料理人アール
始まりの町アデン。すべてのプレイヤーはここから始めることになる。その町の中心にある広場。そこに俺は立っていた。
「……すごいな」
他のどのゲームとも違う圧倒的なリアリティ。屋台から漂う肉の焼ける匂いや、風に乗って頬に当たる砂の感触。そして、背後から涼しげな空気が流れる音。
跳ねたそれが俺の首筋にあたる。ざあざあと流れ落ちるそれを振り返りじいっと見つめた。
「これは……」
白い器に向けて流れ落ちる水。今までにみたことが無いほど滑らかに、当たり前のように存在する水。
「水だ!」
恋焦がれ続け早10年。初めて動画以外で水を見た。喜びが体を突き動かす。
水の中に手を浸す。
ひんやりと流動する液体が手を包み込んでいた。
「ふおぉぉおおおおお!」
「子供が怖がってるだろうが!」
歓喜の叫び声をあげた俺は見知らぬ料理人に拳骨を落とされた。
「す、すみません」
喜びに我を失っていた自覚があるので料理人と、広場を通りかかり奇声を上げた俺に驚き泣き出した子供に謝る。
「大丈夫ですよ」
子供の母親は笑ってぐしぐしと目をこする子供を屋台のほうに連れて行った。
「ほら、座れ」
料理人に促され、噴水前のベンチに座った。
公共の場でなんてことをしていたんだろう自分は。テンションが上がると、とたんに周りが見えなくなる自分に腹が立つ。
「そんな落ち込むなって。反省したんだろ?」
がっくりと肩を落とし、反省していると料理人はほら、食えよと串焼きを手渡した。
「頂きます」
何かは分からないすこし緑かかった肉を大きくほおばる。
「……!」
噛んだ瞬間肉汁がじゅわりと口の中に広がった。
美味い。それだけしか考えられないほどに。
がつがつと肉をすぐに食べきってしまう。
「そんなにもの欲しそうな顔するなよ。ほら、もう一本」
「ありがとうございます!」
俺が2本目の肉串を食べ終わったのを見ると、料理人は言った。
「オレはアール。よろしく。どうしてあんなに叫んでたんだ?」
「俺はシロヤです。……水が、あったので」
「……水?ああ、噴水か。それがどうかしたのか?」
あまりにもアールさんが不思議そうに聞くので俺はすこしむきになって返す。
「水ですよ!?現実の汚染された水ではなくて!綺麗な水です!」
「あー、わりぃオレ汚染された水って教科書でぐらいしか見たこと無いわ。お前はあるのか?」
「はい!幼い時に。今はまったく都市の外に出られなくて……」
「都市間の移動がしやすい時だったのか、運がいいな」
「はい!」
水が有害になり、雨もまた人に危険なものとなった。
日本は巨大なドームを全国各地に作り、その中で暮らすことを決定した。
21世紀から騒がれていた少子化、そして汚染水で育った高齢者がもう長くないことから下せた決断だ。
ドームの中は一度完全に水分を取り除き、人工的に作られた|Substitute water(代用水)通称SWを空気中に適量含ませてあるらしい。
人の飲料もSWを使ったものへと変わった。
また、都市間の移動も容易ではなくなった。
汚染された水分は空気中にも含まれているからだ。
ドームの外を移動する『車』にも空気清浄機や、濾過装置がついているものの、それだけでは汚染物質が取り除ききれないのは有名である。
「シロヤ、お前チュートリアル見たか?」
「いきなりどうしたんですか?」
突然アールさんに聞かれ、びっくりしていると、彼は笑った。
「いやぁ、お前があまりにも何も考えていなさそうだからつい、な」
「もちろん見てません!」
「威張ることじゃねえよ!」
アールさんはやっぱりか、と言いため息をつく。
「いいかー説明するぞー。〈ワールド〉は今までのVRMMOとは違うところが多々ある。その1つが空腹システムだな」
「空腹システム?」
「そう。一定時間何も食べないと空腹になる。それだけならいいんだが、空腹のまま放っておくと移動速度減少とか筋力低下とか魔法成功確立低下とかHP減少のしゃれにならないデパフがつく。気をつけろよ」
「はい!」
「いい返事だ」
小学生のように素直な返事をするとアールさんに頭を撫でられた。
「おっと、すまん。ついやっちまった」
気まずそうな顔をするアールさんに俺は言う。
「別に大丈夫ですよ?俺男なんで」
アールさんがびしりと固まった。
「アールさん?」
動かない彼が心配になり、目の前で手をひらひらと振ってみたものの、まったく動かない。
しばらくすると錆び付いたロボットが動き出すようにゆっくりと俺の肩に手を置いた。
「嘘……だよな?」
「いえ、本当ですけど」
気がつきませんでした?と首をかしげると
「確認したい。フレンド登録してくれ」
「はい。いいですけど……」
フレンド登録と性別確認に何の関係があるんだろうと思いながらフレンド登録をする。
「フレンドになると、フレンドリストから性別、職業、レベルなどが見れるんだ。見せたくなかったらメニューのステータスから非公開設定をしておけよ」
「そんな機能があったんですかー」
ウィンドウを見て確認したアールさんは真剣な顔で言った。
「お前、男ならさらに注意しろよ。女ならすこしでも接触が嫌だと思えばセクシャルハラスメントで通報できるが、男だとすこし時間がかかっちまう」
「俺にセクハラする人なんているんですかね?」
「黙ってれば美人だ。黙ってればな」
「タイプですか?」
「いや、オレはロングの元気な娘が好みだ。揺れるポニーテールとうなじがいいと思う」
「俺は清楚系が好きかなぁ」
「……やっぱり残念だな」
かわいそうなものを見るような目でアールさんが見てくる。
「そういえばあの肉串ってそこの屋台のですか?」
広場に出ている屋台を指差すとアールさんは笑って首を振る。
「本職のと間違えてもらってうれしいな。それはオレの特製。見ての通り職業は料理人だからな。料理のために冒険してるんだ。食材を持ってきてくれたら料理してやるぞ」
手数料として食材を貰うがなと言い俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「絶対持って行きます!」
あんなに美味しいものが食材を持っていくだけで食べられるなんて!
こくこくと頷くと、アールさんはよし、と席を立った。
「オレはそろそろ行くわ。なんか困ったら遠慮なくメールしろよ」
「はい!」
去っていくアールさんを見送り、俺はまた、噴水の中に手を浸した。




