正ヒロインの婚約者現る
私、リリアナ・ローズは十五歳になった。そして、レイラはますますきれいに育った。
メイドの仕事はなんでもできるし、ピンクのきれいな髪は腰まで伸びて、まるでヴィーナスのようだと思う。あと三年で、彼女はゲームのヒロインとなるのだから、当然かもしれない。所詮ヒロインは愛され美少女で、私みたいな悪役令嬢は嫌われ者と決まってる……なんて考えてあきらめるのって、絶対楽しくないじゃない?
だから私は、まだあきらめてないの。
「なんだか家が騒がしいわねレイラ」
「そうですね、リリアナ様」
「春だからって、みんな浮かれ過ぎなのよ」
「そういうわけではないかと……今日は来客があるそうで」
「来客?」
「わたくしも詳しくは存じ上げないのですが……」
なんだろう? じゃあ、そろそろ私も呼ばれる頃かな。
私はレイラが入れた紅茶を飲みながら暇をつぶすために本を読んでいた。
恋愛小説は、どこの世界でも人気らしい。
でもやっぱり主人公はレイラみたいなかわいくて優しい子なんだよねえ……。
アラン達とのゲームスタート時のイベントも、そろそろ終わったころだろう。その割には何も変化がないけれど……。
「レイラ、リリアナ様、呼ばれていますよ!」
年配のメイドがやってきて叫んだ。
私はわかるけど、なぜレイラ? 首をかしげていると、レイラにメイド服から正装に着替えるよう命令が来た。仕方がないので、私の白いドレスをレイラに着せた。
うーん、清楚可憐な感じが素晴らしくヒロインっぽい。
それにしても朝早くから何なんだろう?
「おはよう、レイラ」
「おはようございます奥様」
「私は?」
「おはようリリアナ」
「よく似合ってるわ、レイラ。ほら、座って座って」
客間に通される私達。そして、目の前には薄紫色の髪をボブヘアにした、ピンクの瞳の美しい子供がいた。まるでお人形のようなどんぐり眼。しろいはだに生意気そうな表情。
「ボクの名前はメル・ホーク。レイラ・ローズの許嫁と決められたものだよ」
「えええええええええええ」
私とレイラは同時に叫んだ。どう見ても五、六歳にしか見えないこの子供が?
思わず顔を見合わせる私達。
「光栄だよね、レイラお姉さん。こんなにかわいくて優秀なボクが許嫁なんだから」
「どうしてわたくしが?」
「写真を見て、一番美しかったから」
(ああ、ゲームでもなんか言われてたなあ……)
甘い言葉をショタにはかれていた記憶は、序盤にある。
「そんな、わたくしは平民ですし」
「ああ、ボクも平民だよ? この気品で平民なんて、すごいよね、ボク」
「……自分で言う?」
思わず突っ込む私。まあ、お坊ちゃまな雰囲気はあるけれどさ。
ふふんと鼻を鳴らす彼は、ナルシストらしい。
庶民の割に高そうな服を着た彼は、赤い椅子に足を組んで得意げに笑っている。
「可愛い可愛いボクと結婚できる幸せをかみしめるがいいさ。ね? レイラお姉さん」
「わたくしに、婚約者なんて……わたくしはメイドですよ?」
「可憐な美貌に立場なんか関係ないさ」
「まあ、そんな……」
顔を赤らめるレイラ。そして、メルは私をじっと見た。
「そこにいるのはリリアナ・ローズ様?」
「一応立場上はレイラの姉ってことになるのかしらね。わたしのほうが誕生日が上だし」
「ふうん、貴女もボクのお姉さんになるんだ?」
クスクスとメルは笑う。ちょっとイラっと来るけれど……相手は子供だ。
メルは出された紅茶をごくごく飲んで、並べられたアップルパイをガツガツ食べた。
しまいにはお代わりまで要求する始末だ。まあ、いいんだけどね。
「そうだよ、メル」
「なんかすごくきつそうな顔をしてるね、悪役みたい」
(ここでゲームではリリアナはキレてた)
「そんなの知っていてよ」
子供は正直だから、なんでもズバズバ言う。
私はにこにこ作り笑顔を浮かべて、メルの言葉を流した。
ここでキレれば、悪役全開でバッドエンド真っ逆さまだ。
「一週間ほど、ボクはここに泊まるから。大人なんだから、ひとりで平気。可愛い可愛いボクだもん、何かあってもみんなが味方だよ」
媚びた表情を作るメルは、確かにすごい可愛い。小動物のような雰囲気が出ている。
「一番広い部屋がいいな」
「一番広いのは私の部屋だけど」
「リリアナ様の? じゃあ、そこで」
(ゲームではここで断ってレイラの部屋に行ってたけれど……)
ここは、相手の機嫌を損ねちゃダメなんだよね。
私はそれを快諾して、メルの荷物を私の部屋に運ばせた。
ゲーム開始前なら、とっととレイラとくっついてほしかったけれど……残念ながら、彼がレイラと出会うのはゲーム開始後だ。
「たくさんお菓子もあるわよ」
「お菓子! 僕大好き! でも、カロリーは?」
「オフしたものもあるわよ」
この年でダイエットを気にするんかい! まあ、美貌のショタだからなあ、メルは。
このまま小悪魔な感じに育つはずだし。
「うわあい」
この世界の平民は、そこまでお菓子を食べれないのよね。
私なんか、いつだって食べれるけれど……エディなんか、お菓子だらけで最初は動揺してたもの。
私の部屋に案内すると、メルは渋い顔をした。
「変な部屋。真っ黒と真っ赤」
「……今度模様替えしておくわ」
なんだかんだで、子供のころからそのまんまなのよね。
いまいちどうしていいかわかんなくて……今度姫部屋を目指して、白とピンクで整えようかしら?
「ボク外に行きたい」
さすが子供。気まぐれだ。
私はレイラを誘って三人で出かけることにした。
**********
「このお菓子買って、あれも」
「はいはい」
「リリアナ様、買いすぎです」
「いいじゃないの私のお小遣いよ。それにこれ以上は買わないもの」
「えっ、ふたつだけ? じゃあもっと選ぶ」
まさか、無限に買い与えるわけないじゃない?
田舎からわざわざやってきた子供には、思い出をあげなきゃね。
「あのね、やっぱりあの風船がほしい」
「ハートの形の?」
「そうそう。ボクの家、田舎過ぎてこんなの売ってないし」
嬉しそうに飛び跳ねるメル。私は水色の風船をひとつ選んだ。
「うわあ、風船だー。高いのに、ありがとう、リリアナお姉さん」
「いいのよ、大切にしてくれればね」
「えへへ……ってうわあ」
言ったそばから転んで風船を手放すメル。はあ、とため息をつき涙目になる。
「ごめんなさい……ああ、どんどん届かないところへ」
絶望したかの様子でメルが力なく言った。
すごくずんと沈んだ感じで、私を申し訳なさそうに見る。
「いいのよ、私は風を操れるから」
「風? うわあ、風船が戻ってきた……すごい!」
「ほら、今度こそしっかり持って」
「うんっ」
上機嫌になったメルと私達は、そのあと皆で綿菓子を食べた。
**********
あれから三日後。メルがソワソワうずうずしている。
「メル、まだお菓子の時間じゃなくってよ。朝」
「お母様は? お父様は?」
「? 来るわけないじゃないの。一週間いるって言ったのはメルよ」
「…………」
なるほど、寂しいわけね。六歳だものね……仕方がないわ。
私はメルを呼んで絵本を開く。それでもメルはどこかつまらなさそうに私の朗読を聞いていた。レイラはメイドだからメルを構ってあげる暇などないし……。
**********
今更メルも、帰るなんて言い出せないのだろう。
無意味に広いこの家も、寂しさを悪化させる原因になってしまうのかもしれない。
かくれんぼなんかしたら、広さへの恐怖でメルはきっと泣き出すかもしれない。
「そうだ、メルのお母さんたちに日持ちするお菓子を作りましょう。そして、迎えに着たら渡しましょう」
「お菓子……」
「クッキーとかなら、初めてでも作れるんじゃないかしら? チョコレートとかもいいわね」
「作る!」
ウキウキした様子で飛び上がるメル。
「私は暇だから、メルがいる間ならいつだって構ってあげるわ」
「リリアナお姉さん……」
「感謝なんていらなくってよ。だって暇なんだもの」
「わあい」
シェフに許可を取り、キッチンに入る。ここにはいつだって、なんだって置いてあるんだから! クッキーやチョコの道具なんて、定番だから常に置いてあってよ。
私は作り方をメモしたノートを広げて準備に入る。私が子供のころ使っていたエプロンをメルにつけると、とてもかわいい感じになった。
「メル、フリフリエプロン似合うー」
「……ボクは可愛いから仕方がないね」
なんか不満気だけどね。まあ、白にレースだらけだから、あんまり男の子はつけないかな? こうして私達はお菓子を作ることにしたのだけど――。
「試食、試食」
メルはそう言ってすぐにお菓子をつまんでしまうのだ。
「あはは、もっといっぱい作っちゃいましょう!」
「怒らないんだ……」
「子供の頃の私も、似たようなものだったから」
「へえ……」
「それに種類が多いほうが、きっとお母さん達も喜んでくれるんじゃないかしら?」
「確かに」
嬉しそうに笑うメル。ほっぺにはお菓子屑が付いているので、それをつまんで私は食べる。
すると顔を真っ赤にするメル。子供って、ピュアだなあ。
「ねぇ、リリアナお姉さん」
「なあに?」
「レイラお姉さんの婚約者でいたら、また遊んでくれる?」
「もちろんよ」
「……アラン王子はいいなあ」
「アランが、何?」
「ううん、なんでもないよ、さあ、試食をもってお茶をしよう?」
まだ食べるのか。呆れながら私は笑う。
キッチンを片付けると私達は部屋に戻った。
そこには、レイラが待っていた。
「お疲れ様です、おふたりとも」
「レイラお姉さんもクッキーどうぞ」
「ありがとうございます、メル様」
「メルでいいんだよ?」
「では、メル君」
「……君いらないのに」
「気になさらないでください、癖です」
その言葉に、メルは納得いかなさそうに膨れる。
だけど、強引にクッキーをつかんでそれをメルがレイラに渡すと、レイラはおとなしくそれを味わって食べた。
「あら、おいしいですね」
サクサクと音を立てて、レイラの手からクッキーがなくなっていく。
「ボク達が作ったんだよ!」
「うふふ、ありがとうございます」
「もうしばらく、学校で会えないし……」
「あら、ふたりともご存じないのですか? メル君は学校に遊びには行けるんですよ。……旦那様のおふざけで、出入りできるようにお金を渡したと聞きました」
お父様、グッジョブ。メルはポロポロ涙を流し始めた。
「田舎では、ずっとひとりぼっちだったの。同じ歳の子供がいないから……」
「メル……」
「メル君」
「この家に来て、リリアナお姉さんに遊んでもらって……久しぶりに人のぬくもりを感じたよ」
「そんな……私は」
「うん、リリアナお姉さんにはそんな詳しい事情話してないし、色々わかってるつもりだよ。これからもよろしくね」
「うん、よろしく、メル」
そう言った瞬間、メルは私に抱き着いてきた。
ぎょっとしてると、メルはぺろりと舌を出して言った。
「アラン王子には秘密だよ?」
「メル……」
その後は、なぜか三日間ずっとメルは私のそばにいた