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1st.セントパールアカデミー

 ――――――人と精霊(ガーディ)天使(アン)との共存は、望めない。

 それは果てない過去から定められた一つの法則。罰せられることのない、罪を被ることのない言霊に縛られた噂のようなもの。人間とガーディアンは共通するものがほとんど無い。生きる上での時流感覚、力量も異なる。共生の上では、その違いですら大きな障害となり、脅威となりうる。故に二つが一つになることはあり得ない。


『我、汝の御霊となりて、その力を持って、力とし、ここに誓約の紋章を刻まんとす』


 しかし、それもいつの間にか本当に昔話となってしまった。

 今ではどこにいても精霊召士(スピリスト)と呼ばれる、ガーディアンと自分の魂を契約の証として差し出すことで精霊天使の力を有し、ガーディアンと共に人間界に仇なす(モン)(スター)を排除することを仕事とする職業があり、世界中で警備や任務についていた。

 そして、スピリストを志す者達の教育機関も存在し、そこで教育を受け、スピリストとしての技量ある限られた者のみが、その資格を手にすることが出来る。


「おはよう」

「おはよっ」

 朝の登校風景。どこにでもある日常の繰り返し。それを怠れば、実を結ぶことはない現実がある。突然の大成は存在しない。才能も天才も磨きをかけない限り、光を放つことはない。宝石が光り輝くまで、人から人へと長い旅路を歩むかのごとくに。

「フロン、おっはよー」

 元気良く背後から目の前の赤い髪をした青年の肩を叩いたのは、太陽の光に照らされて、より一層明るさを増した金髪のストレートを靡かせる少女だ。アカデミーの制服に身を通し、新入生であり、一年である証の赤いスカーフが印象的に胸元を飾っている。

一年は赤。二年は緑。三年は青。今年はそれが各学年を表す色。毎年その色は繰り上がり、来年の新入生は今の三年の青を引き継ぎ、三年が緑となる。アカデミーの一種の伝統のようなものであり、好みだからとその色の年に入学を希望する者もいる。

三年になれば、実地に赴くことも増え、制服よりも個人のスピリスト衣装を身に纏うことの方が多いのだが、色毎に制服のデザインも少々異なっているため、毎年入学する生徒は年齢がバラバラだ。

学園長曰く、女子はたとえ制服であっても他校の模範となるべく、お洒落でなければならない、だそうで女子からの評判は良いのだが、男子は白の制服に、学年の色が僅かに入っているだけで、ほとんど白やアカデミー章のデザインなどの装飾があるだけで、大差はないせいか、早く三年になってスピリスト装束を身につけたがる生徒が多い。

「リース、はしゃぎたい気持ちは分かるが、痛いぞ」

 フロンと呼ばれていた男は、自分の前を通り過ぎて、振り返った少女の両頬を引っ張る。

「い、いひゃいほぉ〜・・・」

 リースは涙ぐんだ目で、フロンを見る。

「全く・・・・・・。お前も今年からうちの生徒だろが。少しは自覚を持て」

 彼が通う学園。それは世界中に数ある教育機関とは少し事情が異なる。魔力を持ち、特殊技能と呼ばれる才能ともとれる能力を有する者しか入学は認められない。しかし、逆に言えば、その力さえ持っていれば入学は誰でも許可される。それがこの学園だった。

「ふぁい」

 少し赤くなった頬を擦りながらも、すぐにいつもの元気な笑顔でフロンの隣を歩き出す。

「ねぇねぇ、フロン。アカデミーってどんな所? どんな人達がいる? どんなこと勉強するの? カフェテリアの名物って何?」

 リースは目を輝かせながら、無呼吸でフロンに訊ねた。

「相変わらず、忙しい奴だな、お前は」

 フロンは苦笑を浮かべながら、半ば呆れたように顎で前を見ろと促す。フロンの動作を読み取って、リースがフロンと同じ方向に目を向けると、そこには周囲から集まってきた同じ制服に袖を通した学生たちが、絢爛で巨大な門を潜っていく。

「話さなくても、これから分かっていくさ」

 フロンの答えに、リースは憧れのものを目の前にしたような、無邪気な子供のような純真無垢な眩い目をして、フロンを見た。

「うんっ」

 そして、大きく頷いた。

「さぁ、入学式に遅れないように、さっさと行くぞ」

「あ、待ってよフロン」

 フロンとリースは周囲の学生と共に、門を潜っていった。

 世界に数えるしかないスピリスト特殊(アカ)教育()機関(ミー)。そこで学び、己に磨きをかけることで、スピリストと称される特殊な職業に就くことが出来る。しかし、他と違うのは授業だからと言って、容易に日々を過ごせるわけではない。時には命を落としかねない授業を受けなければならないことがある。

 教員たちは生徒を守りはしない。教え、見守ることのみ。スピリストは世間から一目置かれている故に自分の命を賭けなければならない。モンスターを相手にするのが主であり、モンスターは、人の情など汲んではくれない。そのため、意気揚々で気楽に構えていると、大怪我ではすまないことも数多くある。それほど厳しい職業でもあるためだ。

「わぁ、ここがセントパールアカデミー・・・・・・」

 そんなことは露知らずといった具合に、感極まったような目でリースがあちこちを見渡す。そこには教育機関と呼ぶには豪華すぎる光景が広がっていた。正門から続く広大な庭園には花々が咲き乱れ、水系ガーディアンのために設けられた運河と呼ぶに相応しい水路には、幾数隻ものゴンドラが浮かび、その先には豪華絢爛の白い学び舎が正門を潜る全ての者を迎え入れていた。

「少しは実感湧いてきたか?」

「もうばっちりだよっ」

 分かっているのかいないのか、リースはあまりにも広大すぎるその光景に完全に目を奪われていた。

 フロンはリースよりも二年先輩の三年のため、既に見慣れた光景だが、リースはこれからここでスピリストを目指す。色々な希望に満ちた学生生活を夢見ているのだろう。校舎まで続く木々と花々のトンネルを歩いている間、はしゃいでいた。

「やれやれ。大丈夫か、これから・・・・・・」

 フロンはそんなリースに少々不安を覚えながらも、自分も三年前は似たような感情の高まりを感じていたので、今はリースを見守ることにした。楽しそうな笑顔を見ているのが、フロンは好きだから。

「ねぇねぇ、あそこのは何してるの?」

 フロンの袖を引っ張ってリースが指差す方には、校舎に入る学生を一人一人チェックしている子供のような姿をしたガーディアンたちがいた。

「あれか? あれは見ての通り、学生をチェックしてるんだよ」

「どうして?」

 リースが首を傾げてフロンを見上げる。

「簡単に言えば、出席を取ってるんだ。ここは授業毎に生徒はバラバラに動くから、いちいち確認しないで、登下校時にチェックを受けるんだ」

 アカデミーの授業はクラス毎に行われる授業と、個人の特殊技能に応じての授業がある。一般教養やスピリストとしての授業はクラス毎だが、魔術師系や格闘家系、様々な技能を持つ者が入学しているアカデミーでは、それに応じての授業もあるため、授業の度に移動することが多く、教員もスピリストの仕事も兼ねているため、授業時間を無駄にはしたくない。そのため、登下校時に出欠を取ることになっている。中には出欠だけを取ってサボろうと目論む生徒もいるが、ガーディアンが常時警戒に当たっているため、叶うことはなかった。

「へぇ。すごいんだねぇ」

 リースは頷くと、フロンに行こうと促すが、フロンは一緒には行かなかった。

フロンの言葉に、一瞬不安げな顔を見せたリースだったが、フロンが頭をポンと撫でられ、どこか安堵したような顔を覗かせた。

「お前はこれから入学式だろ? アカデミーでの学籍番号を取得してないから、チェックは受けられないんだ」

「そうなの? じゃあ私はどうするの?」

「ちょっと待ってな。式場まで連れてってやる」

 そう言うと、フロンはガーディアンの方へ歩いていった。

「待って、私も行く」

 フロンの後からリースが駆け寄って腕を取った。一瞬驚いたフロンだったが、いつものことなのでそのままにしておいた。

「プラン、おはよう。ハーバリー・フロンティス、出席だ」

 フロンの順番になり、慣れたように挨拶すると、プランと呼ばれる子供の容姿のガーディアンが微笑んだ。

 三年になると、今までは学籍番号を伝えていたが、名前だけで出欠が取れるようになる。三年は一、二年とは少々立場が変わり、自分の名前が学籍番号そのものになる。

「フロンっ。おっはよっー」

 元気一杯な笑顔でフロンを見るプラン。小さな女の子のような風体だが、顔には刺青のような模様が入っており、髪の間から足元まで垂れる翼が生えている。

 三年にもなれば、入学当初よりも人数が減っているため、ガーディアンたちも誰が誰なのか覚えているというのもあった。

「あれ? フロン、その子は?」

 プランがフロンのもう片方の腕を取っているリースを見て首を傾げていた。傾けた方に翼が地に着く。

「新入生だ。だからこれから入学式」

「そなんだ。ようこそっ、セントパールアカデミーへ。これからが大変だけど、頑張ってね」

 フロンの説明に納得すると、プランはリースの前に立ち、ペコッと頭を下げて歓迎の意を見せ、翼がふわっと舞った。子供の容姿とは言っても、ガーディアンであることに変わりはない。リースもどちらかと言えば小柄だが、プランと呼ばれるこのガーディアンは、それでも人間よりもはるかに高い魔力と攻撃力を持っている。人は見た目で判断してはいけないとは言うが、ガーディアンもそれと同じだ。これでもフロンたちよりも悠に永い時を歩いてきているのだから。

「あ、はい。ありがとうございますっ」

 リースも同じようにプランにお辞儀をする。その光景をフロンは微笑ましく眺めていた。

「リース、そろそろ行くぞ。プラン、俺はリースを会場に連れて行くから、もしアルが来たら先に行くように言っといてくれるか?」

「了解。それじゃあ仕事に戻るねー」

 プランはそのまま再び仕事に戻り、フロンとリースは入学式の会場へと急いだ。

「ハーバリー先輩っ、おはようございます」

 入学式の会場へ向かう途中、フロンは多くの生徒から声を掛けられていた。

「ああ、おはよう」

 その度に嫌な顔一つせず、爽やかな笑みで応えていた。リースはその様子を意外そうな表情で見ていた。フロンの腕に掴まったまま。

 フロンはリースにはフロンと呼ばれているが、本名がハーバリー・フロンティスのため、周囲からはハーバリーの方で呼ばれることがほとんどだった。

「フロンって人気あるんだねー」

「そうか? そうでもないと思うぞ」

 フロンは決して鼻高くなったり、自慢したりはしない。というよりは、その自覚がない。その上、成績優秀で容姿も良いとくれば、寄ってくる女生徒も多かった。

幼い頃から一緒にいることの多かったリースは、フロンがそう思われていることに関しては非常に嬉しくもあり、最近は複雑でもあった。

「ほら、ぼぉっとしてないで行くぞ」

「あ、うんっ」

 周囲に見せ付けるかのようにリースは、普段以上にフロンにしがみついた。それに対して周囲がざわつきを見せていたが、フロンは特に気にすることなく、リースも満面の笑みでフロンに引かれていった。

「新入生はここでクラスと学籍番号の確認な」

 フロンに連れられてきたのは、校舎の中にある教会のようなアーチ状の柱が立ち並ぶ大きな空間だった。既に多くの新入生が電子掲示板を眺めつつ談笑に湧いていた。

「うわぁ天井高いね」

「ここはただの憩い場だ。もっと綺麗で、お前好みの場所がアカデミーには沢山あるぞ」

「本当?」

 リースは一日中目を輝かせっ放しだ。ドキドキとワクワクが止まらないのだろう。フロンの袖を引っ張っては、色々なことを聞いていた。そんなリースもフロンに促され、他の新入生に混じってクラス等の確認を済ませた。

「それじゃあ、俺はクラスに行くから、お前もしっかりやれよ」

「うんっ」

 リースはフロンに頭を向ける。そしてその頭を、フロンが優しくポンポンと叩く。何かある度に、リースはこうしてフロンに気合を入れてもらったり、励ましてもらう。それは幼い頃からの癖のようなもの。フロンに甘えたり構ってもらうのが好きなリースには、こうしてもらうと何でも出来る気がしていた。

「リース」

 フロンが振り返って、リースを見る。リースは首を傾げて同じようにフロンを見つめ返す。

「改めて、入学おめでとう。これから、頑張れよ」

「あっ・・・・・・」

 リースは桜の舞い散る窓外の景色に映えるフロンの優しい微笑みに、言葉を呑んでいた。

「えへへっ、フロンっ、これからも一緒だよっ」

 やっと言葉にしたのは、周囲の目を引くようなものだった。フロン自身も呆気にとられていたが、我に戻るともう一度苦笑染みていたが、リースに微笑んで校舎の奥へ歩いていった。

    

「おっせーぞ、フロン」

 フロンが自分のクラスへ行くと、アルが待ちわびていた。

「リースを式場まで案内してたんだ」

「そういやリースちゃん、今年入学したんだっけ?」

 アルもリースのことは知っていた。何しろ幼い頃からフロンに付きまとっていたリースを、初等部の頃からの親友であるアルも幾度となく目にしてきた。

「それじゃあ、リースちゃんはやっぱりお前の()()(ロー)か?」

「さぁなって言っても、そうなるんだろう」

 フロンは苦笑を浮かべる。何だかんだでリースが甘える以上、フロンも甘かった。

「それが妥当だろ。普通は先輩を知ってる新入生なんて滅多にいないからな。指名制がある限りは、リースちゃんはお前についていくだろ?」

「今でも結構一杯一杯なんだけどな」

「へぇへぇ、人気者さんはお辛いねぇ」

 からかうようにアルがフロンに肘打つ。

「お前だって人気あるじゃないか」

「男にモテても嬉しかねぇよっ!」

 切実そうに涙目でフロンを見る。 

そんなアルに、フロンは何も返す言葉はなかった。フロンはアカデミー全体からの注目度が高い。そしてアルも人気度は高い。しかし、それは何故か男子ばかりであり、女子からの人気の高いフロンに、その教えを請いては流されていた。

 フロンとアルはそんなことを話しながら、クラスの掲示モニターに目を通していた。

「明日はアスマン先生も出張かぁ。ま、授業は入ってねぇし関係ないか」

「最近は依頼が多いみたいだからな。どこも賞金稼ぎたちだけじゃ、もたないんだろ。需要が高いのは良いことでも、授業が疎かになるのは痛いな」

 モニターには、休講となる授業がいくつか示されていた。教職員の数もそれほど多くはないため、休講となれば、代わりに授業が入ることはなく、生徒達はアカデミー訓練所で腕試しをし、心身を鍛えたり、暇を持て余したりと、自由に過ごしている。厳しい授業があるからこそ、休講の間は一時の休息を入れる時間に当てている。

「はいはい、みんな一旦席に着いて」

 また掲示モニターには、普段はモンスター分布状況や、そのモンスターに懸けられている懸賞金やモンスターランク、その日の連絡事項、上級生たちが主宰となって、下級生にスピリストとしての補指導や、ガーディアンと契約するための訓練を行う、一種のクラブ活動的なグループである(ビュ)徒会(ロー)への教員たちからの指導要項など様々な情報が掲示されている。

「今日はみんなの知っての通り、新入生が入学してくるわね。そのため午前は全て休講。午後からは新入生のビュロー見学及び、指名(ノミナ)選定(シオン)が始まるから、各自ビュロー室で待機しておくこと。良いわね? 部屋の掃除はしときなさい」

 アカデミーの教員たちは、もちろんスピリストであり、現役で一線で活躍している。そのため大きな事件でも起こった場合は指導が疎かになりがちなため、ビュローがスピリスト育成には大きな役割を果たしている。最上級生である三年は、進級試験の際にガーディアンとの契約が絶対条件となり、スピリストとして活動がある程度許可されている。

「それじゃあ、解散」

 アスマン教員は必要な事項を伝え終えると入学式へと出かけ、残された生徒たちはしばらくの自由時間を満喫することとなった。

「なぁフロン。お前この後どうすんだ?」

「ビュロー室の掃除でもするつもりだ。まだ片付けも終わってない」

「相変わらずそういうとこは真面目だな」

 他の生徒は新入生の中から自分好み、もしくは優秀な生徒から指名(ノミナ)選定(シオン)されるために、アピールをしに行ったり、自分のビュロー室で新入生を迎える支度をする生徒ばかりだった。。

「そういうアルは、もちろん、か?」

 フロンは墓場呆れたような視線をアルに送る。

「当然だ。何が何でも女の子を引き入れるぜ」

 アルはこぶしを握り締めポーズをとっていた。

「指名してくれると良いな」

 フロンはとりあえず、一言だけ励ましの言葉をかけておいた。恐らく結果は見えているが、口にするのは少々酷と言うものだった。

 アカデミーにはビュロー専用の棟があり、そこで三年は一人一室を与えられ、一年生を自分のビュローに所属させ鍛錬する。ビュローの成績も三年には、その後の進路であるスピリストとしての技量を測るもののため、一人でも優秀な下級生を取り入れることも重要な要素であった。

「俺も行くかな」

 フロンは途中でアルと別れ、ビュロー棟へ一人歩いていった。 

「今日からここが――――――」

 フロンは一人、自分のビュローとなる部屋を見回していた。まだ閑散としている部屋だがこれからここで後輩を指導しながら、自分もスピリストとして更なる向上を目指していく。気持ちの高まりがフロンの眼に力を与えているようだ。

「見学が来るまでに部屋らしくしておかないとな」

 フロンにつられたように、次第にビュロー棟に三年生たちの活気が満ちていく。

「フロン、お久しぶりですわね」

 一通り部屋らしく整えた後、フロンのビュロー室の正面の部屋から、見知った顔が現れた。

「そこがメイのビュロー室か?」

「あなたも少しは新入生を迎える準備をなさっているみたいですわね」

「さすがに閑散としたままにはいかないだろ」

 ロングウェーブのブラウンヘアーを靡かせ、品行方正な振る舞いでありながら、多少高嶺の花を思わせる雰囲気を放っているのは、メイリン・フォード。フロンと中等部からの付き合いで、良きライバルでもあった。

「そういえば、アルフォードはいかがなさいましたの?」

 入学式もそろそろ終わりを迎える時間で、その後にある新入生のビュロー見学に向けて、ほとんどの三年が忙しそうに準備に追われているというのに、その姿はなかった。

「式場の方にいるんじゃないか? 女子を入室させると走り回ってるんじゃないか?」

 多少脚色していたが、恐らくそれが現実になっている頃合だろう。まだ戻ってきていないのだから。

「あの方は今年も何も変わらないみたいですわね」

 かなり呆れたようにメイが腕を組んで、ため息を漏らす。

「アルだしな。別に良いだろ。それよりもメイのほうこそ、用意は出来てるのか?」

 フロンはもう部屋の片付けも終わり、後は新入生たちを待つのみであった。

「当然ですわ。(わたくし)がヘマをするなんてあり得ないですわ」

 メイはどうやらフロン以上に準備は抜かりないようだ。ライバル意識の強いメイは、何かにつけてフロンと比較してきて、周囲にはきつく見られがちだが、フロンはメイという人物を知っているからこそ、そのように思ったことはなかった。

「相変わらず頑張り屋だな、メイは」

「なっ・・・っ!」

 苦笑するフロンの言葉にメイは容姿に似合わないほど、顔を真っ赤に染めた。

「いっ、いきなり何を仰るのですかっ!」

 メイがこんな顔を見せるのは、ほとんどない。高嶺の花を装ってはいるが、フロンの前では、そんなものは乾いた泥のように、少し弄れば簡単に崩れてしまう。

「素顔を知っているだけのことだ」

「全く、あなたって方は・・・・・・」

 お互いに素の自分を余すことなく見せ合えるほど、フロンとメイの仲は良いものであった。お互いの実力を理解しているからこそ、それを互いに糧としてスピリストへの道を共に歩んでいた。

 入学式の終了を告げる鐘の音が鳴り響くと、いよいよビュロー棟が盛り上がり始める。フロンのいる階は、七階建ての六階。特に部屋割りに関しては決め事はないが、風の噂では成績毎に階が上がり、教員たちの部屋がある七階に近いほど優秀だと言われていた。

「来たみたいだな」

「そうですわね」

 フロンとメイは、窓からぞろぞろと見学にやってくる新入生を見ていた。

「どれくらい残ると思うか?」

「半分も残れば宜しいのではなくて?」

 毎年千人近くの新入生がやってくるセントパールアカデミーだが、一年以内で半数以上はスピリストとしての素質なしと見なされ追放、もしくは厳しい訓練や授業についていけず、自主退学する生徒が後を立たない。それだけスピリストの世界は厳しいという表れだった。

「そんなもんか」

「私たちの頃もそうでしたのですから、そういうものですわ」

 フロンたち三年も、今では十分の一の百人あまりしかいない。毎年世界中にあるスピリストの教育機関を卒業するものは少なく、優秀なスピリストの育成が急務であり、各アカデミーの課題であった。

「私、そろそろ戻りますわ」

 棟内に入ってくる新入生を見届けると、メイは身を翻した。

「俺も戻るか」

 フロンも同じように自室へと戻った。

「そういえば、フロン」

 扉に手をかけた時、メイが呼び止めた。

「あなた、ガーディアンはどれくらいと契約しましたの?」

「俺か? 三体だが?」

 フロンの答えに、メイは呆気に取られたようにフロンを見ていた。

「たったの三体ですの? 試験の時はあれだけ召喚していらしたのに?」

 メイが進級試験時に契約を交わしたのは八体だった。ガーディアンは召喚者の能力次第では一体から数十体にも及ぶ。メイは四十ほどのガーディアンを召喚し、その中から八体と契約を交わした。

 ガーディアンの召喚は、己の能力に心身の全てをかけ、自分なりに考案した紋章を能力で表現する。それに共感、惹かれたガーディアンに認められれば、契約を交わすことが可能となる。また、契約は解消も追加も出来る。そのため、アカデミーを卒業した後に、新たに契約をするスピリストも多い。状況に応じて戦略的優位に立つために、ガーディアンの特性を活かして契約することもスピリストとしての技量の一つだった。

「契約はスピリストになれば、その都度交わせるだろ? 今はそれくらいで十分だと思うぞ」

 フロンは試験の時に、近年稀に見る五十体以上のガーディアンの召喚に成功した。メイも劣らずの結果であったが、フロンの方がより多くのガーディアンたちに見入られた。教員たちからの信頼も厚く、ガーディアンにとっても、フロンの心と魂は同調(シンクロ)し易いものだった。

「それだけで大丈夫ですの? これからあなたは新入生の方を担うのですよ?」

「大丈夫だ。ガーディアンを信用してるからな」

 フロンの目には一点の曇りもなく、澄んでいた。メイは一瞬その瞳に吸い込まれかけた。

「そっ、そうですのっ。べ、別に心配なんかしていませんが、私をガッカリさせるようなことはしないで頂きたいですわっ」

「善処するよ」

 少し頬が赤くなったメイは、言うだけ言うと自分のビュロー室に戻っていった。

「・・・・・・可愛い奴だな」

 そんな後姿をフロンは楽しげに見ていた。

 ビュロー見学に関しては、それぞれ自由にアプローチすることになっているので、フロンも早速準備に取り掛かった。

「新調したてのを着るのは、何か照れるな」

 フロンの手には、真新しいスピリストの衣装があった。学年毎に実技に使用する衣装が異なり、ビュローを持つ三年は、本格実践に借り出されることもあるため、各々の実力に相応しい装束を用意する。市民の生活の安全と秩序を守ることも重要な役割であるため、人前に出る時の身だしなみもスピリストとしての嗜みでもあった。フロンは弓術使いでもあるため、白と黒のコントラストに、蒼のラインが弓と風と蒼穹を表現している凛々しい袴のような装束となっていた。

「でもやっぱり裾が長いよな」

 マントのように下は後ろが長くなっている。フロンはもう少し短くても良いような気がしていたが、アルやメイたちにその方が格好良いからと、結局それに従っていた。

 スピリストは、各自の特性を持つ武器を有し、ガーディアンと共に戦う。ただガーディアンを召喚し戦わせるだけでは、互いに意思の疎通を図ることが出来ず、共に破滅ということもあるほどで、契約を交わしたスピリストは、そのガーディアンに合わせて己を鍛錬することも必要となる。

「着心地は良い感じだな」

 衣を身に纏い、鏡を通してみる自身に改めてフロンは、スピリストとしての始まりの実感を感じていた。

「ほぉ、(あるじ)。なかなか様になっているではないか」

「本当ですね。格好良いですよ。ハーバリー様」

「ガルルルー」

 いつの間にかフロンの背後に三体、実質的には二人と一匹と言っても過言ではないが、フロンと契約を交わしているガーディアンがいた。

 一度契約を交わしたガーディアンは、その契約がある限り契約者の傍で待機し、普段はその姿を空気とシンクロさせることで、周囲からは姿を消している。契約者に呼ばれれば姿を現すが、普段から姿を現していたり、その姿を消したり現したりすることは自由だった。

「そうか? ありがとな」

 フロンは人型の近距離格闘系のライジン。魔法天使系のセフィーシア。獣型の遠距離戦闘系のペガシオンの三体と契約を結んだ。

 ガーディアンには大まかに人型、動物型、植物型の三種類がいて、人型は人間と同じように会話を交わすことができ、獣や植物系は直接的な言葉を交わすことは出来なくとも、契約を交わしているなら意思(テレパシー)で通じ合えていた。

 またガーディアンは精霊天使であるため、人や物の心や空気を感じ取ることに関しては敏感であり、善き心を持つ者と、悪しき心を持つ者によって全幅の信頼を寄せられる力ともなり、脅威ともなりうる。そのため、スピリストの中にはその力を使ってモンスターと共に手を組む悪しき組織も存在している。それらを含めて、一般市民に危害を加えることを未然に防ぎ、世の中に安泰をもたらすことがスピリストの理念の一つである。

(あるじ)よ、直に青き者たちがここへ参るぞ」

 ライジンが新入生の動きを察知した。

「了解」

 そろそろ新入生がやってくるとあって、フロンもそれなりに緊張はしていた。

「ところでハーバリー様、新入生の方々にはどのようなご紹介をなさるのですか?」

 がたいが良く、渋い雰囲気を放つライジンとは違い、物腰柔らかで女神を連想させるような美しい容姿に、大きく穢れのない真白の翼を供えたセフィーシアは、フロンだけではなく、他のガーディアンにとっても心休まる存在であった。

「正直何も考えてないんだ」

「ガルルルー・・・・・・」

 獅子の姿に大きな角と牙を携えたペガシオンは、凶暴で暴慢に見えるが、その心は主人に忠実で非常に高い知能を備えている。

「ペガ、そんな目で見るなって。ここで見せられるのは、限られてるだろ?」

室内での見学のため、弓術のフロンは実技は見せられないし、遠中距離戦闘系のペガシオンはもってのほか。近距離戦闘系のライジンは出来ないことはないが、見せられるのは大してない。魔法戦闘系のセフィーシアは攻撃系魔法は使うわけにはいかない。かといって回復系魔法を使うとしても、誰も負傷等をしていないからやるだけ無駄。

「ここで見せるに値するものはないというわけであるか」

「残念ながらな」

「あらあら、困りましたねフロン様」

「ガルルルー・・・・・・」

 何とも言えない雰囲気がビュロー室に漂っていた。

「主、もう時間がないようだ。青き者たちが上がってきた」

「そうみたいですね。先ほどから賑やかな声が聞こえて参りましたね」

 廊下から次第に新入生たちの声が聞こえてきた。

「仕方ない。ライ、セフィ、ペガ、とりあえず戦闘(バトル)姿形(アスペ)でいくぞ」

 バトルアスペとは、ガーディアンは戦闘時と非戦闘時でその姿を変える。といっても大きな変化を見せるわけではなく、戦闘におけるガーディアン特有の特殊武装を見せるか否かくらいである。だが、ガーディアンの力は解放するだけでも、その威圧感で階級が低いモンスターは逃げ出すこともあるほどの力がある。

 ガーディアンやモンスターには位があり、大きく分けて上級、中級、下級の三級位に分かれ、位が上がるほどその影響力は絶大となる。スピリストとしても上級のガーディアンを使役することは憧れであり、目標でもあった。上級の上ランクSランクのガーディアンを使役しているスピリストは、世界にまだ数百人という限られた者しか存在していない。このアカデミーの学園長もSランクの上級ガーディアンを使役する一人であった。しかし、任務が多忙でその姿を生で目にする機会は、年に三回もあればマシなほうであった。

 また、ガーディアンの位は上級になるほど、スピリストとのシンクロによって、スピリストにかかる負担は大きくなる。そのため、より優れたスピリストだけが生き残っているのも紛れのない事実であり、ガーディアンがいくら優秀であっても、契約の代償として差し出す契約者の魂の鍛錬が未熟であれば、ガーディアンが力を使うだけで、命を落とすことも少なくはなかった。

「主よ、バトルアスペだけで良いのか?」 

「仮にもスピリストを目指すなら、バトルアスペからでもある程度はその力を感じ取れないと、これから先やっていけないだろ」

「そうですね、仰る通りです」

「ガル」

 セフィとペガが同意し、ライもそれに従った。

「さぁ始めるぞ」

 フロンを取り囲むようにライたちが立つ。

「我に集う聖なる御魂よ この御霊をもって 我が力となせ」

 弓者装束を纏ったフロンの周りに、光を放つ輪が、頭から足までを通り抜け、ガーディアンたちにも同じように光の輪が通り抜けた。すると、先ほどまでの姿とは違い、大剣の刃と槍の刃を携えた巨大な(ピア)(ード)を手にし、稲光を放つ鎧を纏ったライジンに、先ほどは一組だった翼が二組に増え、神々しい光を放つローブを羽織ったセフィーシア。白銀の(たてがみ)を逆立て、体よりも長い二本の角と鋭牙を携えた姿へとペガシオンも容姿を変化させた。

「この格好で、この部屋は狭いな」

 バトルアスペになったガーディアンたちを見たフロンの率直な感想だった。

「確かに。ここではピアードも振り回せぬ」

「私の翼も少々お邪魔になってしまいますね」

「ガル・・・・・・」

 ペガも元々体が大きいせいか、動きにくそうだった。

「新入生たちが通り過ぎるまでは我慢してくれ」

 フロンも自分の武器である波動弓が、天上ギリギリの大きさで、少し斜めにしなければならなかった。

 やがて、新入生たちがフロンのビュロー室前へやってきた。生徒数が多いため、何かしらの説明をするというよりも、ほとんどの三年は自分たちのガーディアンや実績を見せ、それを新入生たちは僅かな時間で自分が所属したいと思うビュローを確認していくというのが、一連の流れであった。

 フロンのビュロー室周辺は、それなりに優秀な成績や功績を残している生徒が多いため、新入生たちからの熱い視線が向けられていた。

「主よ。こう、多くの目で見つめられては照れてしまうぞ」

 ライは自分を見てくる多くの目に照れていた。

「でも皆さんまだまだ可愛らしいです」

 自愛に満ちた笑みを浮かべ、セフィは楽しそうに新入生たちに手を振っていた。

「ガ、ガルル・・・・・・」

 どちらかというと恥ずかしがり屋のペガは、どうしたらいいのか分からないようで、フロンに隠れるように身を寄せていた。

「新入生の皆、入学おめでとう」

 フロンは目の前を通っていく新入生に、一言二言軽く声を掛けて、自分のビュローをアピールしていた。フロンやメイの実力はどうやら新入生たちには知られていたようで、フロンとメイのビュロー室の前では、ここ一番の盛り上がりを見せていた。

「凄い盛り上がりであるな」

「これなら、ハーバリー様のビュローも安泰というものです」

「ガルル〜」

 フロンを他所に、ライたちは自分たちに向けられるその視線に次第に慣れてきていた。

「あっ、フロンっ」

 やがて、長年探し求めていたものに出会えたような声が、フロンのビュロー室前に響いた。

「リースか。どうだ、ビュロー見学は?」

 フロンの問いに、リースはそっけなく言った。

「フロンのところにしか興味なかったから、他のなんて覚えてないよぉ」

 周囲の目を気にすることなく、笑いながらさらりと言ってのけるのは、昔からでありフロンも慣れてはいるが、やはり気恥ずかしさと他のビュローに対して申し訳ない気持ちは拭えなかった。

「私、絶対フロンのビュローに行くからねっ」

 後がつかえていることもあって、リースは言うだけ言うと、一緒に見て回っていたのだろう。物静かそうな少女と次へと歩いていった。

「早速友達も出来たみたいだな」

 リースの元気過ぎる所からすれば、隣にいた少女はあまりにも静か過ぎる気がしたが、きちんと頭を下げていく礼儀正しさなどから、リースには良い友達になってくれるような気がした。新入生のビュロー見学も終わり、これから選定に入る。指名(ノミナ)選定(シオン)は約一週間を通して行われる。新入生が各ビュローを見学し、自分が所属したいビュローを投票し、それぞれの能力に応じて、ビュローの代表者である三年と、教員が自分のビュローを指名した生徒の中から、数人を選定する。人数に制限はないが、自分が監督出来る範囲で、ビュローに入室させる。

 その間、一年生は基礎課程として授業を開始し、実技が始まるまでにある程度の知識を身につけておく。ノミナシオンの間、教員と三年は多忙なため、アカデミー内のことに関しては、二年が中心となって全てを切り盛りする。それぞれが常に何かしらの行動を任せられるのがアカデミーの特徴でもある。

「ハーバリー、あなた凄いわね。本年度の最高数よ」

「どうも」

 担任から渡された書類。それは一年生が自分に投票したノミナシオン用の書類。自分を選定してもらうために、様々に自己アピールを書いた紙。少ない三年は五枚あるかないかだと言うのに、フロンの手にあるのは、厚さ八センチはあろうかというくらい分厚い。数百人分の用紙だ。

「来週までに何とかできる?」

 さすがに担任も苦笑していた。

「やるしかないんですよね・・・・・・?」

「そうね、やるしかないわ」

 担任の言葉に肩を落とす。

「ある程度絞り込めたら、私の所に持ってきて。判定印を押さないといけないから」

「分かりました」

 そういうと、担任はビュロー室を後にした。

「人気者であるな、主は」

「ハーバリー様が人気だと、私たちも嬉しいものですね」

「ガルル〜」

 フロンの背後で、先ほど担任との話を共に聞いていたガーディアンたちが、ため息をついているフロンを横目に嬉しそうに、用紙を見ていた。

「お前たち、人事だと思って呑気だな。手伝ってもらうからな」

 フロンは、やらなければ終わることのないものだと割り切ると、一枚一枚自分のビュローに所属させても良いと思われる生徒探しにかかった。

「おーい、フロン」

 ガーディアンたちにも、自分と相性の良さそうな生徒を探させていると、ドアがノックされ返事を言う間もなくアルが入ってきた。

「ってうお! ライジンたちもいたのか」

 意気揚々と入ってきたアルは、ガーディアン総出でノミナシオンを行っている最中の様子に、一瞬おののいた。

「どうかしたか? 俺は忙しいんだ。用なら後にしてくれ」

「まぁまぁ、そう言うなって。ちょっと様子を見に来たんだ」

 そう言って数枚の用紙を勝手に手に取り、見て、固まった。

「そんなとこにつっ立ってるな。邪魔だ」

「フ、フロン。お前って奴は・・・・・・」

 明らかに羨ましそうにフロンを見てくる。

「羨ましすぎるぞっ! 女の子ばっかじゃねぇかよぉぉっ!」

 縋るようにフロンにしがみつく。

「いや、男もいるって」

「あらあら、アルフォード様ったら、みっともないお顔をなさって」

 セフィがそう言って、ペガを見る。

「ガル」

 ペガが短く声を上げ頷くと、アルの上着を咥えてフロンから引き離す。

「え、あっ、ちょっと、ペガ?」

 アルはそのまま部屋の外へ放り出された。

「くっそぉ、フロンなんか嫌いだぁ―――・・・・・・」

 部屋を放り出されたアルは、それだけ言うとどこかへ走り去っていった。

「何しに来たんだ、あいつ?」

 フロンは終始頭に『?』が浮かんでいた。

 その後、フロンは黙々とガーディアンたちと選定に精を出していた。フロンのように数多くの指名を受けた生徒は、それだけ優秀の成績を収めている証として、ノミナシオンが終了するまでの間は授業免除となり、選定に時間を割くことを許されていた。他の三年の多くは授業へと出ているため、ビュロー棟は数人程度が残っているほどで、もの静かな空気が流れていた。

「少し休憩にしよう」

 半分も過ぎた頃、一息入れることにした。人前では凛々しく振舞っているフロンも、流石に傍目を気にすることもない中では、大きく背伸びをしながらソファに身を沈めた。

「ペガよ、我と息抜きに一勝負せぬか?」

「ガルッ」

 書類ばかりに向かってたせいで、ガーディアンも疲れるようで、ライは息抜き代わりにペガを誘って戦闘(バトル)領域(フィールド)へと姿を消した。

「あんまり力入れすぎるなよ」

「心配は無用であるぞ」

「ガルルッ」

 そんなライたちをフロンはごく普通に見送った。アカデミー内には、ガーディアンと生徒やスピリストが鍛錬を行う目的のために、戦闘訓練を行う場所として、戦闘(バトル)領域(フィールド)が設けられていた。

 また実践に備えてモンスターと戦闘することの出来る訓練所もアカデミー生たちには、良い特訓の場になっている。

「セフィは良いのか? 別にしばらくは自由にして良いんだぞ。時間はあるんだ」

 フロンの言葉にも、セフィは笑顔で首を振った。

「いいえ、ハーバリー様のお傍にお仕えすることが、私の休息となりますから」

 その微笑に、フロンは一瞬見入ってしまった。

 ガーディアンは契約主の魂と心を感じることで、その力を回復することが出来るため、セフィはフロンの傍を離れなかった。

「そうか。まぁゆっくりしてな。紅茶でも淹れよう」

 ガーディアンに飲食は必要ないが、別に摂ってはいけないというわけではないため、たまにフロンはガーディアンたちと食を共にすることがあった。

「まぁ、良いのですか? 私がお淹れしますけれど?」

「いや、俺がやるよ。少し動きたい気分なんだ」

「では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 フロンの言葉にセフィは素直に従った。主人の命とあっては、契約を交わしているガーディアンは、従うことが主のためになる。

「フロン、少し宜しいですかしら?」

 フロンがセフィと休憩をしていると、小さな女の子のようなガーディアンを連れてやってきた。

「クーピーか。久しぶりだな」

 メイの声と同時にフロンの体に小さな体が飛び込んできた。

「ハーバリー、元気してたぁ?」

「俺は元気だ」

 プランのように幼い子供のようなクーピー。可愛らしい容姿が保護欲を駆り立てるようで、フロンの頬は緩んでいた。

「それはそうと、メイ、どうかしたのか?」

「ええ、少しノミナシオンのことで」

 メイとメイのガーディアンの一人であるクーピーを招き入れた。

「あら、クーピーではないですか」

「セフィーシア。遊ぼ遊ぼっ」

 セフィとクーピーは姉妹のような間柄だった。進級試験の際、フロンとメイがそれぞれ呼び出したガーディアンで、その当時から仲が良かった。

「しばらくクーピーと遊んで来ると良い」

「はい、では、お言葉に甘えさせていただきますね」

 そのままセフィとクーピーは部屋を後にした。

「それで、ノミナシオンについてって何だ?」

 セフィに淹れたはずの茶は、当人が外出したため、メイの前に差し出された。

「特に大したことではないのですが、貴方の方はいかがかと思いまして」

 メイも先ほどのアルと同様に、指名用紙に目を向ける。空いた手では上品に紅茶を啜る。

「凄い数ですわね」

 しかし、そこまで動揺した様子はない。

「そういうメイも、多いんだろ?」

「貴方ほどではありませんでしたけれど」

 アカデミーでもトップクラスに君臨する二人。傍から見れば憧れの的ではあるが、二人にしてみれば色々と気疲れすることが多い。アカデミー生の模範となるため、易々と下手な真似は出来なかった。

「絞れたのか?」

 フロンは半分ほどしか見終わっていない。

「ええ、後は私のガーディアンたちとの相性を見て決めるだけですわ」

 抜かりないメイは、すでにほとんど終わりを迎えているようだった。

「早いな、俺なんかまだまだだぞ」

 フロンは苦笑を浮かべるしかなかった。

「仕方ありませんわね」

 すると、メイが数枚の用紙を手に取っては分別を始める。

「あなたに合うような方を探して差し上げますわ」

 メイは有無を言わさずに、書類に目を通しては分けていっていた。その速さは本当に書類に目を通しているのか分からない速さだった。

「ちゃんと読んでるのか?」

「重要箇所だけですけれど。それ以外のアピールはあなたには必要ありませんから、早く済みますわ」

 メイは魔術師一家で、貴族階級のお嬢様でもあるにも関わらず、その性格は近所の世話焼きな友達のようであった。

「早く終わるなら良いか。ありがとな、メイ。助かる」

「呑気に言っている場合なら、早く始めなさい。ノミナシオンの発表まではすることがまだまだあるのですわよ」

「はいはい・・・・・・」

 その後は、日が暮れるまでメイが手伝い、どうにか数十人にまで絞ることが出来た。

 放課後、帰宅しようとしていたら正門のところで、帰宅する生徒を見ている女生徒がいた。ぴょこぴょこと飛び跳ねては、夕日に照らされた金髪が揺れていた。

「何してるんだ、リース?」

「あっ、フロンっ。遅いよ」

 どうやらリースは俺を待っていたらしい。

「ノミナシオンで忙しかったんだ」

「あっ、私選んでくれたっ?」

 目を輝かせて俺を見上げる。期待いっぱいな目がかなり眩しい。

「まだ選定中だ。結果は来週発表だから、それまでは何とも言えない」

「え〜っ」

 駄々っ子のように、フロンの腕を左右に揺らす。その度にフロンはこんにゃくのように揺れていた。

「まぁ、楽しみは後にとっておけって。それよりもアカデミーはどうだったか?」

 確か新入生は、入学式の後、ビュロー見学をしてノミナシオンを済ませると、後は自由見学だった記憶がある。

「うんっ、楽しかったよ。友達も出来たし」

 リースは、今日あったことを楽しそうにフロンに話した。アカデミーの広さに驚いたこと。(かぜ)椿(つばき)(なつめ)という女の子と仲良くなったこと。ガーディアンと一緒に遊んだこと等など、家に着くまでリースの口から沈黙は出てこなかった。

「良かったな。でも、これから基礎課程第一般が始まるからな。気合入れておけよ」

 一年生は学科が主となり、基礎課程第一般から第三般までの学術を学ぶ。第一般はスピリストとしてのガーディアンとの契約に関してから、一般教養までを学び、第二般第三般は実地訓練や実際の任務等における、スピリストの役割や戦術等を学び、実技も交える。実技は個人によって、特殊技能が異なるため、基礎課程をきちんとしていなければ、大変なことになる。

「そういえば、お前の技能って何だ?」

「私? 私はね、剣術だよ」

 リースの答えにフロンは思い出した。中等部時代、リースは自分が弓術が出来ないからと言って、弓道場の近くで活動をしていた剣術部に所属して、活動していたことがあった。

「大丈夫か?」

 フロンの記憶では、部活時はいつもリースは練習とか良いながら、弓道場のほうを眺めていただけのような気がした。

「大丈夫だよ。基礎はしっかり身につけたんもんっ」

 フロンは多少の不安はあったものの、そこはリースを信じることにした。

「部活やってたなら、まぁ大丈夫か」

「ん? 何か言った?」

「いや、何も。それじゃリース、明日から頑張れよ」

「まっかせてだよっ」

 楽しそうなリースに、苦笑を浮かべっ放しのフロン。これから始める新しい日常がこうして幕を開けていくのだろう。

 とりあえず、折角楽しそうにしているリースを今はフロンは見守ることにした。その笑顔を失わせるのは勿体ないと思っていたから。



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