アラン、熱を出して幼児がえりする
アランが熱を出したらしい。
何か嫌な予感がして、私は学校帰りにお見舞いに行く事にした。
皆も一緒だけれど、うつるから帰ってって言われたらどうしよう。
心配だなあ……おいしいゼリーも買ったし、喜んでくれるといいんだけど。
小さい頃のアランは、いつも風邪をひくとゼリーだったなあ。
「アランの様子がおかしい?」
「はい、ですから……そっとされたほうがいいと思います」
「そうなの? メイドさん。でも私、逆に気になるんだけど……」
「そう言われましても……王子のプライドが……」
なんだそれは。訳が分からないまま私は首をかしげる。
いったい何が起こっているんだろう?
私が不思議祖にしていると、大きな人影が見えた。
「アラン! 大丈夫?」
「リリアナ、リリアナだぁ。わあああい」
「アラン王子、なぜベッドから抜け出してきたんです!?」
メイドが叫ぶ。別にいいじゃんねぇ。
「リリアナとお友達の声が聞こえたの。来ていいよね?」
「お友達……?」
甘ったるい声を出して、アランは言った。
なんだかまるでメルのようだ。いや、メルより甘えん坊な感じかも。
「あの、アラン王子は熱で少し幼くなってしまったんです」
メイドはそう言ってもうしなさげな顔をした。
アランは犬のように私にべったりくっついている。
体から甘い薬の匂いと、汗のにおいがした。そして熱い。
「リリアナ、大好きー。リリアナも僕の事好きだよね」
「ええ、好きよ。アラン、ゼリーを食べない?」
「ゼリーも大好きだよー? あーんして」
「はいはい」
その様子をすかさず写真に収めるメル。あーあ。
ぽわんとした表情でたったままゼリーを食べるアラン。
さすがに部屋に戻るべきだと思い、バイオレットにアランを抱き上げてもらうことにする。バイオレットは苦笑いしながら彼をそっと運んでくれた。
レイラがメイドと一緒にいろいろ準備して、私達のお茶も用意してくれた。
「リリアナーお風呂一緒に入ろう?」
その言葉に固まるエディ。
「ちょ、アラン兄! アラン兄もう十六だよね!? 冷静になれよ!」
「昔は一緒だったもんっ」
「今は違うだろ!?」
「僕とリリアナはいずれ結婚する予定だからいいの!」
「よくねぇよ! それにリリアナ姉と結婚するのは……」
「ボクだよね?」
「メル! お前でもねぇよ! お前はレイラの婚約者だろ!?」
「どうだっけー」
鼻歌を歌うメルに、ぜえぜえ息を荒くするエディ。
肩を上下させて疲れた感じで叫ぶ。
そうこうしているうちにアランは脱ぎ始めて、バイオレットに捕獲されていた。
「ダメだってばアラン王子、女の子がいるんだから……セクハラでもする気かい?」
「せくしーはらすめんと?」
「……だめだこりゃ」
ぽかんとした表情のアランに、バイオレットは頭を抱える。
アランは脱ぐのに飽きたのかゼリーをひとりでもくもくと食べていた。何とも自由である。
「おしっこ……」
とろんとした目つきでそう言いだすアラン。真っ先にバイオレットが振り向いてアランを抱きかかえた。
「アラン王子、お願いだから耐えて、ここで漏らさないでくれるかな?」
「大丈夫、これは夢だもん」
「夢じゃないよ、アラン王子。これは現実」
「現実ー? うっそだぁ」
「とにかくトイレまで我慢して! わたしの腕の中で漏らすのだけはやめて! いろんな意味で終わるんで!」
「大丈夫―大丈夫ーすぅー」
「そこで寝ないで!? アラン王子!」
そう言うと、バイオレットは慌てて部屋を出て行った。
間に合うといいね、トイレ……。
私は思わずアランが消えた瞬間ため息をついた。けれど、それは他のメンバーも同じだった。
「なんだこれ……アラン兄熱でぼけてるって事か」
「そういう事ですねぇ、だから、お見舞いは避けたほうがいいと……。従うべきでしたね、これは」
「今更帰っても泣きじゃくるだろ。今のアラン兄はガキだしよ。寂しがり屋の甘えん坊……普段はよい子ちゃんだから、たまってるんだろうな。アラン兄は小さい頃から聞き分けのいい子供だったからなー」
「そうですか?」
「リリアナ姉がらみだとそうでもないか」
え? なんの話?
私がきょとんとしていると、バイオレットがアランを連れ帰ってきた。
お姫様抱っこされたまま入場し、ベッドにおろされる。
そして眠そうな眼で私をじっと見つめる。なんか色っぽささえ感じる。
「リリアナ」
「何?」
「こっち来て」
「いいけど、何?」
「一緒に寝よう?」
「……狭くない?」
周りに人目もあるから、別にやましい事を考えてはいないんだろうけれど……アランのベッドはシングルなはずだし。
「抱き合って寝れば大丈夫だよー」
「そうかな?」
「そう言う問題じゃ無いってばふたりとも」
「メル君は今度お願いするといいよ。今日はリリアナと僕の時間だよ」
「別にそう言う意味で言ってるわけじゃなくて!」
顔を赤くしてメルが叫んだ。
「リリアナだーい好き」
「はいはいはい」
「リリアナは僕のもの」
「それは違うかな」
「ダメダメ、リリアナは僕のなのっ」
子供のように駄々をこねるアランに、私はゼリーを口に押し込んで黙らせる。
しばらくすると、アランは急に私に抱き着いてきた。
「あのねぇ、アラン、早く寝ないと治んないよ?」
「風邪はうつすと治るの。みんな、キスしよ!」
「え?」
その時だった。アランが私の唇を奪ったのは。
そのままほかのメンバーも勢いよく犠牲になる。
メルなんか泡拭いてるし……可哀想に。
アランはにこにこしながら満足そうにしている。
「これでみんなも風邪だねー! 一緒に寝よう!」
「アラン!」
私が一言文句を言ってやろうかと立ち上がると、アランがぶっ倒れた。
「アラン!? 大丈夫!?」
「すぅ……すぅ……」
「なんだぁ、寝てるだけか……っ」
「とんだお騒がせ王子ですね……」
本当だよ。普段とアランとは大違い。
アランに毛布を掛けて、私達は大きなため息をついた。
幸い誰も風邪がうつることはなかったのだけど……。
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数日後。アランが風邪を完治して学校にやってきた。
当然のように生徒会に来るアランを、皆が睨みつける。
「アラン王子、おはよう」
「おはようございます、バイオレット先輩。風邪の頃の記憶がないです……」
「思い出さないほうがいいと思う!」
「そうですか? 何かしてないですかね?」
「色々やらかしてたけど……思い出さないでいてほしい」
「えっ、なんか怖いんですけど」
アランの顔色が青くなる。メルに至っては目を合わせるのも嫌なようだ。
レイラは苦笑いして作業をしている。
エディは、と言うと。
「これからはアラン兄さんが風邪ひいたら逃げるわ」
「えっえっ、僕本当に何したの?」
「そっとしといてくれ……」
「アラン。忘れたままでいなさい」
「リリアナまで!? どうして?」
(だって、ねぇ……)
アランのキスは濃厚で、皆腰まで砕けちゃったなんて、思い出されたら恥ずかしいじゃない?