10th.ルークと棗の闘い
大変遅くなり、申し訳ありません。
相変わらず仕事の方が忙しく、時間が取れず、なかなか執筆することが叶わずに、月一作品が限界です(^^;
なるべく早く更新しなくては、と思いつつ、そうもいかない日常なので、どうぞご了承くださいませ。
今回は、本来はもう少し濃い展開にしたかったのですが、今月末、と予定を立てておりましたので、少々やっつけのような展開にとどめました。
次回まで、視点を外して話を進め、その次からは本流にもどしたいと思います。
アルサイルの一声と同時に、九人が陣形を取るように広がる。魔術師の五人は横一列の後尾。その後ろに戦闘不参加の後方支援の白魔術師、そして二人へと仕掛けてくるのは、剣術、格闘系の三人。唐突な開始に、ルークは戸惑いを見せる。
「ど、どうしますか? 一気に九人だなんて……」
「ルーク、君は、魔術師を。私、は、三人と、弓使いを」
それだけを言い残すと、棗は掛けてくる三人へ向けて走り出す。
「え? なっ、棗さんっ!?」
具体的な作戦を考えている猶予はなく、ルークは慌ててタクトを振るう。
「フレイヤッ」
炎が上空へと立ち上り、後方で待機している魔術師家系の生徒たちへ降り注ぐ。
「ソーカシャス・レイ・アヘッド・ウォーターッ!」
待機していたうちの一人の女性とが水魔法を詠唱し、その炎と放水される水と衝突する。急激な温度変化に、その周囲は湯気が霧のようにかかり、ルークのフレイヤは消火された。
「エレクトロッ!」
と同時に湯気の中から直系魔法の雷が突き抜けてくる。
「うっ……!」
幸い、シールアに阻まれるが、それでも多少の影響は受けるようで、ルークのローブにシールアを突破したわずかな雷撃が走り、ルークが後退する。
「サイモ・ルシファルテ・エル・フィーアッ!」
しかし、その後退を感じ取ったように、今度は炎魔法が飛んでくる。ルークが慌ててタクトを振るう。
「フレイヤッ!」
直系魔法と複式魔法の同属の炎が衝突するが、魔法階級と言うクラス分けされる魔法の中で、有効になるのは直系魔法。魔術詠唱を行う魔法は一般的であり、ルークのフレイヤが複式魔法の下級、フィーアを飲み込み、詠唱した生徒へカウンターのように突き抜ける。
「きゃぁっ!」
だが、花を燃やすことは叶わず、詠唱した女生徒はローブの裾を焼いてしまうだけで、攻撃をかすかに反らせていた。
「はぁぁっ!」
上空を炎が飛び交う中、棗はただ照準を合わせた相手に向かう。三角にデルタ編成で両端には剣士、正面からは格闘系。棗は瞳をそれぞれに向け、距離を測り、左からやってくる剣士に向けて対峙していた足を、踏ん張りを利かせて方向を変える。
「手加減はしないぞっ」
大きく振り上げる剣士属性の男子生徒が棗に向けて剣を振り下ろす。訓練用に刃には皆、保護カバーを付けているが打撃を受ければ打撲は免れない、それぞれが持つ本物の武器。棗が間合いを見て槍でそれを受け止める。
「後ろががら空きだっ」
男子生徒の件を受け止める力にぶれは無い。剣を振り下ろした男子生徒は、その反動に多少驚いた表情を浮かべていたが、連携攻撃として対角のリーダー格の男が棗へ、今度は剣を突き刺すように構え、せめて来る。棗は受け止めていた剣を払い、男子生徒を間合いから引き離すように槍を振るい、後退した男子生徒を横目に、振るう勢いを保ったままの槍をすばやく持ち手を変え、男同様に突き出す。
「ちっ」
剣との圧倒的な間合いの差に、突き出そうとしていた男が慌てて構えを変え、刃の腹で受けとめる。
「まだまだっ」
「っ!?」
だが、相手は三人。三段階に及ぶ一斉攻撃の最後に、片腕に打撃具の鋼鉄らしき金属色をしたグローブをはめた男子生徒が棗の側部へ拳を繰り出してくる。棗が後方から再び剣を繰り出す生徒を気に掛けている。だが、悩んでいる暇はなく、棗は片手で槍を大きく振るい、その場に屈む。
「なっ……くそっ」
拳を繰り出した生徒の拳は宙を切り、同時に飛び上がった。
「……飛閃天道流継承技、螺旋」
同様に二人の剣士の男も身を屈めて振るう槍を跳び、回避する。だが、それを狙っていたように棗の槍は渦を描くように槍を振るう速度を上げ、自らも回転し立ち上がるように、槍が飛び上がる生徒たちへ立ち上る。その回転速度は並大抵のものではなく、回転する槍の間合いに引き寄せられるように、魔力を伴った槍術に小さな石ころまでもが浮かび上がった。
「くっ……」
「うっ……」
「はぁっ」
その回転の最中、棗の槍が跳びあがっていた生徒三人に襲い掛かり、剣士系の男子は剣でそれを防ぎ、格闘系の生徒は防御姿勢でそれを受け止めるが、単純物理攻撃ではなく、魔力を帯びているその回転により引き起こる風に、三人が弾かれる。巻き上げる砂が渦を巻き、棗の回転が止まると同時にパラパラと本来あるべき地上へ舞い落ちた。
「我ら三人をして、対処しうるその能力。気に入ったぞ、風椿棗」
リーダー格の男が剣に付着していた砂を払うように振り、再び棗へ向けて構える。
「……一人、花、落としてる」
「え?」
「へ……あぁっ」
だが、棗はすぐに槍を構えることなく、地面に切先を向け、そこに落ちている荒野に不相応な鮮やかな花を槍で突いた。そして、もう一人の剣士の生徒が慌てて自分の肩を見て、散った花を追った。
「い、いつの間に……?」
いつ攻撃されたのか気づかなかった生徒が、棗に問う。
「……何、も、していない……けど……」
だが、棗自身も三人より先に気づいたと言うだけで、自分は手を出していないと、棗自身も首を傾げる。
「馬鹿。ちゃんとつけてなかったんだろ?」
「今の風に吹き飛んだだけのようだな」
棗の攻撃ではなく、攻撃に伴う風により、きちんと花を止めていなかった為にその風に飛ばされた。男に言われ、生徒が驚きと呆然に固まった。
「う、そ……こんな終わりってあり?」
「潔く諦めろ。メイリン先輩も言っていただろう。引き際が肝心だと」
「後は俺たちに任せなって」
一人だけショックを受け、盛大にため息を吐き、剣を仕舞う。棗が良かったのか視線で尋ねている。
「構わん。攻撃の副産物の風とは言え、こちらの不手際だ。これも反省すべきこと。続けるぞ、風椿棗」
「……うん」
棗自身は攻撃ではなく、回避として槍を振るったようで多少納得できていないようだが、男に促され槍を再び構えた。
残る相手はリーダー格の剣士と格闘系が一人ずつ。一旦互いに距離をとり、間合いを計るように静止する。棗も静かに息を吐き、体勢を整えていた。
「行くぞっ!」
「おうっ!」
男の掛け声と同時に二人が棗へと動く。棗も槍を構え、目測で優先順位でも見定めているのか、二人を見ていた。
「フレイヤッ!」
一方、ルークは棗たちとは異なり、互いに大幅な距離をとり、その間を埋めるように魔法が飛ぶ。
「……五人相手って、無理ですよ、やっぱり」
ルークの放つ炎は、攻撃に転じるものではなく、襲い掛かる魔法を打ち消す為に放っているもので、ルークがタクトを振るうよりも早く、五人の魔術系の生徒が次々と魔法を放つ。ルークと同じ炎にはじめ、水、雷の三属性が繰り広げられている。どの生徒もどうやら直系魔法ではなく、複式のようで、詠唱時間が長いが、そのタイミングを計りながらの順次攻撃に、ルークは休む間を与えられなかった。
「棗さんは……っ」
ルークが視線を向ける先では、棗が螺旋を使い、敵を空へと舞い上げていた。それを見たルークは、一瞬固まっていた。
「すごい……あんな武術があったなんて」
「ソーカシャス・レイ・アヘッド・ウォーターッ!」
ルークよりは少数とは言え、棗はそれを一撃で吹き飛ばしていた。
「っ! ……フレイヤッ!」
だが、その余所見すら相手にとっては隙となり、水平に水柱が飛襲する。ルークは慌てて炎を呼び起こし、二つは蒸発として相殺される。
「エレクトロッ!」
「しまっ……っ!」
すぐさま立ち上る水蒸気の中から一閃の雷撃が飛来する。ルークは一瞬それに気づくのが遅れ、魔法詠唱よりも先に、体を横へ飛ばした。ルークの体が横へずれた瞬間、けたたましい轟音と共に、地面が軽く抉れた。
「あ、危なかったぁ……」
直接負傷させることは禁止とされたが、それでも魔法はその直撃を免れても、周囲にも熱や放電、冷気などの影響が出る。
「エミレント・ハデラス・デュ・ダブルッ」
相手の魔法が一旦止んだ。どうやら水蒸気がまだ晴れないせいで視覚を奪われたらしく、ルークはすぐさま体制を整えるとタクトを振るった。詠唱された魔法は攻撃の為に相手へと向かうことはなく、淡い緑の光がルークを包みこんだ。
「エミレント・ハデラス・デュ・リヒール」
複式の詠唱魔法を続けて詠唱すると、タクトから輝く小さな泡のような光りがルークを包み込み、そしてタクトから再び同じ光が溢れ、ルークはそれを棗に向けて飛ばした。
「これで一定時間は魔力、体力が回復するから大丈夫、だと思うけど……」
ルークが大きく息を吐く。棗もその光に包まれ、一瞬何事かと辺りを見ていたが、ルークが同じように光に包まれているのを見て、小さくルークに笑んだ。
「ジェルミア・リーク・フェイシェン・ウィンッ!」
「うわっ!? ……くっ」
だが、それも束の間。不意にルークに強風が吹き寄せ、視界を妨害していた霧が晴れた。足をすくうような風にルークは地に踏ん張りを利かせながら耐える。頭部を覆っていたローブのフードが捲れ、金髪が鮮やかに姿を見せる。
「風属性もあったなんて……」
やがてしばらく吹き荒れた風が収まると、横一列に並んだメイリンビュローの五人の魔術師の生徒たちがルークに視線を向けている。二人ほどはルークの魔法攻撃で少々装束に乱れがあるが、ルークに比べると戦闘には十分な体力は残っているようだった。
「この数を一人でなんて、第一般までの魔法だと厳しいかも……」
学園長の指示より、魔法は最下級の第一般まで。
「せめてフレイズくらい使えれば……」
どうしよう、とルークは全面を警戒しながら考える。
「……ウォーターッ!」
「エレクトロッ!」
「……フィーアッ!」
「……ウィンッ!」
「バルファルテ・ジル・ライラ・フィーアッ!」
だが、相手は待ってはくれない。すぐさま詠唱を唱えた五人から魔法がルークへと襲い掛かる。
「うえぇっ!? フ、フレイヤッ!」
四種五発の魔法が飛翔する様子に、ルークは驚きを隠せず、慌ててタクトを振るい、フレイヤを詠唱する。他の複式魔法をそれぞれの弱点に対応して出す余裕はなかったようで、先ほど自身にかけたダブルの魔法により、一度の詠唱でタクトからは二発のフレイヤが発動し、対抗するように飛んでいくが、相手は五。足りるはずがなくウォーターとフィーアの一つをルークは打ち消したが、残る三発の魔法はルークに向かってきた。
「っ! ここまでかも……」
魔法詠唱中にルークは身動きが取れないようで、タクトから燃え盛る炎を操りながら、迫り来る魔法に苦渋を浮かべる。
「棗さんだって、あんなに頑張ってるのに、僕は何も出来ないなんて……そんなの……っ!」
悔しげに視線を棗に戻すルーク。
「ルーク君ッ!」
そして奮闘する棗がルークに気づき、今までにない声を響かせる。
「リースさんだって頑張ってた。ハーバリー先輩だって期待してくれてた。なのに、僕は……僕は……」
ルークが相殺していたフレイヤが消え、タクトをもう一度振るおうとするルーク。だが、詠唱する時間は残されてはいなかった。既に眼前へとフィーアの燃え盛る炎とエレクトロの雷撃が迫り、ルークのローブを靡かせるウィンの強風が回避をさせまいと三方向から襲い掛かる。
「棗っ! お前の相手は俺だっ!」
「っ!? ……くっ」
そして駆け寄ろうとする棗にも、そうはさせまいとアルサイルが剣を振るい、行く手を阻んだ。薙刀の刃と剣が重なり合い、火花が散る。
「ルーク君っ!」
アルサイルが剣戟を仕掛け、棗は防御に徹するしかなく、ルークに向かってそう呼びかけるしか出来なかった。
「そんなの……僕だけなんて……そんなのは……嫌だっ!」
ルークの悔しさが響いた瞬間、ルークは燃え盛る炎と激しい雷撃の中へ姿を消した。
「ルーク君ッ!」
「ふん、これであと一人。俺たちで十分だったようだな」
棗とアルサイルたちも攻撃の手を止め、ルークに視線を向けていた。棗は心配そうに、アルサイルは勝ち誇る余裕を浮かべて。
「エレメント・ハデラス・デュ・フルコピーッ!」
だが、その勝利と不安を打ち破るようなルークの声が空へと突き抜けた。
「……え?」
「何だ?」
棗たちもその声に表情が止まる。
「いけないッ! ユーフィリアス・ハーツ・フェリア・ウォールッ!」
攻撃魔法の生徒ではなく、後方支援に徹していた白いローブの女子学生がルークの声に気づき、一気に前線に飛び出し、魔法を詠唱した。
そして、シールアとは異なる、赤みを帯びた防御魔法が急速に展開される。だが、その魔法が完全に展開する前に、ルークから炎、雷、強風が六人に向けて飛翔した。
「きゃぁっ!?」
白魔法の女学生の声が響く。
「ユミナッ!」
そして攻撃魔法の五人がそれに慌てて同様にウォールを展開する。
「くっ!」
「ダメだっ! ウォールじゃ防ぎきれない」
「エレクトッ!」
「……フィーアッ!」
「リフレクシアじゃない、何? 何なのこの魔法っ?」
一瞬慌てる六人だったが、やがてルークから飛翔する魔法が収まる。
「はぁはぁ……はぁはぁ」
そしてルークから飛んでくる魔法が完全に消えると、ルークが型で息をしている姿が現れた。
そして、上空をウィンリードが風を起こしながら旋回してくる。
「おやおや。土壇場でフルコピーを使えたとは。これは予想外ですね」
その様子に学園長が意外そうに見下ろす。
「ユミナッ」
だが、相手はルークを見てはいなかった。最初に防御魔法を展開させた白魔法の女学生のユミナが、花を散らせていた。
「ラルク、あんたも花が……」
「え? ……っ、い、いつの間に……」
そしてもう一人の男子の魔術師も身に付けていた花が灰になり、風に吹き消されていた。だが、それでも四人の花は未だにその鮮やかさを保っていた。
「二人だけだったんだ……もう少し、いけるかもって思ってたけど……」
ルークの花は無事だった。だが、魔力の消費が激しかったのか、荒い息をまだ整え切れていない。
「ルーク君、すごい……」
「フルコピーだと? ちょっと待て」
「……え?」
棗が窮地を脱したルークに驚きと安堵を見せているが、アルサイルの表情は険しくなり、棗がアルサイルに視線を向ける。
「フルコピーは第三般の中級魔法だ。俺たちが学習するのは第三シーズンのはずだ。だから、今のは無効、いや、違反だろう?」
アルサイルの言葉に、棗は魔法に関しての知識はそれほどではないようで、理解出来ていない瞳を浮かべている。
「学園長先生っ!」
そんな棗を他所に、アルサイルが上空を旋回するウィンリードに声を上げる。それに気づいた学園長が荒野の砂を舞い上がらせて、ウィンリードと共に降りてきた。
「学園長先生」
「アルサイルが剣を収め、学園長に歩み寄る。
「分かっていますよ。ルーク・スプリングフィールド」
「は、はいっ」
まだ完全には整いきらない呼吸のまま、ルークは学園長の下へ走った。他の生徒たちも何事かとその様子を遠まわしに見ていた。
「今の魔法、これは第三般過程にて習得する複式魔法ですね?」
「……あっ」
学園長のにこやかな笑顔に、一瞬緊張が解ける場だが、その言葉に、ルークがやっと気づいたように声を漏らした。
「ルール違反、ですね?」
「すっ、すみませんっ! リフレクシアは習得していなくて、思わず……」
慌てて頭を下げるルーク。
「第一般の反射魔法のリフレクシアを習得していないのに、第三般の上位反射魔法を習得していたのですか?」
「あ、えっと、その、家で、姉に無理やり、習得させられて……」
学園長は意外そうに言ったのだが、ルークにはそれが不可解に問いただされたと思ってようで、申し訳なさそうに頭を下げながら弁明していた。
「良いんですよ。各家庭により習得魔法のレベルには差異があるのは一般的なことです。しかし、模擬実戦とは言え、これは遊びの一環です。遊びにはルールがあります。ルールがあるからこそ楽しいものですからね? 先ほどのものは彼女たちの魔法レベルが一般以上だっからこそウォール展開で防ぐことが可能でしたが、本来ウォールも第二般の魔法です。仮に防御魔法の展開が不能であらば、フルコピーの能力は存じていますね?」
口調は穏やかだが、視線は真剣。ルークも反省しているようで、視線は舌を向いている。そして学園長の問いかけは危険性の認識の確認ではなく、口調から理解していることを発言させようとしているだった。
「……はい。魔法発動者への自身の魔力を練生した増魔反射による攻撃、ですよね?」
「そうですね。そこまで理解しているのでしたら話は早いです。恐らく君自身が今ここで離脱すると、風椿棗への負担が増えることを危惧したことでの一時的な魔力の増大だったのでしょうが、ルールはルールです。その代わり、君たちは緊急回避の為のウォール詠唱と言うことで、大目に見ましょう」
学園長がメイリンビュローの魔術師見習いの生徒たちにそう声をかける。白魔法の女の子と、一人の生徒は花が落ちたものの、残る四人はその言葉に肯いていた。
「ルーク・スプリングフィールド。君の魔力は高いものです。だからこそ、安直な感情に左右されての魔法発動は危険に繋がりやすい。スピリストたるもの、精霊と共にあるためには、強い精神と忍耐が必要になります。今後はその点を意識しながら注意して詠唱するように」
「は、はい。すみませんでした」
どんどん低くなるルークの頭。棗もその様子に事態を把握したようで、何とも言えないまま、その様子を沈黙して見つめていた。
「それから残念ですが、ルーク・スプリングフィールド。君には退場していただきます。これは君を責めているわけではありません。私自身、入学早々の生徒がこれほどの魔力を備えていること自体に関しては喜ばしいことだと思います。ただ、ルールはルール。守るからこそ楽しむことが出来るものですから、良いですね?」
笑顔の学園長。だが、有無を言わさないようなその言葉に、ルークの表情が納得できる様子はなかった。
「えっ、そ、そんな……」
「当然だろう? 予め学園長先生より指示はあった。いくら窮地を脱するためとは言え、違反は違反だ。処分は甘んじて受け入れるべきだぞ」
アルサイルも胸をはって言う。ここぞとばかりに強きだ。
「ルーク君……」
「す、すみません、棗さん……」
何とも言いがたい空気に、ルークは平謝りするしかなかった。
「では、続けましょうか。風椿棗、君は大丈夫ですね?」
「……は、はい。……でも」
棗の視線がその周囲に向く。メイリンビュローの生徒はまだ多い。そして、橘、アンナのビュロー生ともこれから戦闘になる可能性がある。それを一人で相手にすると言うことへの負担と不安が視線を彷徨わせる。
「これは鬼ごっこです。鬼が捕まればそこで遊びは終了。何も必ずしも逃げ切らなければならないことはありません。あくまでも私が君たちの現状を把握する為のものでしかないので、思いつめず、楽しむことを意識してみなさい」
決して一人だからと学園長は止めさせたりはしない。最後まで闘え。そう口調には裏の思いが上乗せされていた。
「……分かり、ました」
いつもの調子に少し戻った棗が、小さな声がそう返事をすると、学園長は満足そうに表情を笑顔にもどした。
「では、私は空へ戻り次第、再開させて下さい。皆さんの健闘を楽しみにしていますよ」
学園長が再びウィンリードに乗り、ウィンリードが巨大な翼を広げ、風を吹き降ろして空へと飛びたった。
「それじゃあ、棗さん……」
ルークが酷く申し訳なさそうに棗を見る。
「……うん、大丈夫」
そして棗は、そんなルークに微笑みを見せた。それが強がりなのかと言われればそうなのかもしれない。だが、ルークが沈んでいるところで、棗は自分までも―――とは考えないようにしているようで、小さく神経を集中させるように吐息をもらすと、槍を手にルークに背を向けた。
「ふんっ、甘いな、棗」
アルサイルが先に背を向けた棗にそう囁くように呟き、剣を空へと突き上げた。その瞬間、一陣の風が振り返る棗の肩先に伸びた髪を吹きぬけた。
「棗さんっ!」
「―――え?」
その風に棗は対応することが間に合わなかった。吹き抜ける自然の風とは異なり、棗は振り返る最中、何かに気づいたように槍を構えなおしたが、その不自然に髪を巻き上げる風の方が早く棗を通過した。
「忘れていたか? 俺たちの中には弓者がいる。お前たちのビュローのハーバリー先輩と同じ魔力の矢を打つ風の弓者がな」
ルークの声が消えていくと、棗の肩から花びらが風に消えるように空へと吹き上がっていった。
「あ……」
そこに物体は花びらだけ。
「ひ、卑怯じゃないですかっ!? まだ、戦闘体制なんて誰もとってないじゃないですかっ」
すぐに事態を把握したルークが声を上げる。棗は少々呆然と、何が起きたのだろう? と考えているように、表情は無表情に留まっていた。
「戦場に休息などないはずだ。戦闘体制なんてものは相手が気を抜くものを待つ。誰も一時停戦など宣言はしていないぞ?」
アルサイルが勝ち誇るように口を開き、ルークは反論する言葉が浮かばず、握り拳を作っていた。
ほんの一瞬の油断。だが、気を抜いていたのは棗だけではない。この場にいる生徒の全てが宣言のない休息に力を抜いていた。だが、棗は花を討たれた。
「……どこから?」
悔しげなルークとは裏腹に、棗は視線を動かす。姿は見えない。
「あの奥の茂みだ。気づかなかっただろう?」
「あんな遠くから? 信じられない」
アルサイルの指す方から、一人の男子生徒が姿を見せた。仲間に勝利を見せるように手を上げ、満足げな表情が一人空気を読めていないようにも見えた。
「お前たちが短距離戦闘に意識を取られている中で、俺たちは全ての攻撃範囲にお前たちを置いていた。俺の最初の言葉を軽視していたのが敗因だな」
確かにアルサイルはまず始めにビュロー生の技能を伝えた。その中に弓者はいた。だが、そんなことに気を回す余裕を与えないままの攻撃に、ルークと棗は意識を回せなかった。
「……戦略、負け」
「くっ……」
棗が槍を下ろした。
「勝敗は決したな」
アルサイルの言葉に、二人は顔を見合わせ、視線で負けちゃいましたね、と苦笑するように小さく息を吐いていた。
「おやおや、あっという間でしたか」
今しがた飛び上がったはずの学園長が降りてきた。少々拍子抜けしたように降り立つと、ルークと棗はどこか恥じらいを見せていた。
「学園長先生。勝敗は決しました。我らメイリンビュローの勝利です」
それを横目にアルサイルが前に出る。学園長はニッコリと笑みを浮かべ、未だ姿を見せない橘、アンナビュロー生を呼ぶようにウィンリードだけを空へと舞い上がらせた。
やがて、居場所を特定したビュローが揃い、既に決着がついていたことに
驚く橘のビュローと、アンナのビュロー生を前に二人は更なる羞恥を味わったように、小さくなっていた。
「さて、ご覧の通りメイリンビュロー生により、ルーク・スプリングフィールド、風椿棗の両名は捕まってしまいました」
そして学園長がトドメと言わんばかりに二人を紹介する。それを前にメイリンビュロー生たちは誇らしげ―――もとい、自慢げに他の生徒を見る。「ちっ、なんだよ、終わったのかよ」や「結局私たち、何もしてないけどどうなんだろ?」など、悔しさや何もしていないことに首を傾げるせいとで溢れる。アルフォンスビュロー生だけは、つまらなそうだが、学園長は手を叩き、注目を集めさせる。
「まだ何もしていないと不満そうではありますが、ハーバリービュロー生の健闘は私の想像以上でした。二人が逃走してから他のビュロー生の行動も見させていただきましたが、各自自身の魔力を予め確認してからの行動は皆さん立派です。戦術の立て方、仲間との連携、実際の模擬戦闘における集中力共に一学年生としては十分に基礎を身に付けていると判断できました」
学園長の言葉に、安堵する生徒もいれば、やはり活躍する前にルークたちを捕まえたメイリンビュローに嫉妬しているような表情を見せる生徒、落ち込む生徒と表情はバラバラだ。
「ただ、共通して皆さんは自身の魔力コントロールが甘いです。多少の感情に左右され、魔力制御が安定していない子が見受けられます」
「うっ……」
学園長の指摘に、ルークが顔を隠すようにローブを深く被った。
「私を前に良いところを見せたいと奮闘することは構いません。ですが、自己顕示を強く持ち、己の力量を過剰に過信していると、いざスピリストとして戦場に立つとなると、危険がつきものでしょう」
油断は禁物と学園長の言葉に棗が小さく肯いていた。
「皆さんはまだまだセントパールアカデミーに入学してから日が浅いです。先日のユールキャンプでの疲れも癒えてはいないことでしょう。だからこそ、己に慢心していると痛い目を見ることになります。現段階において優秀な行動を取れた生徒は、私の目から見て、いませんでした」
注意と労いを掛ける学園長のその言葉に、一同が「え?」と目を開く。アルサイルが信じられないと学園長を見るが、学園長は涼やかだった。
「誰一人として今の段階ではガーディアンと契約することは難しいでしょうね」
健闘したことを自慢げにするメイリンビュローの生徒が一番落ち込んでいるが、アルフォンスビュローの生徒は鬱憤が晴れたようにメイリンビュローの生徒にほくそ笑んでいた。橘、アンナビュローは、大して何もしていなかったからか、特に反応はなく、ルークと棗はただ反省するように聞き入っていた。
「しかし、それで良いのです。この段階で教えることがない生徒の方が、私としては将来を心配します。君たちはまだスピリストの卵にもなっていないのです。これから様々な魔法に契約紋の勉強、ガーディアンについての知識、スピリストとしての自覚の芽生えを学ぶことで、成長することが出来ます」
自らがフォローするように学園長がせいと一人ひとりに視線を向け、肯く。落ち込んだ空気が持ち直す。
「これで君たちの実力を認識することが出来ましたので、明日より皆さんには私が組んだプログラムに沿って、先輩たちが帰還するまでビュロー生として学んでもらうことになります。内容についてはこのあと各自のビュロー室へプログラムを送っておきますから、皆さん確認してから帰宅して下さい。では、本日はお疲れ様でした」
お疲れ様でしたっ、と生徒たちが頭を下げると、学園長はウィンリードに乗り、アカデミーへと先に戻っていった。それを見届けた生徒たちが、それぞれのビュローごとに学び舎へと戻っていく。
「負けちゃいましたね」
「……うん。負けちゃった」
ぞろぞろと帰るビュロー生の最後尾で、ルークと棗が足並みを揃えて歩く。
「ちょっとだけ自信があったんですよね、本当は。でも、全然ダメでした」
「……わたし、も」
ハーバリーに期待され、リースにも心配かけないように強気でいた二人だが、二組目のビュローに敗退したことに、多少はやはりショックがあるようだった。
「先輩、何て言うでしょうね」
「……ダメ、だし?」
二人が苦笑した。悔しさはあっても、それほど大きなものではないようで、疲れましたね、とルークが大きく背伸びをして、棗もホッと息を漏らしていた。
「リースさんの応援、答えられなかったのは残念ですね」
「……でも、リースちゃんは、わかって、くれると、思う」
第一、二人で二十人以上を相手にすることに、最初から勝機は薄かった。それを二人とも理解して望んだこと。だからこそ、想像していた結果が今にあり、ちょっとだけ勝てるかもしれないと思っていたことが、ただの油断でしかなかったのだと、後悔はしていない。だからこそ二人は小さく笑っていられたようだった。
「やっぱりこのアカデミーは凄いなぁ」
「……うん。みんな、凄い人ばかり」
「ですよね。ちょっとだけ自分が浮いていたのが良く分かりました」
「……私、も」
「明日から頑張りましょう、棗さんっ」
「……うん。リースちゃん、も、早く良くなって、みんな、で」
「はいっ。先輩が帰ってきたらびっくりしてもらえるくらいに」
二人とも実に前向きな性格を持っているようで、試合が終わった後にも拘らず、改めて二人で気合を入れあっていた。他のビュローは反省会やら疲れた、早く帰ろう。など寛いでいるが、二人だけは少人数もあってか絆ができていた。
他の作品を含め、三ヶ月に一度の更新と、大変申し訳ありませんでした。
なるべく早く更新するつもりではおりますが、なにぶんご容赦を頂けましたらと思います。
次回更新予定作は、「ライブラリアン」です。
予定は相変わらずで申し訳ありませんが、4月中旬から下旬を目処にさせて頂きたいと思います。
代わりに、去年書いたラノベを1本掲載しておきますので、お暇潰しにしていただければと思います。