衝撃!お化け襲来!!
「でさ、リリアナ姉。音楽室には有名な作曲家の幽霊がいるらしいぜ」
「やだあ、エディ。怖いんだけど」
私はもともとそういう話の類が苦手だ。小さなころから夢に見るから、ホラー映画も見ないぐらいに徹底して嫌いだ。
「正直オレも怖い……トイレにもいるし、屋上にもいて、合計七つあるって噂だぜ」
「へぇ」
「すべてを知ったものは呪われるとか……これ以上探らないほうがいいみたいだな」
「そうね……忘れちゃいましょう」
うちらの学校には七不思議があるらしい。前の世界と変わらないんだなあ、なんて感心しながらエディの話を聞いていた。メルは退屈して帰っちゃったし、アランとバイオレットは苦笑しながら生徒会室の片づけをしている。
「リリアナは、そういうの意外と信じるんだね」
アランはそういう話は平気だったはずだ。それでもも無理やり私に怖い話を突き合わせないあたりが紳士だと思う。前の世界では、面白がって見せてくる人とかいたはずだし。
「アラン」
「はい、お茶。そろそろ皆で帰ろう」
バイオレットはしっかりと帰りの支度をしていた。書類は帰りに職員室で渡していく分だけ持っている。片手で結構な量を持っているのを見ると、男の子だなあと思う。
「そうだね。バイオレット先輩、なんかそわそわしてるけど、トイレ?」
しかもキョロキョロしてない?
「いや、悪寒がして……」
「? どうしてかな……あ! 怖い話したから、霊が寄って来てるのかも」
「……もしかして……ああ、きっと気のせいだよ、リリアナさん」
バイオレットが何かを振り切るように言った。
私は首をかしげながらお茶をいただく。うーん、ジャスミンティーはすごくおいしいなっ。
お菓子のクッキーも全部平らげて、私達は帰宅した。
んだけど。
**********
「ぎゃーん! 忘れ物したっ。暗い教室にひとりっきりなんて、そんなの絶対楽しくないっ!」
エディとあの話で盛り上がったばっかだから、ヒヤヒヤするよ。
きょろきょろしながら忘れ物した……お菓子袋を私は探す。こんなの先生にバレたら大騒動だよ! 慌てて生徒会室に向かう私。外は真っ暗で、家から出るときかなり怒られた。
入口に馬車が待ってるから、帰りは怖くないんだけど……レイラも馬車にいてくれてるし。
「ふう、見つけた。お菓子は取られてないね? よしっ、帰ろう」
ついつい独り言を言う私。大きなお菓子袋の中身はみっちり詰まっていた。
「帰っちゃうのね」
「へ?」
後ろから声がして、私は硬直する。きれいな品のある女性の声。
振り向くと、バイオレットそっくりな女の人がいた。豊満な肉体に、つややかな黒い髪。質素なドレスを着ても、その色気は隠し切れない。赤い口元がキラキラして、見惚れてしまう。年のころは不明。
「こ、こんばんは」
私は恐る恐る声をかけた。多分、この人はバイオレットの身内だろう。
「こんばんは……貴女は……そうやね、多分リリアナさんかしら?」
「私をご存知」
「ええ、兄からよく聞いとります」
「兄?」
「はい、うちはバイオレットの双子の妹パープル言います。よろしくお願いします」
なるほど、双子の妹かあ。じゃあ、ここの生徒なのかな?
目立ちそうなものだけど、私達って、仲良しグループだけで固まってるから、ほかの生徒に興味ないのよね。
「よかったあ……」
幽霊じゃなくて。私はほっと胸をなでおろす。
パープルもウフフと笑いながら私を見ている。
「うちは体が弱いので、学校に行けてないんよ」
はんなりとした口調でパープルは嘆く。なるほど……可哀想に。色もびっくりするほど白いし、透き通るような肌をしているのは病弱だからか。
「今日は気分がよかったから、夜だけど遊びに来てしまいましたわあ」
「怖くないの? 夜だよ……?」
敬語を使うべきか迷いながら、ため口で対応する私。
なんだか、つられて砕けた喋り方になってしまう……。
「別に、そんな事ないですって。暗いほうが、まぶしくないし……気持ちよかないですか?」
「うーん、私にはよくわからないかなあ。あ、お菓子食べる?」
「ええんですか? あ、でもやめときます。夜のお菓子はふとるさかい」
なんかいろんな方言が混ざったような口調だなあと感じながら、パープルを見つめる。
どこか、日本が懐かしくなってくる。
私はお菓子袋をしまい、ため息をついた。
「どないしました?」
「ううん、別に」
「おなかすきましたんとちゃうん?」
まつげをバサバサさせながらパープル。
「あ、そうそう。そんな感じ。そうだ、ご飯はダメでもお茶を飲んでこうよ! 私準備するよ」
「あ、うちは……」
「はい、できた」
そうして、私はパープルにコップを渡したのだけど……とたん、かしゃんと言う食器の割れる音がした。
「え……」
「あーあ……だから、ええ言おうとしたのに」
「今、透けて、落ちて……」
パープルの体が、半透明に見えてくる。パープルは困ったように頭をかいた。
「うち、実は幽体離脱で学校に来とるんよ。だから、夜だけ」
「ええっ」
私は思わずのけぞる。つまり、この子、幽霊!?
つい、パープルの体を撫でるように触ろうとするけど、やっぱり無理だった。
するりと通過して、何も触れることができない。
「びっくりした……」
私は足が笑っていることに気が付いた。まあ、変な幽霊ではないとしても、こういうのはやっぱり心臓に悪い。
パープルはにこりと笑って私に会釈した。
「ではうち、帰りますさかい。バイオレットをよろしく頼みます」
「はあ……」
「また、いずれ」
「お元気で」
ひらひらと手を振りながら、消えていくパープルを私は眺めた。
とたん、気が抜けてその場にしゃがみ込む。
「リリアナ様!」
「レイラ!?」
「遅いから迎えに来ました」
「今の見た?」
「ええ、消えていく綺麗な女性を」
「怖かったよおおおお」
「リリアナ様、よしよし」
私はレイラに抱き着いた。そして半泣きになりながら馬車に揺られて帰った。
**********
次の日の放課後、私はバイオレットに詰め寄った。
「パープルはどこ?」
なんであんなことしたのか、正直問い詰めたかった。
普通に人間として現れればいいのに……。
「え……またあの人は……」
私の言葉にひきつった顔をするバイオレット。
「どこなの」
「家かな」
やっぱり、病弱なんだなあ……。
「ここや」
ひょこっと、生徒会室の入り口からパープルが現れた。
それを見て、バイオレットが大きなため息をついた。
「母さん、今度は何の嘘をついたんだい?」
「えっ、バイオレットの双子の妹じゃないの!?」
「……母さん?」
バイオレットが笑顔でパープルの肩をつかむ。
普段は静かにしているレイラすら、掃除をしながら聞き耳を立てている。
「だあって、幽体離脱が趣味なんに、誰も相手にしてくれないから、暇なんやって」
「幽体離脱は体に毒なんで! 辞めてと言ってるでしょ!」
「えー、だって楽しいやんなあ。リリアナさん?」
「えっ、そんな事言われても暇やんなあ?」
「これ以上はリリアナさんに迷惑かけないでね?」
「好きだから?」
うふふと笑うパープル。何を言い出すのか。
「!」
バイオレットの顔が紅潮する。そして無言でパープルを部屋から押し出すバイオレット。
そしてまた、大きくため息。アラン達は苦笑いを浮かべている。
「うちの母が本当にすみません……」
バイオレットが深々と頭を下げる。
「頭をあげてください。ゆ、愉快でしたよ」
私は慌ててフォローするけれど、声が裏返る。
「……悪戯好きの母でして」
すごく疲れた顔でバイオレットが言った。まあ、苦労してるんだろうなあ……。
そしてバイオレットは私に御払いの水を飲ませてくれた。
「これで、母がいたずらに近寄りはしないはず……」
と言いつつ自分もちゃっかりお払いの水を飲むバイオレット。残りはみんなに配っていた。
「お疲れ様……」
私とバイオレットは、向かい合って大きくため息をついた。