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生物戦争  作者: ニトロ
2/12

『群狼』

  織部班は西の森の中に踏み入っていた。場所は人類居住区域から3km離れた所、地名で言えば神奈川県中郡大磯町に当たる。だが町並み何て物は無い。どこを見ても大木の幹ばかり。

 生物の『進化』に伴い植物も『進化』した。植物と人類を攻撃した動物は持ちつ持たれつの関係。動物の巨大化に伴い植物も巨大化したのは当然の事とも言えた。そして幹を太くし、葉を増やした植物は地上の酸素を増加させ、酸素濃度が約40%まで上昇。昆虫の巨大化を促進させた。

 例えば、織部達の背後に飛来した3m近いカマキリがいい一例だ。


「マジかよ、面倒くせぇ……」


 織部は後ろを振り返って、カマキリを見て呟く。

 今回の標的は『群狼』であって、カマキリではない。だが、標的以外の敵と遭遇するのはよくある話。『新生物』は数の多さで人類を滅亡の危機に晒しているのだ、遭遇しないことの方が少ない。

 もう慣れている織部は迷わず、班員への指示を出す。


「俺が前衛で引き付ける!一葉と霞が銃で怯ませてから龍二がトドメをさせ!」


 腰の刀を引き抜くと、織部はカマキリに突撃する。カマキリも鎌を振り上げ、羽を広げて威嚇する。

 カマキリは鎌の間合いに織部が入るとすぐさまその凶刃を振るうが、身体能力だけではなく動体視力も強化された人類は見切り、躱すことができた。鎌の数は二本、すぐさま片方の鎌が織部を狙うもそれも簡単に回避する。カマキリの武器である鎌は二本とも振り下ろさせた。

 ここからはカマキリの攻撃を封じる。


「せあぁぁっ!」


 猛然と織部は真正面からカマキリに斬りつける。その斬撃は全て鎌に防がれる。それこそが織部の狙いだった。

 3mはカマキリの中で言えばまだ小さい部類に入るがそれでもその大鎌は人間の体を簡単に真っ二つにする事ができる切れ味と威力を持っている。しかしそれは攻撃する際の話。どんな名刀でも斬らねばただの鉄の棒となる。

 カマキリ自慢の鎌を防ぐ事にしか使えないように連続で斬りつける。少しでもカマキリが攻撃に移ろうとすれば斬りかかり、防御をさせて鎌の脅威を封殺する。

 作戦は次の段階に進む。織部の頭上を二つの影が通る。銃を主体に戦う宮垣と花風だ。宮垣は二丁、花風は一丁のハンドガンを手に持っている。ドーム状の複眼によりほぼ360度の視界を持つカマキリは気づき、攻撃しようとするが織部の働きで鎌を自由に振るうことができない。

 至近距離からの放たれた5発の弾丸がカマキリの複眼を貫き、破壊する。急に視野が削がれて暗闇に入ったからだろうか、それとも痛みからだろうか、カマキリは鎌を無茶苦茶に振り回す。自身が標的になっていたから織部はカマキリの行動を封じられたが、こうも見境い無く鎌が動くと対処が出来ない。こうなることを見越して射撃と共に退避していた織部は声を張り上げる。


「龍二!やれ!」


 最後の一撃を務めるのは大剣を軽々と持つ近江。パニックに陥るカマキリに、上から縦回転をを加えた大剣が振り下ろされる。近江の着地から少し遅れてカマキリの逆三角形の頭と黄緑色の体液が地面に落ちる。

 すると今まで暴れていたのが嘘のようにおとなしくなり、カマキリはふらつきながらどこかに歩いて行く。このまま放置すればすぐにでも他の新生物の良い餌になるだろう。


「ふぅ……カマキリは退けたが、派手に音を立てすぎたな。霞、『群狼』共の様子を木に登って見てくれ」


 刀を腰の鞘に納めながら織部が言うと霞はあからさまに嫌な顔をする。


「ちょっと人使い荒くないですか?」


「霞にしかできないのよ。お願い、霞!」


 宮垣が織部に加勢をするとすがるような目で近江をみる。


「えっと……変われるなら変わりたいけど、こればかりは僕じゃ無理だから……ね?」


 やんわりと近江も織部への加勢の意思を示す。3対1の状況に観念した花風はギターケースのような物を背負い直し、仕方なく動き始める。


「わかりましたよ。仕方ないですねー」


 まだ成長しきっていない50m程度の木を見つけるとそこに巻き付く太い蔦や幹の凹凸を利用し、地上40mくらいの高さで飛び出た枝までたどり着く。木登りなら誰にでもできる。むしろ花風よりも彼女に頼んだ織部の方が速いだろう。彼女にしか出来ないのはここからだ。

 花風は視線を一点に集中させる。視線の先には他の木から生えた葉があるが彼女は何かを見ている訳ではない。彼女の視線の指標になっているのは方角、『群狼』がいると思われる方角だ。

 彼女の視界にあった葉が薄まり、消えていく。次に彼女の視界にさっきとは別の葉が映るがすぐに消えてゆく。花風は今、透視・・をしている。


 人類は『第二世代』から身体能力が大幅に向上した。それだけでは人類の進化はそれだけにとどまらなかった。『第三世代』では十数人に一人、といった確率で超能力を持った子供たちが現れた。続く『第四世代』ではその確率が上がり、『第五世代』ではほぼ全員が超能力者となった。超能力が使えるようになるというのは言えば脳の『進化』だ。メカニズム自体は解明されていないが(そもそも解明出来るような設備を中々作れない)一応の科学的根拠はあるらしい。

 『第ニ世代』の身体能力向上は突発的に訪れたが超能力の発現はそうでもないようなのだ。数少ない偉い生物学者が言うにはその進化は実はかなり昔に起きていた。

 ヨーロッパ、特にイギリスでおきる人体自然発火現象である。『人体自然発火現象を起こした人々は第四世代、第五世代の進化を突然変異か何かで先取りしてしまった。それが災いし、その進化に気づくことなく生活している内に能力が暴走、死亡する』と言うのが今一般的な論だ。

 何故イギリスで人体自然発火現象が多く発生するのは元々イギリスに住むイングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、北アイルランド人は発火能力が発現しやすい様で、現に発火能力者が多く、超能力が発見されたのはイギリスからだった。


 花風の透視能力はある程度の物の密度なら無視してその先を見通せる能力なのだ。


『あー、居ましたね。距離400m程度。数は30、当たり前ですがボス格は一頭です』


 耳につけた小型のインカムから花風の声が聞こえる。


「様子はどうだ?」


 織部班全員がインカムをつけているのでこの織部の声も花風に届く。


『皆さん起きてますね。あっ、今私たちの方向へ走り出しました。流石に音を立てすぎましたね』


『群狼』は字の通り、『進化』した狼が群れを作ったのだ。元々狼は群れを作るが、この呼び方さ兵士たちがつけた便宜的な物で、正式名称は他にあるが兵士からすると呼びやすい名が一番なのだ。

 そして、狼である以上耳がかなり良い。先のカマキリとの戦いで銃声を鳴らしたのだ。気付かない訳がない。


「このまま俺たちは『群狼』に正面突撃する。霞は上から狙撃ポイントを探せ」


 織部は素早く指示を出すと他は強く、了解と返す。ここからが本当の戦闘の始まりだ。


 100m、木の根を避けながら走ると正面から大木の幹に隠れつつも『群狼』の姿が確認出来る。見た目は灰色の毛並みで進化以前の姿と変わらないが全長2m、体高1mと大きさが桁違いになっている。そして一番背後には群れを統率する全長3.5m、体高1.5mのボス格が周りよりも大きな体が威圧を与える。だが、彼らはそれに慄く事なく立ち向かう。


 互いに走っているので姿が見えれば会敵は早い。1頭の狼が大口を開けて織部に飛びかかる。既に刀を鞘から出していた織部は鋭い犬歯が自分に届く前に、逆に刀を届かせる。その刃はカマキリとは違って柔らかい首を易々と切り裂き、鮮血を土に染み込ませる。刀についた血を払う間も無く、次の狼が襲い掛かる。体を捻り、横から嚙みつこうとした狼の片目を切るが、致命傷にはならない。


「せあッ!」


 声と共に刀を最上段から振り下ろし、頭蓋骨もろとも切り、命を絶つ。

 早々と『群狼』の2匹を死体に変えた訳だがまだまだ数は多く、次々に牙を剥いて目の前の敵(人類)を殺そうと襲いかかる。学習しているのか、3頭同時に織部に殺到し、腹わたを食い千切ろうとする。だが、それは近江の燃え盛る大剣に阻まれ、3頭仲良く吹っ飛んで行く。

 近江が生まれ持った超能力は発火能力。日本では珍しいこの能力は大剣と相性が良い。大剣は重い武器である以上剣先が少し当たるか避けられることが多いが、300度を越える火を纏っていれば軽い傷でもその個所のタンパク質が凝固する。もし凝固した場所が筋肉や腱だった場合そこは動かなくなり、機動力が低下し、動きが遅くなった所を仕留めやすくなる。

 吹き飛ばされた狼たちは血を流しながらも近江を襲うがあっけなく大剣で吹き飛ばされて絶命する。この時、織部は木を使った三角飛びで新手の狼が近江を狙っているのを見逃さなかった。


「この野郎ッ!」


 空中で狼の腹に刃を突き立てることに成功した織部はそのまま狼と共に地面に落ち、砂煙の中から立ち上がる。織部の刀は依然狼の腹を突き刺したままであり、今は狼を地面に繋ぐ楔になっている。彼は足で仰向けになっている狼の腹を踏みつけ、楔代わりにしてから刀を腹から引き抜く。腹からあふれ出る血がブーツを汚すのも気にせず、刀で無防備な首の動脈を切る。


「ありがとう、空士」


「気にすんな。そういや一葉はどこだ」


 宮垣は織部と近江より奥にいた。ハンドガンを二丁手に持ち、狼に囲まれている。傍から見ればどう考えても、絶体絶命の状況だが中心にいる彼女の顔は何の焦りもない。

 宮垣一葉の超能力は空間把握。短期的だがわずかな時間でも見た光景を敵の位置から、根のうねり方まで記憶する。しかも目を離し、視界に入らなくなっても音などで頭の中の情報を修正することもできる。この能力のお陰で宮垣の周囲は完全に把握している状態なので、360度どの方向から攻撃しても弾丸が敵を迎撃する。


「またあの方法で戦ってるね」


「あれ、危ないから止めろって言ったんだけどな……」


 かすかな怒りを見せながらも織部は宮垣の援護に回る。近江もそれについていく。元々彼女一人で対処できる数の敵なのだ、そこに二人が入ればすぐに勝敗は決する。『群狼』の狼の数が残り5頭になるとそのオオカミは逃げ出した。この場に残るは1頭。後ろで動かずにいた、崩壊した『群狼』のボス格だ。


「さて、これで一匹狼ってわけね。霞、準備は良い?」


 宮垣がインカムで花風に呼びかけるとすぐに返事が返ってくる。


『はいはい、いつでも良いですよ。位置はボス格から見て9時の方向です』


 花風はボス格から300m離れたところの木の上に登り、枝の上で寝そべっていた。彼女はスコープをのぞき込んでおり、その下には体の半分くらいの大きさのスナイパーライフルが弾丸を装填された状態で引き金が引かれる時を静かに待っていた。その後ろにはギターケースのようなスナイパーライフルケースが蓋を開けており、いくつか弾丸が見える。

 花風のライフルの銃口は青々とした葉に遮られているが問題ない。スコープ越しにも彼女の透視能力は使え、弾丸も葉くらいでは影響を受けない特別仕様になっている。


『狙撃開始5秒前。4……3……』


 狙撃開始予告と共にボス格と対峙する3人は身構える。狙撃の一撃では仕留める事は難しく、そのあと一気に攻撃をする事になるからだ。

 そして狙撃手のためでもある。いくら遠方、花風の場合は葉に隠れての狙撃とは言え、正確な位置はともかく狙撃手のいる方角がバレてしまうかもしれない。これでもし『新生物』に狙われた場合最悪、狙撃手が一人で戦う羽目になる。狙撃手の武器はスナイパーライフルを除けば大体がハンドガンのみ、花風もその一人だ。そうなれば狙撃手の命がかなり脅かされる。そうならないよう注意を接近戦ができるものが引き付けるのだ。


『2……1……0!』


 インカムからの花風の声がカウントダウンが終わる。その瞬間には弾丸が狼の体に穴を穿っているのだが、何故か弾丸が飛んできた気配すら感じない。


 ーー何かが霞の身に起こった?織部はそう思うと同時に霞に呼びかけていた。


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