私の未来の旦那様は王子!?
甘い香り、柔らかな感触。目の前には、ドアップのアラン王子。
私は唖然としながら固まる。アラン王子は、真っ赤な顔で私を見ている。
「リリアナ様が、アラン王子にキスを……アラン王子の婚約者は、リリアナ様に!?」
なるほど、こんなきっかけでふたりは婚約者になったのか……って、多分原作のゲームは違う理由なのだろう。こんな事。原作のリリアナはしないだろうから。
そんなふうに、私はぼんやりと考えていた。使用人が私の体を持ち上げて、椅子に座らせる。
「大変なことになりましたね……」
アラン王子も、使用人にそう言われながら起き上がらされている。
バラの花びらが強風によって私たちをかすめていく。まるで、嵐の始まりを告げるように。
アラン王子は今もまだ、パクパクと口を金魚のようにしている。
「リリアナ様、お怪我は?」
「大丈夫よ、レイラ。それよりこの婚約を取り消す方法はないの?」
「それは無理かと思います。今回は証人が多すぎます」
確かに、使用人だけでも両手いっぱいいるし……なかったことにはならないだろう。
「リリアナ」
「アラン王子?」
「リリアナは、僕が相手じゃ、嫌かな? それと、帽子……ありがとう」
そういえば、私は片手にアラン王子の帽子を持ったままだった。
「リリアナ様、どうして風の魔法を使わなかったのです?」
「はっ、レイラの言う通り、魔法を使えばよかったんだわ……でもね、なぜかしら、体が勝手に動いたの」
なんとかしなきゃって思ったら、気が付けば木に登っていた。
スカートがめくりあがるのも気にしないで、どんどん上に上がっていた。
アラン王子の悲しそうな顔は、もう見たくなかったから。
「リリアナ、ごめん、僕が帽子をかぶっていたばかりに……いつか、好きな人ができれば、いつだって婚約破棄していいから」
「アラン王子……」
でもそれは、アラン王子の経歴が傷つくんじゃないかな……。
「さあ。今からお城に向かおう、リリアナ。ご両親と、数人の使用人を連れて、馬車で急ぐんだ」
「アラン王子……アラン王子はそれでいいの?」
「僕は、今のリリアナは嫌いじゃないよ。それにしきたりだから……」
「……本当に、ごめんなさい」
私の言葉に、アラン王子はほほ笑むだけだった。私は慌てて身支度をして、馬車に乗った。
私たちはしばらくして、白いレンガでできたお城にいた。私家とは比べ物にならない、大きなお城。そこで、私は今日婚約の指輪を受け取る。昔から伝わる指輪なんだけど。
「きれいな指輪」
「世界中のきれいな宝石をふんだんに使った指輪だよ。僕が生まれたときから用意されていたんだ」
うわあ、すごい。私超セレブって感じ!
指輪は魔法でサイズが変わるようになっている。小さな子供の指でも、すんなりとはまるようになっているのはさすがファンタジー世界。
「大切にするね、アラン」
「世界に一つだけの指輪だからね。僕とお揃いだよ」
「とても似合ってるわ、アラン」
「リリアナだって、似合ってる。でもこんなにたくさんの宝石でも……き、君の輝きには負けて……うう……負けてるよ!」
**********
(すごい真っ赤だ。噛みまくってるし)
アランの様子を見ていると、なんだかほほえましくなってくる。
でも、そんなアランは真面目な顔をして、私をじっと見つめて小さな声で言った。
「でも、リリアナ。君は婚約なんて気にせずに自由に恋をすればいい。僕が許すよ」
「アラン王子……」
「本当は、嫌だけど……我慢できるだけするし」
なんだかすごく申し訳ないなあ、私のせいで……。
そして私達はお城の中にある、教会へと向かう。そこにはお父様やお母様など、ふたりの身内だけが集まっていた。
「では、指輪の儀式を」
牧師様が、わたし達を交互に見る。
アラン王子が私を見ながら、祭壇に飾られた指輪を取った。
そしてそっと、私の右手の薬指にキスをして指輪をはめてくれた。
その直後だった。大きな雷が鳴ったのは……。
「きゃああああ」
「リリアナ!」
びっくりした私はしゃがみ込む。アラン王子があわてて駆け寄ってくる。
この雷は、近い。
「落ち着いて、リリアナ。ここには落ちないよ」
「びっくりした……ってきゃあ! アラン王子……」
いきなりドアップかつ、私を抱きしめているアラン王子に、私はきっと真っ赤になっているだろう。思わず何も言えなくなったまま、私は彼を見る。
「もう、アラン王子なんて呼ばないで。アランって呼んで」
「呼び捨てになんか……」
「結婚しても、アラン王子って呼ぶ気?」
「それは……ん……アラン」
「よろしい。リリアナ。指輪似合ってるよ。君のきれいな金髪に、金色の指輪は相性がいい」
「アランも、金色の指輪、似合ってるよ」
まあ、アランだから大体のものは似合うんだけど。あの帽子は別として。
「ふふ、それは何より」
「アラン、リリアナちゃん、あまりいちゃつかないでくれるかしら」
「王妃様! いちゃついてなんか」
「いいのよ、リリアナちゃん。からかっただけなの。まあ……貴女が婚約者なのはびっくりだけれど……」
「本当にすみませんでした!」
王妃様、やっぱり婚約者は選びたかったよね!? 私のせいで予定が壊れちゃったよね!?
「いずれ、貴女と婚約の話を考えてもいたのよ、アランには」
「ええ……!?」
なるほど、それでリリアナは彼の婚約者に自動的になったのか。なるほど。
「アランはこう見えて人見知りするから……幼なじみの中で選ぼうかしらと思っていたの」
「なるほど……」
私が納得していると、アランは少し恥ずかしそうにしていた。
そういえば、アランって社交的なイメージはゲームでも特になかった気がする。
むしろほかのキャラのほうが――。
「祝宴まで、しばらくお城に滞在してもらうけれど……リラックスしているといいわ。おいしいご飯も用意してよ」
「ありがとうございます、王妃様!」
「リリアナちゃんの好きな料理を作るから、気軽にリクエストしてね」
「大感謝です! 王妃様!」
私は興奮気味に頭を下げた。 にこにこしながら私たちを見守る王妃様。
王様も、穏やかな顔をして笑っていた。後ろで、レイラがほっと溜息をつくのが見えた。
雷で、近くの木が裂けていることも知らずに……。
**********
国内の貴族、諸侯など有力者が招待され、国外からも大使や外交官達がやってくる。そんな大イベントが、私とアランのための祝宴だ。私は食事ものどが通らないまま、ゴージャスな金の刺繍に真珠のついた赤色のドレスを着ていた。アランは金の刺繍の入った白い背広を着ている。前髪はあげていて、残った髪をひとつに赤いリボンで束ねている。
王族らしく金色をうまく使ったコーディネートは、すごく華やかだ。
「うわあ……なんか、偉そうな人ばかり……」「実際偉い人ばかりだよ、リリアナ。見覚えはない?」
「あるような、ないような……」
(だって、私前の記憶ないんだもん……)
何度か通りがかりに挨拶されたけれど、誰かわからなくて焦ったな……。
来賓客を裏で眺めながら、わたし達は席に戻る。色々な来賓客が見える高い位置にある席は、緊張するにはもってこいだった。
もう、足がガクガクするよ。私、学校の舞台でさえ木の役したやったことないっていうのに。
「当家のアランが、ローズ家のリリアナと婚約し、ふたりが十八を数える頃にに結婚式を開く運びとなったー」
そんな声が、聞こえる。上から見てると、なんか見覚えある姿の人が何人かいる。
たぶん、攻略対象の幼少期だろう。それをぼんやり眺めていると、アランが私の袖を引っ張った。
「……ほかの男の子を見るのは、嫌だよ」
「!」
(か、可愛い……やきもち焼いてる……)
私は思わずにやけてうつぶせる。アランの顔は真っ赤だった。
しばらくして儀式やあいさつを行っている最中……私のお腹が鳴った。
「なんだ? 今のは……」
「大きな音……」
ざわつく客席に、血の気が引いていく私。
そこに、アランが突然を声をあげた。
「あ……すみません、緊張して朝食を食べていなくて。僕とリリアナも食べていいですか? ずっと高い位置で見ているのは、おいしそうな食事が目に毒で……」
さらにざわつく客席。王様達は顔を赤くしている。
アランは私に恥ずかしそうにウィンクした。何この天使、超優しい。
席に戻った私達に、使用人はごちそうを運んでくる。私はがっつかないように気を使って、ゆっくりそれを食べ始めた。
「アラン……ありがとう」
「僕もお腹が減っていたからね」
(そう言いながら、ごちそうあんまり減ってないよ、アラン……)
なんて優しいんだろう。私は涙目になりながら、ゆっくりおいしいお肉をかみしめた。