第一話 いつも通りの朝
壁の中の町というのは、世界から切り離された世界であり、ある意味世界の外と言えるだろう。
昔、誰かがそんなことを言っていた気がする。
独立都市ユートピア。それがこの町の名前だ。
町の周りは大きな壁に囲まれ、そこに至るまで幾度となく障壁をくぐらなければならない。
この町に生まれ育った人間は、基本的にこの壁の中の世界が世界のすべてであるという教育がされる。
あの壁は世界の果てだ。あの向こうには何もない。だから、壁を超えることはおろか近づくこともあってはならない……いつしか、その考えは世代が変わっていくとともに浸透し、当たり前の常識となっていたし、たとえ壁の向こうが世界の果てでないと知っていても壁に近づいていけないというのは暗黙の了解だ。
しかし、ユートピア一角……第十三管理区と呼ばれる地域に住んでいる青年は少し周りと考えが違っていた。
彼の名前は谷川歩夢と言った。
黒い髪、黒の瞳、顔はさえなくて少しひょろっとしている体型。身長はやや高い方といった具合にどこにでもいるような青年であるが、彼には見た目からは分からない特徴があった。
まず、彼が魔法使いであるという点だ。
古くからこの世界には魔法が存在しているが、それを実際に使える魔法使いというのはかなり希少な存在だ。
歩夢の家系である谷川一族も魔法が使える一族の一つで主に水流操作系の魔法を得意とする。
実践の際に水場が近くになければあまり効力を発揮しない魔法であるが、街の中であればよっぽどか水があるので困ることはない。
そんな彼は、朝日が昇るとともに目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう。それで? なんでここにいるの?」
歩夢が目覚めて最初に視線に飛び込んできたのは、天井ではなく幼馴染である山中希望の顔であった。
明るめの茶髪で顔は丸みを帯びていて少し紅潮した頬を含めてかわいい部類に入るだろう。16歳とは思えないほど小柄な彼女は、歩夢の胸の上にまたがるような恰好で顔を覗き込んでいたのだ。
「まぁ新手の寝起きドッキリ! 的な?」
「そうか? 寝起きドッキリな……ボクの記憶が正しければ、一般的にはコソコソと私物をあさっていて、起きたときに何やっているんですか! みたいなことを言うイメージがあるんだけど?」
昨日とは打って変わって、純粋な笑みを見せている彼女を見て、小さくため息をついた。
「頼むから降りてくれ」
「まぁまぁ。昨日は、真面目に話に付き合ったんだしさーこれぐらい問題ない! 的な?」
「ボクとしては問題大ありだ!」
丘の上で話をしてきたとき、普段はこんな態度をとっている彼女があまりに真面目に答えたために少々戸惑っていたが、どうやら彼女はいつも通りのようだ。
まず、彼女のことを紹介すると山中希望は魔法使いでもないんでもないどこにでもいる女の子だ。ただ、個人的に言わせてもらうと他人の家に勝手に侵入するスキルは非常に高いと思う。
だからと言って、彼女の力はこんな形でしか発揮されていないのだが……
「とにかくどいてくれ」
「いやです! もうちょっと、この状況楽しみたいな!」
これがどこぞの漫画だったら、彼女の周囲や語尾に音符がついて、いかにも明るい背景が描かれることであろう。
しかし、ここは現実世界。目の前にこれ以上ないというぐらいの笑みを浮かべている上機嫌な女の子が自分の上にまたがっているという現実しかない。
ともかく、こうなってしまったら仕方がない。
転移魔法は専門外のためあまり得意ではないのだが、ここで彼女の拘束から逃れるためには適当に家のどこかに移動するしかないだろう。
そう考えて、歩夢は彼女に気づかれないように左手を動かして魔法陣を描く。
「あれ? どうして黙っちゃったの? あっ! もしかして私に話しかけてほしいの? そうだよね。歩夢ってあんまり話しないもんね! 的な?」
「さぁ? どうだろうね……“テレポート”」
手元を見ないで書いていたため、少々雑になってしまったが、魔法陣は書きあがった。
歩夢の言葉とともに魔法陣が大きく展開され、歩夢と希望を包み込む。
そういえば、この状況だと希望も一緒に転移するような?
そんな今更ながらの疑問とともに二人は、その場から姿を消した。