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7th. 各々の歩み

一日早い更新です。特に書くことはないので、ご覧下さいませ。


追記(9月23日)


更新を予定しておりましたが、締め切り前の作品に終われ、少々時間的余裕が無くなってしまったため、今月の更新を断念することにいたしました。更新をお楽しみにされた方々には申し訳ありませんが、来月には更新を致しますので、ご理解をよろしくお願い申し上げます。

   ともみつ

「で、フロン。予定はあるのか?」

 アルが問う。

「今日はパーリンスに一泊だ。パーリンスからは国境鉄道で越境して、クルドブルムに入る。予定としては往復三泊の予定だ」

 距離はあるが、その分はアカデミー生と言えど公共交通機関の使用は認められている。フロンの心情では、それが最速で安価なのだろう。

「げっ、パーリンスで一泊すんのかよ。おい、フロン。どうせなら夜行でさっさと越境しようぜ。そうすりゃ二日もありゃアカデミーに帰れるだろ?」

 だが、橘は表情を濁す。極力滞在を避けたいと出ている。

「あぁ、そういやお前、過敏症だっだな。あの町は嫌いな奴には臭ぇからな」

 アルが笑う。

「臭いとは失礼ですわよ。パーリンスの香水はどれをとっても良いものではありませんこと」

「そうだよね。私も好きだな。お気に入りはサン・マリアルシェかな」

「あら、そうですの? 私はブライアント・フィーリンデルサの方が好みですわね」

 アンナとメイリンが香水の話に花を咲かせ始める。男三人は会話を聞いているだけだった。

「なぁフロン。言ってる意味、分かるか?」

「ブランド名だとは知っている。リースが集めているからな」

 フロンは個人的趣味は無いようだが、リースを解して知識程度には効き覚えがあるようだ。

「俺は香水なんか大っ嫌いだ。あんな臭ぇの、何が良いのか分かんねぇ」

 橘は嗅覚の過敏症で香水は苦手だと鼻をつまんでいた。

「ま、俺も興味ないわけじゃないが、男は大して好きじゃねぇよな」

 アルの言葉にフロンは肯かずに、先を歩き、橘は深くアルに肯いていた。

「これですから男性のセンスと言うものは女性に退くのですわ」

「きつくない、いい香水もあるんだよ?」

「俺にとっちゃ、香水自体がアウトなんだよ。分かるか? この鼻が捥げそうになる苦痛がよ」

 明らかな嫌悪にアンナはメイリンに隠れる。

「紳士淑女たるもの、纏う香りに気を使ってこそ、その気品が溢れるのですわ。それに香水とは自身につける分においては、それほど感じないものですわよ。フロンはお分かりになりますわよね?」

「家のパーティやらに呼ばれる時に軽くつけるくらいだ。普段はしない」

 その一言でしかないが、それでもメイリンは満足げに肯いた。礼儀を配る場においてはフロンが紳士をしていることが、当然だと思っていて、その通りで嬉しいのだろう。香水の良さを知っていると踏んで。

「御覧なさい。フロンでさえ身だしなみを理解しているのですわ。男性であろうと、香りには気を配るべきなのですわよ」

 メイリンの言い分は間違いではないが、橘は肯くことはしない。

「んなもん、どっちにしても俺にゃ臭ぇんだ。なぁフロン、とっと行こうぜ」

 さして興味を示さないフロンに同意を求める。これはフロンの追試を兼ねている。故に面々の行動はフロンの判断に従うことが第一。

「そうしてやりたい所だが、電車が明日しかこの時間帯では間に合わないんだ。勘弁してくれ」

 橘が、まさかの一言に言葉を呑んだ。表情が明白に衝撃を受けている。しかし、そればかりはフロンにもどうしようもない。

「しょうがねぇだろ。諦めろ、橘。宿に入って寝ておけばすぐ朝は来るだろ」

 行動が停止した橘の肩をアルが叩いた。

「では、パーリンスに着いたら、少しばかり町を散策しても問題はありませんわよね、フロン?」

「お買い物、しても、良いのかな?」

 そして、好機の目を二人の少女が向ける。

「電車が来なければ仕方ない。少しくらいは良いんじゃないか?」

 フロンの寛容な言葉に、メイリンとアンナの表情が輝いた。やはり女の子なのだろう。すぐに香水の話に花を再び咲かせ始めた。その後ろで橘がアルに引張られていたが、フロンは掛ける言葉が無いのか、見ないフリをして先を急いだ。

「なぁ、アル。鼻栓って持ってねぇか?」

「そんなもんあるわけがないだろ。宿に着いたら引きこもっとけよ」

 先を急ぐフロンに、パーリンスの香水目当てになっているメイリンとアンナの足取りは軽い。だが、橘の足取りは踏み込むごとに重みを増し、アルも情けで追従しての、歩みに差のある一行の前に、少しずつ路肩に咲き誇り始める鮮やかな花たちと共に艶やかな香りを含んだ風が吹き寄せてきていた。

「ん? あっ……おい、フロンッ」

 橘の様子が微かに変化を見せ始めてきた時、アルがWOMAに入った通信に気づいて、フロンを呼び、一行の歩みが一旦止まった。



 その頃、アカデミーでは講義も終わり、ビュロー活動に向かう学生で賑わいを見せていた。

「あっ、棗さんっ」

「……? ルーク君?」

 一年棟の廊下を歩いていた棗に背後から全身ローブを纏ったルークが駆け寄る。少々不気味ではあるが、きちんと制服を着ている証拠が、ローブの隙間から垣間見える。

「ちょうど良かったです。あの、これから、ハーバーリービュローに行きます?」

 ルークの問いかけに、棗が小さく肯いた。その手には小さな紙袋が揺れている。

「……でも、その前に、保健室に……」

 その言葉をルークは即座に理解した。三人のうちのリーダー格のリースが居ないから、静かだった。

「ぼ、僕も、同行、しても良いですか?」

「……一緒に、行こ」

「は、はい」

 お互いに親しい友人関係の構築が進んでいないのか、周りが賑やかにビュロー棟へ向かう生徒の中、二人は肩を並べて流れに逆らって歩く。セントパールアカデミーは外装の絢爛さは有名だが、同様に内装にも抜かりはなく、各学年毎に立つ学年棟の合間には、水辺に噴水が虹を描き、魚や水系ガーディアンが気ままに戯れている。イングリッシュガーデンのように鮮やかな緑と花が咲き誇り、憩いを楽しむ者たちに安らぎの風を与えている。校舎内も広い廊下に小さなシャンデリアが煌めき、スロープがゆったりと動く歩道を校舎内の階段代わりに稼動し、エレベーターにはイルミネーションが光の尾を上下する度に目を楽しませる。豪華だけではない。様々な人種、民族出身者に合わせ、展示されている調度品や装飾品は、多文化に富んでいて校舎を歩くだけでもちょっとした博物館の展示を見ている気分にさせ、壁には生徒の描いた作品や、ガーディアンとの歴史について描かれた壁画が、生徒たちに刺激を与えている。だが、棗もルークも今はそんなものに気を取られてはいなかった。

「失礼します」

「……失礼、します」

 静かな保健室。通常であれば負傷した程度であれば、魔術師系統の生徒の治癒魔法の臨床として、生徒同士で治療することが多く、ビュローに至っては、上級生の上級魔法のお披露目にもなることがある。その為保健室柄来る生徒は、軽傷者ではなく、生徒の治療を以ってしても完全には至らない、もしくは魔力消費の著しい生徒ばかり。他には、主に女子が多い。二人が入室した時も、一般床のベッドには誰もいない。この後のビュロー活動次第でやってくる者を待つように、開けられた窓から静かな風に、シーツを冷たくしていた。

「あら? 今日も来たのね?」

 奥の特別床ベッドの隔離ドアの向こうからチェルシーが顔を出す。

「……はい。あの……」

「リースさんは……?」

「起きてるわよ。入っておいで」

 許可を受け、二人が保健室とはまた別格の設備を備えている特別病棟室へ入る。

「あっ……棗ちゃん、ルーク君」

 ドアが開くまで窓の外を、静かにベッドに起き上がり眺めていたリースに、

笑顔が宿る。随分と顔色は回復を示している。

「具合は、どうですか?」

 ルークがローブのフードを取る。魔術師特有の一つの金髪が流れる。

「うん。大丈夫だよ。でもまだあんまり動き回れないかな……」

 笑うには笑うが、明白な空元気だと、その笑顔は思わせる。チェルシーは何も言わずに窓にレースのカーテンを引いた。

「……リースちゃん、これ、お見舞い」

 そんなリースに棗が持ってきた紙袋を渡す。

「わぁ、ありがとう。……わぁ」

 空元気ではない、本当の感情が顔に出た。

「棗ちゃん、これ、どうしたの?」

 紙袋の中には甘い香りを放つケーキが四種類。それぞれ異なる輝きを放っている。

「……家の、近くの、お気に入りのお店の、なの」

 喜びの笑顔に、棗が照れたのか、顔がほんのりと赤い。見た目は大和撫子。そんな自分が洋菓子が好みだと言うことにどこか意味なく恥じらいがあるようだ。

「美味しそう……チェルシー先生」

 リースがチェルシーを見る。チェルシーは小さく笑うと肯いた。

「良いわよ。もうすぐしたらご両親がお迎えに上がるから、それまでに食べちゃいなさい」

 食事に関しての配慮もあるが、リースの回復状況に食事制限は解いで、リースが嬉しそうにケーキを一つ取った。

「はい、棗ちゃん、ルーク君。私はこれで良いから、皆で食べよ。チェルシー先生もどうぞっ」

 リースは一つだけを両手に置くと、残りをこの部屋にいた三人に差し出した。

「え? 良いんですか? それはリースさんの……?」

「……私は、別に良い、よ?」

「良いから良いから。美味しいものは、みんなで分け合お?」

 遠慮を見せる二人にも、リースは笑顔で差し出す。

「受け取ってあげなさい。リースリットはまだ本調子じゃないから、そんなには食べられないのよ」

 そんな二人にチェルシーが苦笑する。子供が遠慮をするなと諭すように。チェルシーに言われ、リースからケーキをそれぞれ受け取ると、リースは残り一つをチェルシーに差し出す。だが、チェルシーは苦笑いするだけで、受け取ろうとはしなかった。

「あたしは良いのよ。仕事中なんだから」

「じゃあ、お仕事が終わったら、食べてください。良いよね、リースちゃん?」

 棗が肯く。提供者の承諾は得た。それでもチェルシーは手を振った。

「これ以上体重増えたら大変じゃないの」

 そう言って笑うチェルシー。恰幅の良い体系を、上段なのか本気なのか三人には判断がつかないが、結局リースがお土産として持って買えることで一息ついた。

「ねぇ、棗ちゃん、ルーク君」

 話すことは他愛ないことばかり。基礎課程第一般から、魔法学第一級科。実技がもうそろそろ始まることに対する期待と不安。アカデミー内で見かけたガーディアンと、キャンプでフロンに召喚してもらったガーディアンについて。そんな話題から必然的に結びつくリースの問いかけ。

「フロンから、連絡、あった、かな?」

 不安。リースから笑みが消える。毎日のように見舞いに訪れては、その質問は棗とルークを苦しめる。と言ってもまだ一日。棗とルークが顔を見合わせる。講義の後にビュロー室に赴いても、予め代行を務めることになっていた学園長からの指示がモニターにあるだけで、その指示も清掃から基礎課程のレポートまとめなど、スピリストを志す者として、早く欲したい実技などの実質的な活動はなかった。同時に、五人のビュロー代表者不在の中で、ハーバリービュローへの連絡はなかった。沈んだ顔は見たくない。今は元気付けてあげたい。

「……あの、えっと……」

「その、ですね……」

 だけど、発する言葉の中に、リースが喜ぶものはなく、棗とルークも気にかけていることで、胴説明すればいいのか分からず、また顔を見合わせた。だが、リースはそれで分かってしまう。同時に自分自身に対する二人の心遣いにも。

「……ありがと。ごめんね、心配かけて」

 その言葉が無垢だからこそ、沈黙はやってくる。羨望は期待へと変わり、不安と孤独に落ちていく。励まそうにも、口下手の棗と汗って余計なことを言ってしまうと言う自己を解しているルークは、リースと同じように苦笑を浮かべるだけだった。

「はいはい。あなたたち。ハーバリーがいなくて寂しいのは分かるけど、死んだ人間を想う様な顔はしないの。こっちまで意味なく悲しくなるでしょうが」

 そう。元の所は悲しい所なんて何一つない。誰も死んではいないし、戦地へ旅立ったわけでもない。フロンを守る為に重症を負いながらもチェルシーとそのガーディアン、ナイルアース、それから学園長に一命を救われ、回復に向かうリースと、彼女が気にかけるフロンは、試験の追試を兼ねた任務に赴いただけ。チェルシーの言葉は正しい。

「そ、そうだよ。私は平気。だから、悲しい顔しちゃ、ダメだよ?」

 悲しそうに見つめる棗とルークにリースが笑む。リースは悲しいわけではない。寂しいだけなのだ。だが、棗とルークには負傷したリースには、どうしてもそう見えてしまう。

《お知らせをします。次に該当する生徒は、ただちに大講堂まで集合して下さい》

 と、会話と雰囲気を断ち切るようにメロディーが流れ、放送が入った。

「学園長ね、この声は」

 唐突の放送に四人がスピーカーに目を向ける。

《ハーバリービュロー、アルフォンスビュロー、メイリンビュロー、アーシュライトビュロー、橘ビュローに所属する新入生三十五名は、大講堂へ集合して下さい。繰り返しお知らせします……》

 フロンのビュローはリース、棗、ルークの三人。アルのビュローは七人、メイリンのビュローは九人、アンナのビュローは六人、橘のビュローは十人。その三十五名が学園長より呼び出しを受けた。

「え? 僕たちですか?」

「……?」

 ルークと棗が首を傾げるが、リースはやはり不安があるのか、集められて何を聞かされるのか、ネガティブな考えが脳裏を過ぎっているようだ。

「リースリット。悲しい顔、しないの」

「チェルシー先生……」

 チェルシーがリースの頭に手を載せた。

「あなたたちは、ビュロー代表者が不在だから、ハーバリーたちが帰還するまでの数日を、学園長が代行して指導して下さるのよ。今のはその話を含めた説明をするから集合ってことよ」

 予想に反しての、それだけの連絡。リースの顔にも、微かな納得が表れた。

「……でも、リースちゃんは……」

 回復に向かっているとは言え、まだ身体を動かすことは禁止。安静が必要。棗がチェルシーを見る。

「二人で行ってきなさい。聞いたことを後で教えれば良いじゃない。それか、WOMAを配られたでしょ? それを使えばリースリットにも中継されるわよ」

「あ、そうか。そう言う使い方をするんですね」

 ルークがローブの中から取り出す。WOMAの使用は個人次第。訓練などで使うものだとしか思って居なかったルーク。

「あれ? で、でも、それなら、これを使って皆に伝えれば、すぐじゃないですかね?」

 ルークの疑問に、棗が小さく声を漏らす。

「学園長は直に顔合わせをして、あなたたちのことを知りたいのよ。リースリットのことは私から言っておくわ。ほら、二人はさっさと移動する」

「は、はいっ」

「……はいっ」

 腰に手を当て、行けっ! と檄を飛ばすように言われ、二人が慌てて支度を整えた。

「じゃ、じゃあ、行ってきます。一応WOMAの通信を開いておきますので」

「うん。ありがとう。ルーク君」

「……ゆっくり、休んで、ね?」

「うん」

 二人に柔らかい笑みを浮かべてリースは見送った。

「さぁ、リース。まだ横になってなさい。昨日はご両親も忙しかったからしょうがないにしろ、今日は必ず来て下さるって言ってるんだから」

 二人が保健室を出て行くと、チェルシーがリースの両親の迎えが来るまで、再び静かに横になった。

「早くハーバリーが戻ってくると良いわね」

「……はい」

 心身ともに衰弱している時の薬は、想い人の心だとでもチェルシーは言うように、そっと額を撫でた。


 大講堂にビュロー毎に席を取る三十五人。同級生も居るようだが、呼び出しを受けた以上、自然とビュロー生同士になっていた。

 何があるのか、これから一体どんな話があるのか、未だ表れない学園長なのか、教員なのかを待つ生徒たちは賑やかに会話を弾ませる。

「これから、何があるんでしょうか?」

「……何、だろう?」

 ホール上に数百の座席がある中で、ルークと棗は、舞台正面の一番前に腰を下ろし、待っていた。そこへドアが開き、白のマントを身に纏う学園長が姿を現す。一斉に視線を集める学園長は生徒を見渡し、壇上へ上がった。

「皆さん、前の席へ集まってください」

 そして散開していた生徒をルークと棗の近くに集めさせる。

「さて、集まってもらって疑問に思っていることでしょう」

 生徒たちの疑問の視線を受け止め、早速答えを出す。

「既にご存知でしょうが、今、君たちのビュロー代表者たちは私が受けた任務に出ていて、明々後日を予定してとある地域へ向かっています」

 それぞれの先輩たちが就いている任務に関しての詳細は明かさない。フロンの追試だと言う事は、棗とルークのハーバリービュロー生しか知らないのだろう。

「その為、君たちはビュロー活動が滞ってしまう事態が起きていることに対して、私が彼らが戻るまでの数日、簡易的ではありますが、君たちの監督を行います」

 簡単な説明に、生徒たちからざわめきが起きる。

「学園長先生が、僕たちの指導を……?」

「……びっくり、だね」

 棗とルークの両名は静かに驚きを見せていた。

「他のビュローが活動を行っている中で、君たちが遅れを取るようなことは、君たち自身が最も思っていることでしょう。他のビュローに合わせての指導をしますので、あまり力は入れなくても良いですよ」

 学園長直々に。ハーバリービュロー生以外は感動と興奮に瞳を輝かせている。学園長がそれだけ有名であり、先日のユールキャンプでの圧倒的なスピリストとしての能力を目の当たりにした面々だ。仕方が無いのだろう。

「異存はありませんね?」

 質問を求めるように学園長が生徒を見る。そこへ手が上がる。

「君は、どこのビュロー生かな?」

「はいっ。自分はアルフォードビュロー所属、エルフ・カデリックです」

 指名され立ち上がる男子生徒に視線が集う。

「そうか。それでエルフ。何かな?」

「はいっ。自分たちは一体どのようなことをするのでしょうか?」

 最も気になることを、代表者であるかのように聞く。学園長に視線が集まる。

「そうですねぇ。私はまだこの中でも数人の能力しか把握していませんので、今日は皆さんの能力を測らせてもらいましょうか」

 学園長が生徒を見る。能力を知っている生徒に該当するのは、この場に居ないリースのことだろう。だからこそ、棗が持っていたWOMAに向かって視線を運んでいた。

「と言うことで、皆さん。模擬戦闘服に着替えを済ませて戦闘(バトル)領域(フィールド)へ十五分後に集合して下さい。それぞれの家庭の装束を持っている者は、それを身に纏っても構いません。それでは、ここでの話は以上です」

 解散して下さいと、その一言に賑やかさを増し、それぞれのビュロー室に退室する生徒。

「風椿、スプリングフィールド。君たちは少し宜しいですか?」

 最後に退室しようとした二人を呼び止める。

「は、はい?」

 棗はルークの一歩後ろに首を傾げる。

「君たちの能力に関しては、ユールキャンプ時に把握しています。なので、今回は私に協力をして頂けますか? リースリットのことは既に承知していますので、リースリットには静養を優先してもらいますが、君たちには他のビュロー生の為に人肌脱いでもらえますか?」

 学園長の微笑みに、二人には疑問の表情が浮かんでいた。


「フロン、お前に通信だ。お前のビュロー生とリースちゃんからだ」

 アルの呼び声にフロンがアルのWOMAを受け取る。

《あっ、先輩》

 モニターにはルークが映る。

「どうした? 何かあったのか?」

 主にリースにだろう。フロンが若干険しい表情を見せる。

《はい。あの、少しお伺いしたいことがありまして》

 フロンの表情が和らぎ、疑問が浮かぶ。フロン護衛の一行もモニターを覗き込む。それにルークが少し驚いたように声を漏らすが、フロンが先を急かす。

《あ、あの、これから僕たち、学園長に頼まれて、先輩方のビュロー生と模擬戦闘をすることになったんです》

 ルークの発言は、一行に沈黙を呼ぶ。

「は? 模擬戦闘って何だよ?」

 アルがルークに問う。

《え、えっとですね、先輩方が任務から帰還するまでの間、学園長がビュローを指導して下さることになりまして、それで、僕らの能力を把握するから、と……》

「あの人は、また余計なことを……」

 フロンの隣でメイリンがため息を吐く。それに合わせて橘、アンナも苦笑を浮かべる。フロンだけは呆れたように小さく息を漏らす。

「それで、聞きたいことは何だ?」

《は、はい。その、僕ら、先輩方のビュロー生の相手をすることになったんですが、二人で三十人以上を相手にするのは難しくて、出来ることなら、あの、先日のキャンプでお借りしたガーディアンを、あっ、出来ればで良いんですけど、お借り出来ないかと思いまして……》

「はぁ? お前ら二人で俺たちのビュロー生を相手にすんのかぁ?」

 橘が冗談だろ? とフロンの顔を退かしてモニターを見る。

「わわっ、た、橘君……」

 フロンの首が大きく曲がり、アンナが慌てる。

《は、はひぃっ》

 ルークが驚き、モニターがブレる。

「先輩……じゃねぇや。学園長は何考えてんだよ?」

 橘がフロンを見る。

「さぁな。あの人の考えることは俺には分からん。だが、面倒を見てくれると言うのならありがたいことだろう?」

 呆れるメイリンと、困惑するアンナとアル。理解不能の橘と、様々な反応を見せる。

「いや、だからってお前、二人で俺らの相手って無理だろ」

 実技を本格的に開始していない一年生。その中で能力を見るためにフロンのビュロー生を対峙させる。

「いえ、そうでもありませんわよ。風椿さんも、スプリングフィールド君も、キャンプでは私たちのビュロー生より上級レベルの技を駆使していたでしょう? 実力で申せば、ビュロー生の中で力量があるのは、悔しいことではありますが、フロンのビュロー生がトップですわよ」

 メイリンが諭すように言う。誰も反論はしなかった。

「まぁ、あの人のことだ。俺たちの頃みたいなことはしないだろ?」

「そ、そうだよ。学園長なんだから、無茶はさせたりしないよ」

 どこかフロンを気遣うようにアルとアンナが言う。リースのことがあるからと、刺激的なことには擁護的になるのだろうが、フロンは不満の表情を浮かべはしない。

「それなら、必要はない」

《えっ?》

 フロンが一言口にした。それは拒否の返答。ルークの声に混じって、棗の小さな声も届く。同様に一行にも声が漏れた。

「俺のガーディアンがなくとも、ルーク。お前は実家で学んだ魔法学が三級を越えている。状況に焦りやすい分、乱発、命中率の低下、魔力制限の暴走があるのは知っている」

 フロンの指摘は厳しい。

「おい……幾ら自分の後輩だからって、そこまで言うか?」

 アルがモニターの向こうで小さくなっているルークを気遣うが、フロンは続ける。

「それでもルーク、お前は指示には忠実だ。棗が広角視野に優れている上に落ち着きもある。棗が指揮を取り、お前が後方からの攻撃に備えればガーディアンはいらんだろう」

 フォローと言うようなものでもあり、実力的配分により指示に、ルークは聞き入っていた。

「学園長が見るのは勝ち負けじゃない。お前たちの実力だ。勝ち負けに拘る前に、自分自身に出来ることを棗と協力して発揮すれば良い」

 完全に聞き入っているのか、ルークは口を開けたままだった。

「お前が言えることか、それ?」

 だが、橘が横槍を刺す。この任務はフロンの追試。

「橘は口を慎みなさい。フロンの仰ることは事実ですわよ」

「そ、そうだよ。模擬戦闘なんだから、勝ち負けじゃ、ないんだよ?」

 フロンに味方する女性陣に、アルも首を振った。孤独は橘だけらしい。

「棗もいるんだろ?」

《は、はい。ちょっと待ってください。棗さん》

 モニターからルークがずれ、棗が顔を出す。

「棗、お前がルークに指示を出してやれ。緊張するだろうが、お前の槍術の中距離範囲なら、接近戦にも通用する。ルークには万一の時の防御魔法も使えるはずだ。背中をルークに任せてお前は前を見ていれば良い」

《……はい》

 棗にとっては未だに慣れていないフロン以外の先輩がモニターに映っていることに、若干の恥じらいがあるようだが、先ほどのフロンの言葉を紳士に受け止めているのか、静かに肯いている。その瞳にはわずかながらも闘志が宿っているようでもあった。

「まぁ、何だ。学園長は気まぐれな人だ。あんま無理するなよ」

「つーか、俺のビュローの連中にもドジすんなって言っといてくれ」

「気をつけてね? 怪我しないようにね」

「模擬戦闘といえど、能力を発揮する場ですわ。正々堂々と己を学園長に見せて差し上げなさい。私のビュロー生は伊達や酔狂で納まるほど華奢ではありませんことよ」

 ルークと棗に檄を入れる面々。フロンはモニターをすっかり明け渡していた。

《では、そろそろ時間なので。お時間をとらせてしまいすみませんでした》

 ルークが几帳面に一礼する。フロンが若干名残惜しげ、いや、物足りなさ。いや、それも違う。寂しさを見せている。

《……ルーク君。ちょっと、待って》

《え? あっ……すみません。ハーバリー先輩をお願い出来ますか?》

 モニターに映っていないフロンをルークが呼ぶ。モニターをいつの間にか持っていたメイリンとアルがフロンに振り返り、フロンが持つ。そこで、フロンが小さく息を呑んだ。

《……フロン》

 看護対象者服に身を包み、いつものツインテールではなく、金髪を下ろしているリースがベッドに髪を広げていた。

「……なんか、いつもと雰囲気違うな」

 橘が知っているリースとのギャップに感嘆のような息を漏らす。年下だが、その風貌は妙に大人びていた。

「リース。具合はどうだ?」

 橘もボヤキを無視して、フロンが気にかける。心なしかフロンの目は横になっていおるリースを見る眼は、優しさを増している。

《うん。これから家に帰るよ。あ、でもね、大丈夫》

 小さな声。そっとフロンの後ろから覗き込むメイリンとアンナの表情は静観の眼差し。

「そうか。大人しく寝ているんだぞ」

 大人しくリースが肯いている。それでもリースの視線はモニターを見ている。

「リース。俺たちは三日後くらいに戻る。それまでは学園長やチェルシー先生に言われたことを守って大人しくするんだぞ」

 フロンなりの励ましなのだろうが、そこで後ろの女性陣はそうじゃないでしょ、と首を振っていた。

「リースリット、フロンのことは心配ありませんわ。私たちがアカデミーに戻るまで護衛をいたしますわ」

「うん。私たちがいれば、あっという間に終わらせて戻るからね」

《……はい》

 フロンの身を案じるリースに、メイリンとアンナが代わりに言う。リースとしてはフロンの口から聞きたい言葉のようだが、それでも満足げに笑みを浮かべようとしていた。

《リースリット。ご両親が来られたわよ》

 そこで会話を区切るようにチェルシーの声が混じり、リースの視線が逸れる。

《リースさん、じゃあ、通信を切りますね》

《まっ、まって》

 家に帰宅するリースに合わせてルークが通信を切ろうとしたら、リースが声を上げる。一行もその様子にモニターを見入る。

《フロン……怪我、しないでね?》

 リースの言葉に、アルたちはモニターから離れる。フロンとリースへの配慮だろう。それでも耳だけは向いていた。

「ああ。もう大丈夫だ。早く終わらせて戻る。それまで静養出来るな? 戻ったら、またビュローを始めるからな」

《うん》

「暫くは頑張った分、しっかり休んでいろ。お土産も買ってきてやる」

 そこでフロンが通信を切った。いつまでも会話を引き伸ばしていては、進む歩みも進まない。

「なんつーか、初々しいようなそうじゃないようなって感じだな」

 WOMAをアルに戻すと、アルがフロンに苦笑する。

「ったく。ライバル目の前に言うよな、おめぇも」

 橘がほくそ笑む先には、メイリンとアンナがいる。その視線に気づいた二人は、目を逸らす。

「ん? 何のことだ?」

 フロンが首を傾げることに、橘が頭を掻いた。

「まぁ、ガンバレよ」

「うるさいですわね。こちらのことは放っておいでくださいませ」

「そ、そうだよ。ハーバリー君は、ハーバリー君なんだから……」

 状況を分かっていないフロンは、全く二人のことを理解していない。

「まぁ、早く終わらせて早く帰ろうぜ。学園長のことだ。また妙なことを後輩に吹込みかもしれないしな」

 アルが今の距離感が良いと判断したのか、先を歩き出すと、一行の歩みが再開した。

「さ、見えてきたぞ。パーリンスだ」

 アルの一言の先に、一面の花畑が広がり、その先に夕陽に照らされる香水の町の香りが鼻先に香った。

「宿にチェックイン後は、ディナーまで、アンナ、散策をしますわよ」

「うん。いいよ」

 メイリンとアンナは力関係がメイリンにあるのか、パーリンスが見え足取りが軽くなったメイリンにアンナが追従していた。

「うっ、やべぇよ。もう頭痛がしてきやがったぞ……」

 真っ赤な装束の橘が、ハットを深く被りなおし、視界からの情報を遮断するように夕陽に全身をさらに紅く染め直した。

 そんな四人をフロンは最後尾から静かに見つめた。その視線はすぐに夕陽の空へと昇る。

「…………?」

 夕陽に目を細めるフロンの先の空を、一匹のガーディアンと思しき翼を持ったものが空を羽ばたいていた。





とりあえず、次回はフロンたちではなく、ルークや棗のビュロー組のお話で、フロンたちはその次に廻します。


 次に更新する作品は、久しぶりに「if」を更新します。更新予定日は、9月13日です。

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