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否日常ハイスクール!  作者: はり
第1章
6/15

 再びはぐみに捕まったのは、襲いくるまどろみに身を委ねていたせいでまったく授業内容を覚えていない四時間目を終え、ひとりふらふらと食堂に向かって歩いている時である。


「なーにしてんのさつきちゃん」

 突然背後から声をかけられた。名前を呼ばれて反射的に振り返、ろうとしたところでなにかが背中に思いっきり追突してきた。あまりにも唐突に突然の衝撃と激痛に声も出せず息も吐けず「う、ぐえ」内臓らへんから出たとしか思えない妙な呻き声を上げて無様に廊下にすっ転ぶ僕。

 え、あれ、僕今もしかして殺された?

 今僕が存在しているこの世界がいったいどの世かわからないまま顔を上げる。下枝はぐみが仁王立ちして僕のことを見下ろしていた。

「入界届、サインしてくれた?」

「……お前は二言目にはそれしか言えないのか」

「だーってーさつきが全然サインしてくれないからあー」

 唇を尖らせてはぐみがぶーぶー文句を言ってくる。無視。

 ふう、と息を吐き出して立ち上がった。はぐみに追突されダイレクトに被害を受けた背中の痛みに顔をしかめる。

「ねーどこ行くのさつき」

「食堂だよ。無性にあったかいものが食べたい気分なんでね」

「ほーん」

 にやりと意味深に唇をつり上げてはぐみが僕の横に並ぶ。

「それならあたしも今から行こうと思ってたとこー。一緒行こさつき」

「あーいや、別にいいかな一緒じゃなくて」

「あたし激辛殺人カレーのライス拷問級にしよっかなー」

 僕の言葉なんて端っから聞いちゃいない。じゃあ僕は血塗れオムライスセットにしようなんてぼんやり考えながら、はぐみと並んで廊下を歩き出す。

「で、どうどう? そろそろ何でも屋に興味出てきた頃なんじゃない?」

「ごめんまったく」

 まったまたそんなこと言っちゃってー、とにこにこ笑いながらばしばし背中を叩かれる。痛い。さっきから追突したり叩いたり、こいつはいったい僕の背中をどうしたいんだ。

「そもそも僕、何でも屋がなんの仕事してるのかとか知らないし」

「そりゃああんた、なんでもするのよなんでも屋なんだから」

「ふうん」

「そうねー、依頼は二日にいっぺんくらいの頻度で舞い込んでくるかなー」

「ふうん」

「依頼一件当たりの相場は大体五百万くらいだけどー、まあ内容にもよるからピンきりってとこねー」

「ふうん」

「依頼内容の代表的な例を挙げればー、犬の散歩とかー、引越しの手伝いとかー、誘拐とかー、部屋の掃除とかー、銀行強盗とかー、オレオレ詐欺とかー、殺人とかー」

「ふうん」

「ま、要は依頼されればなんでもやるってわけ。おかげでほかの業界より稼ぎはいいわ」

「ふうん」

「ねっねっほらほらさつきもだんだん何でも屋業界に興味出てきたでしょ、だから早くこの入界届にサイン」「あ」

 ぴたりと立ち止まった。なにやらべらべら饒舌にまくし立てていたはぐみも僕に合わせて立ち止まる。

「誰か倒れてる」

 廊下の隅に、人がひとり大の字に転がっていた。

 両手両足を投げ出して、あおむけになってただでさえ狭い廊下を占拠している。なにやってんだろうあの人。

「うわー豪快」

 僕の横ではぐみが小さく感想を漏らす。

 それにしても、転がったまま一向に動く気配がない。まさかあの人廊下で寝てるんじゃ、なんて訝しみながらゆっくり近寄っていく。

 あおむけで転がっているその人は、制服ではなくTシャツにジーパンというラフな私服姿だった。目をつぶったままだらしなく口を半開きにしているその顔は高校生というにはあまりにも老けすぎていて、ここの生徒でないことは明白だ。うーん誰だこの人。

「あの、」

 大丈夫ですか、と声をかけようとした僕をはぐみが手で制した。なにも言わずに無表情のまましゃがみ込み、倒れたまま一切動かないその人の首すじに手を当て、数秒後。

「死んでる」

 さらっと真顔でそんなことを言ってぴょこんと立ち上がるはぐみ。ぶわぶわ揺れるぼさぼさの髪を見つめながらそうかー死んでるのかーなんてぼんやり思う僕。ん、いや、え、死んでる?

「行こーさつき。そのうち誰かが片付けといてくれるって」

「え、ちょっと待ってはぐみ、死んでるって、え、どういう」

「生命活動が停止してるってことだけど」

「いやそれはわかるけど」

「呼吸と鼓動が停止して瞳孔がかっ開いてる状態のことだけど」

「いやそれもわかるけど、え、それ、死体?」

「死体」

「…………」

 僕は絶句したまま動けない。なんで昼間の学校の廊下のど真ん中に死体が転がってんの?

 固まる僕をよそに、通行人たちは廊下に転がる死体をちらりと一瞥しただけで大して興味なさそうに真横を通り過ぎていく。中には平然とした顔で跨いでいくやつなんかもいて、この学校の生徒たちのねじまがった神経の図太さに感服する十二時半。

「さつきどうしてそんなに興味津々なの? 別にこんなもん初めて見るわけでもあるまいし」

「悪かったな初めてだよ」

 はぐみの呑気な疑問に頭を抱えそうになる。この学校は本気でおかしい。何故白昼堂々死体が転がる。そして何故生徒たちはその現実を日常として受け入れるんだ。

「……それ、その人、なんで死んでるの?」

「うーん」

 再びぴょんとしゃがみこみ、廊下に倒れたままの死体をじーっと観察。うん、とうなずいて立ち上がる。

「ぱっと見絞殺による窒息死ってとこね」

「こうさっ、ぶ、えほっ」

 動揺のあまり思わずむせる僕の背中をはぐみが「だいじょうぶ?」とさすってくれる。

「えっ、え、絞殺ってことは、え、他殺?」

「あったりまえっしょー、他殺以外にどんな死に方があるってーのよ」

 きょとんと首をかしげて不思議そうに僕を見上げてくるはぐみ。だめだ完全に常識が通用しない。死に方なんて他殺以外にもあるだろもっとこう病気とか老衰とか自殺とか。むしろ他殺が一番レアケースだ。

 どこか他に言葉の通じるやつはいないのかと辺りを見回してみれば通行量の多い廊下の奥、休み時間を利用して群れる人ごみの中にねむたげな目で僕らをぼんやり見つめている少女が視界に入った。

「あ」

 冬野真澄だ。この間机の中に入っていた大量のプリントのひとつに、冬野探偵事務所と書かれた広告があったことを思い出す。

 僕の視線を感じたのか、冬野は不思議そうに小首をかしげる。ちょいちょいと手招きしてみた。ぴくりと肩を震わせ反応し、無表情のまま人混みをかきわけかきわけ僕らのもとへやってくる。

「なんですか」

「死体があるんだ」

「そうですか」

 僕の人生において未だかつてないほどの重大事実を告げているというのに冬野は大して驚きもせず表情もまったく変えず、淡々と返事する。その反応を見て、うーんもしかしてこいつも常識が通用しない人種なんじゃ、なんてほんの少しだけ不安を覚えつつ、希望に縋って訊いてみた。

「冬野って、探偵だったよね」

「そうですけど、それがなにか」

 感情の浮かばない真顔。僕を見据える漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。

「あー、ほら探偵ってこういうとき出番じゃない? 正体不明の死体が転がって、こう、犯人はお前だーみたいな」

「誰かが私に犯人を捜せというなら請け負いますが」

 とか相変わらず淡々と言って、依頼主を探すようにぐるりとあたりを見渡す。周辺にいた生徒たちが苦笑いやら呆れ顔やらで僕らの横を通り過ぎながら、

「いいよめんどくさいし」「どうせ殺し屋がやったんだろ」「虫湧くからちゃんと片づけてけよな」

 口々につぶやく声には無関心がにじんでいる。みんな薄情だな。

 そんな様子を見て、今まで黙っていたはぐみがひょいと手を挙げた。

「あたし推理小説みたいに荒れ狂う波音の中で崖の上まで追いつめた犯人に人差し指突きつけて犯人はお前だってやってるとこ生で見たい」

「ではあなたが私に依頼しますか?」

「うーんやっぱいいわ」

 あっさり首を振ってからつまらなさそうにあくびをひとつ。はぐみさっきから随分眠そうだ。僕も寝たい。この現実をすべて夢の世界の出来事にしたい。

「瀬野さんは?」

「え?」

 突然冬野に名前を呼ばれてうっかり驚いてしまう僕。こいつ僕の名前知ってたのか。

「瀬野さんは、私に依頼する気があるんですか?」

「……ちなみに依頼料はおいくらで?」

「そうですね、殺人の犯人探しともなれば一の次に零が七つほど並ぶのが通常でしょうか」

「うーんやっぱいいや」

 ぶんぶん首を振ってから深々とため息をひとつ。どうして正体不明の死体を殺した犯人を探すのに一千万もとられなきゃいけないんだ。大体そんな大金持ってないし。これで僕もすっかり薄情の仲間入りである。

「じゃ、私はこれで失礼します。委員会がありますので」

「え、あ、うん、引きとめて悪かったな」

 ひょいと軽く頭を下げて立ち去る冬野を、はぐみと並んで手を振りながらお見送りする。

「ていうかさつき、犯人が誰かなんていちいち考えなくてもわかるでしょうが」

 ぱたぱた振っていた手を下して、はぐみが唐突にそんなことを言った。横を見下ろせば、彼女は冬野の消えていった廊下の角をねむたげにぼーっと見つめている。

「どうせ殺し屋って言いたいんだろ」

「人を殺すのが殺し屋だけだと思ったら大間違いよ」

 はんっと馬鹿にしたように鼻で笑いながらとんでもないことをさらりと言ってのけるはぐみ。背筋がぞくりとするのを感じながら、僕は思わず声を潜めてはぐみに尋ねる。

「……まさか、外部犯って言うんじゃないだろうな」

「そんなに質悪くないと思うけど」

 僕の懸念をさらりと否定して、

「じゃあ、誰が」

 その問いに、さっきまでのねむそうな顔はどこへやら、はぐみがにやりと唇を吊り上げた。瞳にともる妖しげな眼光。

 その表情にふと覚えた恐怖感からぞわりと鳥肌が立つ僕の腕を、そっと掴んで引きよせ、耳元に唇を寄せる。

 まるで秘め事を明かすかのように、こそばゆい小声で。

 下枝はぐみは、犯人の正体を口にする。

「この学校の、生徒よ」

「なおさらたち悪いわ」

 ていうか答えになってねえ。

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