私が悪役令嬢!? そんなの絶対楽しくない!?
「リリアナ様―やめてくださいっ、乙女が人のスカートをめくるなど……、せっかくご主人様の魔法の力を受け継がれたのに……それを悪用するなんて!」
「あははは、楽しい」
私、リリアナ・ローズ。侯爵令嬢の五歳の女の子。
偉大なる魔法使いであるお父様の力を受け継いで、風の力をもって生まれた。
運動神経がよくて、勉強はちょっぴり苦手。でもいいの、だって私は愛され系お嬢様なんだもん。
お城のような豪邸で、大好きな両親と今は王都に旅立ったお兄ちゃんとに愛されてすくすく育った。
「奥様がお気に入りのバラ園だってめちゃくちゃにして……庭師が泣きますよ!?」
「だあって、楽しいんだもん。面白いかどうかが、私にとって大事なの」
「お嬢様の未来を考えると私達メイドは不安です。せっかくかわいらしい容姿をしているのに……」
メイドは泣きそうな顔をして私を見た。薄いラベンダー色の瞳に、金色の巻き髪はお母様譲りだ。豪勢なドレスも、当たり前のようにいつも違うものを着ていた。
すべてが私を中心に回ってる。そう言ってもおかしくなんかないと思うの。
ちょっと甘えればお父様は何だってわがままをきいてくれるし、お母様は私の機嫌を取るためにいろいろな国のドレスを旅行のたびに、買ってきてくれるの。
私の家には、衣裳部屋だってあるのよ。それも何部屋も。
今だって、ピンク色のフリフリのドレスを着て、走り回ってたところ!
「リリアナ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
「お兄ちゃん! 帰ってきたの!?」
「ちょっとだけな。お前の顔が見たくて」
私の大事なヘブンお兄ちゃんは、心配性だから私を気にして、たまに顔を出してくれる。
王都からは遠いのに……。
お兄ちゃんは飴色の髪に、私と揃いの色のきりっとした目をした、長身の美男子だ。
王都ではとてもモテるという。そして何より、若いのにもう実力を上の人に認められてるって噂! さすがだよね、わたしのお兄ちゃん!
「ヘブン様、ヘブン様もリリアナ様に何か言ってくださいな」
「しかたがないよ、リリアナは世界一かわいいんだから」
私を抱き上げて、ぎゅっと頬すりするお兄様。私もそれに返すように甘える。
メイドたちは呆れかえった様子で私たちを見ていた。
「リリアナがどんなふうに育っても、お兄ちゃんにとっては自慢の妹に決まってるじゃないか」
十以上も年が離れている私達は、いつだってこんな感じだった。
「嵐がきそうですから、早めにヘブン様も、リリアナ様も中へ。王都へは、嵐が止んでから帰宅されたほうがいいですわ。悪天候での旅は、危険ですから……」
メイドがそう言うので、私達は庭から室内へと移動した。
私を見て、お父様が立派なお腹を揺らしてかけてくる。
「リリアナ、ほらおいで。お父様と遊ぼう」
お兄ちゃんの飴色の髪は、お父さん譲りだ。顔立ちも、きっとお父様は若いころはハンサムだったのだろう。今は見る影もないけれど……。
「やー。私は、着せ替えがしたいの。お母様、ドレスを出して」
抱き寄せようとしたお父様を無視して、私はお母様に言った。
「それなら、リリアナの部屋でやりましょう?」
「こっちの、客間のほうが広いもの。広いほうが、ショーみたいで絶対楽しいわよ」
「リリアナったら……そういうえば、アナタ。アナタは今日外せない用事があったのではなくって? 荷物を至急受け取りにいかなくてはいけなかったような?」
こんな嵐の前触れに、お父様ったら……。
「リリアナの新しいお洋服だから、早く取ってこないと困るだろう?」
「うんっ、私新しい服欲しい! すごく楽しみ!」
「リリアナったら、お父様、危ないわよ……」
お母様がアワアワしながら止めに入る。顔色も悪い。
「かわいいリリアナのためだろ?」
「そうそう」
私とお父様のやり取りに、お母様はため息。
こうして、お父様は悪天候の中、厚着をして旅立っていった。
さっきまでは春の雰囲気だったのに、外はもうあの穏やかな暖かさはない。
「さあ、着せ替えをしましょう!」
私の言葉に、メイドたちはしぶしぶ動き出した。
**********
「お父様遅いわねえ、お母様。お昼頃に出掛けたのに、もう夜よ? 着せ替えも飽きちゃったし……そろそろ新しい服が着たいわ」
「リリアナ様、まずはお片づけを……」
「そんなの絶対楽しくないじゃないっ。それに、それってメイドの貴女達がやるしごとじゃなくって? 私はお嬢様よ。リリアナ様よ?」
「そうですね……」
窓辺を眺める私の横で、お母様も心配そうにしている。
お兄ちゃんは、王都へ帰る支度をしている。天候が整い次第帰宅する予定らしい。
寂しくなるって私は甘えたけど、さすがに上の人の頼みで、前からの約束だからしょうがないみたい。ちぇー。私はメイドにホットチョコレートを入れさせて、ひたすらお父様を待った。
「あの、お嬢様、お食事は……」
「お父様のドレスが心配なの。気が気じゃなくて、何ものどを通らないわ」
「……そうですか」
なんだか落胆したような声だけど、メイド達は立場をわかっているのかしら? 私はお嬢様よ? リリアナ様よ?
「あっ、お父様が見えたわ! 何か大きな塊を持ってる! ドレスよ!」
私は慌てて入り口にかけていく。わくわくしながら、扉を開けた。
そこには――。
「お父様、その子、誰?」
ボロボロな姿をした、ピンク色の長くウェーブした髪をもった女の子がいた。
目が翡翠色で、まつ毛はカールしてすごく長く濃い。ものすごい美少女だ。まるで天使のよう。
そして、その子を見た瞬間、私はめまいと頭痛がした。
「孤児の、レイラだ。わしの古い付き合いの友人の娘なんだが……事故で亡くなっていたらしく、孤児院に入らされるところだったらしい。避難にと、たずねて行ったら、ボロボロのこの子がいてな……」
そう言いながら、お父様はレイラを撫でた。レイラは震えながら、そっと頭を下げる。くしゃみをしながらも、彼女は可憐だった。
「それでなんでレイラを連れてきたの? あ……やだっ、頭痛い……」
「リリアナ!? 大丈夫か? おい、使用人! リリアナをベッドへ!」
真っ青な顔をして叫ぶお父様に、メイド達が私に駆け寄る。
私はちらりと、レイラのほうを見た。すると涙が次第に流れてきた。心臓がバクバク言っている。苦しい。つらい。もう、レイラを見ていたくない。
異常なぐらいのどが渇き、また大きな頭痛が来た。
「きゃああああああああああああああああ」
叫びながら、私はうずくまる。吐きそうだ。
「リリアナ!?」
「リリアナ様!!」
呆然と私を見つめるレイラ。彼女を見て、私は気が付いてしまったんだ。
彼女は、私が前世でプレイしていたゲームのみんなに愛される可憐なヒロインで、私はその憎きライバル。そう、敵役の悪役令嬢リリアナ・ローズだって事を……。