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夢の中へ…(沢木圭織さんへのクリスマスプレゼント)

作者: 日下部良介

 イルミネーションに彩られた通りでは、何組ものカップルたちがBGMのクリスマスソングを聞きながら寄り添うように歩いている。サラリーマンたちは忘年会か何かの帰りなのかケーキの箱をぶら下げて赤い顔で家路を急いでいる。サンタクロースの衣装をまとったオジサンが“SALE”と書かれたプラカードを片手に客引きをしている。

 誰もが浮足立って、さまざまな夢と物語を背負って、そして、幸せを求めて彷徨っている。

「関係ない!関係ない!私には関係ない」

 気分転換のつもりで街に出た。クリスマス特有の雰囲気は好き。気持ちが軽くなって、すれ違う人たちの幸せを分けてもらえるようで。

 だけど今年はそんなことを言っていられない。この年末年始は試験のためのラストスパート。少し、クリスマス気分を味わえたのだから、あとは切り替えて行こう。


 部屋に戻って机に向かう。何度も読み返したテキストをおさらいする。

「ここはもう完璧だわ」

 ふと時計が目に入った。もうすぐ日付が変わる。途端に睡魔に襲われる。

「ちょっとだけ…」

 そう思った時には眠りに落ちていた…。


「圭織さん、風邪ひくよ」

 そんな声で目を覚ました。いつの間にか私の肩にはブランケットが掛けられていた。

「えっ?どうして?」

「頑張っている圭織さんを応援したくてね」

 そう言って、彼は机の隅にティーカップを置いてくれた。ほんのりとレモンの香りがする。温かいカップを両手で抱えるようにして口に運ぶ。

「美味しい…。私、寝ちゃったのね」

「そうだね。少し気分転換しようか」

「気分転換?さっき、して来たわ」

「かえってストレスになったんじゃない?」

「えっ?」

「クリスマスイヴの夜はおひとり様には刺激が強いんじゃない?」

 確かにそれは言える。でも、彼はどうしてそれを知っているのかしら…。私が不思議そうな顔をしていると、彼は微笑んで手を差し伸べた。

「おいで」

 彼の笑顔に吸い込まれるように私はその手を取った。

「どこへ行くの?」

「夢の中へ」

 彼がそう言葉を発したのと同時に私たちは私がさっき一人で歩いたはずの通りに居た。

「ここは…」

「一人より二人に方が楽しめるよ」

「でも、今は勉強しなくちゃ…」

「大丈夫!時間は気にしなくてもいいよ」

「気にするよ。試験に落ちて後悔したくないもの」

「言っただろう?ここは夢の中だよ。時間なんて気にしなくてもいいのさ」

「まさか…。あっ!」

 今すれ違ったカップルはさっきも見た。今のサラリーマンも。まさか時間が戻ったというの?私が彼の顔を見ると、彼はただ優しい笑顔でうなずくだけ。

「まだ、夕食を取っていないよね」

 そう言えば、食事と言えるようなものは口にしていなかった。彼は何でもお見通しみたい。でも、彼はいったい誰なのかしら…。初めて会ったのにずっと前から知っている気がする。何よりも、彼が隣に居ることに何の違和感もない。これって、本当に夢の中なのかもしれない。だったら、遠慮なんかせずに思いっきり楽しもう。イヴの夜を。もしかしたら、思ったことは何でも叶うのかな?そんな期待を胸に彼の顔を見た。

「そう言うこと」

 彼は微笑んでウインクをした。


 私たちは街の夜景が一望できる高層ビルのレストランに居た。目の前には食べたことのない様な高級料理が並んでいる。彼が私のワイングラスを指し示す。横でボーイがワインのボトルを手にしている。ラベルの文字を見え私は驚いた。“ロマネコンティ・オーパスワン・スクリーミングイーグル”…。

「えっ!」

 私は思わず声を上げた。これって、世界一高級なワインじゃなかったっけ?確か百万円以上するんじゃ…。その瞬間、現実に引き戻されたかのように私は財布の中身を…。あっ!財布が無い!どうしよう!例え財布があったとしてもそんなお金なんて持っていない。

「大丈夫だよ」

「はっ!そうか、夢なんだ」

 ボーイは惜しげもなく私のグラスにその世界一高級なワインを注いだ。そして、彼がグラスを掲げた。

「メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


 今度は高級ブランドが立ち並ぶ銀座の街中に居た。

「好きなものを選んで。ボクからのクリスマスプレゼントだよ」

「どうせ、夢なのよね。それなら遠慮せずにお言葉に甘えるわ」

 だったら、バッグがいい!やっぱりエルメス。素敵なバッグがたくさんある。どれも目移りするものばかり。悩んだ挙句、私が手に取ったバッグを見ても彼はただ微笑んでうなづくだけ。“エルメスバーキン35CMトリヨン”。¥2,200,000也。

「圭織さんによく似合うよ」

「ありがとう…」

 そう、彼の名前が出てこない。確かに知っているはずなのに…。

「さあ、ちょっと休憩しようか。最高の場所で」

「えっ!最高の場所って…」

「そう。行けば判るよ」

「うそ!行かなくても判るよ。でも、そこは…」

 彼は何でもお見通し。彼がウインクしたらきっと…。


 やっぱり!そこはもはや日本ではなくて…。その部屋にはとてつもなく広い大広間にグランドピアノ。私の記憶に間違いが無ければ、ここはスイス、ジュネーブ…。

「本当に素敵だね。圭織さんはセンスがいいよね」

 センスとかそんなレベルじゃないわよ。ちょっと休憩で来る所じゃないもの。だって“ホテルプレジデントウィルソン”のロイヤルペントハウススイートだもの。一泊830万円よ!

 驚く間もなくピアノの調べが聞こえてきた。弾いているのはなんと、チョ・ソンジン。今年のショパンコンクールの優勝者ではないか!いくら夢だと解かっていても心臓に良くない。彼は私になんて言った?ちょっと気分転換しようって言ったのよ。でも、もうそろそろ覚めるのよね。だって夢だもの。だけど、目が覚めても忘れたくないなあ…。

「さあ、それじゃあ、そろそろ戻ろうか」

「あっ!思い出した!」

 そう!彼は私の知っている人。

「ありがとう、日下部さん…」


 言うまでもない。目が覚めた場所はジュネーブのホテルではなかった。そこにはチョ・ソンジンが奏でるピアノの調べではなく、エアコンの作動音が低く唸っている。グランドピアノも無ければ豪華なソファーも無い、いつもと変わらぬ私の部屋。

 夢の記憶は失われていなかった。今夜はもう休もう。身も心も十分リフレッシュできた。また明日から頑張ろう。でも、なんだか変。少し酔っているのかな…。そんなはずはないわね。きっと疲れているんだわ。確かに、夢ではロマネコンティを飲んだのだけれど。時計を見ると、先ほどから5分も経っていないし。あと数秒で日付が変わる。

「メリークリスマス!て・つ・じ・ん」


 翌朝、目覚まし時計のアラーム音で目が覚めた。

「さあ、今日も頑張るか」

 目は覚めたのだけれど、なんだかすっきりしない。

「あれ?」

 机の上には飲みかけのレモンティーが入ったティーカップ。

「ん?これって…」

 改めて手に取ったティーカップを眺める。

「もしかして…」

 私は急いでクローゼットの扉を開いた。大切なものはいつもここに仕舞う。

「うそ!」

 そこに大事そうに仕舞われていたのは、まさしく夢に見たエルメスのバーキンだった。いや、もはやもう、夢ではないのだ。

「夢の中へ」

 この日下部さんの言葉はこういう事だったのね。

「しまった!」

 それなら“試験合格”を真っ先に思い浮かべればよかった。でも、それはやっぱり自力で何とかしろってことなのよね。ますます合格するしかないわね。もし落っこちちゃったら、このバーキンまで消えてしまうかもしれないし。さあ、もうひと頑張りだ。





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