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2nd.ビュロー

初等部から変わりなく、リースとフロンは二人揃って登校していた。フロンの行く所にリースもついていっていたため、初等部からこのアカデミーまで、二人はずっと同じ学園に通っていた。結果、家が近い二人は、毎日のように共に登校していた。それが互いにとっての当然だったから。

アカデミーにフロンが入学してからは、二つ年の離れている二人はバラバラだったが、またこうして一緒に登校出来ることがリースはよほど嬉しいようで、毎朝フロンの自宅まで出迎えに来ていた。

「おはようございます、ハーバリー先輩」

 正門を潜ると、毎度のことのようにフロンに向けられる女の子たちの視線。慣れてるとはいえ、リースが入学してからは、男子の少し痛い視線も多く混じるようになってきた。

「おはよう」

 それでも、挨拶されたからにはきちんと返していた。

「それじゃ、俺はビュロー棟だから」

「うん、後で遊びに行ってもいい?」

「来ても何も無いぞ?」

「良いの良いの。それじゃあお昼になったら行くからね」

リースは駆け足で校舎へと消えていった。

「そういえば出席取っとかないとな」

「それなら、私が済ませておきましたわ」

 いつも間にか、メイがフロンの隣に立っていた。

「いつの間に?」

「リースと登校してきたのが見えましたから、済ませておきましたの」

「それはありがたいが、何か最近やけに気が利くな?」

「ばっ、馬鹿を仰らないでっ。私はただ、ノミナシオンの結果を知っておきたいだけですわ」

 そういって、顔を赤くしたメイは一人さっさとビュロー棟へと歩いていった。

「あっ、おいっ、ちょっと待てよ」

 その後をおかしそうに笑みを浮かべながらフロンが追っていった。

 この日も、フロンは朝から書類と向かい合っていた。

「この子もダメ、この子も、ダメだな」

 少しずつ絞っていってはいるが、やはりまだその数は多い。

 棟内はほとんど生徒がいなくなり、たまに教員が授業へ行く途中に顔を覗きに来る以外は、シンと静まり返っていた。メイもどうやら昨日言っていた通り、ガーディアンたちとの相性を見ているようで、メイのビュロー室からは時折ガーディアンたちの声がかすかに聞こえていた。

 やがて、昼休憩を知らせる鐘の音がビュロー棟内にも聞こえてきた。

「もう昼か。カフェテリアにでも行くか」

 フロンはひとまず書類を整理すると、昼食のためビュロー室を後にした。

「フロンッ」

 エレベーターに乗ろうとしたら、フロンの背後のエレベーターが開き、そこからリースが現れた。

「どうしたんだ?」

 フロンがここにリースがいることを不思議に思っていると、リースは頬を膨らませた。

「もうっ、朝、お昼になったら行くからねって言ったのに、忘れてたぁ!」

「悪い。そうだったな」

 リースに言われてフロンは思い出した。ノミナシオンのことで頭がいっぱいだったフロンに、リースは約束をすっぽかされそうになり風船のように膨らませ続けていた。

「でも、もう昼だぞ? 早く行かないと、席なくなるぞ?」

 何とか気を逸らそうと、フロンは話しかけるが、リースはフロンの手を引いて、ビュロー室へと歩いていく。

「何で、俺のビュロー室なんだ?」

 手を引かれて着いたのは、フロンのビュロー室だった。

「えっへへ〜」

 リースは部屋に入ると、カバンから二つの箱を取り出した。

「もしかして、弁当か?」

「うんっ」

 リースはそう言ってフロンに大きな弁当箱を手渡した。

「だから、昼に来るって言ってたわけか」

「そうだよ、なのにフロンったら忘れてるんだもん」

「そう膨れるな。可愛い顔が台無しだぞ」

 フロンの言葉に、すぐに笑顔になるリース。単純という言葉がぴったりだが、細かいことに拘らないリースだから、それも愛らしい一面でもあった。

「食べよっ。結構自信作なんだよ」

 リースと向き合うように腰を下ろし、二人して弁当を食べる。

「なんか久しぶりだな、こういうのは」

「うんっ、中等部の頃以来だもん」 

 なんだかんだ言いながらも、フロンもリースも久しぶりの二人での昼食を楽しんでいた。恋人の雰囲気と言うよりは、兄妹のような柔らかさが漂っていた。

「そういえば、リース」

「何?」

「前に一緒にいた子とは、今日は一緒じゃないのか?」

 ビュロー見学の時に一緒にいた物静かな子。リースは友達だといっていたが、その姿はなかった。

「棗ちゃんのこと?」

「ああ、多分その子」

「棗ちゃんは、槍術のことで教員室だよ」

 リースは卵焼きを咥えたままだった。

「あの子槍使いなのか?」

 フロンにしてみれば、リースの言葉に棗という子は自分のビュローには必要かもと思った。 

数人の候補がある中で、個人の特殊技能は武道系から銃術、魔法系までと幅広く存在する。その中で、フロンはある程度の候補は絞っていたが、中近距離戦闘向きの槍術系の子を入れようかと考えていた。ビュローの選定は、個人の好みで入室させても良いのだが、スピリストとして言えばどの技能にも精通出来る者が、あらゆる場面において必要とされる。フロンもそう考えていたため、自分とは違う技能の持ち主をビュローに入室させようと考えていた。

「そうだよ。棗ちゃんって、すっごく上手なんだよ」

 フロンはリースからある程度のことを聞き出した。

「もうすっかり親友って感じだな」

 棗という子のことを話すリースは楽しげだった。誰にでも明るく、気さくに付き合う。それがリースの良い所であった。だが、それを好ましくなく思う人間にリースは嫌われていた。フロンが一緒にいる時は良かった。だが、二つも年が違うと、すぐに離れ離れとなる。リースが見た目に分かるほど傷ついている事だって少なくはなかった。

「うんっ」

 リースがこの学園に来て良かったと思っている。この学園は全ての人間がスピリストを同じ目標として共に高みを目指す。中等部までとは違い、いじめなどはない。アカデミー内は至る所にガーディアンが見回りを行っているため、バレれば即刻退学などの厳しい厳罰がある。性格は少々捻じ曲がっている奴はいるが、悪しき心を持つ生徒はいない。

「ねぇねぇ、フロン」

「ん?」

 リースがフロンの近くにあったノミナシオンの用紙に目を向ける。

「もう決まったの?」

「いや、まだだ。後はこいつらとの相性を見てから、決めるんだ」

 そういうと、フロンの背後にライたちが姿を現す。

「これはリース殿、ご機嫌麗しゅう」

「リースちゃん、お久しぶり」

「ガル、ガルル」

「ライジン、セフィーシア、ペガシオン、久しぶりだねっ」

 リースはフロンのガーディアンとは数回顔を合わせていた。

「お前らは、リースとの相性はどうだ?」

 フロンは勿論リースをビュロー生の候補に上げていた。ちょうど良いタイミングだから、ライジンたちに相性を見てもらうことにした。

「主よ、それは今更なことであるぞ」

 ライジンは何の問題もないようだった。

「私もです。リースちゃんは可愛いですから」

 セフィは分かっているのかいないのか、リースをナデナデしていた。リースも始終笑顔を浮かべていた。

「ペガはどうだ?」

「ガルル〜」

 ペガも相性は良いらしい。リースにスリスリしていた。

「やぁん、くすぐったいよぉ」

 どうやらフロンのガーディアンたちは、リースとの相性は問題なしのようだった。そのまま昼休みが終わるまでリースはガーディアンたちと戯れていた。

 リースが戻った後、フロンは改めて書類に目を向けていた。

「この子か」

 タイミングが良いというか、リースの話していた棗という少女もフロンのビュローに指名を入れていた。

「風椿棗。飛閃(ひせん)天道(てんどう)流の次期当主候補。候補って何だ?」

 通常、次期当主などというものは、一族の血を引く者がなるものでそれは決まっているのではないのだろうかとフロンは思ったが、そういうことに対しては疎いため、よく分からなかった。自分自身も似たような境遇だから。

「技能は槍術。必要かもな」

 他に今のところの候補に挙がっている子の書類を見る。フロンの弓術を筆頭に、剣術、武術、魔術。フロンを除いて、少なくとも三種類の技能の持ち主を考えている。しかしどれも短距離・遠距離専用で、中距離戦闘系がいない。バランスを考える上でフロンはリースの紙の上に重ねた。

「とりあえず、候補にしておくか」

 この日、結局フロンは二十人ほどまでは絞りきれたが、時間も時間のため、この日はそこで帰宅した。

    

『新入生各位に連絡します。これより大講堂において各ビュローの発表が行われますので、速やかに大講堂へと集合して下さい』

 選定開始から一週間後、とうとう新入生が待ちに待ったビュローの発表の日となった。

「やっぱ今年は新入生多いなぁ」

「どれくらい残るか見ものだな」

 アルとフロンは、ビュロー棟から大講堂へと向かう一年生を眺めていた。

「そういやお前、結局何人にしたんだ?」

「俺か? 俺は三人だ」

 その言葉にアルは、かなり驚いたようにフロンを見た。

「たったの三人か?」

「ああ」

 フロンは色々と考えて結局三人に留めた。一人はリースこと、剣術使いのリースリット・ハーテリー。二人目は槍術使いの風椿棗。三人目は魔術使いのルーク・スプリングフィールド。この三人がフロンが選んだビュロー生だった。

「お前、何百人も指名受けていながら、たったの三人? 馬鹿じゃねぇの?」

「馬鹿言うな。考えた結果だ。そういうお前はどうなんだよ」

「俺か? 俺は七人だ」

 アルは銃術使いで、そのせいか男子生徒からの人気は高かった。

「全員男か?」

「うるせぇっ、ここにゃ、銃火器に興味ある女の子いねぇんだよっ」

 結局あるのビュロー生は、みんな男というわけらしい。アルは、物凄い数の女の子からの指名を受けていながらも、たったの三人しか採らなかったフロンを血走った目で見ていた。

「アルフォード、見苦しいですわよ」

 二人の前にメイがやってきた。といっても、ここはビュロー棟内にある休憩場で、エレベーターで上がってくれば嫌でも通る場所。

「そういうメイリンはどうなんだよ?」

「私ですの? 私は九人を採らせていただきましたわ」

「また意外と多いな」

 フロンは自分の目が遠く範囲で三人とし、アルは戦術的に考えて小隊編成出来る範囲で七人採ったのだろう。しかし、魔術師であるメイにはそれほど多くのビュロー生は必要ないかとフロンは思っていた。

「ええ、ガーディアンたちとの相性を判断して、それくらいは必要かと思いましたの」

 特に人数の制限はない。多ければ、いざと言う時に戦略的には優位になることもある。そのため多くの新入生を入室させることは少なくはない。何より、これから本格的にスピリストとしての勉強が始まる。それに、ついていけなくなり、辞める者が後を絶たないため、多くのビュロー生を採っていても、辞めていなくなることもあるのだ。

「それにしても、フロン。あなた、それだけの人数で平気ですの? 私の調べた限りでは、最低五人はどこも採っていましたわ。あなたが恐らく一番指名を受けていながら、採用は少ないですわよ」

「選ばれなかった子が可哀想だぜ」

 普段は意見の合わないアルとメイが珍しく同意見だった。

「それなりの実力者を採ったつもりだ。落ちた子には申し分けないが、俺は三人で十分だ」

 フロンの答えに、二人は納得出来ていないようだったが、結果としては自分とは関係ないことでもあるため、そこまで気にすることは無かった。

「さてと、そろそろ部屋に戻るか」

 フロンは腰を上げ、先ほど三年に配られた、小さな白いプレートを片手に、ビュロー室へと戻っていった。

「あ、おいっ、待てよ」

「私を置いて行くんじゃありません」

 その後を小走りでアルとメイも追った。

「今日から、とうとう始まるんだな」

 フロンは自分のビュロー室の前に来ると、一度メイとアルと視線を交わす。

「こんなもんかな」

 三人は自分のビュロー室の前にある、部屋の名札を取り付ける鎖に、先ほど渡された白いプレートを掛ける。プレートに書かれているのは、部屋の名前。

 【ハーバリービュロー】

 それがフロンのビュローの名前。アルとメイもそれぞれ、アルフォードビュロー、メイリンビュローと書かれた札を取り付けた。

 そして、もう一度三人は視線を交わすと、その重厚な趣の扉に手をかけ、ドアを開けた。

 これから始まる、新しい生活の本格的は始まるを告げるかのように、三人はゆっくりとその扉の向こうへ入っていった。

    

「これよりビュロー発表を行う。名前を呼ばれた生徒は代表者の待つビュロー室へと向かい、そこで指示を仰ぐこと。では、まずはフロアワンのエリックビュローからの発表だ」

 大講堂に集まった一年生を前に、舞台で教員がノミナシオンの結果を発表していく。指名は第三希望まで記すようになっていて、第一希望に添えない場合は次へと廻っていく。ビュローの発表は、ビュロー棟の一階から発表が行われ、階毎に時間を空けて発表される。一度に多くの生徒がビュロー棟へ向かい、混乱が起きるのを防ぐためである。

 時折、賛否の声が上がる。第一候補に通った者。落ちた者。未だに発表されない自分の番をドキドキしながら待つ者。大講堂内は、受験の結果発表さながらの雰囲気が漂っていた。

「棗ちゃん、もう呼ばれた?」

「・・・・・・ううん、まだ。リースちゃんは?」

「私もまだだよぉ。ドキドキだよぉ」

 周囲の声に圧倒され気味の棗と、自分の名前が呼ばれるのを今かと待ちわびるリース。相反する二人だが、未だに二人の名前は呼ばれていない。それでも次々と発表されては、喜ぶ者や悔しがる者など、大講堂内は沈黙することはなかった。

「では、次はフロアファイブのビュロー発表を行う。まずはタイタンビュロー・・・・・・」

 ここまで来ると、ほとんどの生徒はすでに大講堂を後にして、ビュロー室へと移動し、初めの頃のような騒がしい雰囲気はなかった。むしろ、この辺りにまで来ると、発表されていないビュローは、人気度が高く、優秀な三年が主宰するビュローばかりであるため、少々妙な緊張感が漂っていた。

「まだ呼ばれないね」

「・・・・・・うん」

 二人して祈りのポーズで、自分の名を呼ばれるのを待つ。

「以上で、フロアフェイブの発表を終わる。次にフロアシックスの発表に移る」

 教員が最後の階のビュロー発表を言い渡した。リースと棗は、声には出さないが、心臓が非常に高鳴っていた。ほとんど確信に近いものを感じ始めたのかもしれない。

 大講堂内にいる生徒も数えるばかりとなって、シンと静まっていた。

「では、メイリンビュローの発表を行う」

 もう大講堂内には、十二人しかいなかった。そして、ビュロー発表もこれを含めて残すは二つ。もうここまで来ると自分の第一候補、それも何十倍もの確率を勝ち抜いた者たちしかいない。残っている生徒達は、メイリンビュローかハーバリービュローのいずれか。発表されていないのに、既に涙ぐむ者や自分がここに残っていることが信じられない者などしかいなかった。

「・・・・・・以上が、メイリンビュローの合格者だ。最後にハーバリービュローの発表に移る」

 発表しなくても、結果は出ていた。九人がメイリンビュローに呼ばれ、三人が未だに名前を呼ばれていない。形式上として教員は最後まで職務を果たすだけだ。

「ハーバリービュローの合格者は、風椿棗、リースリット・ハーテリー、ルーク・スプリングフィールドの三名。以上で全てのノミナシオンの結果発表とする。この後、君たちはビュロー棟フロアシックスの各ビュロー室へ直ちに向かうこと」

 教員が発表を終えると、壇上を後にした。

「やったぁー!、やったよ棗ちゃんっ!」

「・・・・・・う、うんっ!」

 棗の両手を掴み、その場でピョンピョン跳ね回るリース。それにつられて顔を赤くしながらも、嬉しそうな、ホッとしたような顔を浮かべる棗。

 メイリンビュローに受かった生徒たちも、嬉しそうにはしゃいでいた。

「棗ちゃん。早く行こっ」

「・・・・・・うんっ」

 二人は、軽い足取りで他の生徒と共に、ビュロー棟へと向かった。

「あ、そういえば、もう一人いたよね?」

「・・・・・・うん、ルーク・スプリングフィールドって言ってた」

 二人の知らない人物だった。

「でもまっ、行けば分かるっか」

「・・・・・・そう、だね」

 二人はそのまま、メイリンビュローの生徒たちとビュロー棟を上がっていった。

 エレベーター内は賑やかだった。男子生徒と女子生徒に別れて、六階へと上がっていて、リースたちの乗ったエレベーター内は、共に高倍率を制した者同士、これから始まる新しい生活に胸を躍らせていた。

「着いたね」

 エレベーターがチンと音を立てて、その扉を開いた。リースたち以外は、ビュロー見学以外に来るのは初めてで、今日からここで憧れの先輩の下、スピリストとして勉強をしていくことにそれぞれがそれぞれの思いを抱いて、一歩を踏み出していった。

 静かで、どこか荘厳な空気が漂うフロワシックス。

「失礼します」

 フロアシックス内のビュローに入室が決まった生徒たちが、緊張した面持ちで大きく静かに閉じている扉をノックし、その中へと入っていく。

「あれ? フロンのところに誰かいる」

 リースは何度かフロンのビュロー室には足を運んでいたため、特に緊張はしていなかったが、棗は一回リースに連れられてお昼を食べに来たことがあったが、まだ緊張しているようだった。

「・・・・・・たぶん、もう一人の、人」

 棗とリースはフロンの部屋の前で、黒のローブを身に纏い緊張しているのか直立している男子生徒に声を掛けた。

「もしかして、ルーク・スプリングフィールド君?」

「えっ、あ、は、はいっ」

 余程緊張していたのだろう。リースが声を掛けると、体がビクッとなり数歩飛びのいた。

「そんなに驚かなくても、これから同じビュロー生なんだから、仲良くしようよ?」

「は、はっ、はいっ。よ、よよよよろしくお願いしますっ」

 見た目は明らかに魔道士なのだが、その慌てっぷりからは微塵も感じられなかった。

「それじゃあ、三人揃ったことだし、入ろっ」

 どうやらこの三人内では、リースがリーダー的存在になりそうだった。棗もルークもがちがちに緊張していたが、リースはいつもの調子だった。

「フロン、入るよぉ」

 他のビュロー室前では誰もが緊張した面持ちで畏まっているというのに、リースは普通にノックもすることなく、ドアを開けた。

「・・・・・・リースちゃんっ」

「す、すごい。何も躊躇うことなく・・・・・・」

 棗とルークは、リースのその行動に驚きを隠しきれていなかった。

「こらっ」

「あたっ」

 ドアを開けて、二人を差し置いてリースは意気揚々と入室した途端、フロンに叩かれた。

「フロン、何するのぉ。痛いよぉ」

 いきなりのことで、涙目になっているリースだが、棗とルークからすれば、当然だろうと思った。

「部屋に入る時は、いつもノックしろって言ってるだろ」

「別にいいじゃん。他人って訳じゃ、ないんだから」

 色っぽい声を出して、甘えるようにフロンを見る。

「馬鹿。そんな目で見ても、俺には効かん」

 フロンは軽くリースにデコピンをした。

「二人とも、いつまでもそこに立ってないで入れ」

 リースとの茶番で、ポカンとした顔をした二人をフロン招き入れた。

「ようこそ、ハーバリービュローへ」

 室内には、すでにフロンのガーディアンたちも姿を現していた。

「ほう、この者たちが、主の生徒か」

「ふふっ、リースちゃん、棗ちゃん良かったわね。ルーク君、おめでとう」

「ガルルー」

 リース以外はまだ緊張していたが、人数も少ないため、すぐに落ち着いた。

「まぁ、適当に腰掛けてくれ」

 フロンに言われ、ソファに三人腰を下ろす。まだ少し強張っているが、セフィーシアが微笑むと、三人もとい、棗とルークは肩の力を抜いた。

「早速だが、君たちはこれから俺と一緒に色々と勉強していくことになる。分からないことがあれば、遠慮なく言ってくれ」

 フロンは三人に軽く自己紹介して、これからのことを伝えた。これから三人はフロンの下で、実技や必要とされれば実地へと赴き、学課以外のスピリストとして技術を磨き、最終的にはガーディアンと契約する進級試験を目指して、契約の証である紋章形成の訓練を積んでいく。

「それぞれ簡単に自己紹介してもらおうか。お互いのことを知っておかないとな」

 そう言うと、三人は頷いた。

「それじゃあ、改めてまずは俺から。名前はハーバリー・フロンティス。このビュローの責任者だ。技能は遠距離戦闘系の弓術。そして、俺のガーディアンたちだ」

 そういうと、ライたちは身なりを整えた。

「我が名は、ライジン。雷帝の名を持つガーディアンなり」

 ライジンは普段にもましてその姿は荘厳なものだった。

「私の名はセフィーシア。光天の女神と呼んでいただくこともあります。ですが、気軽にセフィと呼んで下さいね」

 セフィの微笑みに、三人は蕩けているようだった。

《そして、我はペガシオン。蒼穹の牙とも呼ばれている》

 ライジンとセフィーシアは言葉を話せるが、ペガシオンは獣系ガーディアンのため、言葉は話せない代わりに、意思(テレ)伝達(パシー)で直接三人に言霊を伝えていた。

「俺からはそんなところか。何か訊きたい事があれば、後で言ってくれ。それじゃ次は、リースからいくか?」

「うん、良いよ。それじゃ、改めて。私はリースリット・ハーテリー。剣術使いで、フロンとはちっちゃい時から幼馴染なの。これからみんなで頑張ってスピリスト目指そうねっ」

 リースは楽しそうに自己紹介をしていた。

「それじゃあ、次は棗、良いか?」

「・・・・・・は、はい」

 名前を呼ばれて顔を赤らめながら、その場に立った。

「・・・・・・えっと、私は・・・・・・」

 人前に出るのが苦手なのだろう。ノミナシオン用紙にも人前が苦手だと明記していたほどだった。

「棗ちゃん、緊張しなくても大丈夫だよっ」

「棗さん、ここは私たちだけです。そんなに力を入れなくとも構いませんよ」

 リースの励ましと、セフィがそっと手をとった。

「・・・・・・あ、はい。私は風椿棗と申します。主に槍術を嗜み、少しですが武術も出来ます」

 緊張が解けたのだろう。心を開いてくれたようで、その後も少し頬が赤かったが、無事に自己紹介を済ませた。

「それじゃ、最後にルーク」

「はっ、はいっ・・・・・・痛っ」

 緊張していたせいで、勢いよく立ち上がり、テーブルにひざを思いっきりぶつけた。

「おい、大丈夫か?」

 フロンが苦笑しながらセフィを見る。

「わかりました」

セフィはフロンの意思を読み取り、弁慶を打って悶えているルークの傍に行き、治癒(ヒー)回復(リング)魔法を唱えた。

 ルークの膝周辺を淡い光が包み込んだ。

「大丈夫ですか?」

「あ、は、はい。ありがとうございます」

「ルーク、そう緊張するな。もっと気楽で良いぞ」

 セフィとフロンの言葉に、一回咳払いをして自分を落ち着かせた。

「えっと、お見苦しいところをお見せしてしまいました。改めまして、自分はルーク・スプリングフィールドと申します。魔術の使い手として日々勉強中ですが、お恥ずかしながらあまり上手く使いこなせていないので、ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、これからよろしくお願いしますっ」

 ルークも何とか自己紹介を済ませた。

「それじゃ、これからこのメンバーで活動していくことになるから、皆よろしくな」

「はーい」

「・・・・・・はいっ」

「こ、ここここちらこそよろしくおねがいしますっ」

 まだまだリース以外はお硬くなっているが、これから少しずつ慣れていくだろう。初日はそんなこんなで無事に迎えることが出来た。

    

 数日後、いつものようのに登校して、アカデミー内も通常通りに平穏な時を迎えていた。初めはアカデミーの規模に緊張していた一年生も、授業にも慣れ始めてきたようだった。それでも物珍しさから学園を探検している一年生の姿があちこちで見受けられた。

「はーい、みんなおはよう。それじゃ、まずは今日の連絡事項からね」

 教員のわりに、やけに生徒と友達感覚口調で話すアスマン。生徒たちも教員として接するよりも、先輩といった具合だろうか。親しげな雰囲気があった。

スピリストには年齢は関係ない。遅い者は入学時に三十代もいる。早ければ初等部の頃にガーディアンと契約出来てしまう者もいる。そして、フロンたちの前で教鞭を振るうこの教員も実年齢はまだ二十という若さであり、生徒と言ってもおかしくはないのだが、アカデミー卒業後にその才能を見入られ、教員として採用された。

「みんなそれぞれビュロー生を迎えて、することも多くて大変だろうけど、今週は新入生歓迎イベントのキャンプがあるから、それぞれ準備を進めておきなさい」

 教員の言葉にクラスがざわついた。

 アカデミーには様々な行事があり、ノミナシオン終了後は、まず初めのイベントであるキャンプ演習が行われる。これは一年から三年まで垣根を越えて交流を図る目的で行われているが、実際は結構過酷なこともあり、これが原因で早速アカデミーを去る生徒もいるほどであった。

「あ、そうそう。今年は去年までとは違って、ユールで行うから、いつも以上に下準備はしっかりすること。じゃないと一年生は怪我じゃ済まないこともあるからね」

 教員の言葉に、クラスは静まり返った。

「・・・・・・先生、それ、マジっすか?」

 アルが信じられないといった様子で訊ねる。

「うん、マジよ。変更なしの全天決行」

 アルの言葉に笑顔で応える。その笑顔にクラス中にざわめきが広がった。

「はーい、静かに。この話は追ってまた連絡するから、授業始めるわよ」

 教員の言葉で静まるが、生徒たちの表情は晴れていなかった。

何しろ、ユールという地域は中級以上のモンスターたちが戯れていて、時には上級位のモンスターも出ることで知られている草原地帯であり、三年だけならまだ良いのだが、そこへ新入生たちを連れて行かないといけないことに、三年は不安を拭えなかった。

 授業終了後、生徒たちの話題はやはりキャンプのことばかりであった。

「なぁフロン。どう思うよ?」

「どうもこうも、いきなりことで理解出来ない」

「そうですわね。私もてっきり昨年と同じかと思っていましたわ」

 フロン、アル、メイは同じクラスで、放つオーラのせいか少しばかり浮いているようにも見えた。

「ユールかぁ。大丈夫なのかねぇ。うちの一年は魔力低いからなぁ」

 アルのビュロー生は、火器に依存しがちであり、魔力は他の同級生に比べて低い。その為そう言う生徒の卒業後の進路はスピリストとしての戦術予報士やスピリストを派遣する会社の事務職など、実戦活躍よりも後方支援に当たる職種が多い。

「俺たちはともかく、一年には厳しいだろうな」

「今のうちに、ある程度の兵装を整えさせておかないといけないですわね」

 メイの言葉にフロンもアルも頷いた。精錬された力を有さない一年には、装備で補うほかはない。

入学早々、モンスターランクも下級モンスターなどのDやEではなく、ユールは最低でもC以上。そのため、まだ未熟な技能しか習得していない一年にとっては、厳しいものがある。二年もCランク級であれば魔法過程で習得した中級魔法を駆使すれば大丈夫かもしれないが、楽にはいかないだろう。

Bランク以上もいる地帯とあっては、今年は何かがありそうな嫌な予感がしないでもなかった。

「・・・・・・ユール、か」

 フロンは、一年生にどのような装備をさせるか話し合っているメイとアルを横目に、窓から見える穏やかに流れる雲を見つめていた。

 放課後となり、ビュロー棟は活気に満ちていた。少しずつアカデミーの授業にも慣れて、ビュロー活動もその影響か、まだまだ絶えないやる気に満ちた生徒ばかりであった。

「おはよう」 

 フロンが自分のビュローへ行くと、既に三人は集合していた。

「あ、フロン、遅いよぉ」

「・・・・・・おはよう、ございます」

「ハーバリー先輩、おはようございますっ」

 ビュロー活動中は、夕方であっても挨拶はおはようということになっていた。授業とは違って、ビュロー活動も放課後であれ、活動を開始するため、そういう挨拶がしきたりだった。

 初めは、緊張でろくに口を聞けなかった棗もルークも、数日も経つとすっかり打ち解けていた。

「もう掃除終わったのか?」

 ビュローにはいくつかのしきたりがある。一年は三年が来るまでに、各ビュローの清掃と、室内にある掲示モニターで、予めビュローの代表者が指示しておいた物を用意したり、その日のことを確認しておくことが、そのしきたりの一つだった。

「うんっ。だってこの部屋、そんなに汚れてないもん。すぐに終わっちゃうよ」

 リースの言葉通り、室内は普段から整頓されているため、掃除は短時間で終わっていた。

「それにしても、随分と部屋らしいというか、趣味の部屋みたいになったな」

 フロンは部屋を見渡す。部屋の中はそれぞれが持ち込んだもので、当初よりも随分と様変わりしていた。フロンの弓術道具や、棗の槍術一式、ルークの魔術書、そして何より、リースの持ち込んだものがその大半を占めていた。

「なぁ、リース。ここは自分の部屋じゃないんだ。こんなのは必要か?」

 ソファにはいくつものぬいぐるみとクッション。テーブルにはお菓子。道具を置いている場所以外は、女の子の部屋らしい可愛い小物などで満たされていた。

「えー、可愛いよ?」

「いや、そういうものじゃないだろ」

「・・・・・・私は好きです」

 フロンは呆れ気味だったが、棗は結構落ち着くらしい。

「ルークはどう思う?」

「えっと、僕は姉さんたちの部屋みたいだから、特に気にはならないです」

 ルークは四人姉弟の長男だとかで、三人の姉に囲まれているせいか、慣れているようだった。

「まぁ、みんな落ち着いてるみたいだから良いか」

 フロンもなんだかんだで、懐柔されていた。それよりも今は大事なことがある。

「みんな、今日は少し話がある」

 フロンは部屋の掲示モニターに全員の目を向けさせた。大型テレビほどある掲示モニターは、単に情報を映し出すだけではなく、任務等に就く際に作戦を指示するモニターの役割も果たす。また、アカデミー内の全てと回線が繋がっていて、各ビュロー室と教員たちの連絡用や、生徒たちが自由に調べ物等をすることが出来る。

「ここに映し出されている場所はどこか分かるか?」

 フロンがタッチするとモニターには地図(マップ)が映し出されていた。それは草原や平原を表すグリーンマップ。そこにはランク毎に赤・青・黄色分けされた三角の点がいくつもあった。

「えっと、草原?」

 リースは呑気に見たまんまを言ってくれた。

「・・・・・・ユール草原ですか?」

「そう、ユール草原だ」

 真面目な棗は状況把握が上手い。周囲には山や谷などの茶色も表示されていて、その中で場所を見分けるのは難しい。似たような地域は数多くある。

「そのユール草原がどうかしたんですか?」

 ルークは四六時中制服の上から黒のローブを身に纏っている。魔術師だからと言っているが、フロンにはいまいち理解出来ないが、本人がそう言っているのであるから、気には留めていなかった。形から入ることは、悪いことではない。アカデミーでは式典以外の見た目はそれほど重要ではなかった。

「もうすぐ何があるか、知ってるだろ?」

「キャンプーッ!」

 リースはどういうものなのか理解していないようで、楽しみだね、などと盛り上がっていた。ほとんどの一年は、リースと同じような考えを持つ者が多いのは確かだ。ルークも棗も、初めてのことでワクワクしている様子だった。

「まだ知らないかもしれないから言っておくが、ここにいくつかある三角点はモンスターだ。そして色はランクで分けられている」

 フロンがモニターをタッチすると、三角点の詳細が表示される。

「これらは、上級が赤、中級が青、下級が黄色で色分けされている。他にも細かく分けられているが、まぁそれは似たような色で表示されているから、あまり気にしなくて良い」

「わぁ、中級以上のモンスターばっかだね」

 マップには、青の三角点がほとんどだった。

「・・・・・・下級モンスターがいない、ですね」

「ハーバリー先輩。それでここがどうかしたんですか?」

「実は今年のキャンプ地は、このユール草原なんだ」

 フロンの言葉に、一瞬、時が止まった。

「・・・・・・フロン、それ、本当?」

「ああ、本当だ」

 流石のリースも先ほどまでの和やかな空気ではなくなった。基礎課程の始まった一年でも、まず教わるのは、モンスターたちのこと。Aランクモンスターはガーディアンを従えていないと、己の技能だけでは相手にすることは厳しく、それ以上であるSランクのモンスターともなれば、スピリスト見習いではいくらガーディアンを使役しても、まともな状態ではいられない。

それは、始めのうちに教えられたことだ。

「だから、これから三人には、今以上の装備をしてもらう。武器は兎も角防具もだ」

 装備に関しては、本来は自分で購入することになっている。モンスターに賭けられた懸賞金で、訓練がてら賞金稼ぎへ出かけたり、シティで一般のアルバイトをしたりと、その辺りは生徒の自主性に任されている。ただ今回に限っては、各ビュローに人数に応じた資金が割り当てられ、それを工面して装備やキャンプでの道具を用意することになった。

「詳しい話は、装備を整えてからまた話すことにして、とりあえずシティに行こうか。実際に自分の目で見て決めたほうが、お前たちも実感が湧くだろう」

 フロンの言葉に、少々強張った顔を見せる三人ではあったが、アカデミーを出た頃には先ほどまでの顔はどこへやらと言った感じで、自分の装備のことで三人は盛り上がっていた。

「それじゃあ、それぞれ行くショップは違うだろうから、一時間後にここに集合ってことで。無駄遣いはするな。なるべく自分の能力に合った物を選んで来い。訊きたい事があれば俺はここに居る」

 フロンの言葉でリースたちは、それぞれ散らばっていった。フロンは今の装備で十分だったため、待機することにした。

「にしても、最近は多いな」

 辺りを見渡せば、高い防護壁に囲まれ、モンスターの脅威に怯えることなく平穏に暮らす人々。

ここは、この国にある数多くの街の中心的存在の一つで、カルーディアと呼ばれている。政府機関などの中枢部が密集する首都シャルダンテの衛星都市の一つでもある。最近は都市開発が進み、ベンチャー企業や大企業が進出してきて、街の雰囲気は一層華やかになりつつあった。

フロンたちが暮らすのは、シャルダンテを首都にもつ世界でも有数の大国である、ポートガイス王国。他国とも積極的に外交を行い、友好を深めて国としても成長を続け、国同士を結ぶ情報・交通網の中心に位置し、シャルダンテには国交貿易などの影響で、多くの人種の出入りがあった。

カルーディアの街の中には、場違いな重装備をした人間が混じっている。彼らはハンターと称される、モンスター狩りを専門に行う者たちだ。スピリストとは違い、武器や己の技術のみでモンスターを倒し、その都度賞金を手に入れ、それで生計を立てている。一部では荒くれ者と称されたりもするが、その需要がある限り、彼らは彼らなりにスピリストと違う力で世界の秩序を守る働きを担っている。

「凄い格好もいるな」

 ハンターたちは個性豊かだ。重装備に身を固めている者。流行に乗っている者。エロスなどの過激なファッションで周囲の目を引く者。スピリストも格好は基本的には自由だが、人々に注目されることが多く、また家系的なことも関わってきたり、何よりスピリストは魔力を有するため、その力を高めたり、余計な魔力の放出を抑えるための特殊装束を身につけなければならない。そのためどうしても、自由という割には制限された服装になってしまう。

ハンターたちは少々癖者ではあるが、スピリストのように依頼を受けて、契約金を支払う必要がないため、気軽にモンスター討伐を依頼出来ることで最近はその需要が高まってた。その代わり、彼らは自分で身を守るしかないため、討伐を諦めて逃げ出すこともありうるので、未だにスピリストの需要と人気のほうが高いことも変えがたい事実であった。

「あら、フロンではないですか」

「ん? ああ、メイか」

 カルーディアのシンボルであるセントマリア像の傍で一人待機していると、メイも同じなのだろうか、一年生を引き連れてきていた。

「ハーバリー先輩も、キャンプの準備ですか?」

「ああ、みんなもそのつもりみたいだな」

 メイのビュロー生は、男子四人、女子五人でみんな礼儀正しく、フロンに一人一人挨拶していた。恐らくはメイによっての指導の賜物だろう。

「それでは、私たちもここで一時解散としますわ。皆さん、それぞれご自身にあった装備を探してきて下さい。もし何かあれば、私はここにおりますから遠慮なく尋ねてきなさい」

 メイもフロン同様に、一旦その場で解散させた。

「九人もいると、大変だろ?」

 それぞれが散っていくと、メイは小さなため息をついた。

「そうですわね、素直で良い子たちなのですが、九人ともなると隅々まで目を光らせっぱなしで疲れますわ」

 それだからフロンは、三人という少人数にしたのだ。自分がビュロー生だったことの経験を思い返していたのだから。

「メイも少し考えれば気づいただろうに」

「私としたことが、迂闊でしたわ」

 一年の頃、フロン、メイ、アルは同じビュローに所属していた。同じビュローに所属していたからこそ、今アカデミーで優秀なスピリスト見習いとしての地位があるのだが、元はそのビュローには歴代最高数の七十八人が所属していた。

「あの方は、本当に凄い方でしたのね」

「まぁ、それに耐えられなかった奴らばっかりだったけどな」

 多くの人で賑わうシティ。流行の音楽が流れ、車や人が数多く行き来する。その中でベンチに腰を下ろしている二人。時の流れから、はぐれてしまったような疎外感がかすかに感じられる。

「だから俺は、三人にしたんだよ」

「気づいていたなら、教えて下さっても良かったですのに」

 メイは少々ふくれっ面でフロンを見る。普段の毅然とした態度とは違い、アルにフロン見せる本当の姿。そのギャップは結構フロンをときめかせることがあった。

「メイなら気づいてたと思ったんだ」

「ですが、改めて顔を合わせてみて、あの中から恐らく五人は耐えられなくなると思いますわ」

 まだビュローとなって数日しか経っていないというのに、メイはその半分が近いうちに辞めると踏んでいた。

「厳しいな」

「事実ですわ」

 書類だけでは分からないことが、実際に目で見ることで分かることがある。メイは自他共に認めるほど人を見る目がある。だから本人がそう言うのであれば、恐らくその言葉は事実となるだろう。

「そう言えば、アルフォードはアカデミーにいましたけど、大丈夫なのかしら」

「アルなら大丈夫だろ」

 フロンがアルのビュローを覗いた時、そこはむさ苦しい男気で満ちていた。やはり想像通りで、アルのビュローには男子生徒しかいなかった。しかも全員が銃術という、軍隊と見間違うほどであった。

「アルと同じ術使いなら、装備を購入しなくても、武器庫にあるのを使うんだろ」

「それもそうですわね」

 先ほどまで気にしていた割には、アルにはさほど興味が無いといった感じでそっけないメイ。フロンもアルの実力を知っているからこそ、そこまで気にはしていなかった。

「そういえば、フロン」

「何だ?」

「あなた、キャンプ地での実地試験についてはお聞きになって?」

「実地試験?」

 フロンは何のことだかさっぱりという顔だった。

「その様子ではご存知ないようですわね」

 今回のキャンプは、名目上は親睦を図るとされているが、実態はユール草原での実地試験。二年はその試験のサポートにあたり、ビュローは三年を中心にして、ユール草原にいるSランクであり、最強種族の一種である、(ダーク)天使(エンジェル)族のアザゼルの討伐。

「・・・・・・そういうわけですの」

「そういうわけって、アザゼルなんてSランクじゃないか」

 フロンもSランク級のモンスターを相手にしたことは、ほとんどなかった。

「ユール草原にアザゼルがいる限り、周辺の町は物資等が自由に行き来が出来ないのも事実ですわ」

「要は、アカデミーに来た依頼をキャンプに掛けたわけか」

「そういうことですわね。ですが、そのおかげで、アザゼルを討伐すれば前期試験は全員合格というわけですわ」

 メイの言葉にフロンは呆れるしかなかった。

「全く学園長は何を考えているのか」

「あの方もあの方ですから。あの頃と何も変わってはいないようですわね」

 フロンとメイが入学した時、彼らが所属したビュローは現学園長であるロイド・フィルージアのビュローだった。ロイドは若干二十二歳にして、このアカデミーの学園長に就任した。周囲からの反発は未だにあるが、それでもその実力で圧倒的な地位をものとしていた。

「忙しそうだとは思っていたけど、まさかこういう形で依頼を果たそうとするとは」

 フロンとメイは呆れ交じりのため息を漏らした。

「あの方は、あれでもセントマリア様の血を引くお方ですわ。何かしらのお考えがあられるのでしょう」

「そうとは思えないけどな。自分が多忙だから、面倒ごとを押し付けたように俺には思えるぞ」

学園長は、カルーディアのシンボルとされている、セントマリア・フィルージアの血を引き、その力は幼き頃から真価を発揮し、今に至っている。

 ―――セントマリア・フィルージア。

彼女はポートガイス王国の建国時、現王家の命を受け荒地と化していたこの地に、カルーディアの街を作り上げた。そして、当時は禁忌とされていながらも、ガーディアンと契約を交わし、初代スピリストとして世界中にいるスピリストの基盤を作り、教育機関であるアカデミー創設を促した人物として今では崇拝されている。中には、今でもそれを認めようとしない団体もあるが、人々の思いは誰にも縛ることは出来ないため、それをどう思うかは、個人の自由であった。

セントパールアカデミーは、スピリスト養育機関として世界で初めて開校し、代々セントマリアの血を引くフィルージア家が、経営運営の全てを担っている。今、世界中に開校しているアカデミーはここから始まり、その国ごとの特徴を活かしたスピリストの育成に励んでいる。

「フロンっ、買ってきたよ」

「メイリン先輩、私たちも一式揃えてきました」

 フロンとメイが談笑をしていると、リースたちが戻ってきた。

「じゃあ、俺たちは先に戻るぞ」

「ええ、ごきげんよう」

その後、戻ってきたそれぞれのビュロー生たちと一旦ビュロー室へ戻り、キャンプについての詳細を伝えた。

「―――とまぁ、そういうわけで、今年のキャンプは少々きついかも知れないが、試験も兼ねているから各自抜け目無く装備を整えておくこと」

 リースたちに話すと、フロンの予想通り、三人は開いた口が塞がらないといった感じで固まっていた。

「それから、今回はSランクと実践を交えるわけで、三人には実戦経験がないから危険だから、俺からガーディアンをしばらくの間、仮契約させる」

 そういうと、フロンは弓者装束に身を包み、自分の武器である波動弓を持ち三人をバトルフィールドへ連れ出した。

「フロン、何するの?」

 リースが辺りを見渡しながら、訊ねる。周囲ではガーディアンたちと訓練に励む生徒や、フロンと同じように装束に身を包んで何かをしている生徒がいた。

「まだ召喚についての勉強をしていないお前たちには、ガーディアンの召喚は出来ないから、代わりに俺が契約して、キャンプの間お前たちの守護に当たらせる」

 そう言うと、フロンは数本の矢を手に取り、波動弓にかけた。

「ガーディアンの召喚は、お前たちもそれぞれの技能で行う時が来るから、よく見ておけ。紋章作りはこれから教えていくが、参考までにどういうものか、俺のを見てイメージを浮かべろ」

 全ての矢を弓にかけ、器用に弦を弾く。魔力を込めているためか、矢が光り輝き、フロンの周囲に風が舞う。

「ハーバリー・フロンティスが命ず。我が魂を受け取りし三者の神霊よ 我が命を持って 我の力と成せ」

 そう唱えると、フロンは矢を夕刻の空へと一気に放った。その勢いでフロンの装束が大きく風に靡く。放たれたのは五本の矢。矢は光の尾を引きながら空高く舞い、互いに距離をとり、光の矢と尾が星型の紋章へと変化していく。

「わぁ―――・・・」

「・・・・・・これが、契約の紋章」

「す、凄い、ハーバリー先輩・・・・・・」

 三人は目の前で行われている、その圧倒的な力を呼び起こしているフロンの気迫に押され、ただ呆然とその様子を遠くから見つめていた。フロン以外にも様々な方法で紋章を作り、ガーディアンの召喚を行っている生徒たちで、バトルフィールドは異様な空間のようにも思えた。

 フロンの放った矢で形成された紋章から、三体ガーディアンがゆっくりと舞い降りてきた。

 人型をした女性のガーディアンに、鳥型のガーディアンと、狐型のガーディアンがフロンの紋章に惹かれ、契約を交わしに降り立った。幻想的なその光景があちこちで見られ、様々なガーディアンがその姿をこの地に現した。

「これで良いだろう」

 満足そうにフロンは三体を見る。

「我が名は、セリス。汝は我が主と成せし者であるか」

 人型のガーディアンがフロンに問いかける。同じように、二つの長い尾をもつ鳥型のガーディアンと、複数の尾を持つ大きな狐型のガーディアンもフロンを見る。

「我が魂に集いし神霊よ 我が命を糧とし その力を持って 我が力と成せ」

 フロンの言葉にガーディアンたちとフロンが光り輝きその双方の光が交わって一つに解け合った。それが契約を交わした証。

「それじゃ、セリス、カナリア、キュービ、よろしくな」

「畏まりました、ハーバリー様」

 礼儀正しくお辞儀をするセリス。セフィと似ているが、ショートヘアーのせいか、セフィよりも活動的に見える。セリスに続くようにカナリアとキュービも可愛らしい声を上げ、フロンに擦り寄った。

 先ほどまでの荘厳な空気ではなく、和やかな雰囲気になった。

「リース、棗、ルーク。これからキャンプ終了までの間、こいつらがお前たちを守護してくれるガーディアンだ。リースにはセリスを。棗にはカナリアを。ルークにはキュービだ。それぞれ短い間ではあるが、仲良くするんだぞ」

 フロンの言葉に従うように、ガーディアンたちが、それぞれに近寄る。リースは剣術使いであるため、近距離に関しては問題ないため、攻守に優れた魔法を駆使するセリスと合わせた。棗には鳥型であるカナリアをつけた。カナリアは飛行系でもあるため、全てにおいてバランスよく攻撃、守護が出来る。中距離戦闘系の槍術には強い味方になるだろう。ルークは魔術使いのため、素早さのある狐型のキュービを合わせた。魔法は詠唱に時間がかかる。その間フリーになる可能性があるため、素早さで攻守が出来るキュービとの相性は良いはずだ。

「フロン、セリスってどんなことが出来るの?」

 早速リースが色々と聞いてきた。

「そういうのは、自分でガーディアンと交流してお互いに信頼関係を築きながら、確かめるんだ」

 ガーディアンのことを知り、ガーディアンに自分のことを知らせる。それもスピリストとして大切なことである。信頼関係がないと、戦闘において意思の疎通が図れず敗退することがある。そのため日頃から触れ合うことが大事なのだ。

「リースは言葉が通じるから問題ないだろうが、棗とルークは意思(テレ)伝達(パシー)を使って言葉を交わすんだぞ。慣れれば、声で判断できるようになるとは思うが、それまでは難しいだろう」

 日も暮れてきたこともあって、今日はそのままそれぞれガーディアンを連れて、家でよく話し合うようにして、交流を深めるように言うと、その場で今日は解散となった。

「・・・・・・ハーバリー先輩」

 解散となり、リースとルークはビュロー室へ荷物を取りに戻ったが、棗が矢の片付けをしているフロンのところへ来た。

「どうした?」

「・・・・・・カナリアのことなんですが、ご飯はどうすれば・・・・・・?」

 遠慮深そうに聞いてくる。棗の肩にはカナリアが止まっていた。

「食事? ああ、ガーディアンは食事は必要ないんだ。契約者からエネルギーを受ければ問題ないから。まぁ食べさせても何の問題もないから、あげたかったから食べさせて良いぞ。好き嫌いはないみたいだしな」

「・・・・・・そうだったんですか」

 そういって棗は、カナリアの頭を撫でる。心地良いのかカナリアは可愛らしく甲高い声を上げた。

「他に分からないことがあれば、俺でも良いし、カナリアに聞いても教えてくれるぞ」

「・・・・・・あ、はい。わかりました」

 棗はペコッと頭を下げると、遠くでこちらに振り返って呼んでいるリースとルークの所に駆けていった。

「主よ、だいぶ上達したようであるな」

「ええ、本当に。見事な契約召喚でしたわ」

「ガル」

 三人を見送ると、ライたちが姿を現した。

「ありがとうな。俺もホッとしたよ」

 ガーディアンの召喚は、進級試験の時以来のため、少々フロンは緊張していた。

「しかし、主よ。キャンプがアザゼル討伐とは少々厳しいかもしれんぞ」

「そうですね。ハーバリー様を全力でお護りいたしますが、相手があの方では、私も絶対の保障は出来かねます」

「ガ、ガルル〜・・・・・・」

 アザゼルは、上級モンスターの中でも、さらに上級に位置するSランクモンスターであるため、上級Aランクガーディアンであるライたちには、厳しい戦いになることは確かだった。

アカデミーで上級Aランクガーディアンと契約を交わしている生徒は、フロンやメイ、アルたち以外に、二人いる。それ以外の三年は中級しか有していない。教員もガーディアンを使役しているが、その半分は現在、他の任務に当たっていて、アカデミーにはいない。

学園長はSランク級のガーディアンと契約しているが、長期出張中で、しばらくは帰ってこない。そして何より、アザゼル討伐が試験ということであるからして、教員は手出しはしないだろう。

「俺たちだけじゃないから何とかなるとは思う。いざとなればアルがいるしな」

 フロンはそういうと、ビュロー室へと戻っていった。

    

「おし、お前ら。キャンプまでの間、俺がみっちりしごいてやるからな。覚悟しろっ」

 半ばやけのようなアルの怒声に一年生は横一列にピシッと整列していた。

『アイアイ、サー』

 その頃、アルが率いるアルフォードビュローでは、バトルフィールドで迷彩服に全員が身を包み、軍隊の訓練のような空気が流れていた。アルはガーディアンと契約しているが、その数は六体。五体は自身の警護等に当たらせ、もう一体は遠く離れた宇宙空間にいる。

「まずは、ここを二十周。その後は腕立て、腹筋、背筋、各二百回」

《アイアイ、サー》

 アルの指示で一年生たちはランへと出かけていく。それをどこか鼻高々に見送るアル。

「アルフォード様」

「ん? どうした、ローゼン」

 アルのガーディアンの一体であるローゼン。女剣士でありながら白魔法も使いこなす。アルのガーディアンの中では、一番活躍の場が多い。

「先ほど、ハーバリー様がビュロー生方に仮契約のガーディアンをお与えになっていたのですが、アルフォード様はよろしいのですか?」

 ローゼンの問いにアルは首を横に振った。

「大丈夫だ。あいつらは直接戦場で戦わせはしない。実戦経験がない、特にあいつらみたいに大した技能を持たない奴等は、戦場じゃ邪魔になるだけだ。今回は超遠距離からの後方支援と情報収集に当てるつもりだけだから、必要ないだろ」

 アルのビュロー生は、フロンやメイたちとは違い、全員が火器を使用して軍のように動く。それぞれの力量は他の生徒に劣るところがあるが、隊を組めば、情報収集から隠密行動まで類まれな連携才能を発揮する。そういう生徒のために、アルはビュロー生を迎えていた。

「それに、いざとなればテラプトンがいるからな」

「そうですか、でしたら私はアルフォード様に従うまでです」

「にしても、今頃何してんだろうな、テラプトンの奴」

「私には察しもつきません」 

テラプトンはアルのガーディアンである。しかし、アル自身もその姿は進級試験の時にしか目にしていない。テラプトンは宇宙空間に常駐し、その姿は巨大な要塞のようであり、大いなる力を秘めている。宇宙産業が発展し始めたこの世界でも、テラプトンの傍へ行くことは出来なかった。テラプトンの周囲は磁場が乱れ、故障の原因となってしまうのだ。

ガーディアンの中でも最上級位Sランクのガーディアン。それを使役するアル。アルは実際のところ、現アカデミー生の中ではフロンやメイよりも実力はあった。だが、テラプトンは活動時間が短く、技の発動まで時間がかかる。最上級位ではあるが、普段はあまり役に立つことがないため、その存在はあまり重視されることはなかった。そのせいでアルは、前線よりも後方支援組として名を馳せていた。

「よし、ローゼン。武器庫の整理を手伝ってくれ。あいつらにもそれなりの武装は必要だ」

「仰せのままに」

 アルも、普段はテラプトンのことは気にすることはなかった。主の命がなければテラプトンは宇宙空間を漂うだけで、その力が脅威になることはないため、普段は自由にさせていた。

 アルもフロンもメイもアカデミーを代表する生徒であるため、他の生徒の模範になるように、それぞれが成すべき事を着実に行っていた。

 自分たちの試験を兼ねていることもあるが、何より、まだ入学後間もない一年を、いきなりSランクモンスターとの戦闘に参加させることに対する、初めて責任者としての責任と重圧感から、三年生は次第にピリピリとした空気を放つ者でアカデミー全体にもその空気が漂い始めていた。


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