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生物戦争  作者: ニトロ
4/12

そいつの名は『パリ』

 謎の巨大トカゲと『オオヒグマ』に挟み撃ちにされているこの状態、織部は頭を回す。

 『新生物』は基本的に人間を狙う。過去には縄張り争いをしていた新生物二匹の前に人が現れると、縄張り争いを止めて人に襲い掛かった事例があるほどだ。トカゲとオオヒグマがお互いに戦い始める確率は低い。

 ならば逃げるしかないか。それでもトカゲのスピードはこちらよりも早い。

 思考しても結論は不可能の印が押される。堂々巡りに陥った時に動きがあった。

 オオヒグマが停止したのだ。今まで大地を蹴っていた足を止め、二本の後ろ足で直立する。


「止まったんですか…?」


 花風は信じられないという風に呟く。このまま一直線に突進してくると予想していたのは班員全員で、驚きで固まっている。

 オオヒグマは直立のまま鼻を動かし、周りの匂いを嗅ぐ。そうして、とある一点を睨む。


「標的を変えた?!」


 戦場の経験が浅い織部でもわかった。今までオオヒグマから受けていた殺気が突如消えたのだ。となれば狙っているのは誰か?後ろのトカゲを見ると明らかに今までと反応が違い、舌を何度も出し入れしている。

 これが確信となった。


「オオヒグマは俺たちを狙ってない!狙ってるのはこのトカゲだ!」


 『新生物』二匹、それに人類四人の状況で本当に低い『新生物の同士討ち』の確立を織部は引き当てたのだ。ただただ、自分の幸運と神様に感謝しなければならない。この強運を目いっぱい喜びたかったが、このチャンスを逃しては愚か者どころでは済まないだろう。


「あいつらが殺しあってる内に逃げるぞ!」


 後ろを確認しつつ、織部班は人類居住区域に走っていく。

 この逃げられるという一筋の希望、一縷の望み、それを手に入れ多少なりとも安心したからこそ、その光景は恐怖に映った。

 トカゲとにらみ合っていたオオヒグマは手を大きく上げ、声を荒上げ威嚇する。敵の実力を測るように何度もだ。対照的にトカゲは緩やかに、静かに動きを見せた。尾を持ち上げ、槍のような尾の先をオオヒグマに向ける。そうすると突如、体と尻尾の付け根が膨らんだ。それは凄まじい速さで黒い槍の付け根まで移動し、そこで膨らみが円形からラグビーボールのような楕円形に変わっていく。

 なにで膨らんでいるのか、それはわからない。それでも、尾が破裂する、と織部が思ったときだった。

 その膨らみは消失していた、代わりに尾の先が爆音と共に『発射』されていた。黒い3mの槍が砲弾の如く、宙を飛んだのだ。その先にあるのは威嚇していたオオヒグマ。猛烈な音がした時にはもう遅く、そのまま心臓あたりを槍に貫かれ、地鳴りを上げて倒れた。


(アイツ、一体何なんだよ…?!)


 班員全員の走るスピードが上がる。トカゲと敵対する生物がいなくなり、次の標的として追いかけられると言う論理的判断ではない。恐怖、それだけで逃げていた。あの飛来する黒槍に体を貫かれたくないから、死にたくないから、走った。全速力で、織部は脇目も振らずに人類居住区域へ走った。

 どのくらい走ったかは分からないが、織部班は人類の手で作られた木製の重厚な柵の中に入り、帰還に成功した。

 龍二、一葉、霞、班員を全員確認してから織部は地面に座り込む。皆、肩で息をしている。ここまで全力疾走してきたのだ。ようやく息が落ち着いてきた織部は深呼吸と共に言葉を吐き出した。


「一体…アイツは何だったんだ…」


 ♦♦♦♦♦


「どうにか生き残れたね」


 温かい味噌汁を飲んで人心地ついたのか、近江は先ほどの事を思い出しながら話しかける。

 織部班は食堂で朝食を取っていた。兵士は朝6時から7時までの間に朝食を取るのだが、織部班は例のトカゲのせいで7時に間に合わなかった。それでも食堂のおばちゃんが四食分残してくれていたのでご飯にありつけている。

 席の決まりはないが今は織部の横に花風、その向かいに近江、宮垣が座っている。


「まあな、『新生物』が現れてからはどんな生物が出てきても不思議じゃないが、あのトカゲは流石に特異すぎるだろ」


 織部がぼやくと誰もいない食堂に響き、静かな空気の中話は進められる。


「報告書書いとく?あんな『新生物』聞いたことないし」


 宮垣が漬物に手を伸ばしながら問いかける。未発見であろう『新生物』を発見した場合、その見た目や特徴を報告書として情報課に提出せねばならない。


「えぇー、面倒だな…」


「面倒でもするの、それも仕事の一つなんだから」


 面倒という織部を、真面目な宮垣が止める。そんないつも通りの場面ののち、報告書を書くことが決まった。まずは種類分けだった。


「あれは『変異種』だよな」


 『新生物』にも種類分けはされており、単に巨大化したのを『巨大種』群狼やオオヒグマなど、大体の生物がここに属する。体の一部が明らかに進化前などに見られない変化を遂げているのは『変異種』。珍しいのでは『新生種』、『飛龍種』、『源龍種』。噂の範囲では『退化種』なるものも存在するという。


「あの硬質化した槍みたいな尻尾は元のトカゲにはないからね」


「見た目は単なるトカゲなのにな」


 敵対し、あの槍と刀をぶつけ合った事を思い出す。


「相当な強度だったぞ、あの尻尾。龍二、あれ斬れるか?」


 織部と同じく、槍と刃を交えた近江に聞くと


「思いっきり落下速度を付ければ少しは刃が入るだろうけど、両断は無理だね」


 そうなると一撃の威力が大剣に劣る太刀では傷をつけるのが精一杯ということだ。


「それも脅威だけど、あのトカゲの恐ろしさはそこじゃないものね…」


 宮垣が顔を恐怖に染めながら言う。

 トカゲの必殺技とも言える、『槍の発射』こそが真に恐れなければならない攻撃だ。織部も思い出すた背筋が少し寒くなる。それでも『槍の発射』を見た瞬間に比べればしっかり、論理的な思考ができる。


「超高速にして、質量は大、オマケに精度も高いと来た。…つくづくなんてヤツだ」


  明白に残る記憶を頭の中で再生する。あの速さで3mもの円錐状のが宙を行き、そしてオオヒグマを貫く。胸の部分を貫通したのは狙ったとしか思えなかった。


 全員が押し黙った。飛来する槍からは逃げる事くらいしか出来ないか…?この重い空気を打開しようとしてくれたのか、近江が次に考えるべき事教えてくれた。


「そうそう、あの槍、どうやって発射してるんだろうね?」


「確かに…どうやってるんだろうな」


 織部は再び記憶を掘り返す。発射の直前には尾が膨らんでいた。


(尾の中は空洞で、その中で何かが膨らみ、それが尾を膨張させていた?)


 織部一人では結論は出ないのでさっきから一言も喋っていなかった花風に話しかける。


「霞、お前はどうおも……って寝るな!」


 今にも味噌汁に顔を突っ込みそうな花風の頭を掴み、背筋が垂直になるまで引き上げる。


「何ですか!人の頭をいきなり!」


 睡魔に弱い花風は何をしていても眠ってしまう。そして、大体寝起きは寝ぼけている。


「味噌汁で洗顔するよりマシだろ!まず、食事中に寝るな!」


「あー、えっと、その……ごめんなさい」


 寝ぼけていた頭が覚醒し、謝ったところで織部が質問をする。


「尻尾の槍の発射方法はわからないですけど、トカゲからした臭いなら心当たりがありますよ」


 「それ本当か?!」


 織部が身を乗り出して聞く。宮垣と近江も興味津々で花風の顔を見る。


「あの臭い…硫黄じゃないですかね」


「硫黄……確か、科学の実験で一度臭いを嗅がせてもらったのがあの臭いだったかな?」


 近江の発言で織部と宮垣の脳裏にもその記憶がよみがえる。万場一致で硫黄の臭いだという事になった。


「報告書に書く内容はこれくらいかしらね。さっさと食べて、書きに行きましょ」


 宮垣が話を終わらせると皆食事に戻る。一番食べるのが遅かったのはうつらうつらしていた花風だった。


 情報課はその名の通り、あらゆる情報を統合する部署で、『新生物』の情報も取りまとめている。織部は食堂での話し合いで決めた書く事を交戦時の記録と交えて書き、最後に班長のサインを記して提出した。

 提出の時、受付にあのトカゲの姿などを言ってみると、数分して二つのファイルを渡してくれた。


 あの謎のトカゲの発見の報告があったのだ。しかし、それは織部達の期待を裏切った。記録は二件、どちらもが遠くから発見しただけであって、交戦はしていないのだ。織部班の報告書が追加されると三件目だが、それが一番詳細な記録になるだろう。

 日付は3月29日と4月16日。位置を確認すると日を追うごとに人類居住区域に近づいてきている。

 そして、報告書にはトカゲの名前も記されていた。


「『パリ』か……」


 なぜフランス首都の名前が使われているかは織部の考えられることではなかった。ただ、今まで『あのトカゲ』と呼んできた存在が急に『パリ』という名前を持ち、自分に急接近したように思えた。


 ♦♦♦♦♦


 「こんなものでいいかな」


 手入れした刀を鞘に納める。寝る前に刀の手入れをするのが織部の日課だ。今回は鍛冶見習いの長船に言われた通り念入りに。

 刀を立てかけ、窓の方に歩く。部屋相応の小ささの窓を開け、外を見る。明かりはほとんどついておらず、人類居住区域と新生物を隔てる柵の周りだけが火に照らされている。

 宙を見れば数え切れない程の星と風流な月が瞬いている。人類が衰退し、電気もまともに使えなくなったからこその賜物。


(『新生物』の侵攻前、100年前ではこんな景色ここでは見られなかったのか……)


 そう考えると新生物からのプレゼントだとも思える。自分の皮肉で苦笑いし、窓を閉めようとした。


 閉める寸前、異臭がした。硫黄の臭いがした。


 

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