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生物戦争  作者: ニトロ
8/12

仇討ち

(気まずいな……)


 織部班は全員集合し、今は食堂の六人掛けのテーブルに着いて昼食を食べている。だが、今までと違うことが一つ。食堂の全体は人の声で溢れているのだが、織部班のテーブルだけが静かなのだ。その原因は巴雫がいる事である。誰もがどんな話題で話していいのかわからないのだ。それは班長である織部も同じで、席に着いてから発した言葉はいただきます、の一言だけだ。

 臭みがないように調理された鹿肉が入った鹿汁を器ごと持ち上げて一気に飲み干す。織部はその器を下ろすときにさり気なく皆の様子を見た。

 巴は静かに箸を進めている。お淑やかな姿だが、30分前には殺気を出していた人間だ。宮垣はどうしようかと考えて、難しい顔をしながら食べている。近江は何か話かけようとしているのだが、元々少し気が弱く、人見知りをしてしまう性格なので、ちらりと巴の顔を見るだけですぐに逸らす。花風は班内どころか、同期でも屈指のマイペース人間なので、周りを一切気にせず一人だけ楽しそうに昼食を食べている――しかも、普段より箸が進んでないか?

 いち早く食べ終えた巴は手を合わせるとすぐに席を立ち、食器を返却棚に持っていく。そして、そのまま外に行こうとする。


「おい、どこいくんだ?」


 織部は呼び止めると巴は止まるが、その顔は怪訝だった。


「お手洗いよ。なに?監視しないんじゃなかったの?」


「いや、その、すまなかった……」


 しどろもどろになりながらも謝ると巴は何も言わずに歩いていく。その後ろ姿を見送っている途中、一人の女性が辺りを見回しているのに気づいた。その女性は織部の顔を発見すると、彼の方に歩き出す。


「織部班班長・織部空士様でいらっしゃいますか?」


 その女性は織部の席の隣に来るとこう話しかけた。


「はい、私が織部ですが」


 女性の丁寧な口調に合わせて、織部も返す。


「こちら、司令官の平松よりお届け物です」


 そう言うと二つのファイルを織部に手渡す。


「ありがとう……ございます……」


 平松司令官からの届け物と言う意外な事に面食らってしまい、気の抜けた返事をしてしまう。


「それでは失礼します」


 用を終えた女性は一礼すると背中を向けて歩き出した。恐らく、平松司令官の秘書のような人なのだろう。ファイルは巴についての物と『ヴラド』についてのものだった。


「それにしても意外だね、平松司令官からなんて」


「そうよね、てっきりこっちに丸投げするんだと思ってたわ」


 移動し、資料を読める席に座った近江と宮垣が言った。織部は二人と同意見だった。『復讐に駆られ、任務をしなくなった女に任務をさせるべく、その復讐を手伝え』と言うのは少し見方を変えれば悪ふざけか何かだ。織部も宮垣の発言と同じ事を考え、援助は期待していなかった。だが、こうして情報を届けてくれるあたり協力してくれるのだろう。そして、この協力は巴がいかに重要視されているかを意味する。


「まず、巴の方から見ていくか」


 巴のファイルの中には三枚の資料があり、一枚目には身長・体重、生年月日、住所、両親の名前から出生体重まで書いてある。そこは特段関係ないので次の資料をみる。次は学校の成績だった。


「びっくりするくらい優等生ね」


 優等生の宮垣が言うのなら間違いないのだろう。織部が見ても成績は優秀、訓練でもそれは同じで、文武両道を体現している。

 教育制度は旧時代とほぼ変わりなく、小学校と中学校は義務教育、小学校は座学がメインだが、中学校になると『新生物』と戦う為の訓練があり、中学二年の後半で進路選択をしなければならない。選択は兵士になるか、専門職を目指すか、それ以外か、である。兵士になるなら本格的な訓練が始まり、班で行動する。巴を除く織部班はその時に結成された。専門職を目指す場合は職別のカリキュラムに取り組むことになる。中学卒業後は専門の高校に入る事になる。それ以外は就職や家を手伝ったりなどだ。

 織部班全員は中学二年の後半で兵士になることを決意した。中学卒業後は訓練学校、いわば高校に入り、さらに体を鍛え、学を深め、『新生物』に対抗する術を磨くのだが、今は人手不足で訓練学校の生徒まで戦闘に出る状態だ。


「すごい戦果だな……」


 巴が所属していた旭班は討伐に出ればほとんど討伐対象を倒している。若い兵士の平均的な討伐成功率は3分の1と言われ、3回討伐に出て、1回成功すれば上出来だ。織部班の討伐成功率は3分の1と3分の2をさまよっている。


「【4月29日、巴雫以外の班員全滅。旭班解散】か……」


 資料をそのまま口に出した。絶対に書かれたくない言葉だ。旭班はここで終わったのだ。新進気鋭と評された優秀な班でも一体の『新生物』のせいであっさり壊滅してしまう。薄ら寒いものを背中に感じながらも読み進める。


「三週間の間に16回も『ヴラド』を探しに出ているのか。でも一度も見つかっていない」


 勿論その捜索は無断で、許可を得ていない。そしてその間にこなした任務は0回だ。恐らく平松は前々から巴に目をかけており、任務をしないという事態を見かねて織部達に回したと思われる。


「次は『ヴラド』の資料だね」


 織部が巴の資料を読み終わるのと同タイミングで近江が『ヴラド』の資料を手渡す。資料の内容は簡潔で、何目何科、などは書かれていない。研究者からすれば大切な情報だが、ただ殺すだけの兵士には不要だ。相手の容姿と特徴、生態が分かればいい。


「【『ヴラド』はモズが巨大化した『新生物』であり、巨大化したモズの中でも気性が荒く、巨大な個体の事を指す。通常のモズは体長5~6メートルだが、『ヴラド』は6~7メートルになる。】」


 『ヴラド』は有名なので既に知っていた情報だが、読み上げる。


「【『ヴラド』の特徴的な行動はは巨大化する以前から持ち合わせていた『モズのはやにえ』である。『モズのはやにえ』とは捕まえた獲物を木の枝に突き刺すことである。モズはその攻撃性の高さから、自分の体より大きい『新生物』にも襲い掛かり、持ち上げて枝に突き刺す。】」


 クリップで留められていた写真を見ると体長15メートル以上はあると思われる蛇に『ヴラド』が上空から襲い掛かり、爪が深く突き刺さっている。人間で言うと背後からいきなりサバイバルナイフを刺されたようなものだろうか。

 

(旭班の数人もこの上空からの奇襲で命を落としたのか)


 旭班の事が頭に浮かぶと連鎖的に巴の事も頭に浮かんだ。


「そういえば、巴、遅くないか」


 宮垣が腕時計を確認する。


「すこし遅いわね」


 織部は一瞬様子を見に行こうかと考えたが、巴を監視しないと言った手前、見に行くのは気が引ける。だが、三週間で16回無断で居住区域から出て行っているのだ。一応の確認をすることにした。


「ちょっと様子見てくる。二人は食べといてくれ」


 織部は先に食べ終わっていたが、巴の事を気にしなが食べていた近江と宮垣はまだ昼食が残っていた。で、一人マイペースに昼食を食べ、資料を見に来なかった花風は暇だったのか船をこいでいる。織部はそれをデコピンで目を覚まさせる。


「うわっ!空士、何するんですか?!」


「いくぞ、巴の様子を確認する」


「えー、私、食べた後はすぐに動きたくないんですよー」


「それもう百回は聞いてるな」


「だーっ!首根っこを持たないでください!自分で歩きますから!空士のこれも百回は超えてますからね!」


 軽口を叩きながら織部と花風は食堂を出た。


 ♦♦♦♦♦


 この時、彼女は手洗いに行くためだけに席を立った。織部をだますつもりは無かったのだ。

 手洗いは食堂の裏側にあり、彼女はそこに歩いていた。兵士全員が使う食堂だが、手洗いはその一か所なので、自然人が多くなり、すれ違う回数も多くなる。

 彼女に通行人の話を盗み聞きするような癖は無いが、その会話は聞こえてしまった。馬鹿笑いする声や、次の任務について話し合う声、様々な声を潜り抜け、彼女の耳に届いた。


「知ってるか?住宅街地の方で『ヴラド』が出たらしいぜ」


「マジか、しばらくは任務で行きたくないなぁ」


 彼女が反応したのは会話と言うよりも、『ヴラド』の一単語だけである。話口調からして、ただの噂に過ぎない会話だ、信憑性は薄い。だが、彼女の足は会話をしていた若い男二人の方へ向けられた。


「すみません、さっきの話ほんとうですか?」


 二人組はいきなり話しかけられたので、驚きながら答えた。


「『ヴラド』の話かい?いや、俺も同期が見たって言ってたのを又聞きしただけだからさ……本当かどうかってのは……」


 やはり、噂に過ぎない情報だった。それでも彼女の行動は決まった。腰の刀に触れて確認すると、いきなり走りだす。

 彼女の体の深いところからドロドロとした何かが熱を帯び、湧き上がってくる。それは脳をも侵し、体を巡る。彼女の頭にあるのは復讐だけ。

 巴は柵を乗り越え、『新生物』が闊歩する、領域外に飛び出した。家族同然だった仲間を殺した『ヴラド』への復讐を果たすために。


 ♦♦♦♦♦


「あれ、いないな……?」


 食堂裏の手洗いまで行き、花風に中まで見てきてもらったが、巴はいなかった。


(これ、本当に『ヴラド』を探しに行ったんじゃないだろうな……)


 嫌な考えが頭に過ったが一旦食堂に帰ることにした。食堂の入り口付近、聞き逃すことのできない会話を聞いた。


「しかし、何だったんだろうなあの姉ちゃんは?『ヴラド』が住宅街地にでた、って言ったら急に血相変えて」


「さあ?でも美人だったよな?また会ったら、声でもかけようかな?」


 『ヴラド』の単語を聞いて異常な反応をとる人物など恐らく彼女以外いない。織部の足は動いていた。


「すいません、その女性って長い、綺麗な黒髪をした人ですか?!」


 やはり人間急に話しかけられるのには慣れないのだろう、驚きながらも答える。


「お、おう。綺麗な黒髪をしてたけど、どうした?」


「『ヴラド』の話を聞いた後、その女性はどうしましたか?!」


「急に走って行ったけど……知り合いか?」


 織部が予想していた最悪のパターンだった。無理やりとは言え、班に組み込まれたことで行動を自粛すると、考えていた織部が甘かった。

 すぐさま食堂にいた近江と宮垣に声をかけ、巴が行ったであろう、住宅街地へ向かう。柵は急用につき、飛び越えさせてもらった。


 住宅街地は人類居住区域の真西の門をくぐれば直ぐで、西の森のすぐ北にある。住宅街地にも木は生えているが、繁殖力が低く、樹高もそこまで高くないため、元々あった住宅地がいくつか残っている。SFとかに出てくる『人がいなくなり、植物によって荒れ果てた街』が再現されているのだ。


 初めは順調に進めていた織部班だが、今は足止めを食らっていた。敵はカラス。『新生物』として巨大化した際、元々高い知能がさらに発達し、集団で狩りを行うようになったのだ。


「せあぁッ!」


 織部は体長3メートル以上あるカラスの嘴を避けると、喉を縦に、刀で切る。カラスは横に倒れるが間髪入れずに次のカラスが織部に襲い掛かる。上空から急降下し、その爪で攻撃しようとする。彼は待つことはせずにカラスに飛び込み、足の間に入る。上段から刀を腹に向かって振り下ろすと血と黒い羽根が空に舞った。

 

「数が多いわね!」


 宮垣は二丁のハンドガンを使ってカラスを打ち抜いていく。彼女が持つ超能力は空間把握。今、彼女はこの場の位置関係を完全に掴んでいる。後ろを取られたり、囲まれたりすることが命取りになる集団戦において、360度、そのすべてで敵の位置がわかるのは強い。

 右手のハンドガンで前方のカラスを撃ちながら、左手のハンドガンで左のカラスを足止めする。その途中に背後からカラスが迫るのを感じたので、右手のハンドガンを後ろに向け、引き金を絞る。かすれた声を上げながら落ちたのが分かった。前方のカラスは仕留めたので、左のカラスに止めをさす。撃ち落とした後方のカラスが突進してくるのは音で分かっていたので二丁を向け、その頭を撃ち抜く。


 集団戦が得意な宮垣は前に進み、次々にカラスを殲滅する。織部も万が一のフォローの為に一緒に前進する。大剣を使う近江とスナイパーライフルを使う花風は集団戦が得意ではないので、後方にいた。

 悔しいことだが、そこをカラス達に突かれた。


 ドン!と鈍い音と、地面が揺れるのを織部は感じた。後ろを振り返ると砂埃が立ち込めているが、それが何かはわかり、即座に理解した。


「巨大な木の幹……バリケード替わりに使うつもりか!」


 カラスの群れは途中で折れた木の幹を自分たちで運び、織部班を織部と宮垣、近江と花風に分断するバリケードとして投下したのだ。


(集団戦が苦手な二人と別れたのはまずかったか……!)


 バリケードは飛び越えようと思えば飛び越えられるし、迂回することもできるが、カラス達がその隙を逃すはずがない。


(ここで手間取ってる時間は無いんだ、いつ巴が『ヴラド』と交戦するか分からねぇ。だが、あいつら放って置くことも……!)


 様々な判断が頭の中を逡巡する。




 

 





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