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答えはいたって単純明快、生徒会室である。
「なんか困ったことがあれば生徒会に押しつければいいのよ。あそこはなんでも無料でやってくれるし」
「そりゃ一応委員会だもんな……」
非営利団体なんだから無料で当たり前だ。
榊山高校の生徒会室は、教室棟の四階にある。特別教室しかないせいでただでさえ普段から人気の少ない最上階は、昼時とあってか人一人見当たらない。
「んじゃ、行こっか」
さっきからずっとポケットにつっこんでいた手をようやく出して、はぐみがふあっとあくびをしながらノブをつかんで思い切り引く。だけど、がっこんとむなしく音を立てるだけで、木製の扉は開く気配を見せない。
「…………」
がっこんがっこん!
「…………」
がっこんがっこんがっこんがっこん!
「…………」
がっこんがっこんがっこんがっこんがっこんがっこんがっ「ちょっと落ち着いてはぐみ、開かないからそれ、鍵かかってるから」
「チッ」
眉根を寄せて頬をひきつらせ不機嫌を露骨に表現しながら盛大な舌打ちをかましたあと、はぐみが羽織っていたグレーのパーカーのポケットから黒く四角いケースを取り出した。小さなポケットのどこにそんなものが入っていたんだろうと不思議に思う僕。
「なにそれ」
「ピッキングツール」
言いながらはぐみがケースを開ける。中から現れたのはずらりと並ぶ細長い器具。その中の一本を取り出して、ドアノブに取り付けられている鍵穴に思い切り突っ込んだ。
「これをこーしてこーして差して回して押して壊してーっとー」
十数秒とかからずに廊下に響く開錠の音。間髪あけずにドアノブをつかんでノックもせずにがちゃりと開ける。
「あのおー、死体があー、廊下にいー、落ちてたんですけどおー、なんとかあー、してくださあーい」
やる気のないはぐみの声。遠慮の片鱗も見せずにずけずけ入っていく彼女の後を追って「失礼しまーす」と僕も続く。生徒会室なんて入るのは初めてだ。
普通の教室をひとまわり大きくしたような広い室内は、窓から差し込む光によって明るく照らされている。壁一面にさまざまなサイズの棚が配置されており、どれもこれもが本やファイルでぎっしりと埋まっていた。
うーん、想像していたよりもずっときれいだ。もっと薄暗くてじめじめしていてコンクリート打ちっぱなしとかで日本刀とか飾ってあって黒張りのソファが真ん中にどんと置かれたヤクザの事務所みたいな部屋を想像していた僕は、そのあまりの平凡な教室っぷりにすっかり拍子抜けしてしまう。
部屋の真ん中には、黒張りソファの代わりに学習机が縦に二列、向かい合わせになって並んでいた。書類やパソコンが散乱する机の列の一番奥、いわゆる誕生日席にひとつだけ置かれた大きな横長の机が置かれていて、その上に、
一人の男子生徒が腕を組んで座っていた。
「……あ」
爽やかを具現化したみたいに整ったあの顔は、朝礼中、体育館の壇上で何度も見たことがある。
生徒会長だ。
僕らをじっと見つめている彼は、かろうじて笑みを保ちながらも、口元を引き攣らせている。
「……普通にノックしてくれれば開けるのに、わざわざ毎回ピッキングして開けるのはやめてくれないかなはぐみちゃん」
「セキュリティあまあまなのがいけないと思いまーす生徒会ちょっろーい」
悪びれる様子もなく言うはぐみに、生徒会長は呆れたようにため息をつく。そんな会長の様子を見て、はぐみは嬉しそうに唇を吊り上げた。
「こんなんじゃ機密情報盗み放題だよあきちゃん。情報屋に売り飛ばしてもいい?」
「今まで散々無断でやってきたくせに、今更そんな許可を求められてもね」
嫌悪感を滲ませながら生徒会長が呟いた台詞に、思わず横にいるはぐみに尋ねてしまう。
「え、機密情報売ったことあるのはぐみ」
「うん、機密情報売ったことあるよあたし。八回くらい」
なんてこった。すがすがしいほどにこやかな笑顔を向けるはぐみに僕はすっかり頭痛を覚える。
「……八回?」
会長が怪訝そうに眉をひそめる。
「俺が把握してるのは六回なんだけど」
「だからちょろいんだってば」
下枝はぐみの不敵な笑み。眼光にともる鋭い光に、背筋がぞくりとする。
「困った生徒だな」
全然困ってなんかなさそうにそんなことを言って、腰かけていた机から降りる会長。そのまますたすた僕の前まで歩いてきて、右手をすっと差し出してきた。どうするべきかちょっと迷ってから、僕も右手をあげてそれを握り返す。
「はじめまして瀬野さつきくん。生徒会長の舛川あきだ。はぐみちゃんのおもり係、さぞかし大変だろう。同情するよ」
「そんな係についた記憶は一切ないんですけど」
っていうかなんで名前知ってるんだ。僕らは初対面のはずなのに。もしかしてこの人、生徒全員の顔と名前を覚えてるのか?
「そんな漫画みたいな生徒会長はいないよ」
僕の疑問に、会長が肩をすくめて苦笑いした。その動作を真似て、僕も肩をすくめてみせる。
「漫画みたいな学校にいるもんですから」
「漫画みたいな学校、ね」
なぜか僕の言葉を復唱し、意味深に微笑む。
「きみは有名人だから、名前くらい知ってるよ。この学園唯一の異例、異質、異端、異常、だろ」
散々な言われようだった。言いたいことはたくさんあるけどめんどくさいので「はあ、まあそんなとこですかね」と適当に言葉を返す。
「で、はぐみちゃん。死体が落ちてたって?」
「そーなんだよねー」
かったるそうな声。横を見れば、どこから取ってきたのかはぐみがもぐもぐクッキーを食べている。
「なんか拳銃持ってたからもらってきたんだけどあきちゃんいる? 税込で二十五万三千九百円」
「いらないよ、持ってるし」
持ってるんだ。
「じゃ、ここに連れておいで。放課後にでも死体売買人にでも売り飛ばすよ」
「十万円になりまーす」
ぴっと人差し指を立ててはぐみがにこやかに言い放つ。ぐ、と息を詰める生徒会長。僕は呆れてものも言えない。
こいつその程度の労働で十万も取る気か。はぐみにはうかつに頼みごとをしないようにしよう、後々高額請求されそうだし。
今までで一番大きなため息をついて、生徒会長が忌々しげにはぐみを睨みつける。
「きみはとことん金食い虫だな」
「この国は資本主義だかんね。持ってるやつにはどんどん手放していただかないと経済が潤わないのよ」
べらべら適当なことをまくしたてて、厭味ったらしくにっこり微笑んだ。
「それに、こういうときのために生徒への依頼料だって、生徒会の予算に組み込まれてんでしょ?」
「わかったわかった」
両手をあげて降参のポーズをとる会長。
「ちゃんと払うから、そうぺらぺらと機密事項を漏らさないでくれ」
「もういっそここの鍵オートロックにしたらどうですか」
「オートにしたところできみには通用しないだろ」
「へへーよくおわかりでー」
にやにや笑いながらさくさくクッキーを食べるはぐみ。
オートロック通用しないってどういうことだよおそろしいな。ハッキング技術でもあるっていうのか。
「じゃ、ちょっくら連れてくるから、鍵開けといてね」
「言われなくてもそうするよ」
ひらひらと手を振る会長に背を向けて、僕らは生徒会室を後にする。