リリアナ・ローズ、王子に乗る。
あれから、レイラは当たり前のようにメイドの仕事を覚えていった。
健気な子なので、自分からどんどん難しいことを知ろうとする。まだ五歳なのに、すごいと私、リリアナ・ローズは思う。
「リリアナ様、寝っ転がりながらクッキーを召し上がるのは、ちょっと……」
「あら、おいしいのよ。レイラ。レイラもしてみなよ」
「遠慮しておきます。それより、今日はわが国の第一王子、アラン・ナイト様が遊びに参ります、将来リリアナ様と同級生になるお方です」
「アラン王子……」
それは、確か私が初めてこのゲームでクリアしたキャラクターだ。そしてなぜかリリアナと婚約者だったはずだ。その理由は知らないまま、私はレイラとして頑張って攻略したのを覚えている。
「それにしても、王家ってロマンティックですよね、リリアナ様。婚約者のみに、キスを許され、一生の愛を貫くなんて……」
「堅苦しくて大変だと思うけど……レイラ、いっそのことアラン王子にキスを迫れば? 逆玉だよ?」
そうすれば、私は平和な生活を手に入れれるし。お人好しのレイラと温厚なアラン王子とは、結構お似合いな気がする。でもだ、ゲームをやっていた私は、アラン王子が本命だったのだ。だから、正直悔しいのだけど、命には代えられない。
「そんな! わたくしなんか平民がそんな、恐れ多い……」
「レイラはかわいいし、いけるよ」
「そんなことはありませんっ!」
ダメかあ、まあ、仕方がないよねえ。私はため息をついて着替えることにした。
空色のパフスリーブのドレスを着て、にこりと笑う。
いつみても、リリアナはむかつく顔をしている。美形だけど、どこかきつい感じがするというか……まあ、ゲームのライバルキャラだから、仕方がないか。
「アラン王子が来ましたよ! リリアナ様、早く!」
「待ってよ、レイラ。急いで走ったらころんじゃう……いてっ」
「大丈夫? リリアナ。久しぶりだね」
自分の部屋から出た私の前の前には、へんてこな帽子をかぶったアラン王子が私に手を差し伸べていた。深い青い髪に私より赤い紫の瞳。柔らかな笑顔に、綺麗な白い歯。つやつやとした綺麗な唇……アラン・ナイト王子がそこにいた。
「ひゃあああああ」
「え、何リリアナ。僕何かついてる?」
「アラン王子だ……」
しげしげ指を触りながらつぶやく私。
「なんか別人みたいになったって聞いたけど、本当みたいだね……いつもなら高飛車に鼻を鳴らしておざなりな挨拶してくるのに」
「そんな……私、そんなんだったの!?」
ひどい! みんなのアイドルアラン王子になんて対応!? こんなに優しくて上品で……素敵なアラン王子にまさかの冷たい仕打ち!? それでもにこやかに神対応するアラン王子はやっぱ、心がきれいな人なんだなあ……。
「僕本当、なにかついてる? そんなにじっと見られると、恥ずかしいよ……リリアナ」
「はっ、ごめんなさい、アラン王子が素敵だから」
「本当どうしちゃったの……」
困惑した様子のアラン王子は、おろおろしていた。
後ろにはたくさんの使用人が立っている。
「お土産においしいケーキもあるから、一緒に食べよう? リリアナ」
「だって、レイラ!」
「わ、わたくしは使用人なのでいただけません……」
「レイラ……? この方は、リリアナ」
「わたしのメイド見習いのレイラよ。かわいい子でしょう」
そして、言った後に気が付いた。レイラがアラン王子と話すイベントは、まだまだ先だったっていう事。意地悪なリリアナが、アラン王子に彼女を小さいころに紹介するわけがないのだ。
「きれいなピンク色の髪をしているんだね、レイラ」
「アラン王子、わたくしはただの使用人です」
「この家には、同じ年ごろの子供は僕らしかいないはずだから、仲良くして?」
「は、はい、アラン王子がそうおっしゃるなら……」
「五歳とは思えない綺麗な敬語だね」
「嬉しきお言葉です」
レイラは真面目だから、色々言葉も勉強してるんだろうなあ。
私は中身は女子高生だから、いろんな言葉を知ってるのが当たり前なんだけど、ふたりとも綺麗にしゃべるよね、やっぱ性格?
「それよりも、リリアナ。外でお茶会をしようと思ってる。バラ園のそばで。どうかな?」
「お茶会……そうね、お腹もすいたし。今日はスコーンがあるはずだわ」
「ふふ、リリアナが食べ物に執着するなんて不思議だね。昔は、食べたら太ってしまうって、何も食べたがらなかったのに」
(五歳児でダイエットを意識とか、リリアナ、女子力高すぎでしょ!?)
優雅に笑うアラン王子に、私はなんだか恥ずかしくなった。きっと赤面している私を放置して、アラン王子はおどおどしながら私に手を差し出す。どうやら、手をつなぎたいらしい。
「リリアナ、一緒に行こう」
「うんっ、アラン王子。ほら、レイラもっ」
「はいっ、リリアナ様」
ばたばたしなら部屋を出る私達。もちろん、貴族たるもの、廊下に出てからはゆっくり歩くのがたしなみだ。
しばらく歩くとバラ園には白いテーブルや椅子が並べられていた。テーブルの上にも、バラがしっかり飾られていて、いかにも華やかな感じだ。
「そういえば、アラン王子、その帽子は?」
「お父様からいただいたんだ、どこかの国のお土産だそうで」
「なるほど……」
嬉しそうに話すアラン王子には、似合っていないなど言えるはずもなく。
「お似合いね」
「ありがとう、リリアナ」
「さあ、一緒にスコーンを食べましょう」
そう言って向かい合う私とアラン王子。後ろには、大勢の使用人たち。
「あら? 使用人も座っていいのよ」
「そんな……滅相もないです」
レイラがアワアワしている。別に構わないのに。
「リリアナは、優しくなったんだね」
「? そうかしら、前がひどすぎたんじゃなくって?」
「うーん、ノーコメント」
あ、やっぱひどかったんだ……アラン王子苦笑いしてるし。
バラの優美な香りが漂う中、私達はゆっくり紅茶をたしなんだ。
それにしても、バラのジャムの入ったおいしい紅茶にスコーンは、よく合う。
「私、改心したの」
「そっか」
「前はいろいろごめんなさいね」
「リリアナ……ううん、気にしてないよ」
なんか表情ひきつってるんだけど、アラン王子に私、いったい何をしてきたのかしら……。
興味は沸くけれど、掘り返すのはよくない。
「食べ終わったら、かけっこでもしましょう」
「かけっこ!?」
「あら、お嫌い?」
「リリアナがそう言いだすのは意外……僕は別に嫌いじゃないけど……皆、僕がけがしないか不安でかけっこなんかしてくれないし」
「使用人が見てるから大丈夫よ。私の家には、大きな木があるし、そこまでだけだから」
「たしかに、ふたりきりじゃないから大丈夫かな? 食べて少ししたら、しようかな」
もぐもぐとスコーンを食べながら、私は頷く。しばらくして、スコーンは私の胃袋へ、すべて消えていった。
**********
「あー食べた食べた」
「リリアナってそんなに大食いだっけ」
「我慢してたのよ、アラン王子」
私は慌てて作り笑いをする。それにしても、やっぱり貴族の家の食べものは、何でもおいしいのよねー。専属のシェフがいるから、なんでもねだれるし……。
お腹がこなれてきたので、わたし達は走り出す。アラン王子は、おっとりした印象があるけど、結構すばしっこい。将来発明の趣味を見つけ、ちょっと引きこもりがちになるけれど……基本スペック自体はなんでも高いのが彼だ。
「うわあ」
そんな時、アラン王子が声をあげた。なんだと思い私が見て見ると、帽子が空を舞っていた。軽そうだもんなあ、と思っていると大きな木の上のほうに、引っかかってしまった。
気が付けば、私はとっさにそれを追いかけて、木に登っていた。
「リリアナ!? ダメだよ、女の子が木登りなんかしちゃ」
「だって、これアラン王子の大切な宝物でしょ? ほら、取れた」
私は余裕でピースをする。アラン王子の顔色が青い。
使用人なんか私の周りをうろうろしている。
私はゆっくりと木を降りようとした。アラン王子が私のところによって来る。
「ほら、大丈夫……ってあっ」
「リリアナ!!」
足が滑ったのが自分でも分かった。そこに、アラン王子が駆けてくる。
そして、大変なことが起こった。
「リリアナ様! アラン王子!」
レイラが悲鳴を上げた。無理もない。
私は、アラン王子の上に馬乗りになって、彼の唇を奪っていたのだから――。