王子様と毒と私。
あれから、アランは頻繁に私の家に顔を出すようになった。
お城にも遊びに行くようになり、お城には私のための部屋ができた。白い壁に薄いピンク色の小物でそろえた、乙女チックな部屋だ。リリアナの選んだ赤黒部屋とは大違いで、すごく安らぐ。
「リリアナ、君の家の庭で綺麗なお花を見つけたよ、君の部屋に飾るといい」
「きれいなラベンダー色……」
「リリアナの瞳とお揃いでいいかなって。庭師の息子さんには、許可をもらったよ」
庭師の息子かあ……確か私より一つ下で――。
(レイラの攻略対象だったはず……)
今度こそ、ふたりを早々と幸せにして、私が火あぶりにあらないようにすればいいんだ。
よし、頑張ろう!!
「この水色の花瓶にさしておくね……ってわあ、虫!? くっついていたの!?」
「きゃああ! それ刺されると毒もってるやつだよ! アラン!」
私は思わずアランをかばう。するとアランは私をぐいと引っ張ってどかした。
「何考えてるの、リリアナ、逃げてっ」
「ダメだよ、アランが刺されちゃう!」
「リリアナが刺されるよりはいいって!」
そうこうしているうちに、アランのほうに虫が飛んでいく。
当然のように虫はアランを刺した。
うずくまるアラン。確かこの虫の毒は……!
「リリアナ、なんで僕の刺された場所を吸ってるの!?」
「この虫の毒は、吸えば取れるの!」
「使用人を呼んだほうが……」
「アランを助けるのは私でありたいの!」
「リリアナ……」
ただし、この毒を吸った者は――。
「顔がぶつぶつだらけだよ?」
ひどい蕁麻疹が出るのだ。でも、そんな事よりも早くアランを楽にしたかったから。
「こんなの一日で治るし、大丈夫だよ」
「そんな事ない! リリアナは女の子だよ!?」
泣きそうな顔をするアランは、私を抱きしめる。
「僕が、誰にも顔を見られないように部屋に運ぶから、ずっと今日はそばにいるから……」
「アラン……」
そう言って、アランは私を抱きしめて、私の顔を自分の胸にうずめた。
アランのいい匂いがする。少しふらつきながら、周りの変わるの声を無視して、わたしを運ぶアランはすごくかっこよかった。
**********
「リリアナ、お粥ができたよ」
その日、アランは自分が宣言した通り、使用人の存在を無視して私を甲斐甲斐しく世話してくれた。お粥なんて子供には、熱くて重いのに震える腕で運んできてくれたし。
「アラン、私は元気だから」
ただ、顔に蕁麻疹が出てるだけだから!
「毒を出すには消化のいい食べ物、でしょ?」
「そうかもしれないけど」
「えっと、その、リリアナ」
「ん?」
「あーん……して」
顔を真っ赤にさせて、アランがレンゲを差し出す。
私もなんだか恥ずかしくなりながら、口を開ける。アランが一生懸命冷ましてくれたお粥は、すごくおいしかった。
「これ、僕が作ったって、気が付いた?」
「!? アランが!? 火を使うのは危ないよ……」
「ううん、僕は発明や研究に興味があるから、よく使ってるんだ」
「ああ、なるほど……」
「この前も、未来を見ることができる薬が作れたところだよ」
「! 欲しい!」
それがあれば、バッドエンドは変えられるんじゃ……。
「まだ三十分後とかだから、もう少しちゃんと作れたらいつかあげるね」
「そっか……楽しみにしてる」
「僕は、正直怖いけど。リリアナが、別の人のそばにいるのが見えたら……って……」
「アラン……」
かわいらしくモジモジするアラン。アランはすぐ、顔が赤くなるらしい。
目をそらしながら、わたしを見たり、そらしたりを彼は繰り返す。
そして、今度はアランのお腹が鳴った。そういえば、アランってずっと私のそばにいて、何も食べてなかったような?
「アラン、お粥貸して」
「? うん?」
「はい、アランもあーん」
「!?」
アラン、目を点にしてますます顔を赤くしちゃった。
目をつぶった後に、アランは震えながら口を開く。
「あーん……」
耳まで赤くして、アランはそう言った。そこに、そっと冷めてしまったお粥を食べさせてあげる。そして、アランの頬についたお米粒を、私は取って食べた。
「!? リリアナ!?」
「あ、ついてたから取ってあげた」
「え……リリアナの唇にもついてるよ、ほら、唇貸して」
そして、アランは私の唇に近づいて――そっと触れるようなキスをした。
「……事故のキスが初めてで、ずっとそれだけってのはいやだったの……!」
アランはそう言って部屋を飛び出していった。
私はぽかんとしながら、走り去るアランを見つめた。
気が付けば、私も耳まで熱くなっていた。
**********
あの事件からしばらくして、結局アランは照れた様子で私の世話をつづけた。
そして、お風呂の時間になる。正直中身は女子高生の私は、予想通りの展開であるとすごく恥ずかしいのだけど……。
「リリアナ、お風呂に入ろう」
「あの、アラン、さすがにそれはどうかと思うの」
「どうして?」
まだ下心なんてものはないアランは、不思議そうに首を傾げた。
「結婚前の女の子は。みだりに裸を見せちゃダメなんだよ」
「……そうなの? この前は一緒にお風呂入ったよ?」
「うっ、それは……それに、ふたりじゃ大きなお風呂危ないじゃない」
「そうだね、じゃあシャワーにしようか」
「そういう理屈じゃなくって」
そんな声は、アランには届いてなくて……アランは着替えを部屋の外にいる使用人にもらうと、わたしをシャワーのある場所へ連れて行った。ここで変に意識しすぎるのも、子供らしくないよねえ……。
「私、シャワーなら一人で浴びれるから」
「……じゃあ、僕の髪の毛だけ洗ってもらっていい? 僕、ひとりで髪の毛洗えないから」
「それぐらいなら……」
「リリアナはひとりで洗えるようになったんだね、すごいなあ」
「えへへ……」
私は中身女子高生だからね。服を脱ぎだすアランから思わず目をそらそうとして……私はぎょっとした。
「アラン、その傷達は……?」
アランの体には、無数の傷跡があったのだ。
まさか、虐待!? いやいや、そんなはずは……。
「気にしないで、リリアナ」
「いや、気になるし」
「本当、なんでもないから、ほら、髪の毛洗って」
「あ、うん……」
裸で椅子に座り、振り向きながら私をアランが呼ぶから、私は彼の頭を洗いに向かった。近づけば近づくほど、あざや傷跡が目について、ずっと落ち着かないまま髪の毛を洗った。
「リリアナ、一緒に寝よう」
「えっ」
「大丈夫だよ、枕は持ってきたから」
そう言って、私用の広めのベッドに乗っかるアラン。そして、枕を私の隣に置いていく。
ニコニコしながら私に寄り添うアランの心臓の音が、偶然聞こえた。
(アラン、すっごくドキドキしてる……)
「僕、実はね、いつもお母様と寝てるんだ……」
「そうなの」
「恥ずかしいよね、だからちょっと……寂しいし怖いけど、リリアナと一緒なら平気だもん」
ふふ、と笑うアランはすごくかわいい。私はそんなアランを見ながら眠りついたんだけど……アランの泣き声で目が覚めた。
「アラン……?」
「お母様……お母様……」
「眠れないの?」
「! リリアナ、起きてたの? ごめんね、お母様がいないとやっぱり怖くて……情けないよね、僕」
(まだ五歳なんだから、そんなものだよ……)
「王妃様は、どの部屋に泊まっているの? 私、送っていくわ」
「ダメだよ、こんな夜中に出歩いちゃ……」
「じゃあ、使用人を呼びましょう? ベルを鳴らせば、来てくれるはずよ」
「でも、それじゃあリリアナが見られちゃう」
「アラン、そんな事はいいの。今日一日そばにいてくれてうれしかったわ。また今度一緒に遊びましょう? アランが眠れないのは、私が悲しいもの」
「リリアナ……ありがとう」
こうして、私達は使用人を呼ぶことにした。にこにこした顔をやってきた使用人は、アランを抱きかかえて消えた後、私のそばに戻ってきた。
「リリアナ様、今日はアラン王子のためにすみません……シャワー一緒に浴びたのでしょう?」
「ええ、まあ……あのすごい傷はどうしたの? 大丈夫なの?」
「ああ、あれは……これはアラン王子に聞いたと言わないでくださいね?」
「?」
「あの傷は、リリアナ様との婚約が決まってから、できた傷です」
「私のせいで!?」
私が婚約者になったから、嫌がらせを受けたとか!?
「リリアナ様を守れる立派な王子様になるために、アラン王子は体を鍛えているのですよ」
「……え?」
「アラン王子は、リリアナ様が大切なのですよ。今日だって、怖がりなのに、王妃様から離れて寝るって聞かなくて……結局、ダメでしたけれど、リリアナ様のナイトになりたかったんですよ」
「アランが……私の……」
なんてかわいいんだろう、アランは。私は胸キュンが止まらなかった。
私はどこか浮かれたまま、ベッドにもぐりこんだ。アランのぬくもりが残るベッドでは、私はすぐに眠ることができた。