私の弟。
「エディ・ライトです。しばらくお世話になります」
オレンジ色の髪を短めに切りそろえて、草原のような緑の瞳を持った活発そうな少年は、青い顔をしながら私たちに頭を下げた。無理もない、目の前でお父さんが殺されたのだから、笑顔も浮かばないだろう。
「アラン・ナイトです。リリアナの婚約者です」
「存じてます。昔お話ししました」
そりゃそうだよね。アランはここにしょっちゅう出入りしているし、そもそもがこの国の王子だもん。知らない人はいない。
「僕は、リリアナの婚約者なんで」
「それも知っています。まあ、オレには関係ないですけど」
「君はリリアナに魅力を感じないと?」
「そんな余裕が今心にないです」
「…………」
さすがに黙るアラン。今日のアランは少しおかしい。
私の手を痛いほど握りしめ、今にも抱き寄せそうだ。
「おなか減ってない? ちょうどパンが焼きあがったところよ」
「すみません……食欲もないです」
「食べなきゃダメだよ。倒れちゃうよ」
「いっそ……倒れてオレもあの世に行きたい」
「何言ってるの!? そんなの絶対ダメ! お父さんが悲しむわ」
うつろな視線で私たちをみるエディの声は、力が全く入っていなかった。
このまま、自殺してしまいそうな雰囲気に、私は冷や汗をかく。
「どうせ、これから施設に入るんだし」
「! そうだわ! エディ、私の弟になりなさいっ」
「リリアナ!? 何言ってんの!? 執事見習いならとにかく、弟!?」
「そう、弟よ、何か文句あるかしら?」
たしか、ゲームでも弟になってたはずだし……それはどうも、レイラの勧めみたいだったけれど……まあ、いいわ!
「そうすれば、家族ができるじゃない? これでひとりぼっちなんかじゃないわ」
「リリアナ様……」
胸を張る私に、エディが涙を流す。そのまま私はエディをそっと抱きしめた。
アランが動揺した様子を見せていたけれど、それどころじゃない。
「オレ、いい弟になります……」
「あら? 弟が敬語なんか使うかしら?」
「え」
「お姉ちゃんってお呼びなさい。そしてため口で話しなさい」
「そんな、でも」
「これはお願いよ。お父様たちは、きっと弟にしてくれるから」
私に甘い、そして情に厚いお父様達だもの。
レイラを引き取ったのだから、きっと受け入れてくれるわ。
いいえ、きっとじゃなく絶対よ。
「じゃあ、僕に対してもため口を聞いてもらわないと困るな。僕は未来のお兄さんなんだから」
にっこり微笑むアランから、なんだか断れないオーラが出ているのは気のせいだろうか。
「ア、アラン……」
「違うね、アラン兄さん、だよ」
「アラン、結婚前に何暴走してるの!?」
笑顔なのにアランが怖いんだけど!?
私達は、お父様にふたりでエディを養子にするよう頼んだ。
案の定すんなりそれは通った。そしてこの日、私に初めての弟ができた。
「リリアナお姉ちゃん、オレ……今日一緒に寝たい」
「別にいいわよ。ベッドは広いし」
唐突なエディのお願いに、私は笑顔でOKを出した。
そこで、だ。アランの顔色が変わった。
「僕も一緒に寝るから」
「? 私は構わないけど……」
「僕の隣がエディね」
「別に問題ないわよ、それで。ねえ、エディ」
「オレはひとりじゃ無ければ別に……」
エディが少し残念そうに見えるのは気のせい?
「エディって、私達の一つ下なのよね」
「そうだけど……」
「学校は一緒に行けないのね、残念」
「飛び級もできなくはないんだけど……」
「え、そうなの?」
「一学年ぐらいなら、結構いるらしい。入学テストにさえ合格すればはいれるらしいから……」
「えっ、入学するのにテストがあるの?」
「魔法科は、魔法能力があればだれでも入れるから、大丈夫」
「よかったあ」
あーびっくりした。私、勉強なんて全くしてないもん。
今更勉強しなさいって言われても、困るだけよ。
私、自慢じゃないけど頭悪いもの。
「普通科は、どうしても勉強できるできないでクラス分けもされるけど……リリアナお姉ちゃんみたいに魔法が使えるのはまれだから……魔法科は多くてニクラスあればいいほうだって聞いたよ」
「エディは博識ね」
「オレ、学校楽しみだし……」
褒められたエディは顔を赤くする。
「僕だって知ってるもん……」
そこで拗ねだすアラン。なんだか可愛い。
エディはレイラに枕を持ってきてもらい、ベッドに並べた。アランも自分の分をいつものように置いている。
「さあ、眠りましょう」
「リリアナ、僕のパジャマを見て。おニューなんだ」
「そう、素敵ね」
「なんだかリリアナが冷たい……」
「気のせいよ?」
川の字になって、三人で眠るのは初めてで、少しわくわくする。
私は消灯すると、するりと眠っていった。
**********
誰かが泣いている。アランかと思ったら、どうやら違うらしい。
「エディ? どうしたの?」
「リリアナお姉ちゃん……」
私は電気をつける。そして、事態に気が付いた。
エディのズボンが濡れているのだ。そして、アランの服にまでかかっている。
あーあー、おろしたてのパジャマだから、このままだとアランまで泣いちゃうかも。
「ごめんなさい、怖い夢を見たから……」
「いいの、謝らなくても。それよりも、どうしましょう……」
「アラン兄さんのパジャマまで……ああ、土下座して謝らなくっちゃ」
混乱気味のエディは、半泣きだった。
まあ、無理もない。我が国の王子の服を粗相で汚してしまったのだから。
私が一般人出身だったら、相当ショックだっただろうなあ。
「そうだ! 私が風を起こしてあげる! それで乾かしちゃいましょ」
「! リリアナお姉ちゃんすごい! そんな事ができるんだ」
「音を立てない風だから、時間がかかるけど、任せなさいっ」
「ありがとう、リリアナお姉ちゃん……」
泣きじゃくるエディを、私はそっと撫でる。
幸い、アランが起きる様子はなかった。
私は気合を入れて風を起こす。そしてアランのパジャマと、エディの下半身あたりに風を起こした。エディがくしゃみをしたので、温風にする。
「すごいすごい、温風までできるんだ」
「訓練したのよーすごいでしょ」
それで、自分の髪を乾かしたりしてるんだけど、すごく便利!
キャッキャはしゃぐエディのズボンは、気が付けば乾いていった。
そこで、騒ぎ過ぎた結果アランの目が覚める。
「……ねぇ、何してるの? 夜中なんだけど……」
「ごめん、アラン」
「僕の目を盗んで、遊んでたの?」
「そ、そんなわけじゃ……ね、エディ」
「うん、全然そんなんじゃ……」
さすがに事実は言えないよぉ……。
「リリアナ。僕に、秘密を作るって言うの?」
「なんだか怖いよアラン……いつものアランじゃないみたい」
「リリアナは渡さないよ」
「オレは、そんなつもりじゃ……ちょっと、ときめいたけど……」
「リリアナは僕の婚約者だ。そうだね、僕もこれからはこの家に住むよ」
「無茶言わないでよ!? アランはこの国の王子様だよ!?」
王子不在のお城とか、どういう状態!? ありえないんだけど!?
それでもアランは本気らしく、目を光らせていた。
「じゃあ、エディ。決闘だ。君が勝ったら君はリリアナの弟をつづける。僕が勝ったら――ごめんだけど、この家を出て行ってくれないかな」
「アラン! そんなのあんまりよ!」
こんなの全然優しいアランらしくないっ!
どうして、こんなふうな事をするの?
「……わかったよ、アラン兄様」
「よし、じゃあ……朝になったら決闘だ!」
(どうしてこんな展開に!?)
私は頭を抱えた。