【1】
Story - 1 / 1
――夢から覚める感覚が好きだった。
直前まで見ていたはずの滑稽な深層心理の残像の繋ぎ合わせは、
ぼんやりと思考を始めるだけで跡形も無く消えてしまう。
中には覚えているものもあったけれど、やはり時がたてば薄れ消えてしまうものだ。
*
午後17時23分。
電車からホームに降り立つと、頬と素足を打つ風がひやりとした。
今は朝方に比べて幾分も気温が高いようだった。
肌を刺すようなあの寒さは、その場に立っているだけで背筋を凍らせる。
遠慮がちに吹きつけてくる今の風は、生温いような気さえした。
しかし、吐き出してみた息はわずかに白い。
緑色のペンキで塗られた古くさい歩道橋の階段を登りながら空を仰ぐ。
徐々に視界を下げていくと、
濃紺から水色、茜に色を変え、地平線で白くなる空には、雲ひとつ無い。星も無い。
遠く浮かんだ青白い月が、幾重にも連なる高電圧線に邪魔されながらいちだんと冷たく見えた。
今日は三日月ようだ――どんな種類だかは、知らない。
いつも通りで、何もない日だった。
*
午前6時53分。
産まれて此の方、17度も冬を経験しているはずなのに、
幾年経とうとこの身体は冬の寒さを覚えようとしない。
おかげでマフラーはしてきたが手袋を持ってき損ねてしまった。
血色を失った白い手は、すでに死人よりも冷たい。
身体の芯から凍えるほどの外気の冷たさがいつ舞い降りてくるのか、
いい加減に覚えて欲しいものだ。
「……くしゅッ、」
口許まで覆うマフラーを、かじかんだ指先で少しだけずらす。
漏れた小さなくしゃみが真っ白な吐息に変わって宙に漂った。
無機質なアナウンスの声がスピーカーから響く。
右手からやってきた電車が、ことさらに冷たすぎる風を巻き上げて止まった。
――「選ばれた者」という響きが、昔から大嫌いだった。
初の中編連載となります。
まだまだ拙いところもありますが、もしよろしければご感想等いただけたら幸いです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。