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優しい言葉が歌えない

作者: 笑わない猫

久しぶりの投稿!


腕が鈍ってないことを祈りたい!







 この場所はあなたとワタクシが出会った最高の思い出の場所

 この桜が散らないように、ワタクシはこの場所を凍結しましょう

 ワタクシとあなたはいつか離れ離れになる

 だから、この場所だけはこの姿のまま残しましょう

 そっとこの大きな箱庭に咲く大樹に手を添える

 ずっと、この時間を……





「お嬢様?」

「え、あぁ。なんの話でしたかしら?」


 少し、ぼーっとしてしまったらしい。ワタクシは体が沈み込むソファに一度座り直してからイチヤの方に向き直る。

 イチヤは長い白色の髪を揺らすように小さく微笑んだ。


「宴会の話でございます」

「あぁ、そうそう。今回はどこの箱庭でしようかしら」


 ワタクシはこの辺りでは有名な妖怪で、よく近所の妖怪達と宴会という名目の花見で仲良くしている。

 ちょうどその予定の話をイチヤとしていたのだ。


 イチヤはワタクシの使い魔だ。

 妖怪であるワタクシは家の使用人としてイチヤを召喚したのです。

 使い魔との契約はごく単純で、魔力をたくさん持つ妖怪ならいくらでも契約を結べてしまうもので、召喚で呼び出して魔力を与えることで自分の手足になってもらう。そんな簡単なものだ。

 イチヤを召喚して、もう十年。

 ワタクシ達は仲良く二人だけでこの大きな豪邸に住んでいる。


「ぬらりひょん様が前の箱庭は飽きたと仰っているんですが……」

「えぇ……またあのデカブツ文句を言って来ていますの? ほんと懲りないですわね」

「それだけこの宴会を楽しみたいのでしょう」

「それは分かっているわ」


 使い魔であるイチヤと妖怪であるワタクシとでは圧倒的な寿命の差がある。

 使い魔は五十年ほどで死に絶える。外見に変化はないが性能面で退化して行きそっと息を引き取る。

 だからこそ、イチヤと別れなければならない日がくることはわかっていた。

 それも一つの運命。

 それがワタクシ達の関係。


「そうね……、でもぬらりひょんが来るなら出来る箱庭は限られるのよね……」

「前はもみじを主体にしていましたが…」

「なら、今年は桜にしようかしら」


 いつもの、風景、光景。

 ワタクシ達はこの空気にどれくらい幸せを感じていたのかと、今更ながら思った。

 だからこそ、ワタクシの発言の際、イチヤの体がピクッと動いたことに気がつくことができた。


「イチヤ?」

「あ、いえ……桜でしたらどちらの箱庭に?」

「そうね……」


 気のせい、だったのかしら。

 あまり気にしてもあれだとそのまま話を進めるけれどイチヤの違和感は取れない。

 ワタクシは少し考えてから、ゆっくり答えた。


「今宵の間にしましょう」

「……はい」


 違和感は一層強くなったが、ワタクシはそれを咎めなかった。

 イチヤなりに何か考えがあるのかもしれない。

 ワタクシはただイチヤがワタクシの案に首肯する姿をみていた。





「どりゃぁぁあああ」


 ぬらりひょんが桜の下で舞を踊る。

 顔に手足が生えたあの姿にあの舞はあまりにも滑稽で宴会に参加しているみんなが大爆笑を起こす。

 一本の大きな桜の下でシートを広げ、食べ物を広げてワタクシ達妖怪は宴会を繰り広げていた。


「……イチヤ?」


 でも、イチヤの姿が見えない。

 あの子の事だからお菓子などを屋敷の方から持ってこようとしているだけかもしれない。

 でも宴会が決まってから終始時々見え隠れしていた違和感にも気になるところが多々ある。ワタクシはその場を立ち上がり、ぬらりひょんの舞でみんなが笑っている最中、箱庭を出た。

 屋敷の居間にイチヤはいた。

 いつもは座れと言っても頑なに身を沈めなかったソファにちんまりと腰掛けている。

 なんだ、ワタクシの知らないところではしっかり座ってるのか、なんてそんなことが浮かんだけど今回は関係ない。

 ゆっくりとイチヤに近寄る。


「イチヤ?」


 ワタクシの問いかけにイチヤはビクッと体を震わせる。

 そのままゆっくり立ち上がるとイチヤはワタクシに正対した。


「はい、お嬢様」

「ここで、何をしているの? 今ぬらりひょんが踊ってて面白いのよ。こちらにいらっしゃい」

「……」


 イチヤにしては珍しい沈黙だった。


「イチヤ、腹を割って話しましょう」

「……お嬢様?」

「とりあえず、腰掛けなさい」


 ワタクシはイチヤが先ほど座っていたソファに腰掛ける。

 そして、ワタクシの横のスペースをポンポンと叩く。そこは先ほどまでイチヤが座っていた場所だ。


「いえ、自分は……」

「イチヤ」


 ワタクシから目を逸らすように俯くイチヤに言う。


「命令よ、ワタクシの隣に腰掛けなさい」

「……はい」


 渋々ではあるがイチヤはワタクシの命令に従ってくれた。

 イチヤが座ってから数秒、沈黙が漂い、とりあえずワタクシは口を開いた。


「イチヤはぬらりひょんが嫌い?」

「いえ、滅相もない!! そんなことはございません!」


 全力の否定だった。


「あら、そう。ならどうして? 苦手な妖怪にいじめられた? 誰? なんならその妖怪殺してもいいわよ」

「違います! 皆様自分の事を大事にしてくださっています」

「……なら、どうして?」


 また沈黙が流れる。

 こう言う空気を出すイチヤは今回が初めてなのでワタクシも若干戸惑っている。

 イチヤは伏せていた目をゆっくりあげ、ワタクシを見てきた。

 その目は酷く揺れていた。


「それは……」

「それは?」

「あの箱庭は、自分とお嬢様がいつも二人で、たった二人でいつも楽しんでいた箱庭でしたから」


 その言葉に唖然としたかと言われれば唖然とした。

 しかし、どちらかといえば驚愕だった。


「自分とお嬢様の、二人だけの空間でした。いつもいつも二人であの桜の下で語り合った。その場所も、もう二人のものではないのだと」


 動き出したイチヤの口は止まらない。


「あの場所は、自分がお嬢様と唯一目線を同じく出来る所でした」


 イチヤは使い魔だ。

 それも出来すぎたくらい優秀な。

 でもその優秀さはイチヤの忠誠心に大きな縛りを設けていた。

 その縛りはまさに自分の気持ちそのものなのだけど、ただ単に同じ目線で同じ位置で話をしない。つまりは、絶対的に自分は主の下であると強調するのだ。

 別に悪いとは言わない。普通、使い魔はワタクシのように常にそばに置かれたりはしない。用事が済めば一時的に消されるものだ。

 ただの道具というのが妖怪からしての使い魔の立ち位置なのだ。

 それを、ひたすらイチヤは守り続けた。

 自分は、ワタクシと対等になれないと。


 イチヤがいつもワタクシの前でソファに座らないのも、宴会の際必ず他の妖怪に気配りをするのも、その痛いくらいの忠誠心の表れだったのだ。

 そのイチヤが唯一、その枷を外していた場所、それが、


 ワタクシと二人だけで行う宴会だった。


「……はっ、も、申し訳ありません!! 自分は使い魔でありながら大それた口をお嬢様に……! 申し訳ありません!!」

「イチヤ」


 ワタクシは、わかっていなかったのだ。イチヤの事を。


「こちらにいらっしゃい」


 ワタクシは立ち上がるとイチヤの手を引きながらある場所へと連れて行く。

 ワタクシが怒っていると思っているんだろう。イチヤはただ黙ってついて来ていた。

 目的の場所の扉を開けると、そこには20メートルは超えるような大きな桜の木が生えていた。

 イチヤはその光景に目を見開く。それはそうだろう、イチヤがここを見たのは使い魔として召喚されて記憶もままない最初の時だったのだから。


「イチヤ」

「……はい、お嬢様」

「ここは、特別で神聖な場所。ワタクシとイチヤが出会った神秘の桜の箱庭よ」

「……」

「今度から、ここでワタクシ達二人の宴会を行いましょう」

「……え?」


 イチヤが顔を上げる。ワタクシはその頬を撫でながら続ける。


「イチヤ、ごめんなさい。あなたはワタクシのためにいつも頑張ってくれていたのに、その安らぎの場所すらワタクシは奪っていたのね。ごめんなさい」

「お嬢様……」

「ここで、ワタクシとまた語り合いましょう。ワタクシと同じ目線でワタクシと同じ位置でワタクシと同じ幸せを」

「お嬢様……」


 二回目のお嬢様という言葉には涙も混じっていた。

 ワタクシはワタクシより少し大きいイチヤを抱きしめた。

 今思えば、ワタクシがイチヤを抱擁したのはこれが初めてだった。


「お嬢様……」

「なぁに、イチヤ」

「約束いたします。自分はお嬢様の生涯全てを幸せにする立派な使い魔であり続けます」

「ありがとう、イチヤ」

「お嬢様……」

「なぁに?」

「今だけ、今だけお許しください」

「ん?」



 そっとイチヤがワタクシを押し返す。少し、ほんの少し距離を開けるとワタクシの目を見つめ、そしてーー


「自分は、お嬢様を愛しています」


 ーー重なった。





 あれから、たくさんの日々がすぎた。

 もう、この屋敷にいるのはワタクシだけしかいない。

 イチヤは、使い魔としての生涯を無事に終えたのだ。そっと消えたのだ。

 生涯全て幸せにする、そんな約束をしたイチヤは今はいない。

 まったく、ワタクシはまだ生きているというのに……。


 時間凍結した空間で、神秘の桜の箱庭でワタクシは決めた。


 この凍結を解き、イチヤの魂と共にワタクシは進もう。

 新しい使い魔を召喚する日が来るかもしれないけれど、それでも、

 イチヤ、ワタクシは。


「あなたを忘れる事なんて出来ないのよ」


 イチヤが消える時に言った最後の言葉


「自分のことはいつか、忘れてください」


 彼らしい、最後の最後まで彼らしい言葉を残して消えた。

 でもそんなの無理に決まっているじゃない。

 ワタクシも、イチヤを愛していたのですから。


「あら……?」


 そこで気づく。

 桜の下に、また小さな桜の木が生えている。

 1メートル程度の小さな桜の木は大きな桜の木に寄り添うように生えている。

 なんて可愛らしい。時間凍結しているこの場所にどうしてこんなことが……?


 わからない。分からないけれど、その桜の木はあまりにも健気で、イチヤのようで。


 ワタクシはその小さな桜の木に近寄り、そっと、その木の表面を撫でる。

 あぁ、イチヤ……。


「酷いじゃない、イチヤ。こんなの忘れられる訳ないでしょ……」


 涙が零れる。

 あぁ、イチヤ……イチヤ。

 それでもーーそれでも、



「ずっと一緒にいれて嬉しいわ」


 あなたがここにいるのならーーそれもまたワタクシの幸せだ。







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