Revenger
「ねぇ、兄ちゃん。ちょっといい?」
ノックをして扉を少し開け部屋を覗くと
ソファに座って、読書中の兄の背中が見えた。
「おー、入ってこいよ」
どうした?と本から目を離し
僕を見上げる兄に新聞を開いて見せる。
「この記事知ってる?」
見出しに書かれた
[雑木林で女学生の遺体発見]
の文字を指差す。
「あぁ…知ってるよ。
あそこの雑木林でだろ? 近所だし…怖いよなぁ」
兄は、淡々とそう言うとまた本に目を戻した。
「暴行って、やっぱり…なのかな?」
「被害者が女なら、そうだろうな」
本から目を離さない兄。
「よっぽど欲求不満だったのかな?」
「………だろうな」
「………………すごいよなぁ!!
こんなことしてるときって
どんな気分なんだろう?」
興味津々の声色の僕。
「 お前にイイコト教えてやるよ」
肩で笑った兄が顔を上げ、僕の方へ振り向く。
恍惚として自慢気で
優越感に溢れ
歪んだ輝きを見せる目。
「えっ?なになに?」
兄は、本を閉じると
僕の胸元を掴んで
ゆっくりと自分に引き寄せた。
そして、僕の耳元に口を寄せる。
「それやったのな。 お れ だ よ 」
「うっそだぁ~。 兄ちゃん冗談キツイよ」
「その子、俺好みでさぁ。
数カ月前から狙ってたんだ。
で、いつもみたいにバイト帰りをつけてたら
周りに人いなくなっててさー…
『こんな夜遅くに
出歩いてる方が悪いんだ』
って 勢いでやっちゃった」
僕の服から手を離すと
ソファに体を預け、得意げに話し始める兄。
「雑木林に連れ込んだのはいいんだけど…
結構、暴れちゃって。
大人しくして欲しくて
かなり殴ったり蹴ったりしたよ」
「終わったあと『殺さないで』って泣きながら
命乞いされたけど 、生かすわけないじゃん?
絶対に通報されちゃうし…
だから、首締めたんだぁ。
そしたら、動かなくなって…」
人間って脆いよな、そう言って笑う。
僕の手には、汗。
「へっへぇ、そうなんだ!!!!
この事件の犯人 本当に兄ちゃんなんだね!!」
僕は尊敬の眼差しに似た
軽蔑の眼差しで兄を見た。
「そうだよ。 ま、バレることもないだろ」
そう言いながら
唇を舐める兄の顔は笑っていた。
後悔も恐怖も何もない。
「あのね、兄ちゃん。
僕、この女の子、知ってるんだぁ。
だって…
僕も好きだったから」
にこやかに笑うと
右ポケットに忍ばせていたナイフを
兄の首筋へ思いっきり突き立てた。
「…っ…!!!!」
首筋から鮮血を流し
驚いた顔で僕を見つめる兄。
「他校の彼女とは、塾が一緒でね。
授業を受けてる内に仲良くなったんだ。
ストーカーの話も聞いたよ。
相手の容姿とか行動とか聞いてると
兄ちゃんに似てる気がした。
でも、まさか本当に
兄ちゃんだったなんてね…」
大きく見開いた兄の瞳。
そこに映る僕の顔は…
細く微笑んでいた。
「…た…い……くっくるし…」
首筋に深々と突き刺さるナイフ。
口から聞こえる
ヒューヒューという音。
痛さに顔をしかめる兄を見て
僕はまた笑った。
「痛いの?苦しいの?
でもね…彼女の方が痛かったんだよ?
苦しかったんだよ? 怖かったんだよ?
兄ちゃん、分かってる?」
「か…かあさ…」
首筋を押さえ、よろめきながら
部屋を出ていく兄の背中を見送る。
しばらくして
兄が通ったあとの血痕を
ゆっくりとした足どりで追いかけた。
その血は階段を降りて、キッチンへ続いていた。
口角を上げたまま、キッチンの扉を開ける。
そこには、椅子に座っている母の肩を
揺すっている兄の姿。
「か…さん…かあさ…?」
力無く椅子から落ちた母を見て
兄は気付いたようだ。
「お母さんが
僕を止めようとするから…」
蒼白した顔で振り向く兄。
大量出血によるものなのか…
恐怖によるものなのか…
たぶん両方だろう。
「ま…さか…お前…そん…」
「勢いで殺っちゃった」
首を傾げて、笑って見せた。
「こ…殺さ…ないで…」
床に倒れ込み、僕の足を掴むと
ヒューヒューと鳴るノドで
泣きながら命乞いをする兄。
「…その言葉。 彼女も言ったよね?
兄ちゃんは、どうしたっけ?」
爪先で兄の首筋に生える
ナイフの柄を
ゆっくりと押し込んでいく。
「…あがっ…かひゅ…」
徐々に生命力を失って
光が消えていく瞳。
「兄ちゃん…人間って脆いねぇ…」
飛びっきりの笑顔を
兄の瞳に映して
僕は、ナイフの柄を
思いっきり踏んだ。