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「あーそうそう、言っとくけどあの人には注意した方がいいね」
階段を下りながら、前を歩いていたはぐみが唐突に振り返った。
「あの人って、生徒会長?」
「そーそー。うかつに近寄らない方が身のためよ。こわいこわーい人だから」
人差し指を両方立てて頭に載せ、ツノを作ってみせるはぐみ。
本来なら近寄ることもなかったろうに、近寄らせたのはどこの誰だよ、なんて思いながらも「あっそう」と簡素に答える。
そりゃ、このずれた学園のゆがんだ生徒たちをまとめ、率い、統括しているのだ。
生徒会長がただものではないことくらい、わかっている。
「でも、そういうはぐみは会長にだいぶ喧嘩売ってるみたいじゃないか」
ピッキングして侵入したり、情報盗んで売り飛ばしたり。普通の学校なら退学処分並のはずだ。
「あたしは平気なの。ほら、史上最強の女だし」
「ほらって言われてもね」
なにを根拠にそんなこと言ってるんだか。
「あれっ」
呆れと共にため息を吐き出したところで、前を歩くはぐみが突然立ち止まった。華奢な背中にぶつかりそうになってつんのめる僕。
「なんだよ急に」
「いない」
はぐみの後ろから、彼女が指差す先を見る。いつの間にか死体発見現場まで戻ってきていたらしい。だけどはぐみの言うとおり、廊下にごろりと寝転がり、通行の邪魔をしていたはずの死体はどこにも見当たらない。
あれ? と僕も首をかしげる。
「ここだったよね、死体落ちてたの」
「うんそう。ここで仰向けにどーんと、アジの開きみたいに」
両手を広げて口を開けて、さっきの死体のものまねをしてくれるはぐみ。
うーんなんでいなくなってるんだ。まさかあの死体はほんとは死体じゃなくて、ただ廊下で眠っていただけの生体だったとか?
疑問符を飛ばしながら、近くで談笑していた女子生徒に声をかける。
「ここにあった死体知らない?」
「死体って、私服で転がってた絞殺死体のこと?」
「そうそれ」
「それなら、さっき持ってかれちゃったよー」
「持ってかれた?」
「うん、なんかスーツ着た男が一人で持ってった」
スーツ着た男? 女子生徒の言葉に思い当たる節がなく首をかしげる。
もしかして、その人が会長の言っていた死体売買人だろうか。それとも、あの死体の仲間?
「よかったねー手間が省けて」
僕の隣でぐーっと腕を伸ばし、伸びをしながらはぐみが言う。
「処理の必要もなくなったし」
「いやそういう問題じゃ」
ないだろ、と言いかけて口をつぐむ。
いや、そういう問題か。僕は死体をどうやって片づけるかで悩んでたわけだし。
うーん、いいのかなあ。あの死体がいったい誰で、誰が殺して、誰が回収したのか、調べないと後々面倒なことになりそうだけど。
行場の無いもやもやした感情を持て余す僕のシャツの袖を、はぐみがぐいぐい引っ張ってきた。
「さつきごはん、ごはん食べ行こごはん。早くしないと昼休み終わっちゃう」
「あ、うんそうだね」
「あとこれ、入界届。サインしよサイン」
「しません」
手渡された入界届をびりびりと破いてから、僕らはようやく食堂へと歩き出す。