リリアナ、太る。
最近レイラがお菓子作りに凝っている。すごくおいしい甘いお菓子たちは、ほぼすべてが私の胃袋に収まっていった。だけど、レイラが最近お菓子をくれなくなった。
「レイラ、お菓子は?」
「だって、リリアナ様……最近ゴムでできたワンピースばかりでは……」
「えー、そのほうがお腹いっぱい食べても苦しくないじゃない」
そう言って私は笑うんだけど、そう言っていると、レイラは今まで来ていた私の赤いドレスを引っ張り出し言った。
「これ、着てみてください」
「え? いいけれど……どうしたの、怖い顔して」
「いいから、着てみてください!」
赤いドレスを押し付けて、レイラは引っ込んでいった。
「何よぉ」
私は膨れながらドレスにそでを通し……無言になった。
すごく、きついのだ。このままだと入らないのだ。
力を入れたら破れてしまいそう……。
「どうです!? 入らないでしょう」
「レイラ、声が怖い……」
「入らないんですよね?」
「はい……」
思わず素直に答える私。レイラがゴム入りのワンピースを渡しに中に入ってきた。
そしてお腹の肉をつまんできた、普段ならありえない行動だ。
「可愛いリリアナ様が太っていくのを放任できません!」
「そ、そんなあ……」
「それまで、お菓子は禁止です!」
そう言ってレイラはわたしのおなかをポンと叩いた。
「えええええ」
「ええ、じゃないです! リリアナ様はレディなんですよ? なんですかこの親父のようなお腹は!」
ぷりぷりと怒るレイラに、私はしょんぼりする。
そして、決意する。ダイエットしようと。
なるお腹を押さえて、私は決めたのだった。
**********
「おなか減った……でも、食べないっ」
「リリアナ様、断食です? さすがにそれはまずいかと。リバウンドしますから、野菜だけでもお食べになるほうがいいですよ。ほら、サラダですよー」
「ドレッシングは?」
「生でいただきましょう」
「えー」
ドレッシングのない野菜をぼりぼりかじる。まずくはないけど、なんだか味気ない。
私はサラダをかじりながら体をマッサージする。
雑誌に載っていたダイエットマッサージだ。何セットか繰り返しを、毎日やらなければいけないあたりが面倒だけれど、よく聞くらしい。
「あとで走りましょうね! リリアナ様! わたくしも一緒に走りますから!」
「えっ、運動もするの?」
「当然ですよぉ、食生活と運動の改善がダイエットのコツじゃないですか」
「詳しいね、レイラ」
「一応わたくしも乙女ですから、体系維持には気を付けているんです」
「それでこの胸か……羨ましい」
「どこみてるんですか!」
だって、レイラは程よい美乳だし。私と違って……女の子らしい華奢な体系をしてるんだよね。私は幼児体型なのに……というか、原作ゲームのリリアナってもっとライバルらしい感じに胸もおしりもあった気がするんだけれど。……もしかして私の生き方のせいで幼児体型なわけ?
サラダを食べ終えて、動きやすい格好に着替える。そしてそのまま、屋敷の外を走り出す私達。すぐに意気が上がってくる私をよそに、すいすい走るレイラ。どうも走りなれてるのか、仕事柄動きなれているのか、まったく顔色を変えない。
「リリアナ様、もっとペースを上げてくださいよ!」
「だって、お腹が減ったんだもん……ジュース飲みたい」
「お水ならいいですけど」
「それじゃおなか膨れないよぉ」
「ジュースを飲んだら今までの努力が水の泡ですよ!」
「うう、鬼ぃ」
「なんか言いました?」
「ううん……」
レイラが怖い。水はくれたけれど、全然お腹にたまらないし、ひもじさがアップした気がするよ。そのまま私達は十週ほど屋敷の周りを走り続けた。
そんな時だ、アラン達がお土産を持って遊びに来たのは。
エディが私達を呼びつけに来たので、慌てて私達は着替えてアラン達の前に向かう。
「汗だくだけど、大丈夫? リリアナ」
「臭くない? アラン」
「別に、汗のにおいなんかどうでもいいけれど」
「やっぱするんじゃない! やだー」
「運動してたの?」
「うん、レイラと一緒に」
「なんでまた……」
「それは……」
ダイエット、と言う単語を男子の前で言うのが恥ずかしくてもにょもにょしていると、アランが察して黙った。そして、お土産をそっと隠した。そのままメルがメイドに渡しているのを私は見逃さなかった。
「リリアナ。これはまた次回にね? 取っておいてもらったから」
私がおみやげに気づいていることに気づいたアランはそう言った。
「皆で散歩でもしない? わたしも運動したいから」
「バイオレット先輩いいですね! 私とリリアナ様は参加します!」
「ちょっとまって、レイラあんたが決めるの!?」
「いいじゃないですか! みんなでしゃべりながらなら楽しいですよ!」
そりゃ、ひとりよりはいいけれど……。
私はあきらめてみんなで散歩する案に乗っかることにした。
みんなの荷物を私の部屋に置いて、水筒だけ持って歩き出す私達。
アランはお城に何か連絡を入れていたけれど、なんだろう?
何かを持ってこいって言ってたような……。
「うーん、海のそばまで歩くかな。わたし的には水辺は嫌なんだけど、阿古らへんは空気がきれいだからね」
「まだ泳げないの? バイオレット先輩」
「リリアナさん……人は簡単には変われないものだよ」
「なんか悟ったこと言ってるけど、結局泳げるようにならなかっただけだよね、バイオレットお兄ちゃんは」
「メル君、黙ってくれるかな」
にっこり笑って威嚇するバイオレットは、大人げない。
メルはまったく気にしない様子でえへへと笑う。
屋敷のそばは、自然がいっぱいあるのでこういうとき出かけやすい。
たくさんの木々に、花々に……鳥のさえずりもよく聞こえる。
のどかだなってよく思う。
「リリアナ、ふらふらしてるけど、本当大丈夫なの?」
「アラン、正直全然大丈夫じゃないけど……頑張らなきゃ……」
「女の子は多少ふっくらしててもかわいいのに」
「多少じゃないんですよアラン王子」
「レイラは厳しいなあ、僕には何もわからない世界だ。リリアナがおいしそうにご飯を食べていればそれで幸せだし、可愛いと思うよ」
アランの言葉が天使のように思えた。思わず目が潤む。
「そうかなあ、リリアナお姉ちゃん丸くなったよ?」
「メル……」
子供は正直である。私はため息をつきながら歩きだし……その場で倒れたらしい。
それは、あとでレイラたちに聞いた話だ。白目をむき、けいれんしながら、気絶したらしいのだ。あまりにも恥ずかしすぎて、聞いた時は泣きたくなった。
**********
「大丈夫? リリアナ」
「あんまり覚えてない……」
数時間後、私はベッドの上で目を覚ました。目の前には紅茶が置いてあり、私は砂糖を我慢してストレートでそれを飲む。ほかのメンバーは別室にいるようだった。
アランは私の額に手を当てて、熱がないか確かめる。そして何かガサゴソとキャンディのようなものを手渡してきた。ピンク色のそれは、甘いにおいを漂わせていてすごくおいしそうだった。
「これ、なめて」
「飴?」
「ううん、今のリリアナに必要な薬だよ、ほかのメンバーには秘密だけど……今、皆は買い出しに出掛けてるんだ」
「なるほど……これは一体何の効果があるの?」
「ダイエット薬だよ。一瞬で元の体型に戻る」
「そんな便利なものがあるの!?」
「昔作ったのがあったから……」
「アラン愛してる!」
「!」
アランが火を噴きそうな顔色になる。
私はアランに抱き着くと、その薬をなめた。
薬が溶けていくごとにどんどん体が細くなっていく感じがする。
シュルシュルと縮む自分の体を眺めながら、私は泣いた。
「よかった、これでダイエットしなくて済む」
「あ、でもこれは……」
「よし、私はお腹いっぱい食べるぞ!」
「あの、聞いてるの? リリアナ」
「コックさーん! ごちそうお願い! 大量に! ほら、アランも食べましょう?」
「…………」
アランってば頭を抱えてるけれど、どうしてかな?
私はコックにフルコースを作ってもらい、沢山お代わりしながらアランと食べた。
アランはしぶしぶと言った感じで、なかなか食が進まない様子だった。
せっかくおいしいごちそうなのに、と横から私が好物を全部奪っても何も言わないし。
そして、皆が帰ってきたころ。
「リリアナ様! 何してるんですか!」
「何って食事よ、レイラ。もう私ダイエットしなくていいのよ。アランがダイエット薬を手に入れてくれたから」
「!? だからって、すぐにリバウンドしなくても……もうぶくぶくじゃないですか。せっかくの努力が水の泡です」
確かにまた、運動する前には戻っちゃったけど、薬があるんだからいいよね?
いっそもっと食べちゃってもいいと思うんだけど……どうせ痩せるし。
がつがつ食べていると、アランが青い顔をして肩を叩いた。
「リリアナ、もう辞めなよ、食べすぎだよ……」
「え? なんで、どうせ戻るじゃん……」
「……ごめん、もっと強く言うべきだったね」
「え?」
アランは困ったように嘆いた。
私は思わず食べかけのパンを置いて、アランを見つめる。
どういう事?
「……あの薬は、一個しかないんだ。それに、ひとり一度までしか効果はないから、手に入れても意味はないよ」
「え?」
「だから、リリアナ。今の体系は自力でしか元に戻せないんだ……」
「ええええええ!? そんなあ!?」
絶望に私は大きな声で叫んだ。嘘だあああああ!!
この、脂肪を自力で落とすなんて……無理! 運動、嫌!
そんな時、後ろからレイラの手がにゅっと伸びてきた。
「リリアナ様」
「ひい」
にっこにこの笑顔が怖い。レイラは私の目の前からすべての料理をどかして言った。
「さあ! ダイエットです!」
「いやあああああ! アラン、どうにかしてえええ」
私の悲鳴は屋敷中を駆け巡った。そして数分後、私はまあ強引にレイラと一緒に走らされていたのであった。