プロローグ
昔、昔、突然発生した魔物の台頭により絶滅の危機にあった人類は大きな壁を造りました。
その壁によって、人類は存続することが出来ました。
しかし、その決定に反して外の世界に出ようとしていた人たちが居ました。
王族は、人々に壁の外へ出ることを厳しく禁じ、外へ出ようとした人へ厳しい罰を課すことにしました。
以来、人類は壁の外に出ることをあきらめ壁の内側で暮らすことになりました。
しかし、壁の外で暮らし続けている人もいるのです。
そんな彼らが今、どうしているのか? それを知るすべは全くありません。
--王国記第百二十四巻より抜粋
*
その世界は外とは隔絶され、そこに住まう人々はその世界こそがすべてであると信じて生きていた……
しかし、その丘に登ればそんな現実をぶち壊すように小さな世界のすべてが見えた。
そんな丘の上に一人の青年が座っていた。
「……本当に狭い世界だな」
この丘からはこの世界のもう一つの顔が見える。
外界とこの町を遮断する巨大な壁の存在だ。
あの壁の向こうは、なにがあるのだろう?
青年は、壁の外にそっと思いをはせる。
「やっぱりここにいたんだ」
彼が聞いた声は、背後から歩み寄ってきた少女のものだ。
「相変わらずね。壁なんて見てても外に出られるわけじゃないでしょうに」
「……希望は考えたことないのか? この壁の向こうにどんな世界が広がっているのか? 死んだ爺さんが言っていた。壁の向こうは素晴らしいって……美しい風景が広がり、人々はそれと共生してきた……でも、魔物の登場ですべてが変わったって。だったら、魔物からその世界を取り返すべきだ。少なくともボクはそう思う」
「そうね。歩夢の言葉を借りるならば、人類は魔物にびくついて巨大な壁を造り、その内側でそれが世界のすべてだという誤解の中で細々と生きながらえてきたって……でもね。私は、それでいいと思ってる。だって、そうじゃない。いくら風景が美しかろうが、いかに外の世界が素晴らしかろうが生きていなきゃ意味がない。だからこそ、私たちは壁の中で生きて生きて生き延びていつか、魔物を駆逐できるぐらいの技術が開発されれば……」
歩夢は勢いよく立ち上がり、希望の言葉をさえぎった。
「お前はいつだってそうだ。きっと未来はよくなる……希望に満ち溢れている……まさに名前の通りだ。でもな。それはありえないんだよ。こんな狭苦しい壁の中に引きこもっている限り、人類のこれ以上の繁栄なんてありえない。今の大人たちは壁の中にいれば絶対安全だと考えている。でも、もしも壁が完璧じゃなかったら? 外の魔物の生態も知る由もないのに開発した兵器や魔法でどこまで対応できると思う?」
歩夢の問いに希望は押し黙るしかなかった。
壁の中は安全……王国側はそう言っているし、今まで魔物が壁を越えたという記録はない。
絶対安全な街。
はたして、それはどこまで本当なのか……あまり深く考えたことのないことだ。
いや、考えたくないだけかもしれない。
「何にしてもボクは壁の向こうへ行く。いつか、絶対」
まさか、希望の横で腕を高らかと上げている青年の宣言がわずか数日後に実現することになるなど、この時はまだ、誰も知らなかった。