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バナナの皮で相手を確実に転ばせる能力が思った以上にすごかった

作者: 相模

 異世界転生……なんてのは近年よく聞くワードになった。

 不遇な境遇にあった主人公が不幸な事故やらなんやらで死んだあと、哀れに思った神様とかなんかすごい人がチート武器やら能力やら持たせて異世界に蘇らせてくれたりするのだ。

 かくいうこの乃木のぎ幸平(こうへい)もその主人公とやらに選ばれたのである。


 バナナの皮ですっ転び、頭を打って、十八という若さで死んでしまった俺も転生の女神と名乗る神様にあってきた。

 いわく、バナナの皮が原因で死ぬのはあまりにも不憫で、そのまま死なすのは忍びないだとか。

 そこで、ご多分にもれず俺も転生の女神様から異能を賜り、無事に異世界への転生を果たしたのだ。


 異世界……らしい。フィリピンではなくて。

 けれどもどうしてだろう、あたりを見渡せばうんざりするぐらいのバナナの木が自生している。

 バナナは若干トラウマになっているのになんてところに転生させてくれたんだと文句が言いたくなるほどバナナだらけ。

 むしろどこまで行ってもバナナの木しかない。

 やっぱフィリピンだろ、ここ。フィリピンは行ったことないから実際にこれだけバナナがあるかどうかは知らないけど。


 まあいい。状況把握はできたはずだ。

 次に女神様がくれた能力とやらを確認しよう。

 能力の説明が書かれた紙をズボンのポケットに入れておくと言われたはず。

 たしかにそこには折りたたまれた紙があり、いざ見なんと広げる。


 能力『バナナの皮で相手を確実に転ばせる能力』。あなたが投げた皮が確実に転ばせます。身は他の人が食べていても大丈夫です。チュートリアル用としてバナナ三本をあなたが背負うリュックに入れておきました。


 ……なんの嫌味だろうか。

 バナナだらけの異世界に転生させられて、能力はバナナ皮で転ばせる能力。

 バナナの皮が原因で死んだ人間に対する仕打ちにしてはあんまりだ。

 実は俺があったのは女神ではなく邪神なのではとさえ思えてくる。


 まあいい。腹が減ったから、そのチュートリアル用のバナナとやらでも食べておこう。

 転生直後からやけに肩が重いと思っていたが、たしかにリュックサックを背負っていて、中身を確認したら説明通りバナナが三本、あとは500mlペットボトルの水が一本入っていた。

 これだけあればしばらく餓死することはないだろう。


 とりあえず一本バナナの皮をむき、食べる。……足りない。

 女神様(邪神)いわく、転生には多大なエネルギを要するらしい。

 だからだろうか、とてもお腹が空いている。……空いていたので、結局三本食べきってしまった。

 幸い、バナナだけならそこかしこに成っているので食事には困らない。


 しばらく歩いていると、向かい側から人がやってくるのが見えた。

 いつまでたってもバナナの森から抜けられず、町みたいなところに出ないのであの人に道を聞こう。

 そう思った矢先、向こうから先に話しかけてきた。


「おい、そこの。ここで何をしている」


 よかった、言葉は聞き取れる。

 おそらくはこちらの言葉も通じるだろうと安心した。


 話しかけてきた男は鎧に身を包んでいるため、多分兵士なのだろう。

 変なことを言えばなにがあるかわかったもんじゃないので無難なことを言っておこう。


「道に迷ってしまって」

「そうか。名前は何という」

「乃木幸平です」

「ノギコウヘイ? 変わった名だな。異国の旅人か? よく考えれば格好も変わっているな」

「まあそんなところです」


 異国……というより異界ですが。


「よし。この王国騎士レイデンがお前を町まで案内してやる。迷い人を導くのも騎士の務めだからな」


 レイデンはしゃべり方はぶっきらぼうだが親切なようだ。


「ついてこい。最近このバナナの樹海には賊が横行している。長居するような場所ではない」


「――へえ。でも残念、もう遅いぜえ」

「な、なんだ!?」


 突如とした第三者の声に辺りを見回すと、すでに斧やらこん棒やらをもった七、八人の男たちに取り囲まれていた。


「なっ!?  くっ、すまない、ノギコウヘイ。俺が注意不足なばかりに賊の接近に気がつかなかった。この戦力差ではお前を守ることはできないがどうか恨まないでくれ」

「は、はい……」


 いやいや、冗談じゃない。

 せっかく転生したばっかだというのにもう死ぬのか。


「かかれ!」


 リーダーとおぼしき男の号令で賊たちが襲いかかってくる。


「くそっ! やぶれかぶれだ!」


 ――先ほど食べたバナナの皮を三つ一気に放り投げた。

 すると、賊の中の三人が転び、残りの賊たちがうろたえる。


「なにっ!?」


 レイデンも同じように驚いているようだった。


「なっ、何が起こって――いや、ほっとしてる場合じゃない。 行くぞ!」


 だが、そこは騎士だ。

 この好機を逃さず一転攻勢に移り、瞬く間に賊を殲滅せんめつした。


「いや、お見事。さすがは王国騎士さまですね」

「い、いや! 滅相もない!」


 レイデンはなぜかピンと背筋を伸ばし、気をつけをしている。


「不肖このレイデン、先生の足元にも及ばす――」

「いやいやいや、先生って何ですか」


 さっきのぶっきらぼうな態度はどうしたのだろう。


「バナナの皮にて賊を混乱させる手際はまさしく神業かみわざ! 尊敬の念を込めて勝手ながら呼ばせていただこうと思いました! 先ほどはこれほどまでの方と知らず失礼な態度を取り申し訳なく存じます」


 この態度と変わりよう、まるで別人である。


「あ、いやそれはいいんだけど、賊も片付いたみたいだし町へ案内してくれません?」

「はっ! 全身全霊を持って案内をさせていただきます」


 なんだかやりづらいなー。


 バナナの樹海をしばらく歩いていると、ふとしてレイデンが話しかけてきた。


「そういえば先生、我が王国騎士団に入団される気はありませんか?」

「…………へ?」


 ***


 しばらくして、隣国と戦争が始まった。


 視界の開けた王国最大の平野部で、騎士団の先頭部隊が緊張からか落ち着かない様子が見てとれた。

 けれどもそれは敗北の恐怖に浮き足立っているわけではなく、早く敵国軍と剣を交えて勝利せんという心意気のたかぶりからだ。

 そう、王国軍の騎士はみな勝ちを確信していた。


「コウヘイ隊長、斥候部隊から報告いたします! 敵の軍勢は予測通り約一万ほど、士気、錬度も含め我が軍と同等であります! 何か指示はありますでしょうか」

「いや……作戦に変更はない。最初に説明した手筈通り動いてくれ」


 レイデンの紹介で王国騎士団に入団した俺は、バナナの皮で相手を確実に転ばせる能力で武勲を積み重ね、着実に成り上がっていた。

 そして、一年が経過する頃には先鋒部隊の切り込み隊長を任されるまでに昇進していた。


 今、この広大な平野にて行われるだろう大規模な会戦は王国と敵国との勝敗を決定付ける重要な戦いだ。

 そして、斥候の情報通りなら負けることはほぼないはずだ。

 俺はここで兵士たちに最後の確認をしなければならない。

 そう、これこそ勝敗を分ける重要な確認事項――


「みんな! 勝ちたいか!」

「うおおおおっ!」

「バナナは持ってきているか!」

「うおおおおおおおっっっ!!」


 平野に野太い雄叫びがこだまする。

 この様子なら“武器”の補給に影響はなさそうだ。


 ――戦いの時は来た。

 両軍がついにあいまみえる。


「俺に続け!」


 兵士たちを鼓舞し、両手一杯のバナナの皮をもって突撃した。

 俺はバナナの皮をばらまき、確実に敵兵を転ばせていく。

 皮がなくなれば隣の兵から受け取って補給をした。

 王国はバナナの樹海のおかげで物資が腐るほどあるのだ。


 バナナの皮に転んだ敵兵はすかさず味方が叩き斬る。

 俺の能力によって王国は圧倒的な優位を築いた。


「悪魔だ! バナナの悪魔が王国に味方している!」

「なぜだ! バナナの皮が足元にあるのはわかっているのになぜ次々と味方が転んでいく!?」

「くそおおっ!」


 なす術のない敵兵たちはみるみるうちに士気が下がっていく。

 一方で王国には士気が上がるような吉報が舞い込んだ。


「伝令! 隊長に報告いたします! 山岳部において敵の奇襲部隊が接近するも、あらかじめ仕掛けられたバナナトラップに敵軍は壊滅状態! 予備部隊において五千余りの敵兵を討ち取り勝利を収めました!」


 山岳部には敵の襲撃を見越して土や葉っぱに偽装した皮を設置しておいた。

 それが功を奏し、なんと敵軍の兵力を大きくけずることができた。


「みんな! 山岳部で発生した戦いに我が軍が勝利した! 俺たちも勝ちに続け!」

「うおおおおっ!!!」


 伝令のしらせで味方を鼓舞し、さらなる士気高揚を図る。

 勢いづいた兵士たちは先鋒だけで敵の大軍を打ち破り、かくして王国は戦争に勝利した。


 ただ――


「うえっ、気持ち悪っ。バナナは当分見たくないな」


 俺はバナナの食べ過ぎで吐き気を催し、もうバナナはこりごりだな、と思った。

 今度は部下に食べさせておこう。


 ***


「ノギコウヘイ。貴官の武勇に敬意を表し、ここに国王勲章を授ける」

「はっ、光栄に存じます!」


 後日、戦争において大きな役割を果たしたと認められた俺は、王城にて国王への謁見が許された。

 俺は国王の前にひざまずき、勲章を賜った。


「そして、貴官には我が軍の少尉に任命しよう」

「はっ!」


 少尉といえばもう将校クラスである。

 まさかこんなふざけた能力を使ってここまで成り上がるとは思ってもみなかった。

 最初バナナの皮で相手を確実に転ばせる能力をもらったときは何の冗談かと思ったが、今ではあの邪神に少しくらい感謝してもいいだろう。


「それと、これは余からの個人的な祝いの品じゃ。貴官のような者は大変珍しく、それでいて貴重な人材であるからな。どうかこれで景気付けでもして頑張ってくれたまえ」


 国王が部下に指示し、目の前に大きな箱が置かれた。


「開けてもよろしいでしょうか」

「構わんぞ」


 国王の了承を得て、箱のフタを開く。

 ――中にはバナナの房がぎっしり。


「どうじゃ? さぞ、嬉しかろう?」


 ……ああ、今こそ叫びたい。


 ――――もうバナナはたくさんだってええ!!


 バナナによって人生を左右されている男、乃木幸平心の叫びだ。

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