いていた銃口を棗へ向けようとする。
「く、来るなぁっ……っ!?」
先ほどの男の銃の連射能力ではない、銃の発砲音。照準を定めきらない流れ弾がシールアの外にいる棗へと飛襲するが、棗は回避することを選ばなかった。
「それくらい、なら……」
突くことを目的に構えていた槍。しかし、その時には構えを解き、駆けながら槍を目の前で回転させる。偶然なのか、タイミングを見計らっているのか、棗へと照準のあった銃弾が回転する槍に弾かれた。ブライドはそれを見て、驚きにトリガーから一瞬、指が外れた。棗はその一瞬を見逃さなかった。
「はぁぁっ」
棗にしては珍しく大きく気合の入った声。回転させていた槍を再び持ちかえ、両手に構えて、カバーのついた槍先をブライド目がけて突き出した。
「うわっ……ぁ?」
その素早さに、ブライドは完全に怯み、防御姿勢に銃を胸に当てた。一陣の風が吹きぬけ、荒野を踏みしめる足音が二つ、そこで止まった。
「……けが、して、ない?」
瞳を強く閉じ、いつまで経っても何らいた身を覚えないブライドの背後から、案じることがかかった。
「あ、れ……?」
恐る恐る眼を開けるブライド。そこに棗の姿は無く、少しばかりはなれたところにいる全身をローブで隠すルークが視界に入った。
「……たぶん、あたら、なかった……よ、ね?」
そして、そっと静かに背後から棗が槍を立てながら持って、ブライドを見る。
「あ、あれ? あっ、花がないっ?」
目の前にいたはずの棗が背後から出てくることに驚いているブライドが、棗の立てて持つ槍の先を辿り、自分の胸に視線をやり、慌てた。そこにあったはずの花がなくなり、棗の槍先に代わりに花が突き刺さっていた。
「……大丈、夫、だね……」
怪我をしていない所を確認すると、棗はルークの元へ戻っていく。その駆け足は、先ほどとはまるで異なる、普通の女の子の走り方だった。
「え? な、何が……起きたんだろう?」
眼を閉じてから状況がイマイチ理解出来ないブライドは、ただ呆然とその背中を見送っていた。
「ちっ、風椿、か。槍だけじゃなく、素早さも並外れってか」
作戦を実行する前に打ち破られる仲間に、トーニが舌打ちで悔しさを示す。
「けど、これでまずは一人、だな」
シールアが解け、トーニの照準器には棗の背中が映る。ルークも棗もまるで気づいていない。お互いに一息を憑こうとしているのだろう。だが、そこをトーニだけは見逃さなかった。
「アルフォンスビュローをなめるな……うおっ!?」
トリガーに指を掛け、弾こうとした瞬間だった。トーニの体が揺れて、バランスを崩して枝から滑り落ちる。
「うわっ!? ……あぐっ」
狙いを定めた瞬間、トーニの体は枝から落ち、重量感のある重い音が小さな枝をへし折り、落ち葉の上に落ちた。
「いってぇ……だ、誰だっ?」
幸い落ち葉がクッションになったのか、トーニは背中をさすりながらも、すぐに顔を上げ、辺りを見回した。すぐ近くには他のメンバーとは異なる、ロングレンジの狙撃銃も落ちていた。
「諦めな。ここからは俺たちの出番だ」
トーニが顔を上げると、そこには九人の生徒がトーニを見ていた。
「情けないですね。たかだか二人を相手にこの始末とは」
白いローブを纏った一人の少女がそうトーニに呟く。
「それでも俺たちにしてみれば、良い物見試合だった。一応、礼は言っておく」
魔術師ではなく、剣を携えた男がトーニの肩についていた花を剣で取り、切先でバラバラに花びらを舞わせた。
「なっ、てめっ、何しやがる?」
「後はこちらに任せてくださいませ。あなた方の敵も私たちが討って差し上げましょう」
トーニの怒りをも軽く受け流す九人。それは魔術師の割合の多い、メイリンビュローの九人だった。
「さて、ハーバリービュローの実力、ここで見せてもらおう。行くぞ」
トーニを残し九人が森の中を歩いていく。個人行動でも作戦でもなく、九人が揃って荒野でひと時の休息を取るルークと棗の元へと向かうのを、トーニは、落ち葉を蹴り上げ、悔しげに見送ることもせずに、銃を肩に持ち直すと真逆の方へ歩いていった。
「ふむ。戦術に関してはこの短期間ではなかなか。しかし、お互いの連携のタイミングが甘いですね。情報収集に力を注ぎ、戦闘に関しては後方支援を覚えさせたようですねぇ」
それをウィンリードに乗り見守る学園長が納得したように肯く。
「一人一人の連携が取れていれば、その一瞬の隙をものにできたでしょうが、現段階では十分ですね」
アルフォンスビュローのメンバーが集まり、なにやら反省会のようなものを開いているのを学園長は見ていた。いがみ合う雰囲気ではなく、各々の反省点をきちんと話し合っているようで、その様子に学園長は笑っていた。
「それにしても、予想以上かもしれません」
学園長の視線はすぐにルークと棗へ向く。
「ルーク・スプリングフィールドの反応速度を見越しての指示、身のこなしと戦技においての正確と安定。若干動きに無駄があるとは言え、風椿棗の能力は秀逸ですね。ルーク・スプリングフィールドも魔力練生に若干の不安定があるとは言え、直系魔法の簡易詠唱に、複式魔力の展開、同学年の風椿棗からの指示への反応の良さ。こちらも期待が高い魔術師の卵ですかね」
学園長は何かにメモを取る様子も無く、ただ物見としてそれぞれの生徒の動きを見下ろしている。
「この段階でここまでの連携が取れているとは、ハーバリーも多少は成長しているようだ。しかし、まだ始まったばかり。ここからが厳しい戦いになりますよ、ルーク・スプリングフィールド、風椿棗」
それでも学園長はルークと棗に期待を寄せているようだが、贔屓はしない。ただ見守ることだけで、誰が傷つこうと干渉しない。それは学園長として生徒の自主性を重んじているようでもあり、スピリストとしての自覚の芽生えを待つ、先輩のようでもあった。
「あと一人、ですよね?」
戻ってくる棗にルークが声を掛ける。それでもまだシールアだけは展開させ、傍に来る棗にも先ほど同様にシールアで保護した。
「……うん、アルフォンス、ビュローは七人、だもん、ね」
六人の花を取ったはいいが、もう一人がまだ。二人はのんびりと感想を言い合うことも無く、周囲に警戒を示す。
「どこかに、いるんでしょうかね?」
「……気配、ない、ね」
先ほどの一瞬の戦闘からの静けさは、不気味に風を呼ぶ。しかし、その中にアルフォンスビュローの最後の一人の気配はなかった。
「ルーク・スプリングフィールド、風椿棗」
その時、二人を呼ぶ声が風に混じり、二人が声のした方へ視線を向ける。もちろん警戒するように攻撃態勢で。
「べ、別のビュロー生っ?」
ルークがすぐに驚きの声を上げる。
「……メイリン、ビュロー」
棗の視線に鋭さが増す。アルフォンスビュローはここの連携によるものだったが、そこにいたのは九人の同級生たち。
「我らはメイリン・フォード先輩のビュローだ。アルフォンスビュローの一人は我らが退場させた。ゆえに、次は我らと勝負せよ。我らは正面より、双方へ挑む」
剣士の男が剣を二人に向ける。
「アルフォンスビュローの最後の一人を?」
だが、勝負の口上よりも今は同じ仲間であるはずの生徒を退場させたと言うことの方がルークと棗には意外な言葉だった。
「……あの、人、1‐2Cのアルサイル、君」
棗がその男、アルサイルのことを知っているようだ。
「ご存知なんですか?」
「……シティ、の、武術、大会で、剣術、部門の、去年の、優勝、者」
棗に更なる警戒の眼差しが宿る。
「えぇっ!? 昨年度の剣術大会の優勝者なんですかっ?」
ルークは初耳だったのだろう。ローブで顔こそはっきりと見えないが、驚きの声は当たりに響いた。
「我らは、魔術系五名、格闘系一名、弓術一名、回復魔法系一名、剣術系二名だ。これより、その花、我らが狩る。行くぞっ」
次回は28日にライブラリアンを更新し、12月1日に波の間に間にうたごえを更新します。