メル、虫歯になる。
今日は私の家でみんなでケーキを食べている。カットケーキで、色々な種類があって、好きなだけ選んでみんなで楽しくお茶をしている。
カットケーキは、アランからもらった差し入れだ。
いつもアランは豪華な差し入れをくれる。さすが王族って感じの、どこでも見かけないものから、お茶会用に作り過ぎた手作りお菓子まで。どれもほっぺが落ちそうになるほどにおいしいのは共通点。
「お城って、差し入れ多いんだよね、僕食べ切れないから、メル君どうぞ」
「やったあ、アラン王子って、すごく優しいよね」
「メル君、お菓子をくれれば優しいって解釈はどうかと思うよ」
「だって、お菓子ってすごいおいしいし高いんだよ?」
まあ、この年齢の子供にはお菓子は宝石よりも価値があるだろうなー。
と、のんびりしながら私もケーキを食べていく。
うーん、めちゃくちゃおいしい。
次はアイスがやってきた。
「ボクはねーバニラ味がいいなあ」
「好きに選べばいいよ、メル君。僕らはあまったのでいいし」
その言葉に男子皆が頷く。彼らはもう大人なのだ。
でも、私はちゃっかりメルの次にラズベリー味を選んじゃうんだけど。
レイラに至って入らないんだそうな。ダイエットかな?
もうっ、レイラったらただでさえ細いのに、何やってるんだか。
その時だった。メルの顔がゆがんだのは。
「メル?」
私がメルをじっと見ると、メルが目をそらした。
なんか、ほっぺた腫れてない?
「何でもないよっ」
「ちょっとこっち見て、メル君」
アランが強引にメルの首を動かした。すごく痛そうだ。
するとやっぱりほっぺが赤くはれている。
メルの表情も歪んでいる。
「メル君、口開けて」
「嫌だ、たとえ王子様の命令でも聞けないっ」
「強引に開けてもいいんだよ?」
「ひいっ」
メルは慌てて口を開けた。口の中に何個か虫歯が確認できた。
「よし、これからお菓子禁止ですね!」
そう宣言したのはレイラだった。
「そんなあ……ボクお菓子大好きなのに」
「歯医者にも通ってもらいます」
「ボク行きたくないよ」
涙目になるメルは小動物みたいでかわいいけれど、言うことは聞いてあげれない。
無視だ無視。そこに、メイドがお菓子を追加で運んでくる。
「今日はお菓子をたくさんいただきましたよ」
「食べたい!」
「メルさんは帰宅です、帰宅」
「そんな、レイラお姉ちゃんひどいよ!」
「悪化したら、抜く羽目になりますよ? 歯抜け少年なんか嫌じゃないですか?」
「それは……」
黙りこくるメル。レイラの勝ちだった。
そしてメルはしぶしぶ自宅に帰っていった。
**********
次の日。歯医者帰りのメルは食欲がない様子だった。
「歯が痛いよおお」
「治療中は我慢したら?」
「うわああん、リリアナお姉ちゃん残酷だよおお」
「メル君、痛み止めをあげよう、すごくよく効くよ」
「アランお兄ちゃん本当?」
「うん」
アランが赤い球を取り出し、メルに渡した。
メルは素直にそれを飲み下し、苦い顔をした。
「まずっ」
「良薬は口に苦しって言うよね? 僕特製だから、絶対効くよ」
「さすがアラン!」
「ふふ、リリアナはわかってるね」
「甘いやつもあるんだけどね」
「何でそれ出してくれないの? アランお兄ちゃん!」
ぷんすか怒るメル。それに対してアランはやれやれという様子でメルを見た。
「だって、食欲失せたほうが虫歯にはいいからね」
「ぐぬぬぬ……」
まあ、もっともな意見だけど。
メルがちょっとかわいそう。
そう思った時、何かが私の口の中で傷んだ。
「まあ、僕は虫歯に無縁だけど」
「アランははが綺麗よね、真っ白」
「王族だからね、そう言うのは気にしないと」
「私も気にするべきって事?」
「リリアナも御妃様になるから、そうだね」
「大丈夫、私は歯が丈夫だから」
たまに磨き忘れても虫歯ひとつないし。
きっと虫歯には縁がないんだろうね。
私はにこにこしながらアランを見た。
「舐めてると痛い目合うよ? リリアナ」
「舐めてないもん」
そう、別に舐めているつもりはなかったんだ。
一応、本気でね?
**********
あれから一週間後、メルがすっかりやつれた頃。
ようやく彼の虫歯の治療は完了した。
メルはにこにこしているが、どこかげっそりしている。
「ボク痩せたかも」
手鏡を見てはあとため息をつくメル。
「どんまい」
マカロンを食べながら、適当に言うエディ。
すでに五個目だと思われる。紅茶もがぶがぶに飲んでるけど、エディは運動するから全く太らないんだよねえ。羨ましいなあ。
「エディお兄ちゃん、ボクにもマカロン。イチゴ味が食べたい」
「ぶり返すぞ。やめとけ」
「今度は歯を磨くし」
「当然だ」
そう言いながら無糖の紅茶をエディはメルに渡した。
不満そうな顔をしてメルはそれに口づける。
何か視線を感じて私は振り向く。
「アラン? どうかした?」
「いや……気のせいかな? いや、気のせいじゃないなあ」
「何が?」
じっと私の顔を見てどうしたわけ?
なんかついてるのかなあ?
(と言うか、なんか痛い?)
ほっぺに熱もあるような、まさか……。
「リリアナ口開けて?」
「嫌っ」
「リリアナお姉ちゃん、もしかして虫歯なの? ダメだよお嬢様なんだから、ちゃんと歯を磨かなくちゃ……」
メルは若干楽しそうに笑った。バイオレットはどこか呆れているようだ。
私は涙目になりながら口を食いしばる。
しかし、アランの腕力にかなうはずもなく……口を開ける羽目になった。
「あーあー、真っ黒だよ……これはメル君の二倍は治療が必要だね」
「二倍!?」
泣きそうな顔をして私は叫んだ。
そんなの全然楽しくないんだけど!?
顔をゆがませ私は逃げようとするけれど、すぐにエディにつかまった。
そしてエディは私をアランに投げるように明け渡す。
そこそこ広い部屋なのに、逃げ場がない。調度品もあるから、走り回れはしないんだけど……。
「さあ、歯医者に行くよ! お菓子も我慢ね、リリアナ」
私の肩をアランがポンと叩く。手もしっかり握っている、レイラは馬車を呼んでいるようだった。
「アラン、どうしても行かなきゃダメ?」
「ダメだよ」
アランの笑顔が怖い。これは拒絶できない。
だから、私はあきらめて叫ぶことにした。
「今度からちゃんと歯磨きは毎回しますうううう!!」
と。




