リリアナ、未来を見る。
あれから三年が過ぎ、私達は八歳になった。
アランは相変わらず私にべったりで、いまだにひとりで眠ることを嫌がる。
私の家に遊びに来ては、いつも私と一緒に寝ていた。
今日も私の部屋に、アランは上機嫌に現れた。
「リリアナ、リリアナ」
「なあにアラン。今日はすごくご機嫌ね」
「予知夢を見る薬が、だいぶ進んだんだよ。一瞬だけど、数年先まで見えるようになったんだ。まあ、自分視点の夢だけだけどね」
「! 私にちょうだい!」
それがあれば、今のところバッドエンドに向かっているか確認ができる。
だけど、アランは渋るように首を振った。
「副作用が強いから、まだあげられない」
「そんなのどうでもいいから!」
「よくないよ……」
「命に係わるの?」
「そういうわけじゃないけど……」
それなら、全然無問題! 私の場合、放置すると命に係わるのよ!
呪いの指輪の運命も気になるし……。
「そうだ、くれたらいい事してあげる! なんでも言うこと聞くわよ」
「いい事!?」
耳まで真っ赤なアランは、いったい何を考えたのだろう。
私はじっとりとした視線をアランに向けた。
「ダ、ダメだよリリアナ! リリアナは女の子なんだから、自分を大切にしなくちゃ」
「でも、その薬くれなかったら、私はアランを嫌いになるわ」
「そんなの嫌だよ! ……わかった、あげるよ……ああ、でもダメだ……ううん、リリアナに嫌われるぐらいなら……」
早口にぶつぶつ言うアランは、自分の感情に葛藤していた。
そして、ポケットからピンクの液体の入った小瓶を取り出して、私に渡した。
「全部は飲まないでね」
「わかってるわ」
私はアランからもらった液体を少し含むとそれを飲み込んだ。
すると頭がぐらぐらして、その場で倒れた。アランが私に駆け寄るのが見えた。
そして――赤い炎に包まれる、石を皆に投げられる私の未来が見えた。
(なにこれ、レイラやアランまで石を投げて……むしろ悪化してるじゃない!? もしかして、皆とかかわりすぎてなおに悪い方向に?)
私は血の気が引いた状態で飛び起きた。するとアランが、わたしをお姫様抱っこしていた。
「きゃあ!?」
「ダメだよ、動いちゃ。ほら、立って……薬を飲んだとたん気絶するように眠ったんだよ? どうせなら、ベッドの上で飲ませるべきだったんだ……」
『お姫様抱っこ……何度かしてるけどやっぱリリアナの体に触れるとドキドキする……でも、今は副作用で心の声が聞こえるはずだから、そんなこと考えちゃダメだ』
「アラン? 副作用って心の声が聞こえる事だったの?」
「や、やっぱり聞こえてる?」
アランはドキドキした様子で声を裏返らせた。
『どうしようどうしよう、僕がドキドキしてるの筒抜けだよ……』
「あはは、アランったら、緊張しなくてもいいのよ。何を考えててもアランはアランだし」
『寝てるリリアナは、すごく色っぽくて、キスしたいなって思ったことも……つつぬけになっちゃう!?』
「キスぐらい、してもいいのに」
あはは、と笑う私に、アランは泣きそうな顔をする。
どうでもいいことを考えればいいのに、まじめなアランは自滅するように恥ずかしい事を考えている。
「ダメだよ、女の子はキスの安売りしちゃいけないんだよ。それに、リリアナとキスしていいのは僕の特権だし……」
「婚約者だから?」
「それもあるけど」
『僕が世界で一番リリアナを大好きだからに決まってるじゃん……』
「世界で一番大好きなんだ」
「!」
「ありがとう、アラン」
こんなにも、アランは私を好きでいてくれるのに、どうして私の未来はあんなにお先真っ暗なんだろう? 今はレイラは家の仕事を手伝ってそばにいないけれど……レイラだって、わたしと仲が悪くはないはずだ。
「頭が痛い……」
「やっぱり! この薬はもう飲ませないからね」
「そんなあ」
「どうして、そんなに未来を気にするの?」
「それは……」
『僕とくっつかない未来が見たいから?』
「そうじゃない! そうじゃないの! アランのそばにいたくないわけじゃないの……」
むしろ未来も、アランやレイラと一緒に笑っていたい。
みんなと仲良く幸せな未来を築いていきたい、けど……それも、私が悪役令嬢だから難しい。きっと婚約も破たんして、ざまあって皆に思われるんだ。
『僕は、心からリリアナが好きだから、何としてでも繋ぎ止めたいよ……』
「アラン……」
無言で私を見つめるアランの心の声は、とても必死なものだった。
どこで私にそこまでほれ込んでくれたのかは知らないけれど、その気持ちは素直に嬉しい。
「正直残り持ってたら、飲まれそうだから残りは全部僕が飲み干すよ……」
「ええ!? 頭が痛くなって副作用があるんだよ!?」
「大丈夫、副作用は数分で収まる。もう心の声は聞こえないよね」
「……あ、本当だ」
もうなにもアランの声が聞こえない。そう思っていると、アランはずいっと残りの薬を飲んで倒れた。そしてしばらくすると起き上がり、わたしをじっと見る。そして、無言で涙を流した。
「何!? どんな予知夢を見たの?」
「悲しすぎて言えないよ……」
(ああ、やっぱり私が……)
「リリアナも、見たんだよね……僕、その未来が来ないように一緒に頑張るから……なんで、リリアナはいい子なのに……どうして、そんな」
困惑した様子で頭を振るアラン。
(だって私は悪役令嬢だから、仕方がないのよ)
「リリアナ、悪役令嬢って何?」
(!)
「それは……私はヒロインにふさわしくない人間よ。本当は、レイラみたいな健気で優しい女の子がヒロインに似合うの。そう、アランのそばにいるべきなのも――」
「これ以上言ったら、僕怒るよ!?」
温厚で、気もあまり強くないアランが珍しく私をにらみつけた。
「僕のヒロインは、リリアナただひとりだよ。僕が将来を添い遂げたいのも、リリアナだけ」
ぽろぽろと大粒の涙を流すアラン。私はそっと彼を抱き寄せた。
(私だって、アランのそばにいたいの、でも、そうはなれない運命だから)
「運命なんて関係ないよ……僕達が未来を作るんだ……」
「アラン……」
「好きだよリリアナ。僕が君を守るからね」
「ありがとう、アラン」
自分のことのように私の不幸を嘆き悲しむアランは、心底優しい人だと思う。
私だって、みんなのいない人生なんて、絶対楽しくないよ……。
そんな彼に、石を投げられるなんて――未来の私は一体何をしたというのかしら?
「リリアナ様、アラン王子、お茶ができましたよ! ってきゃあ、すみません……お邪魔しました!」
私たちを呼びに来たレイラが、私とアランを見て引っ込んでいった。
慌てて私たちは体を離す。
「お茶、冷めちゃうから飲んじゃおうか。リリアナ。今日はババロアがあるはずだよ」
「ババロア! きっとすごくおいしいわ!」
「僕の分も半分あげるから」
「ありがとう、アラン、大好き!」
「本当、食べるの大好きだよね、リリアナは」
だって、前世ではこんなにおいしいもの食べれなかったんだもん。
普通の平凡な、むしろ少し貧乏気味な家に育った私。乙女ゲームや少女漫画と、ただで遊べることが趣味だった、あの頃の私。
乙女ゲームに出てくる煌びやかな服装や、華やかなごちそうは、私の憧れの世界だった。それが、今は目の前にいつもある。
(これで、私がヒロインだったら完璧だったのにな)
よりによって悪役令嬢リリアナ・ローズだもん。それなら、村娘Aのほうがましだって話。
「今日の紅茶には何のジャムを入れようか」
「そうね、苺はどうかしら?」
さりげなく手をつないでくるアランは、どこか悲しそうだった。
私より多く薬を飲んだアランは、どこまで現実を見てしまったのだろうか。
「リリアナ、大変だ!」
そこに、お父様が現れた。真っ青な顔をしている。
「庭師のペーターが、息子の前で射殺された! 狩りをしていたやつらに、獲物と間違われて撃たれたらしい」
「!? ペーターが!? バラ園をいつも世話してくれた、あのペーター!?」
「そう……それでだな、今ペーターの息子のエディをひとまずあずかろうと思う。異議はないよな」
「エディは父子家庭のはずだもの、もちろんよ」
まだ七歳の子供が、動揺していないわけないし……私だって、エディが心配でしかたがないし。アランはぽかんとして、私とお父様を交互に見ている。
「エディって男の子?」
「そうよ、アラン」
「じゃあ、僕もこの家にしばらくとどまるよ」
「何言ってるのアラン!?」
「ほかの男とふたりきりなんて……」
ぶつぶつと小さくつぶやくアランは、嫉妬の炎に燃えていた。
こうして、私の家にはふたりの男の子が居候することになったのだった。