呼吸
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必死に息をしている。
意識して呼吸をしなければこんな肺などすぐに止まってしまうのだろう。
何の為にここに居るのか、時々解らなくなる。
解らなくなるから、その理由を得る為に誰かを求めるのかも知れない。
にこにこ笑い、否定はせず誰に対しても優しくしていれば周りに人は溢れた。
何人かの女性と付き合ったが、二股はしなかったし、俺から付き合おうと言った事も、別れようと言った事も無かったからかそんなに悪い噂は立たなかった。
人に名前を呼ばれる、頼りにされる。
それが嬉しかったのだ。
けれど同時に、自分をつくっている感覚は有った。
本当の俺は、どこに居るのだろう。
どんな性格をしていただろうか。
『愛されたがりで八方美人の嫌な奴だと思ってさ』
二見は俺を見下す。
心底気に入らないような表情で毒を吐く。
彼に見られているのは感じていた。
少し離れた所から、何も言わずにじっと見ている。
その視線の中に、妙な熱も含まれていた。
気付けば気付く程、その瞳が心地好かった。
話し掛けてくれば良いのに、何故彼はそれをしないのだろう。
だからあの日、誘いを掛けた。
彼は俺に、一体どんな言葉を掛けるのだろうかと。それが気になった。
そうしたら、『八方美人の嫌な奴』だとは。
良い人間であろうとしているのに、俺の何がそんなに気に入らないのだろうか。
……良い人間である事が気に入らないのだろうか。
視線の熱の意味を、訊けば彼は答えるだろうか。
独占欲が見える。
口に出さない彼の苛立ちが俺を満たす。
もっと求めて、俺だけを見れば良いのに。
「二見」
名前を呼び、その冷たい頬に手を伸ばした。
彼と触れ合ったのは、数える程しか無い。二見が嫌がるからだ。
俺が色んな女達と同じ事をしていると思っている。
実際求められれば応えるから、しているのだけれど。
でも自分から誘ったり、付き合おうと言ったのは二見が初めてだよ。
「二見クン、こっち向いて」
「……お前、香水の匂いがする」
「えー、昼間の子かな?」
悪びれる事無くそう口にすると、彼は傷付いた顔をした。
なんで二見は俺なんか好きなんだろう。
どこが? どのあたりが? 何が切欠で?
「二見もこの間告白されてたね」
「それがなに」
「付き合う?」
「合わねーよバカ」
「どうして」
「さあ、どうしてかな」
吐き捨てるように言って二見が布団から這い出した。
人肌恋しい時、俺は彼を自宅に呼び出して抱き締めながら眠るのだった。
彼は俺の求めに、いつも応じてくれる。
「どこ行くの」
「コンビニ」
「なんで」
「頭冷やしに」
「俺も行く」
「なんの為に」
「二見が帰らないように見張る」
「……アホらし」
やっと笑った。
眉尻を下げて、口唇の端を歪めて。
俺も布団から出てシャツを羽織る。
暗い夜道を、俺は二見と手を繋いで歩きたかった。