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4th.試験当日

翌朝、いよいよ試験当日とあって、なかなか寝付けず寝惚け眼な者。早朝に目覚めてすっかり気合の入った者。多種多様でありながらも、昨夜のようにのどかな雰囲気ではなく、緊張から来るほどよい張り詰めた空気があった。学科試験とは違い、下手をすれば最悪命を落とすこともありうるアカデミーの実地試験。自分勝手に行動することは許されない。与えられた仕事をきちんと果たすことが、合格へと繋がる一番の近道となる。学生に危険を冒すまでの試験を与えるのは、スピリストを育成する機関だけ。それだけのことを成せなければ、これから先やってはいけないのだ。

「おはよう」

 弓者装束に身を包み、班長らしい凛々しい立ち居振る舞いで、フロンがやってくると、その場の空気が締まった。

「体調不良の者は、今のうちに俺に言いに来い。後から言っても遅いぞ」

 生徒たちの体調管理も班長の仕事。教員たちは何も口出しはしないが、一人一人細かくその様子をチェックしていた。

「・・・・・・リース、お前大丈夫か?」

 棗もルークも気合が入っているようだったが、リースは昨日とは違い、静かだった。

「う、うん。大丈夫っ。元気ピンピンだよっ」

「そうか? ならいいが」

 フロンはリースが少しいつもより、無理をしているように見えた。

「体調が悪いなら、休んでて良いんだぞ。アザゼルは他のモンスターとは違うんだから、無理なんかするなよ」

「大丈夫だよ。どこも悪くないもんっ」

「はい、リース様の体調には問題はありません」

 リースがそういうのであれば、それに従うのが良いだろう。顔色も悪くはないようだし、リースの魔力も回復しているようだった。何より、セリスが大丈夫だというのであれば、問題はないと判断した。

「・・・・・・・・・フロン」

 朝食をとりながら、フロンはもう一度、簡単に昨夜のことを説明した。本来なら一度で説明は十分なのだが、今回は初めての実地試験ということで、教員からもう一度説明するように言われていた。

 そんな中、アンナはちらちらとフロンを見ては顔を逸らすを繰り返し、リースはやはりどこか元気が無いように見える。そして、メイも何故か朝からご機嫌斜めといった具合で、フロンは一人首を傾げていた。

「何なんだ、一体・・・・・・?」

 朝食を終えると、いよいよ試験の本格的な始まりを迎える。三年は各装束を身に纏い、ガーディアンたちもみな、バトルアスペへとその姿を変化させ、各ビュロー毎に最終確認を取っていく。

「よし。それじゃあ出発するぞ。ここからは単なる試験じゃない。実戦だ。舐めてかかるな。敵は慈悲なんかかけてくれるほど、優しいものじゃない。最低限、自分のことは自分で身を守るんだ。俺たちも全員をまめに見てやれるほどの余裕はないんだ」

 集合したビュロー生たちにフロンが激を飛ばす。緊張や興奮から身震いしている一年生たち。

 バトルに慣れている三年やガーディアンたちは、多少は感情が高ぶっているようだが、普段とさほど変化は見られなかった。

「それじゃ、各ビュロー毎に持ち場へ出発する」

 サポート隊を含め、全員の口からオーと気合の入った声が響いた。

 これから先は、フロンたち四班はそれぞれアザゼルの周囲を取り囲むように散らばって行動する。戦闘経験の少ない一年は、三年に従っての行動が義務付けられる。三年は討伐もそうだが、ビュロー同士の連携を取りながら、自分のビュロー生を守らなければならない。スピリストとしての様々な技量を試される試験だ。

 サポート隊はキャンプ地周辺で待機し、怪我人等の処置をし、魔力消耗の激しい者や、重火器系の武器を扱う者への弾薬等の補給や周辺への影響が出ないように、警戒に当たる。

それ以外のビュローは、アザゼル討伐を筆頭に、他のモンスターたちの掃討に当たる。

「リース、お前やっぱり調子悪いんじゃないのか?」

 キャンプを出発し、各ビュロー毎に散開してアザゼルを目指しているなか、フロンはやはりリースのことが気がかりだった。

昨夜は夕食後寛いでいると、リースは楽しそうにフロンに色々なことを聞いてきた。アカデミーのことや、試験のこと。外の世界のこと。時には思い出話もして楽しそうにしていた。

しかし、今朝になってその表情は一変していた。フロンが挨拶をしても、一瞬目を合わせるとすぐに俯いて、いつもは残すことのない食事も僅かしか口にしていなかった。試験が本格的に始まっても、フロンをジッと見つめては、フロンが見てくると逸らし、落ち込んでいるようだった。

「へっ? あ、ううん。大丈夫大丈夫っ。皆、気合入れていこー」

「・・・・・・リースちゃん・・・・・・」

 誰が見ても明らかだった。

「先輩、リースさん、どうかしたんですか?」

 ルークが耳打ちしてくる。

「俺にも分からん。今朝から明らかに変なんだ」

 リースは一人張り切っていた。それは傍から見れば、ただの空元気にしか見えていないのだが。

「セリス」

 フロンがリースの少し後方を歩いているセリスを呼んだ。フロンに呼ばれ、セリスは瞬間移動のようにフロンの隣に姿を現した。

「リースの奴、本当に何ともなかったのか?」

「はい。リース様の魔力、体力などには問題はありません」

 セリスは静かにそう言った。前に聞いた時と同じ答えを。ガーディアンは姿を消していても、こういう戦闘の前は主の傍を離れはしない。戦闘時に疎通が図りやすいように、傍にいることで波長を合わせる。そのため、セリスならリースと昨夜は共にいたはず。リースの変化の理由を知らないわけがない。

「そうか、分かった。戦闘に問題がないなら良いだろ」

 フロンはチラッと、後ろをついて歩くリースを見る。棗と共に肩を並べて歩く姿は、やはり普段のリースからすれば、見るに絶えないものがあった。

 四方に散開して、アザゼルを目指していると、アカデミー生ではない武装をした人間の姿をフロンが見つけた。

「お前は・・・・・・」

 乱れた呼吸で、仰向けに倒れていたのは、昨日フロンたちに絡んできた賞金稼ぎだった。

「ハァ、ハァ・・・・・・お前、たちか・・・・・・・」

「どうした? そんな重症で」

 フロンはセフィに治療に当たらせようとしたが、セフィは静かに首を横に振った。もはや手遅れということなのだろう。

「フロン・・・・・・?」

 リースや棗たちがフロンを見てくる。実戦で人が死ぬということ間近で見たことがないから、どうして助けてあげないのというような目をしてくる。出来るなら、リースたちには見せたくはない光景だった。

「しっかりしろっ、一体どうした?」

 フロンは、もう目が見えなくなったのだろうか、目が虚ろの男に声をかける。

「たの・・・・・・むっ・・・・・・(かしら)を・・・・・・止めて、ハァハァ・・・・・・く・・・・・・れ・・・・・・」

 フロンの言葉を聞くことなく、そう言い残すと、静かに力尽きた。

 フロンはまぶたを閉じさせると、一行を促した。

「良いか、本当は見せたくなかったが、よく覚えておけ。これからは、こういうことが少なからずあるんだ」

 目の前で息絶えた人間を目の当たりにして、リースも棗も呆然としていた。ルークはローブのフードを深く被っていた。

「行くぞ」

 フロンはそんな三人に、特に言葉をかけることなく、先を急いだ。フロンもガーディアンたちも、その表情は険しかった。

「あいつら、なんて馬鹿ことを」

 フロンは、まさかあの時のハンターたちが、アザゼルを狙っているとは思わなかった。アザゼルを目指すうちに、数人の息絶えた者たちを目にした。

 リースたちは、その度に下を向く回数が増えた。緊張感とは違う雰囲気で、フロンが促せば戦前撤退をしていたかもしれない。

「そう暗くなるな。これが本当の外の世界なんだ。しっかりと目に焼き付けて、覚えておけ。こういう犠牲を出さないために、俺たちはここにいるんだ」

 三年にもなれば、実地訓練などで外へ出る機会が増える。その時に、こういった光景を目にすることは多い。時には同じ仲間を失うこともあった。だからこそ、フロンはシティを出た事のないリースたちに現状を知ってもらうことにした。

 力無き者に、スピリストは勤まらない。モンスターを倒す力は兎も角、現実を受け入れられる精神力も大切な力となる。己に呑まれる者は、道を見失う。多くの人々の指針ともなる存在であるスピリストは、逃げ出すということが出来ない。

「逃げたくなる気持ちも分かるが、お前たちにはガーディアンがついている。安心しろとは言えないが、自分には負けるな」

 遠くでは、他の班がモンスターたちと戦闘を繰り広げていた。

「よく見ろ。俺たちはみんなに支えられている。誰だって命を落とすかもしれないことに対しては不安になる。でもな、お前たちは自分で選んだんだろ? このアカデミーに入学したということはそういうことだ。あいつらは、俺たちが無事にアザゼルとの戦闘を行えるように、ああやってくれているんだ。それを裏切るような真似は出来ないだろ?」

 フロンの言葉に周囲を見回す三人。その視線の先では、様々モンスターたちと交戦している、同じアカデミーの仲間たち。試験だからということもあるのかもしれないが、戦闘中にそんなことは頭には浮かばない。

 思い浮かぶことは唯一つ。

「無事に討伐を果たして、アカデミーに帰るぞ」

 フロンの言葉は、きっと誰もが思い描いている。強敵に臆することなく立ち向かい、帰ることの出来る場所を守り、そこへ帰る。単純でありながら、明快な一つの理由。

 周りは自分たちのために、闘っている。そう思ったのだろうか。リースたちは、顔を上げた。その様子にフロンも、ガーディアンたちも一瞬笑みを見せていた。 

    

「やっと一息つけますね」

 フロンたちアカデミー生が、試験に向かってキャンプを後にした頃、魔術師と思しき黒のロングローブを身に纏い、その背中にはアカデミー章でありセントマリアの血を継ぐ者たちに与えられる、特別な意味を持つ紋章が黄金色に輝いていた。

「そういえば、今日は試験でしたね。皆さん頑張ってますかね」

 男は草原にいた。モンスターたちが群れる中をローブを風に靡かせ、一人歩いていた。

「少し、立ち寄ってみますか」

 男は一人、悠々と誰にも気づかれることなく、荒んだ村へと足を運んだ。

 そこは、やはり何も変わっていなかった。

 いや、少し変わっているように見えた。ちょっと前、出張へ赴く前に一度立ち寄った時よりも、人影が少なくなっているようだった。

「また、出て行かれたようですね」

 日に日に村としての機能を失いつつあるユール。出張前には、まだ人影のあった家に、今は明かりはない。

「お久しぶりですな、ロイド学園長」

 学園長の前に姿を現したのは、ユールの村長である、クリムリンバード。

「ええ、二月ぶりほどでしょうか。またここも、随分と人が出て行かれたようで」

「おかげで、この有様ですわ」

 二人して、村に目を向ける。生気を失いつつある人や建物。家畜などの姿はもうない。あるのは、化石になるのを待っているかのような、真白な骨。

「そういえば、一つお伝えするのを忘れていることがありました」

 ロイドが思い出したように、村長を見る。

「今回の契約書をお見せいただけますか?」

「これですかな・・・・・・?」

 村長が差し出したフロンが先日契約を交わした、契約書。それには契約金として、今のユール村では大そうな金額が記されていた。

 ロイドは軽く目を通した後、その契約書に向かって唱えた。

「エルセルド・カイエ・ル・フィーア」

 すると、契約書が炎に包まれ、灰と化し乾いた風に運ばれて、その形を失った。

「なっ、何を・・・・・・」

 村長は目を見開いて、ロイドを見る。ロイドはそんな尊重に美男子らしい笑顔を浮かべた。

「実はですね、今回のこの件は私のアカデミーでの実地試験を兼ねさせておりますゆえ、この契約は不要とし、無償奉仕とさせていただきます」

 ロイドの言葉に、村長は唖然としていた。

「・・・・・・どういうことですかな?」

「実はですね・・・・・・」

 ロイドは、フロンたちが口にしなかった本来の目的を、洗いざらいに村長に話した。

「・・・・・・とまぁ、そういうわけでお互いにとっても、この条件なら損にはならないと思いましてね」

 ははっと爽やかに笑いながら、ロイドは契約を破棄した。

「しかし、宜しいのですか?」

 村長にとっても、契約金を支払う必要がないのにモンスターを討伐してくれるというなら、願ってもない話だ。

「ええ、構いませんよ。それにそのお金は、今のユールにとってはとても貴重なものでしょう。ですから、今回は私たちにお任せください。村長は少しでもここに為に尽力して下さい」

 ロイドの言葉に、村長は深々と頭を下げた。

「申し訳ない」

「いえいえ、そのように頭を下げないでください。これは私の一存ですから、お気になさらなくとも宜しいですよ」

 ロイドはまだ若い。なのに村長は彼よりもはるかに頭が低い。スピリストとしての立場があるため、よくこのような光景が見られる。

 それだけ人々にとっては、スピリストは尊ぶに値するほどの存在なのだ。

「お話は変わりますが、ここから先はアカデミー学園長でもなく、スピリストとしてでもなく、お聞きしたいのですが」

「なんでしょうか? 」

 ロイドは先ほどまでの表情を一変し、年相応の若者の表情に戻った。

「フロンの姿はお見かけしましたか?」

 ロイドは静かに問いた。その表情は、後輩を気にかける先輩の顔だった。

「随分と立派になったようで、ホッとしましたよ」

 村長も、その立場ではなく、一人の親の顔だった。

「あいつはあの日以来、何かと理由をつけてはここへ足を運ぶことを拒んでいましたから」

 あの日以来、フロンはユールへ何か用があっても、体調不良や家庭の事情などと言っては、頑なにユールへ行くことを拒んでいた。

「あの子は、昔から責任感が強かったから、それくらいは想像出来ていましたよ」

「今でも本人は気に病んでいるのでしょう。ここへ来た時、私情を挟むようなことはしなかったのでは?」

 ロイドは全て見ていたような口調だった。村長も苦笑を浮かべていた。

「馬鹿な子だ。あの子は未だに自分が成長していないと思い込んでいる」

 しかし、その表情はやはりどこか寂しげだった。

「人の心の傷は、簡単には消えないですからね。たぶん今でも、内心は怯えていると思いますよ」

 ロイドは、村の外へ目を向ける。その視線の先には、アカデミー生たちが必死に目的を達成するために戦っていた。

「ロイド君」

「はい?」

 クリムリンバードは、学園長としてでもなく、スピリストとしてでもなく、一人のフロンの先輩として、呼んだ。

「あの子を、これからもよろしく頼む」

「大丈夫です。あいつも含めて全てのアカデミー生は、私がしっかりと教育しますから」

 そういってロイドは微笑んだ。

「では、そろそろ私はお暇させていただきます。少々私の勘が騒いでおりますので。念のために、ここには私のガーディアンをしばらく常駐させますので、ご安心ください」

「ありがとうございます。お気をつけて」

 ロイドはローブを翻し、村を出た。

「ロードメシア」

 村を出た途端、先ほどまでの笑みが消え、スピリストとしての凛々しい表情になった。

「いかがなさいましたか?」

 ロイドの呼びに人型の女性ガーディアンが空気を揺らめかせ姿を現した。その背には純白に輝く大きな四枚の羽が太陽に反射して、神々しく輝いていた。

「恐らく、アザゼルの影響を受けるかもしれない。お前はここで待機していてくれ」

「畏まりました、フィルージア様」

 静かで優雅にお辞儀をするロードメシア。

「それじゃ、少し生徒たちの様子を見てくるよ」

「お気をつけていってらっしゃいませ」

 ロイドは村を任せると、どこかへと歩いていった。

    

 フロンたちは、足を止めていた。

「あれが・・・・・・」

 フロンの袖を軽く握り締め、反対の手は棗と繋がっているリース。彼女はどこか唖然としていた。それは棗もルークも似たような表情だった。

「どうした?」

 フロンは口調こそ穏やかだが、波動弓には魔力を注ぎ、隙がなかった。散開している橘、メイ、アンナのビュローもそれぞれの配置へとついていた。四方を取り囲むようにして、徐々に距離を詰めていく。

「本当に、あれがアザゼル、なの・・・・・・?」

 唖然とした表情は、目の前の敵の圧倒的な力に臆していたわけではなった。

「見た目で判断するなといったはずだ。気を抜くなよ」

 フロンたちハーバリービュローは、アザゼルの背後に回っている。その正面にはアザゼルがいる。

「・・・・・・想像以上ですね」

「もっと、大きいかと思ってました・・・・・・」

 棗もルークも目の前の敵に、半ば大きく目を見開いていた。

 四人に背を向けているアザゼル。そこからは何の魔力も感じられない。片方だけの灰色に染まりボロボロの翼。同じエンジェル族のガーディアンのセフィやセリスたちとは違い、悪しき力に飲み込まれ、堕ちた天使の姿だった。その体には、モンスターのものだろうか、はたまた人間のものだろうか、血が滴っていた。

 そして何より、その力の有無だった。感じ取れる範囲での魔力はごく微量でしかなく、リースたちは本当にこれがSランクなのかを疑っていた。子供のような小柄の容姿。草原にいる他のモンスターの方が、遥かに上のランクにさえ思えてしまう。

「ん?」

 その時だった。フロンが何かを踏んだ。それは草や土の感触ではなく、不気味に柔らかい感触が僅かに感じられた。

「・・・・・・っ」

 リースが声にならない声を上げフロンの腕に抱きつくように視界を覆い隠した。その視線の先には、フロンが先ほど踏んだものがあった。

「あんたは・・・・・・」

 それは、人だった。既に息絶えていて、とても人間には見えなかった。何かに押しつぶされたかのように、干乾びたように、見るに耐えない姿だった。

 フロンの脳裏に、あの時のことが甦った。ユールに用があるからと、突っかかってきた賞金稼ぎたち。ユールに到着してから彼らの悲惨な光景を目にした。何を狙っていたのかは分からないが、この男の成れの果てを見て、フロンは嫌でも理解した。

「あんたたちが相手に出来るはずはなかったのに・・・・・・」

 賞金稼ぎが無謀にも挑んだのは、アザゼルだったようだ。全身の血を吸い取られ、乾物となったその姿。

「・・・・・・あんたたちは、立派だよ」

 そしてフロンは一枚の紙を握っていることに気がつき、その男の亡骸に傍に散らかっていた服を掛け、一本の矢を弓にかけた。

「もっと、俺たちが早く来ていれば・・・・・・」

 男が手にしていたのは、ユールから出された討伐依頼書。相手が誰かを理解していながら、勝算のない相手であっても、最後まで逃げることなく、彼らは闘ったのだ。態度とは裏腹の行いにフロンの拳は強く握られていた。

 たとえ、ライバルであってもその勇姿を称えることが、死した者たちへの鎮魂になるだろう。

「リース、棗、ルーク。各自戦闘に備えろ。アザゼル討伐を開始する」

 フロンは先ほどまでの表情を一変させ、上空に翼を羽ばたかせ、静止しているペガを見る。それに合わせるかのように、ペガシオンの全身の毛が逆立ち、二本の角が天空へとそそり立つ。そして、同じように、メイのセイロウ、橘のリュウホウ、アンナのホーリシアンの、ペガと同じ獅子族のガーディアンがアザゼルに向かって一斉に吼えた。その声は草原中に、地が震えるほどに響き渡り、ペガたちはアザゼルに向かって、光の宿った角から一斉に攻撃を開始した。

「全員、行くぞっ」

 それを筆頭に、まずは遠距離攻撃系のフロンと橘を中心の攻撃がアザゼルへと浴びせられる。

「リースっ、棗っ、お前たちはアザゼルの反撃に備えろ。ルーク、お前は俺の矢に向かって魔法を唱えるんだ」

 ガーディアンたちも、己の力を高め、攻撃を開始した。

 フロンは弓を構え、弦に魔力を込めアザゼルへと放つ。

「エミレント・ハデラス・デュ・ファルト」

 それに合わせてルークも、今の段階での最上級魔法を唱える。多大な魔力を消費するため、ルークにとってもフロンにとっても、その攻撃は賭けであった。Sランクモンスターは、他とはレベルが違いすぎる。そのため長期戦は圧倒的にこちらが不利となる。そのため、ハーバリービュローに限らず、メイリンビュローも、メイが男騎士に反撃に備えさせて、他の魔術使いたちにはルーク同様に、魔法陣を展開させ、一撃に賭けているようだった。橘ビュローもアザゼルに照準を合わせ、標準(ゼロ)距離(イン)からの一斉攻撃の構えを見せていた。

 ペガたちの攻撃がアザゼルを直撃する。その瞬間、辺りが魔力開放によって真白に染まる。爆音と爆風が、各ビュローを襲う。その衝撃にガーディアンたちがフロンたちの前に立ち負担を軽減させる。

 その中をフロンが矢を放ち、ルークの魔法がその矢を包み込むように、青白い炎を纏わせ、砂埃の中を閃光のごとく射られ、ペガたちの攻撃で立ち上った砂埃で他の様子は伺い知れないが、魔法攻撃特有の轟音と、火器の重厚な音も同時に辺りを包んだ。

 その時間は、ほんの一瞬だった。Sランク相手に真っ向から挑むには、フロンたちはまだ力が至らない。四方からの一斉攻撃で畳み掛けるしかなかった。小さな力であっても、それが集えば強大な力となる。他の地域でモンスター討伐に当たる班の分まで、フロンたちは負けるわけにはいかない。そんな想いが爆発したかのように、アザゼルの姿はしばらくの間、砂埃で見受けられなかった。

「やっ・・・・・・たの?」

 剣を構え、視界の悪い先へ目を細めるリース。

「だと良いが、油断はするな」

 その数歩先で、弓を構えたままのフロンに、ほとんどの魔力を消費してしまったようで、ローブが上下し息が上がっているルークと、それを支える棗。

 辺りに漂うのは、静寂。

 アザゼルからは何の反撃もない。静かだった。

「やったのか?」

 フロンが静かに弓を下ろした時だった。

「主っ、構えよっ」

 ライジンが黄金に輝くピアードを振りかざした。それに合わせるように、セフィたちが各主の正面に立ち、一斉に防御体制に入った。

「えっ・・・・・・?」

 突然のことで、リースやルークたちはあたふたとしていたが、

「きゃあぁぁぁっ――――っ」

 その瞬間、吹き飛ばされかねないほどの、大きな衝撃に襲われた。

「くっ・・・・・・」

 セフィの防御魔法で何とか堪えたフロンだが、それでも立っているのがやっとだった。

「ハーバリーさ、ま・・・・・・申し訳、ありま・・・・・・せん・・・・・・っ」

 セフィが限界を迎えたようで、その姿が徐々に薄れていく。

「セフィッ」

ガーディアンは人間とは違い、簡単には死ぬことはない。寿命はあるが、それがいつなのかを人間は知ることはない。人とは時を流れる感覚が大きく違うためだ。また、ガーディアンは精霊天使のため、戦闘で命を落とすことはない。己に限界が来れば、形体を物質構成しきれなくなり、その姿は消えるだけあり、時間が経てば力が回復し、再びその姿を現すことが出来る。

 やがて、セフィに限らずライジンやリースたちに与えたセリスたちも限界を向かえ、その姿を消滅させた。その瞬間、フロンたちは衝撃波に弾き飛ばされた。

「うっ―――」

 砂埃も全てが吹き飛ばされ、フロンが体を起こした時には、状況が反転していた。上空に避難したペガたち四体のガーディアンを残して、全てのガーディアンがその姿を消していた。ペガたちがそれぞれのビュローへと、舞い降りて駆け寄る。

 ペガに支えられるようにして、体を起こしたフロンの視界には、誰一人としてその足で立っている者はいなかった。

 ただそこにいるのは、静かに佇むアザゼルだけだった。

《ハーバリー様、ご無事ですか?》

 テレパシーでフロンに訊ねるペガ。

「悪い。手間をかけた。俺は良いからあいつらを頼む」

 フロンの後ろには、気を失っているリースたちがいた。ガーディアンが身を挺してくれたおかげで、何とか軽症で済んだが、もはや三人にはバトルを行えるだけの魔力は残ってはいないようだった。

「メイも橘、アンナもビュロー生は全滅か・・・・・・」

 メイたちも何とか立ち上がっていたが、ビュロー生たちはガーディアンに魔力回復を受けているようで、戦闘不能に変わりはないようだった。

「フロ・・・・・・ン」

「リース、大丈夫か?」

 アザゼルは戦闘開始の頃と同じように、ただ静かに佇んでいた。

「どう、なった・・・・・・の?」

 突然のことで、訳も分からないまま戦闘不能に追いやられたリースが何とか上体を起こそうとするが、力が入らないようで、フロンが抱きかかえるように支えてようやく、体を起こすことが出来た。

「アザゼルの反撃にあった。ガーディアンのおかげで、何とか無事だったが、もうお前たちは闘えないだろ。ごめんな、急なことで俺も守ってやれなかった」

 フロンの言葉に、リースは震える手を、さし伸ばす。

「ううん、フロンのせいじゃない、よ・・・・・・」

 リースの乾いた笑みに、フロンは心を痛めた。先制の一撃で全てを終わらせるつもりだったが、それが全く通用していなかった。そのせいで、自分のビュローに限らず、他のビュローへも多大な被害を出してしまった。そのことがフロンの苦い記憶とリンクしていた。

「ペガ、お前はこのままリースたちの魔力回復に努めてくれ。ルークの消耗が激しい。リースと棗の治療を終えたら、救護班に搬送を頼んだ」

 先ほどのアザゼルのたった一度の反撃で、フロンたちは大きく飛ばされ、フロンの背後にはユール村が見えていた。

「リース、お前はペガに治療してもらって歩けるくらいになったら、そのままキャンプへ引き返せ」

「フロンは・・・・・・?」

 不安げな眼差しでリースがフロンの袖を掴む。その手をそっと包み込み、柔らかく外すフロン。

「俺たちの任務はアザゼルの討伐だ。ここで逃げるわけにはいかない」

 リースの好きな笑顔だった。でも、この時のリースにとっては、その笑顔は好きになれるものじゃなかった。そっと外されたリースの手。フロンは静かに立ち上がると、弓を片手に背を向けて、その場をペガに任せた。

「フロン・・・・・・」

 その背中を、リースは背後のユール村とを交互に見つめていた。

    

「メイリン、橘、アンナ、無事か?」

 どうやらメイたちも離れた場所にビュロー生を避難させたようで、離れた所にガーディアンの姿があった。

「私は問題ありませんわ」

「ああ、俺も何とかな」

「私は距離が近かったから、ちょっと辛いかも・・・・・・」

 メイと橘は特に問題は無さそうだったが、アンナは接近戦のため影響を受けたようで、いくつかの傷が見えた。

「とりあえず、ガーディアンがいない今、俺たちに出来ることは限られてる」

 フロンの言葉に三人は頷く。今のフロンたちにアザゼルと対等に己の力だけでは、厳しい。先ほどアザゼルの力を目の当たりにしていたからこそ、やみくもに戦いを挑むわけにはいかなかった。

「ガルル」

 ビュロー生の治療と搬送を終えたペガたちが戻ってくる。

「戦力は俺たち四人に、獅子族四体か」

 獅子族のガーディアンは優れた戦闘能力を有し、上級位の地位をものとしているが、それでもAランク。彼らの前にいるにはSランク。そこにある壁は、大きい。

「とりあえず、まずはアザゼルをかく乱させて、攻撃の隙を与えないことだな。その合間に致命傷を与えなければ、俺たちの負けだ」

 フロンはアザゼルへ目を向ける。アザゼルは何もしていない。ただ静かに片翼を広げ、悲しみに満ちた目で虚空を見ていた。

「私たちには目もくれていないようですわね」

 他の場所とは違って、アザゼルの周辺は酷く静かだった。周辺ではバトルをしているモンスターやアカデミー生がいるが、アザゼルの近くは草も枯れ、全てが死に絶えているような雰囲気だった。

「いつまでも悩んでも仕方ねぇだろ」

 橘が銃を取り出し、次弾を込める。

「そうだけど、どうするの?」

 アンナは徐々に体調が良くなってきたようで、先ほどよりは顔色の良かった。

「アザゼルは通常攻撃が効かないからな。魔力の消耗は極力避けていかないといけないだろう。まずは俺と橘で遠距離からかく乱して、その隙にメイがアザゼルの動きを鈍らせて、アンナが一気に畳み掛けるのが良いと思うんだが。ペガたちにはその支援に回ってもらう」

 フロンの提案に、異議はなかった。アザゼルの情報は少なく、その実力は不明。下手に動くことが出来ないが、かといって慎重に動いてばかりでは何も出来ない。

「それじゃあ、さっさっと始めるか」

「ああ、メイとアンナは状況を見て判断してくれ」

「ええ、分かりましたわ」

「気をつけてね」

 フロンと橘はそれぞれ武器を携え、ただ一人の敵を目指して歩き出した。

「何か、さっきまでより魔力上がってないか?」

 アザゼルの様子が少し変わったようだ。先ほどまでは、ほとんど感じられなかった力が肌に感じられるようになってきた。

「これくらいで済むなら、さっきのは夢だな」

 フロンと橘は互いに距離をとり、アザゼルへ向けて弦を引き、トリガーに手をかけた。

「獲物を狩りし 我が波動の矢よ 今こそその力を持って 射べし者を討て 流閃の暁」

 フロンが弓を構え、唱えると、弦に夜明け前の空のように蒼の矢が構成される。それをアザゼル向ける。弓が弧を描くようにしなり、フロンの周囲を風が包み込む。

「さぁて、まずはスモークショットとバーストをぶちかましてやるか」

フロンの正反対の位置に立ち、アザゼルを挟み込むように二人が同じ目標へ矢と銃口を構え、放った。先にアザゼルへ届いたのは、橘の銃弾だった。二丁を構え、それぞれから放たれた銃弾は、一発は命中したのかどうかは不明だが、煙幕を立ち上らせ、アザゼルをかく乱し、もう一発はその瞬間に大きな爆発をもたらした。空に立ち上る炎を纏った煙が姿を互いに隠す。

一方で、フロンの射た矢も、今までの中では比べ物にならないほどの魔力を秘め、放った瞬間に周囲を大きく巻き込む風を生み、波動の波が空間を波打たせ、大きな衝撃波がフロンを中心に辺りに広がった。

「当たった・・・・・・」

 二人の攻撃が命中した。目で見たわけではないが、アザゼルが声にならない叫び声をあげた。

「うおっ、あっぶねぇ・・・・・・」

「くっ・・・・・・」

その瞬間、煙幕の中から無数の漆黒の魔力の塊が放たれた。橘とフロンはすぐに攻撃態勢を解き、回避にまわった。

それでも、かわしきれないアザゼルの魔法を喰らった。

「重力魔法か。流石に、重いな」

 魔法の中でも威力の強い重力系。それを無数に、しかもほとんど一瞬でこれだけの数を放つことが出来るのは、やはりSランクである証。そして、ダークエンジェルの力。魔法のエキスパートである一族であるため、その威力は甚大なものだった。

 周囲にいたモンスターも、アザゼルの流れ弾を受け戦闘不能に陥っているものもいた。

「フロンっ、大丈夫かっ?」

「ああ、問題ない」

 橘はそのまま数種類の弾を使い分けながら、煙幕に包まれたアザゼルへと撃ち込んでいく。フロンも魔力を抑えながらも、矢を射っていく。

「フロン、総一郎、離れなさいっ」

 未だ叫び声をあげて無数の魔法を放ち続けるアザゼルに、メイが動いた。

フロンと橘を離れさせると、メイはローブを翻し、杖を振るった。

「エル・アデロ・ル・ルメリアルデント」

 メイが詠唱すると、三角の形をした紋章がメイの足元に浮かび上がり、そこから無数の金鎖が煙幕の中へと伸びていく。波打つ鎖が、アザゼルを捉えたようで、ピンと張った。

「アンナ、捕縛は良いですわよっ」

「うん、分かったっ」

 メイの魔法は、アザゼルの動きを封じ魔力をも奪う、魔術師フォード家に伝わる魔法の一つであった。メイの言葉を受け、アンナが晴れてきた煙幕の中へ駆けていく。

「はああぁぁっ!」

 気合の入ったアンナの声が、苦しげな声を上げているアザゼルへと向かっていき、アンナの魔力によって増幅した力がアザゼルから立ち昇る煙を吹き飛ばす。

 アンナが身動きの取れないアザゼルの懐へ入り込み、魔力を込めた掌を腹部へ打ち込み、体を反回させ勢いをつけると、そのまま回し蹴りを喰らわした。鎖のせいで身動きの取れないアザゼルに、さらにアンナは拳、蹴りに魔力を込め、圧倒していく。

 アンナの攻撃を受け、アザゼルを縛る鎖が揺れていた。メイリンの秘伝魔法とはいえ、Sランクモンスターには、時間稼ぎにしかならない。次第にその鎖が薄れてきた。

アンナは一定の距離をとり、一呼吸つくと左手に魔力を集中させる。

「すぐに楽にしてあげる」

 魔力が凝縮された左手は、目で見て分かるほどの魔力が溢れていた。それをアンナはアザゼルめがけて打ち込んだ。

「メルトニアッ」

 勢い良くアザゼルへと繰り出した掌から、凝縮された魔力が放出され、アザゼルはその魔力の光に全身を貫通させられた。

「うはぁ・・・・・・えげつねぇな」

 煙幕が吹き飛ばされ、橘が銃を肩に掛けてアンナの攻撃に苦笑を浮かべていた。

「――――・・・・・・ふぅ」

 やがて小さくなり消えたアンナの掌波。アンナは大きく肩で呼吸し、その場を離れる。

「ガルゥアアァァ――――――ッ」

 その次の瞬間、ペガシオン、セイロウ、リュウホウ、ホーリシアンが一斉にアザゼルへと角を立て、四方からアザゼルを貫いた。アザゼルの悲痛な叫び声がユール草原全体に響き大気が揺らいだ。一瞬ではあったが、草原全体が何の音沙汰もなく、絶対静寂が辺りを支配した。しかし次の瞬間、辺りは全てが真白に染まった。

「何っ――――……っ!」

 眩い閃光を放つと、上級ガーディアンの中でも優秀な獅子族たちが、一瞬で消滅した。先ほどとは違い、フロンたちにはただ眩いだけであり、風圧がかかった程度であった。

「ペガたちまでもが・・・・・・」

 光が収まると、そこにはアザゼルが全身から血を垂れ流し、宙に浮かんだまま、フロンたちを睨みつけるかのような目を向けていた。灰色の一つの翼が日を浴びて黒の影を生んでいた。

その目からは、真赤な血のような涙が流れ、垂れていた翼が漆黒に輝き、大きく開いていた。

「まずいですわっ、こちらへっ」

 その表情を見て、メイが三人を下がらせた。

「エル・アデロ・ル・パルフォールッ」

 メイが慌てて防御魔法を唱えた。その瞬間、アザゼルが憎悪に満ちた眼差しで、フロンたちに向かって叫びながら光線のようなものを発してきた。

「うっ・・・・・・く――――」

 メイの詠唱で、アザゼルへ向けられたメイの杖の先にシールドが展開された。そこへ向かってアザゼルの邪黒の一閃が真っ向から衝突し、その力にメイの顔が苦痛に歪んだ。

「メイっ」

 メイの背後に退避したフロンたちが、後退して攻撃を加えようとした。

「動かないでっ」

 フロンと橘がそれぞれ構えようとすると、メイがそれを咎めた。アザゼルの攻撃が一旦収まると、シールドが砕け散った。

「メイリンっ」

 アンナが駆け寄る。

「大丈夫、ですわ・・・・・・」

 メイは言葉と表情が一致していなかった。

 アザゼルは甲高い叫び声を上げながら、今度はフロンたちではなく、怒りを撒き散らすかのように、闇雲に攻撃をしていく。その威力は他のモンスターを圧倒し、先ほどメイの防御魔法で何とか助かったものの、フロンたちの周囲は焼け焦げたように草花が黒く爛れ、高熱で溶かされたように土が泥のようになっていた。

「まだ全然本気じゃねぇってか・・・」

 橘はその力に嫌な汗を流していた。

「魔法は得意ってわけじゃないけど、少しはこれで回復して」

「アンナ、ありがとう。おかげで楽になってきましたわ」

息の上がったメイを看護するアンナに、目の前の圧倒的な力に成す術がないといった具合に脱力している橘。

「くそっ、ここまでか・・・・・・」

 フロンは三人が限界に近づいていることは分かっていた。アンナに魔力を分けてもらって多少は回復しているメイだが、もう高レベルの魔法は使えないことは明らかで、アンナもそのせいでほとんどアザゼルに対抗するだけの魔力はない。橘はまだ余裕がありそうだが、火器だけではアザゼルの攻撃は防げない。フロンも近距離戦では勝算が低く、かといって遠距離に持ち込んでもアザゼルには先ほどのような攻撃がある限りは、対等にはなれない。

「考えが浅はかだったか」

 フロンは自分の力のなさに(ひが)みよりも、呆れていた。今救援を頼んだところで、他の班もまだ戦闘をしているところもあり、彼らに援護出来るだけの力は残されてはいないだろう。

ガーディアンもいない。通常攻撃は効かない。戦闘を有利に出来るほどの魔力もないし、サポート隊の世話を受けられるほどの余裕も時間もない。

こうなれば、撤退して教員に後を任せるしかない。しかし、そうなればこの試験は全員不合格となる。試験のことなどを考えている暇はないかもしれないが、このままアザゼルの好きにさせるわけにはいかない。

何しろフロンの背後にはもうユール村が見えている。このまま撤退すれば、アザゼルの攻撃で村に被害が及ぶ。それはフロンには見過ごすことが出来ないことだった。アザゼルの攻撃であれ、自分のせいで結局はあの日のような惨劇を招く結果になってしまうかもしれない。

「どうすれば・・・・・・っ」

 フロンは頭をフルに回転させ、何か状況を変える術を考えるが、そんな暇はなかった。

 アザゼルは情を持たないモンスター。その昔はエンジェル族の一員として、スピリストと共に人々の生活を守るためにモンスターと闘っていたらしいが、もはやその面影はどこにもない。邪の力は無常で強大だ。大いなる力を得る代わりに、その心は失われる。そしてもう元には戻れない。

「フロンっ」

 橘が叫んだ。

「あれはっ・・・・・・」

 橘の声でアザゼルへと顔を上げると、アザゼルがこちらに向かって手を向けていた。その手の先には、先ほどのようなものではなく、アザゼルの本気と思われる邪に染まった光球が不気味にその形を大きくしていた。

 フロンはメイたちに言葉をかけようとした。しかし、そんなことはアザゼルには何の意味も成さない。フロンが口を開こうとした瞬間、アザゼルの手から光球が離れた。フロンたちを軽く超える大きさの光球は、大きさとは裏腹にそのスピードは圧倒的だった。

「かわせっ」

 そう叫ぶことが精一杯だった。

体を横へ飛ばし、ギリギリで四人は交わしたが、それでも光球の周囲を取り巻く魔力の影響で体が引き寄せられ、草原にいるAランクモンスターの通常攻撃を受けるよりも、そのダメージは大きかった。

「しまっ――――っ」

 フロンは自分が受けたダメージよりも、自分が避けてしまったことに気が回った。振り返った視線の先には、ユール村。フロンは全身が凍りついた。それはユール村へ向かってアザゼルの光球が飛んでいく。

「・・・・・・・・・っ!」

 時間が止まったかのようだった。フロンの頭にはその後訪れるであろう結果が、過去の記憶とリンクした。

「リ―――スッ!」

 しかし、フロンが叫んだのは、違った。

フロンは全身の血の気が引いた。村のことも頭を過ぎったが、それ以上にフロンは絶句した。

 フロンの視線の先には、不気味な光球が村へと向かっている。そして、その前には、さきほどフロンが一度退避させ、キャンプへ戻るように言ったはずの、一人の少女の姿があった。

 微力な魔力を込めて、僅かに光る剣を構え、その瞳には誰よりも強い思いを込めているようだった。

 距離が離れているせいで、フロンの言葉は届かない。フロンはひたすらに叫んでいた。真正面に構えていては、その命が危ない。

「リ―――スっ!」

 フロンは波動弓を構えようとしたが、体が言うことを聞かず、その光景を見ているしかなかった。

「フロンを守るのは私なんだからぁぁ―――っ」

 リースの口がそう叫んでいたように見えた。その次の瞬間、リースは落葉のように宙を舞った。リースの手を離れた剣が太陽の光を受けて、聖剣のように光り輝いていた。光球はリースのおかげなのか、剣の影響なのか、村から逸れて、その先に見える丘の岩に反れ、粉砕して消えた。

その光景をフロンに限らず、メイ、橘、アンナも大きく目を見開いてその瞳に映していた。誰もが感じたことに出てくる鳥肌だけが共通した症状だったかもしれない。

「――――――っ!」

 フロンは息を呑むだけで、ただその光景を鵜呑みにするしかなかった。

 無常にも、その時のフロンの脳裏には、リースのいつもの笑顔が浮かんでいた。

《えっへへ〜》

 毎朝、フロンの家まで一緒に登校するために、わざわざ迎えにまで来て、意味もないのに楽しそうに笑うリース。

《フロンっ、遅いよぉ》

 アカデミーでの授業を終え、ビュロー活動のためにビュロー室に顔を出せば、文句を言いながらも感情豊かな笑みを見せるリース。

《えへへっ、フロンっ、これからも一緒だよっ》

 つい最近アカデミーの入学式の日、これから始まる新しい生活に胸を躍らせ、破顔した笑顔をフロンに向けていた、フロンの好きなリースの笑顔。

 そんなリースの姿が、フロンの目には見えていた。

「リ―――――スっ!」

 今のフロンには、もうユールが見えていなかった。

 宙を舞い、地へ鈍い音を立てて落ちたリース。人形のように身動き一つせず、その場に横たわっていた。そのすぐ傍に主を失った剣が大地に突き刺さった。何の表情も示さない綺麗な素肌の顔立ちが、その状況に似合わず映えていた。

メイたちはアザゼルの攻撃で想像以上にダメージを受けてしまったらしく、体を起こすことが精々で、その場を動けなかった。

「リースッ!」

 フロンは己のことなどを投げ出して、リースの所へ駆けた

 抱きかかえて声を掛けるが、リースは何の反応も示さない。眠っているかのように、静かに目を閉じたままフロンに抱かれていた。頬に付いた血の混じる土を手で拭き取り揺するが、反応が返ってこない。

「リースっ」

リースからは魔力どころか、生気も感じられず、フロンが握ったリースの腕が、フロンの手を離れ、静かに草原の草の上に下りた。リースの金色に輝く髪が、風で靡き、その顔を覆うように垂れていた。フロンは全身に鳥肌が立ち、呆然とした顔で、リースの頬に手を当てる。

「リース・・・・・・?」

 顔にかかる髪をその手で払い、静かに呼びかけるが応答はない。全身の力が抜けて、完全にフロンに身を預けていた。というよりは、フロンが支えているだけなのかもしれない。

「・・・・・・っ」

 草原を撫でる風が妙に優しかった。

 全てが遠くに感じられた。何もかもがフロンにはどうでも良かった。あんなに明るく灯っていた光が、一瞬で消えた。

 スピリストになるには、犠牲はつきものだ。弱い力は人々を守るためには、あまりにも無力である。誰かを守るための力であるなら十分かもしれない。だが、スピリストはそれだけではその存在に意味はない。多くを守るためには、それなりの力がなければならない。

 何もフロンにとっては、アカデミー在学中に友を失うことは少なくはなかった。しかし、今のフロンの心は、わけが違っていた。

「うわぁああぁぁぁ―――――っ!」

 フロンはリースを強く抱きしめ、どこまでも広がる青空へ向かって、やり場のない怒りと悲しみを吐き出した。その瞳からは雫が零れ落ち、リースの頬を伝って大地へ流れた。

 フロンの叫び声と共に、辺りを気迫とも取れる風がフロンから周囲へ吹いた。

「アザ、ゼル」

 フロンはリースを静かに草原に横たえると、波動弓を手に立ち上がった。アザゼルに向く瞳はたった一つの想いに染められていた。

 先ほどまでフロンも魔力も体力も限界だったというのに、今のフロンからは溢れ出た魔力が、風を起こして装束を靡かせ、赤髪が逆立つように靡く。

 波動弓が魔力の影響を受けて、異様とも思える形へ変化し、フロンの瞳の色も澄んだ蒼から怒りを帯びた朱へ変化していた。全身を包むのは赤。桁違いに増す魔力が草原の草を薙ぎ倒す。

「フロン、あなた・・・・・・」

 メイたちがその変貌振りに、息を呑んだ。

 我を忘れたようにフロンは、誰にも目をくれることなく、第二波とも思える光球をこちらへ作り出しているアザゼルへ静かに歩み寄っていく。

「お前、止めろっ」

 フロンが橘たちの横を通り過ぎていく。

「ハーバリー君、ダメッ」

 アンナも声を掛けるが、フロンにはその言葉は届くことはなく、三人の前を通り過ぎていく。三人はフロンから漂う雰囲気に押され、それ以上は何も言えなかった。

    

《良いのですの? ロイド先輩は村を出るなと仰ってたではありませんか》

《そうだよ、ビュローの規律を破っちゃ駄目だよ》

 メイリンとアンナが、目の前の二人に止めるように促す。

《大丈夫だっての。先輩はどうせ、あいつらのことで気が一杯なんだしよ》

《すぐに戻れば分からないさ》

 銃の手入れを済ませ弾を込める橘と、魔力を込め何度も矢を作り出す練習をするフロン。二人はつい先ほどの興奮を抑えられないといった具合で、戦闘へ赴く支度を整えていた。

 ユール村は賑やかだった。アカデミーでも当時トップのビュローだった、ロイドビュローが実地試験に向けての訓練の一環で、訪れていた。五十人あまりもビュロー生を抱えるロイドは、訓練に向けて後輩たちの面倒見で忙しく、フロンたち四人は、ビュローの中でも優秀とあって、ロイドの目が少々届いてはいなかった。

《にしてもさっきの先輩、凄かったよな》

《ああ。三年であの魔力は、やっぱりフィルージア家の血を引いてるからなんだろうな》

 このユール村を訪れる前、ロイドビュローは幾度となくモンスターの洗礼を受けた。その度に、ロイドが魔術師としての力と、ガーディアンを使役して、モンスターを圧倒してきた。その勇姿を目の当たりにして、ビュロー生はうずうずしてきたようで、フロンたち以外はロイドに装備や魔力の調整の仕方を宿の近くの広場で、教えを扱いていた。

《仕方ありませんわね》

 フロンと橘は聞く耳を持たないようで、支度を済ませるとロイドに見つからないように、村の裏へと歩いていった。

《えっ、メイリン?》

その後に、メイリンが予め支度をしていたかのようについてきた。

《あなたたちだけでは、何を仕出かすか分かりませんわ。私が監視しますわ》

 呆れ顔ながらも、メイリンもどこかではフロンたちと同じ考えを抱いていたのかもしれない。

《ちょ、ちょっとダメだよっ》

 アンナは三人の前に立ちはだかり、止めに入った。

《すぐ戻るから。なっ、良いだろ?》

 橘がウィンクして、了承を得ようとするが、アンナは規律だからと頑なだった。

《じゃあ、アンナは残ってろって。俺たちは行ってくるからよ》

 ポンとアンナの肩を叩き、その横を通り過ぎる橘。

《遠出はしないから、すぐ戻る》

 フロンも目の前のことにすでに頭は切り替わっていて、アンナの忠告など流していた。

《いざとなれば、私が二人を止めますわ》

 メイもアンナの横を髪を靡かせながら通り過ぎた。

《もうっ、みんなっ、ダメだってばぁ》

 アンナは振り返り、三人に向かって駄々を捏ねるようにその場で跳ねていた。

 村の裏手から何とか誰にもバレずに外へ出ると、世界は一変する。空には大小様々な鳥獣モンスター。草原には種族同士で群れを成しているモンスターや、孤軍奮闘しているモンスターなどがあちらこちらで見られた。

《何だよ、結局アンナもやりたかったんだろ?》

《ち、違うよ。私はただ・・・・・・》

 顔を赤くしてモジモジと手を弄るアンナ。

《結局は全員考えることは同じってことなんだろ》

 フロンは楽しげに笑っていた。それにつられてメイ、橘、アンナも噴出していた。

 しかし、ここは村を一歩出れば戦場でもある。まだアカデミー一年生には、歯が立たないランクのモンスターも数多い。フロンたちの笑みもすぐに険しいものへと変化した。

《ちっ、ごちゃごちゃとうざったいんだよっ!》

 橘がひっきりなしにトリガーを引き、その度に銃声が大空に轟いた。

《なんだ、お前? もうダメか?》

 そんな橘に援護するようにフロンが、魔力の矢を放つ。

《っるせぇな。接近は俺には向かねぇんだよ》

 魔力の低い橘には、火器に頼りがちなため、弾数のこともあり、徐々に追い込まれ気味だった。

《大丈夫っ? 橘君》

 アンナが橘に集まるモンスターを蹴散らす。遠距離攻撃向きの橘には、接近戦は不利になるため、アンナがその傍を守っていた。

《全く、あなたたち戦略というものを考えていますの?》

 呆れたような口調で、メイが四人の傍に群れてくるモンスターとの間合いを見て魔法を詠唱する。

《エル・アデロ・ル・ブリージア》

 メイの魔法で、四人の傍に群れていたモンスターたちが凍りつき、砕けた。

《・・・・・・ふぅ》

 周囲に敵がいなくなると、四人はそれぞれため息を漏らした。

 まだ、見習いとしての力程度しか磨かれていない四人には、数匹を相手にするだけでも、魔力の消費は著しいものがあった。

 少々の休憩を挟んでいると、草原が慌しくなってきた。

《ん? なんだ、この音?》

 大きな地響きが腰を下ろしている四人に脚から伝わってきた。

《でかい奴でも騒いでんのか?》

 呑気に草原に横たわり、大空を眺めている橘。

《ち、違うっ》

 突然アンナが叫んだ。

《フロン、あれを見て》

 メイも先ほどまでの穏やかな表情ではなく、立ち上がり、一点を凝視していた。言われるがままにその方向に目を向けると、先ほどまでとは比べものにならない、モンスターの集団が同じ方向へ向かって大地を揺るがしていた。

 四人がモンスターの行く先と思われる方向に目を向けて、絶句した。

《急いで戻るぞっ》

 四人はバトルを繰り広げるうちに、いつの間にか随分と村から離れたところまで来ていた。そして、四人はモンスターと同じ方向へと駆けた。

《何なんだよっ! 一体!》

 橘が急なことで状況を飲み込めず、モンスターたちに向かって駆けながら発砲するが、何も変化はなかった。むしろモンスターたちの勢いが増したようにさえ見えた。

《知るかっ。今はとにかく村に戻るんだ》

《間に合わないわっ》

 メイの言葉通り、モンスターたちの方がフロンたちよりもこのままでは早く村へと到達する。モンスターたちの勢いからすると、恐らくユール村は単なる通過点に過ぎないように見える。数百の集団が、走り抜けるだけでも今のままでは、ユールは終わる。

村には何の変化も見て取れなかった。まだ誰も気づいてはいないのかもしれない。そう思うと、フロンは気が気ではなかった。

《もっと早くっ》

 いくら急いでも、モンスターたちは待ってはくれない。地響きが徐々に大きくなり、モンスターの鳴き声も混じっているのが聞き取れるほどにまでなってきた。遠距離攻撃の橘はひたすら走りながら、モンスターたちへ向かって銃を発砲するが、効果が見られない。アンナとメイでは攻撃範囲に限りがあるため、攻撃したところで集団には届かない。

 フロンは立ち止って弓を構えようとするが、先ほどまでの戦闘で魔力を大幅に消耗したせいか、太刀打ち出来るほどの矢を形成できず、走るしかなかった。

《やめろぉぉ――――っ》

 フロンは叫んだ。村には多くの人間がいる。ロイドたちが残っているとはいえ、数百を一度に相手に出来るわけがない。他のビュロー生もフロンたちほどの実力はない。

 何よりあの村は、フロンにはかけがえのない地。失わせるわけにはいかなかった。

《――――っ》

 四人は、駆ける足を止めた。いや、頭では駆けようとした。だが、体がそれを拒否した。

砂埃に包まれた四人が目指した場所。

 ほんの数十分前までは、豊かさで溢れていた村。

 訓練のために滞在するはずだった憩いの場。

 そして、何より。フロンの故郷。

 それが、一瞬で全てが失われた。

 橘の銃が重たい音を立てて、地に落ちた。アンナは両手で全てを遮断するかのように、顔を覆っていた。メイは幼い頃に短期間ではあったものの、ユールで過ごしたことがあるため、その光景にうなだれていた。フロンは、砂埃でよくは見えないが、一歩ずつゆっくりと歩いていった。

 誰も言葉を発しなかった。目の前の惨劇を現実だと思えなかった。今までこんな経験をしたことのなかった四人には、その時間が永遠のように長く感じられた。

《うそ、だ・・・・・・ろ》

 フロンは、何度もその言葉を自分に言い聞かせるように、発していた。

《うそだ、嘘だ、う、うぅ・・・うわあぁぁぁ――――》

 その瞬間、フロンの中で何かが壊れた。消耗したはずの魔力が、元々フロンが有していた以上の魔力が、メイたちでさえも肌で感じられた。

 フロンは弓を構えた。

 フロンの目は、獣を見据える鬼のようであった。溢れ出る魔力を抑えることなく体外にも放出し、その影響でフロンのアカデミーの制服は破れ、弓が大きな変化を見せ、その姿はまさに鬼人と呼ぶに相応しく感じられた。

 弓を構え、弦を引く。すると、一本の太い黄金色に輝く矢がフロンの魔力を吸収したように構成される。それをフロンは、ユール村へ向けて傾斜をつけて空へ放とうとした。弦にかけられた矢からは、メイたちは殺気よりも酷く恐ろしいものを感じた。

《フロン、お待ちなさいっ》

《ハーバリー君、ダメッ》

《お前、止めろっ》

 三人がフロンを止めようとするが、フロンを取り巻く魔力の影響で、地に捻じ伏せられるように圧倒的な気迫の前に、それ以上何も出来なかった。

 フロンは遮るもののない空へと、矢を放った。矢とは思えない速さで天空へと舞い上がる矢。一定の高度へ到達すると、辺りを光が包み込み、一本だったはずの矢が、大地に黄金の雨のように降り注がれた。

 ユール村の周辺をスコールが襲っているかのようで、草原のあちらこちらがフロンの放った矢で無数のくぼみが出来た。そこにいたモンスターはその矢の雨に散っていった。

 しかし、それでもモンスターたちの数は増すばかりだった。フロンはもう一度弓を構えた。何も言葉を発することなく、怒りに満ちた瞳を向けたままで。

《ハーバリー・フロンティスッ》

 その時だった。怒声にも近い声が空から舞い降りてきた。飛竜型ガーディアンと共に、フロンたちの前に姿を現したのは、フロンたちが所属するビュローの代表者である、ロイド・フィルージアだった。

 自我を失っているようで、フロンはロイドに気づかないまま、弦を引く。

《フロンッ》

 その瞬間、フロンが張り倒された。

《っ、先・・・・・・輩・・・?》

 ロイドがフロンの顔に拳を叩きつけた。

《フロン、お前、自分が何をしたのか分かってるのかっ!》

 ロイドは普段は消して見せないような表情でフロンを叱責した。

 ロイドの言葉に、徐々にフロンは自分のしたことを思い出したようで、身を震わした。

《あっ・・・・・・あぁ・・・・・・》

《勝手に行動するなと言っただろうっ》

 ロイドは呆気にとられている三人にも、叱りつけた。

《・・・・・・とにかく、無事で良かった》

 しかしすぐに、いつものロイドに戻った。

《ウィンリード、メラフレイラだ》

 ロイドは先ほど乗ってきたガーディアンを促した。ガーディアンは巨大な翼を広げ、大空へと羽ばたいていく。そして、村へ襲い掛かるモンスターたちへ向かって、龍のような焔を吐き出した。数百もいたモンスターが、たった一度のその攻撃で、みな姿を消した。

 その圧倒的な力を前に、四人はただ呆然と立ち尽くすだけであった。

《ハーバリー、フォード、橘、アーシュライト。お前たちはアカデミーに戻り次第、厳罰を食らうことを忘れるな》

 ロイドの表情は、険しいというよりも真剣だった。

 叱責と忠告を済ませると、ロイドは四人を促した。

《怪我はないようだな。ユールは、もうダメだ。これからカルーディアに戻るぞ》

 ロイドの言葉を受け、四人がユール村に目を向けると、もうそこには村と呼べるものは存在してはいなかった。あるのは壊された柵や家屋の材木の価値を失った廃材、踏み荒らされた農作物や草花。僅かな時間で全てが破壊しつくされ、廃墟と化していた。

先ほどの別人とも思われる力を発揮したフロンは、魔力を激しく消耗したようで、自力で歩行することが出来ず、ロイドがウィンリードの背に乗せた。

《お前たちが勝手に村を出たことは、どうせ力試しだろう。始めからこうなるんじゃないかと思ってた》

 ロイドは全てを見透かすように言った。フロンは眠るように目を閉じたまま、荒い息遣いで言葉を話せるような状況ではなった。そして何より内面的な情況が錯乱に近い状態にフロンを追い込んでいた。メイも橘もアンナも何も言わず、ロイドに従うしかなかった。

《でも、不安にならなくてもいい。ユールにモンスターが来ることは分かっていた。村人たちはみな避難させて、一足先にカルーディアに行ってもらった。多少は犠牲を出してしまったが、致し方ない》

 ロイドの言葉に三人が顔を上げた。

《先輩、それ、どういうことですか?》

 橘の言葉にメイもアンナもロイドを見る。

《モンスターがユールを襲ったのは、不意的なものじゃない。モンスターたちの移動コースにユールが偶然含まれていて、災難だった。ユールのモンスターは定期的に大移動する。生態維持の為だそうだ。今回はそれに巻き込まれただけだ》

 ロイドは静かに語った。

 モンスターたちは、広大なユール草原で様々な縄張り争いや餌を求めて移動をする。今回はその影響で、他の地へと後退を余儀なくされたモンスターたちが一気に草原を大移動したために、その規模がユール村を巻き込んでしまったということ。

モンスターは討つべき存在。しかし、だからといってモンスターと言えど、その世界の中にも人間と似たような社会が存在するのも、また同じ。 

追うものと追われるもの。明確な力社会。それがモンスターたちの世界。

広大とはいえ、草原で繁殖を続けるモンスターたちは、行動範囲が広いものが多い。そのため、縄張りを転々としながら生きていかなければならない。

 その過程で、人間との間に衝突が起こる。モンスターも他の動植物と基本は変わらないのだ。ただ有する力が大きいがために、その力を誇示するために争いを起こす。生きるために必要な手段なのだ。

《そういうわけで、今回は仕方ないでは済まされないが、仕方ないことだ》

 防護壁を持たない小さな村では、そういう覚悟の上で生活をしなければならない。

 ロイドは至って通常と変わらない振る舞いだった。必要以上に感情を持ち出すことなく、するべきことのみをやるだけであった。数々の修羅場を見たからこそ、そのような境地に達するのかもしれない。メイたちはカルーディアに戻るまでの間、一言も口を開くことはなかった。

    

「・・・・・・・・・」

 フロンはただ静かにアザゼルを冷酷な眼差しで見つめていた。

フロンからは潜在的な魔力が溢れ、その力は邪のようにも感じられるほどであった。気迫に押されたというよりも、メイたちはフロンに恐怖を感じ、言葉が出なかったのかもしれない。風を纏い、力強く歩んでいくフロン。歩みを進める度に足元の草が、スパッと吹き飛ぶように切れていた。に三人の前を通り過ぎた頃、アザゼルが甲高い声を上げ、先ほど同様か、それ以上にも見える光球を放った。

「フローーンっ」

 橘がフロンに回避を促すが、フロンは波動弓を構えると、アザゼルの光球へ向かって、臆することなく何の感情も込めていない、いや、怒りに満ちすぎてその感情が読めなくなっている瞳で、溢れ出る魔力を込めて作り出した、赤雷を纏ったように稲光を撒き散らす矢をその光球へ向かって放った。

 風を切りながら金切り音を上げるフロンの矢と、アザゼルの漆黒の光球が正面からぶつかり、激しい衝撃が発生した。時空までもが影響を受け、辺りが歪んで見えるほどであった。

「フロン、あんの馬鹿っ・・・・・・」

 橘たちは身を低くして、爆風に耐えていた。

 フロンはそれでも大地に二本の足で佇んでいた。魔力の衝突でフロンとアザゼルの間には、隕石でも落ちたような窪みが生まれていた。それは、この草原では珍しくはなかった。辺りを見渡せば、規模は小さいが、似たような窪みは無数に点在し草で覆われていた。

 それはフロンたちにとっては、忘れがたい過去の置き土産でもあった。今、それが再び現実に起ころうとしていることに、メイリンたち三人は表情を濁していた。

 アザゼルとフロンは互いに視線を交わしあう。

 アザゼルは暗黒に包まれた光球を生み出し、フロンは黄金に輝く矢を弦にかけた。

 互いにタイミングを合わせるように、共に放った。先ほどと同様に、ぶつかり合う強大な力。爆風が吹き荒れ、風の雑音が全ての音を掻き消した。

―――――そうなるはずだった。

「・・・・・・っ!」

 フロンは目の前の出来事に、大きく目を見開いて立ち尽くしていた。その瞳からは朱の色が元に戻っていた。フロンは立ち尽くしていたのではなかった。

「もしやと思ってきてみれば過去の再演か、これは?」

 その声の主は、軽い口調とは裏腹にフロンを見る目は言葉を放たなくとも、威厳に満ちていて、その目にフロンは縛られて動けなくなった。

 フロンとアザゼルの放ったそれぞれの攻撃は、衝突することなく、大地に平行に飛んでいたはずが、直角に曲り空へとのぼり、そこで大爆発を引き起こした。 

「下がりなさい」

 アザゼルとフロンの間には、黒のローブが爆発の風で大きく靡き、白銀色の髪が揺れていた。

「学園長・・・・・・」

 橘たちは、どこから現れたのかフロンたちの合間に立つロイドに口をポカンと開けていた。

 フロンは蛇に睨まれたかのようにその場に立ち竦み、波動弓がその手から離れ、元の形に戻った。

「フォード、ハーバリーを下がらせろ」

 ロイドはその場で動かないフロンをメイに下がらせた。全ての状況を感じ取ったのか、フロンは小さく首を横に振りながら、メイたちにその場を撤退させられた。

「さて、アザゼルよ。少しばかりお痛が過ぎたのではないかな?」

 ローブを翻し、アザゼルへと向き直る。アザゼルはすでに数個の光球を作り出し、ロイドが振り返ったと同時にそれを放った。

「村がっ・・・・・・」

 その一個が、ユール村へと飛んでいく。メイたちはそれを息を呑んで見るしかなかった。しかしロイドはそれには目もくれていなかった。

「学園長っ」

アンナが学園長に呼びかけるが、ロイドは軽く微笑むだけで何もしなかった。橘たちが目を覆った。

しかし、光球がユールへと襲い掛かることはなかった。

「えっ・・・・・・?」

 光球が襲いかかろうとした瞬間、ユールが淡い光に包まれ、光球が水面に落ちた雫のように、一瞬でその力を淡い光の中に霧散した。

 アンナたちの視線の先には、ユールの入り口に一人佇むエンジェル族のガーディアンがいた。

「ロードメシア様・・・・・・」

 片手を軽くかざし、アザゼルの光球を浄化したのは、先ほどロイドに命じられていたロードメシアだった。

「あんなに簡単に・・・・・・」

 アザゼルの攻撃をいとも容易く打ち消すその力に、改めて彼らの力の大きさを思い知らされた。

 一方で、数個の光球がロイドへ向かっていく。大きさはフロンたちが受けたものよりは少々小さいとはいえ、それでもロイドよりも遥かに巨大でその威力は周囲を見ての通りで、アザゼルを中心とした草原には、大きな傷が無数に見られた。

「おや、随分ご立腹のようですね」

 ロイドは呑気に笑っていた。メイリンと同じ魔術師であるため、武器は杖。ロイドはそれを自分に向かってくる光球に向かってかざした。

「エルセルド・カイエ・ル・プロテクシア」

 ロイドが詠唱すると、ロイドの前にメイリンの防御魔法とは桁違いの大きさのシールドが現れ、光球を全て一瞬で塵と化した。

「アザゼルよ、もう終わりにしましょう」

 アザゼルは、高位魔法を連発させすぎたのか、疲れが見えていた。

 そんなアザゼルにロイドは、歩み寄り、杖を差し向けた。

「彷徨う魂よ 我が手において 導きを与えん」

 すると、上空から光がアザゼルを包み込むように照らし出す。

「エルセルド・カイエ・ル・フィルーデント・カノン」

 ロイドが詠唱すると、アザゼルが今までにないほどの叫び声をあげた。体を光で縛り付けられているかのようで、ただ悲痛な叫びを上げていた。

 やがて、光に分解されているように、ダイアモンドダストのように、アザゼルの体が光の粉となり、消滅し散った。草原全体にその光の粉は舞い降り、周囲で戦闘を繰り広げていたモンスターやアカデミー生たちもその光景に、目を奪われていた。

「さて、次はこちらですね」

 ロイドはその光景に目をくれることなく、振り返った。その視線の先には、先ほどまで自棄気味にアザゼルと戦闘を繰り広げたフロンが立ち尽くしていた。

 しかし、フロンの視線はロイドでなく、ユール村の手前を見つめていた。

「いつまでもぼさっとしてるんじゃない」

 フロンの傍を通り過ぎるとき、フロンにだけ聞こえる小声でロイドが呟き、リースへ歩み寄る。

 リースの傍では、すでにメイリンがヒーリング魔法を唱えていた。

「フォード、私が代わりましょう」

 ロイドはメイリンを下がらせ、同じように魔法を唱えた。桁違いの魔力を有するロイドのヒーリング魔法がリースを淡い光で包み込む。

「ふむ・・・・・・。これは時間がかかりそうですね」

 ロイドが詠唱しても、リースは目を覚まさなかった。体が雪に埋もれたように冷たく、人形のようであった。

「ウィンリード」

 ロイドがガーディアンを呼ぶと、大空から風を巻き起こして鳥獣型のガーディアンが舞い降りてくる。

「フォード、リースリットと共に先にアカデミーへ向かいなさい。その際はなるべくヒーリングをかけておくように。その後はチェルシー先生に任せて、君は先にそのまま休んでいなさい」

「ですが、学園長・・・・・・」

 メイリンは何か言いたげであったが、ロイドの目が有無を言わさなかった。

「・・・・・・分かりました」

 そのままメイリンは、リースをウィンリードの大きな背中に乗せ、自分のその背に乗ると、ロイドの合図でウィンリードが翼を広げ、一足先にカルーディアへと飛び去っていった。

 その場に残されたのは、比較的軽傷の橘とアンナ、ロイド学園長そして、全てが見えていないように瞳に光の灯っていないフロンの四人。

「橘、アーシュライト、悪いが二人はユールへ行って、討伐完了を報告してきてくれませんか? 契約の件は全て終わらせておきましたので、報告が終わり次第、キャンプへ戻って来て下さい」

 ロイドは笑みを浮かべて二人をユールへ向かわした。

「アルフォード、出てきなさい」

 ロイドが明後日のほうへ向かって声をかけると、草むらの中からアルが出てきた。

「報告をお願いします」

「すでに各キャンプ及び、ビュローへの戦闘停止、試験終了の連絡に向かわせています」

 アルは普段のように気楽な態度ではなく、背筋を伸ばし、指揮官に仕える部下のようであった。

「そうですか、なら良いでしょう」

 アルの早い対応に、ロイドは満足気だった。

アルのビュロー生やガーディアンを中心に、周辺に連絡が行き渡り始め、キャンプへと戻るアカデミー生たちの姿が遠くに見えた。

「ふぅ・・・・・・」

 周囲には誰もいない。ロイドはそれを確認すると、肩の力を抜いた。

「アル、今回は手出ししなかったのか?」

 するとロイドは、先ほどまでの穏やかな学園長としての態度ではなくなった。

「そんなことないですよ。他のところの救援に行ってて、手が回らなかったんすから」

 アルもロイドが口調を変えると、普段の口調へと戻った。

「・・・・・・そういえば、先輩」

「ん?」

 そこにいたのは、学園長としてではないロイドと、後輩としてのアルだった。

「リースちゃん、大丈夫なんすか?」

 アルはどうやら途中から一部始終を目撃していたようで、ウィンリードの飛び去った空を見上げていた。フロンは、ただ何もすることなく、呆然と立ち尽くしていて、ロイドたちのことは気づいてはいないようであった。それを見てロイドは小さい声で言った。

「実の所は、何とも言えない。アザゼルの攻撃をまだ低い魔力で正面から受けたんだ。生命反応も薄かった。何とかアカデミーまでは持ちこたえるようにはしたが、その後のことはなんとも言えないな」

 ロイドの魔法をもってしても、厳しいようであった。

「そっすか・・・・・・」

 アルもリースとは顔見知りのため、ロイドの言葉に重く頷くしかなかった。

「とりあえずは、リースリットはチェルシーに任せれば、一命は取り留めるだろう」

「先輩よりも、チェルシー先生の方が上なんすか?」

 チェルシーというのは、アカデミーの保健医も兼ねるスピリスト。ガーディアンを使役し、バトルをするスピリストとは少し違い、彼女の有するガーディアンは回復、守護魔法のみを備えたガーディアンだけで、彼女自身もバトルは一切行わず、人々の治療等に献身していた。

「当たり前だ。彼女は戦闘能力を持たない代わりに、ああいう類に関しては俺なんか相手にもならない」

「そうだったんすか。調査不足だったなぁ」

 ロイドとアルは、呑気に会話を楽しんでいたが、やがて一風吹くと、二人は風上に立つフロンへと視線を向ける。

「どうします? あれ」

 アルがロイドに尋ねる。

「お前は先にキャンプへ帰れ。明日にはアカデミーに戻ることを各キャンプに通達し、お前も休んでおけ。その手の治療も必要だろう」

 そういってロイドがアルの左の二の腕を握る。

「うっ・・・・・・」

 アルの顔が苦痛に歪んだ。

「まぁお前も頑張ったことは頑張ったみたいだな」

「ばれてたんすね」

 アルは隠していたようだが、ロイドにはお見通しだった。アルはロイドの言葉に従って、ロイドに一礼するとその場を離れキャンプへと戻った。

それを見送ると、ロイドは杖を片手にフロンの傍へと歩み寄った。

「お前、いつまでそこに突っ立てるつもりだ?」

兄のような話口調。杖でフロンの後頭部を軽く突く。

「お、俺・・・俺は・・・・・・」

 フロンは自分の手を見つめながらあの日のことと、先ほどのことが頭を離れないようで、ロイドの呼びかけにも反応を見せなかった。

「ハーバリー・フロンティス」

 ロイドはフロンの肩を掴むと、自分の方へ顔を向けさせた。

「あっ・・・・・・」

 隠れていたのを見つかったかのような子供の顔をしていた。

「俺の呼びかけを無視するとはいい度胸だな?」

 学園長ではない、フロンの先輩の顔のロイド。

「先、輩・・・・・・」

「しゃきっとしろ。お前は今回の指揮官だろう? 上に立つ人間がそんな顔をしていたら、誰もついてこないぞ」

 ロイドの言葉は聞こえているのだろうが、それでもフロンはリースのことが気がかりのようで、すぐに視線を下へ向けた。そんなフロンを見てロイドは、呆れたようにため息をつき、フロンの首根っこを引っ張ってどこかへ歩いていく。

「あ、あの、先輩?」

 フロンは状況が理解出来ず、珍しくあたふたとしていた。

 草原を平然と横切り、キャンプやユールから離れた所にある高台へロイドはフロンを連れ出した。

 そこからはいくつかのキャンプ地とユール村が見えた。

「フロン、どうだ? ここからの眺めは」

 心地良い風が吹きぬけ、草原がサワサワと揺れていた。先ほどの戦闘の傷跡をがあちこちに見られるが、穏やかであった。

 フロンは何も言わず、ただ眺めていた。

「あれの大半は、お前の作ったものだ」

「――――――っ」

 ロイドの言葉にフロンは息を呑んだ。ダーツ的ほどの大きさのものから、一軒家が丸々納まりそうなほどの大きさのクレーターが、そこからは良く見えた。数年前の傷跡は、草が生え分かりにくいが、今回の傷跡は土が抉られ、一目で違いが分かる。

「、あの時リースリットがいなければ、ユールもそれなりの被害を受けたかもしれん」

「でも、村にはロードメシア様が・・・・・・」

 アカデミー生に限らず、ロイドのガーディアンは人々から崇拝されるほどであり、誰も気安くその名を呼んだりはしなかった。

「そうだな、確かにロードメシアがいたが、あれほどの力なら、あいつでも何発も完全に打ち消すことは出来ない。リースリットの判断は間違いではない。微力ながらも魔力を削り取ったからこそ、ロードメシアもすんなりといけただけのことだ」

 ロイドはあの時、ロードメシアを村へ置いてきたのは、嫌な予感がしたためであったが、万一リースがあのようなことをしなければ、村は多少の被害を受けたことは間違いないはずだった。

結果としては、スピリストとしての責任を全う出来たリースの判断は、悪いものではなかった。己の身を盾にしてまで果たした結果が善であるならば、それを非難や悲観をするものではない。

「お前はそれに比べて、あの頃と何も成長していないな。自分のビュロー生に庇われていたとあっては、情けないぞ」

 茶化し気味でいうロイドの言葉は、フロンの心を抉った。

「先輩、なんで俺・・・・・・」

「こんな立場だってか?」

 フロンの言葉を先読みしたように、ロイドが先に言った。

「じゃあ訊こう。フロン、お前はどうしてユール草原でのみ、弱気になる?」

 様々な所での任務等に当たってきたフロン。ロイドビュローに在籍している頃から、メイリンたちと共にその力を遺憾なく発揮し、優れた功績を収めてきた。そのため、アカデミーからの信頼は厚く、人望も厚かった。

 しかし、ユールだけは普段のような行いがフロンには出来なかった。

「お前は、優れた才能を持っている。それは俺も他の先生方も認めている。お前も少しはそう感じているだろう?」

その才能を見込まれたから、フロンはハーバリー家へ養子として迎え入れられたのだ。庶民から貴族階級へいくなんて、この世界では類まれない才能を有していない限りは、ありえない。

「だが、お前は弱い。スザクの力を持っていても、ガーディアンも支えられないだろ?」

 ガーディアンは戦闘を中心に活躍の場を広げている。しかしロイドは直接的な戦闘には余程のことがない限りは、ガーディアンも交えさせない。その証拠に、先ほどもロードメシアと呼んでおきながら、村の守護に当たらせ、直接アザゼルと対峙したのはロイドだった。

「スピリストは、単にガーディアンを使ってモンスターを倒す仕事じゃない。それくらいはお前も分かるだろ?」

「はい・・・・・・」

「ガーディアンはあくまで契約主の支援補助に過ぎない。お前はそれを忘れている。メイリンたちを見たか? あいつらはガーディアンを自分よりも後ろに置いて、自分が前に立っていた」

 ロイドは淡々と語っていた。フロンも反論もすることなく、その言葉を受け止めていた。

「お前は力に頼りすぎだ。力を持てば何でもやり遂げられると思っている」

「そんなことはっ・・・・・・」

「現にさっきのことを忘れたか? 俺が止めなければ、草原にどれほど大きな傷が出来たことか。下手をすれば他のアカデミー生たちも甚大な被害を被っていたぞ」

 フロンが弁解しようとしたが、ロイドが強い口調でそれを遮った。

「昔も俺はお前に言ったろ。スザクの力は二度と表に出すなと」

 ロイドの含みのある言葉に、フロンは口をつぐんだ。

「お前はそこらの人間とはわけが違う。それは自分が一番分かっているだろ?」

「・・・・・・はい」

 ロイドはフロンに関することを知っているが、それは他言無用の事情で、それを知るのは二人以外に僅かであった。

「分かっているなら、なおさらだ。今回は俺がいたから良いものの、もし俺がいなければ、誰もお前を止めることは出来なかったぞ。先生方には一切の手出しを禁じていたからな」

「分かってます」

「分かっていない」

 フロンの言葉を間髪なく否定するロイド。

「お前の潜在能力は高すぎる。健在能力すら、コントロール出来ていないのに、使いこなせるわけがない。お前はそれに対する恐れからガーディアンを前へ立たせている。そうすれば力を必要最低限に抑えられるが、何の成長もしない。お前の悪い所だ」

 風がロイドのローブを撫でる。

「そして、何より一番問題なのは、分かっているな?」

 ロイドの問いかけに、フロンは小さく、「はい」と答えた。

「お前はもう少し精神力を鍛えないとな。お前は言葉だけを並べて、実際にその場に遭遇すると、状況に対応出来なくなる癖がある。今回のリースリットにしてもそうだ。あの時、お前彼女が何を言ったか聞こえていたか?」

「・・・・・・いいえ、何も」

「あの時な、彼女、フロンを守るのは私だって言ってたんだぞ」

「えっ・・・・・・」

 ロイドの言葉にフロンは大きく目を見開いた。

「彼女は誰よりもお前を見ていたんだろう。お前のユールに対する思いも知ってか知らずかは分からないが、何かしら感じていたから、身を挺してユールの為に、そしてお前の為に、ああやって守ろうとしたんだ。彼女のほうが、ずっとお前よりも強いぞ。あの子は将来立派なスピリストになるだろう」

 ロイドは穏やかに言った。それがフロンの中を幾重にも反復していた。

「先輩、俺、どうすれば・・・・・・」

 いつもフロンの傍で笑みを浮かべ、物事を深く考えないリース。そんな彼女は、実際は誰よりもフロンを見ていた。それを口にされると、フロンはことの重大さ、自分にとっての心の中での今回の出来事の大きさを改めて知った気がした。

「どうすれば、じゃないだろ? どうしたいか、だ。スピリストは自身で判断する。その責任は自分で背負え」

 ロイドは逆にフロンに訊き返した。

「帰りたいか? 彼女の傍に」

 言い難そうなフロンの心情を、ロイドが代わりに訊いた。そうすれば、答えやすいと思ったからだ。

「・・・・・・はい」

 照れと悔いにフロンは小さく静かにそう言った。その応えにロイドは微笑んだが、それは了承しなかった。

「お前はまだすることがあるだろ?」

 そう言ってロイドが杖で草原を指す。その杖の先には、キャンプ地で寛ぐアカデミー生たちの姿が蟻のように小さく見えた。

「今回の指揮官はお前だ。皆、お前のことを待っている。まずはそこからだ。リースリットが気になるのは分かるが、彼女のことは俺とチェルシー先生で見ておくから、お前は今するべきことをきちんと果たせ。まだ試験は終わったわけじゃない」

「・・・・・・分かりました」

「それとお前が気にしているかもしれないから言っておくが、ユールにはしばらくロードメシアを常駐させる。余計な心配は無用だ」

 ロイドの言葉にフロンはホッとしたような表情を見せた。ロードメシアはエンジェル族のガーディアンの中でも最高位と謳われるため、下手なハンターたちとは比べものにならない。アザゼルもいない草原では、ロードメシアを超えるモンスターは存在しない。フロンにもすぐ理解出来ることだった。

 ロイドはそれだけ言うと、大きく風を受け止め、先輩の顔から本来の表情へと戻った。

「学園長」

「何ですか?」

 背を向けたロイドに、フロンは大きく頭を下げた。

「ありがとうございました。それと、リースを、どうかよろしくお願いします」

「分かりました。私に任せておきなさい」

 フロンに向かって、学園長としてロイドはその申し出を受けた。

 もう一度、背を向け歩き出すと、思い出したようにロイドがフロンに背を向けたまま言った。

「ハーバリー、今回の依頼の件は全て終了です。報告には既に橘たちが行ったので必要ないでしょう。君はこのままキャンプへ戻り、アカデミーに戻りなさい」

 フロンの表情が驚きに変わった。

「それから、君のお父様からの伝言を預かっていましたので、お伝えしましょう。《お前はお前の進むべき道を進み続けなさい。村はいくらでも作り直すことが出来る。だが、お前の人生は一回だけだ。それが分かったなら、立派に一人前となってここへ帰って来い。それまでは、お前の力をこの村は必要としない》だそうですよ」

 そう言うと、ロイドは背を向けてユール草原を後にした。

「はいっ・・・・・・」

 ロイドの背に、涙ぐんだ声が聞こえた。その声にロイドは笑みを浮かべながらフロンの前から姿を消した。

    

「チェルシー先生っ」

 ウィンリードはアカデミーまで一時間少しで帰ってきた。その間にメイリンはリースにヒーリング魔法を絶やすことなくかけ続けた。

 アカデミーに戻るとメイは早急にリースを、ウィンリードに保健室の隣の窓まで運んでもらい、駆け込んだ。

「どうしたの?」

 保健室内には、静かに書類整理をしていたふくよかな体型の女性がいた。

「先生、この子の治療をっ」

「あらあら、一体何があったの?」

 チェルシーはリースをベッドに横にさせると、ガーディアンを召喚した。

「ナイルアース、すぐにヒーリングを」

「はい」

 チェルシーの呼び出したのは、女天使で守護ガーディアンとして戦闘を一切行わずに、防御魔法系統やヒーリング魔法のみに特優力を持つガーディアンだ。

「メイリン・フォード。あなたも相当魔力を消費しているようね。こちらへいらっしゃい」

 ベッドでは、ナイルアースがリースの治療に当たり、魔力の消費が激しく、まともに歩くことが出来ないメイをチェルシーがソファに座らせ、治療をしていく。

「どんな戦闘をすれば、あなたたちはそんなに魔力を消耗するのよ」

 呆れ気味にチェルシーが言う。戦闘を行わないとはいえ、スピリストの治療に当たるチェルシーは、戦場に度々赴いている。何より彼女自身もスピリストのため、今は戦闘に参加しないとはいえ、訓練で行っていたこともあるのだ。一流のスピリストであるからこそその人の健康状態を見るだけで、全てが分かるのだ。

「ふぅ・・・・・・」

 チェルシーの治療で、メイが魔力回復を十分に受けたようで、落ち着いたように一息ついた。

「今回の試験はアザゼル討伐よね? いくらなんでもあの子、酷すぎるんじゃない?」

 アザゼルの力量を知っているチェルシーからすれば、リースが生命維持が難しくなりつつあるまで戦闘をしていたことが驚きだった。

「あの子はどこのビュロー生なの?」

「ハーバリービュローです。あの子、リースリットは、アザゼルの光球を正面から受けてしまいましたの」

 メイがことの経緯を話すと、チェルシーは大きく口を開けて固まっていた。

「・・・・・・それ、本当?」

「はいですわ」

 チェルシーは苦虫を噛み潰したように、表情を濁すと、ナイルアースに命じた。

「ナイル、その子重症よ。特異殊集中治療をしないと危ないわ」

「そのようです。彼女から生体反応が薄れています。このままでは長く持たないかと」

 チェルシーとナイルアースの言葉に、メイは凍りついた。

「先生っ、それ本当ですの? 何とかなりませんの? このままではフロンにっ・・・・・・」

 メイの縋るような目を見て、チェルシーは力強く頷くことが出来なかった。

「アザゼルの攻撃は、魔法効果属性が吸血というのは知っているわね?」

 メイを座らせると、チェルシーはその正面に腰を下ろした。

「はい。それは予め討伐班には知らされていましたわ」

「そう。なら話は早いわ」

 メイの答えに頷くと、メイの腕を取って、ローブを捲った。

「あっ・・・・・・」

 メイ自身、気がついていないようだった。自分の腕を見て、驚いていた。

「アザゼルの攻撃は単なる魔法じゃないの。ダークエンジェル系のモンスターは魔力に特化しているから、呪術的な属性を備えてるの。攻撃を受ければただのダメージというわけにはいかないわ」

 メイの腕には、赤く腫れたような跡があった。

「さっき治療したから、跡はすぐに消えるわ」

「これは、一体何ですの?」

「あなたの傷は、減血の影響があったようね」

 チェルシーの言葉に、メイは首を傾げていた。

「減血?」

 初めて耳にする言葉のようで、意味が分からなかった。

「減血っていうのは、言葉通り、徐々に魔力を持つ人間の血液を失わせていくものよ。放っておけば、乾物になるわね。猛毒とは違って治療には専門の能力が必要なのよ」

 そう言って、チェルシーは先ほどのメイリンの状態を思い出させた。メイリンはここへ来るまでにリースに魔法をかけたせいで、魔力消費が激しかったが、それでも普通は歩くことすら辛くなるようなことはなかった。そして何より、ユールで見たモンスターの残骸。下手をすれば自分もそうなった可能性がある。メイはそれを思い出して、ゾッとしていた。

「心配はいらないわ。あなたの傷はもう回復してるわ。私の治療がなくとも、さすがは貴族魔法界のフォード家の血ってところかしら。血に含まれる魔力が浄化してる。それよりも問題は、あの子ね」

 リースはナイルアースに連れられて、アカデミー内にある特別集中治療室へと場所を移動していた。

「リースの容態は、それほど悪いのですか?」

 メイは妹を心配する姉のようであった。

「そうね。光球を正面から微力な魔力で受ければ、そのダメージは大きいわ。それにあの光球には猛毒以上の邪の属性もあるの。それを受けてしまったなら、通常のヒーリングではとてもじゃないけど、延命が精々ね」

 チェルシーの言葉にメイは、どうすれば助かるのかを身を乗り出して訊いてきた。

「落ち着きなさい」

 そんなメイをもう一度座らせると、真剣な目で見てくるメイに同じような目で見返した。

「これからあの子には特別な治療を開始するわ。きっと学園長も戻る頃だろうから、協力してもらうわ。あなたはまだ完全に回復したわけじゃないから、他のアカデミー生が戻ってくるまでは自宅で休んでなさい。何なら連絡するわよ?」

「私なら大丈夫ですわ。何かお手伝いできることがあれば、私にも・・・・・・」

 メイは自分だけ休むということがプライドに引っかかるのだろう。しかしチェルシーは首を縦には振らなかった。

「残念だけど、これからの治療にはあなたの魔力は少なすぎるの。ここから必要になるのは、正統系白魔法だけ。フォード家の血筋でも、こればかりはないでしょ? 下手をすればあなたが命を落としかねないわ。あなたもビュロー生を抱える身だったら、戻ってきたビュロー生に元気な姿を見せてあげるためにも、ゆっくり休みなさい。それもスピリストには大切なことよ」

 納得は出来ていないようだが、メイはここはプロに任せることにして、部屋を後にした。

「学園長、そこで何をしておられるのです?」

「おや? 見つかっちゃいましたか」

 メイが部屋をあとにすると、チェルシーが窓際へと向かい、外を見る。そこには先ほどまでユール草原にいたロイドが戻ってきていた。

「どうやら、学園長はご存知のようですね。お話は不要かと思いますが?」

「ええ、私自身その時現場にいましたので。今はそれよりも、ですよね?」

「そうですね、ご同行及び、ご協力願えますか?」

 チェルシーはロイドの倍以上生きている。フロンたちにしてみれば、自分の母親と同世代に近いものだろう。それでもロイドを敬うのは、スピリストの力量の差もあるのだろう。

「もちろんです。出来ることは何でもいたしますよ。大切なアカデミー生ですからね」

 ロイドとチェルシーは、二人して、アカデミーの奥へと消えていった。



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