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否日常ハイスクール!  作者: はり
第1章
5/15

「散々な目に遭った」

「そうみたいね」

朝のHRが終わり、1限の数学の時間。

 僕のぼやきに、前に座っていた更科爽さらしなさやが振り返って相槌を打ってきた。

 周囲の目を引くつややかにまっすぐ伸びた長い黒髪。それと同じ色をした大きく澄み切った瞳を持つ彼女の職業はは、しかしその清楚な雰囲気とは裏腹に、人をたくみに騙し金を搾り取る極悪卑劣な職業であるところの詐欺師である。うーんつくづく思うけど人は見た目で判断できない。

厭味の無い笑顔でにこにこ微笑んでいる更科は先ほどの一部始終を見ていたらしい。見てるだけじゃなくて止めてくれればいいのに、ほんとこの学校の生徒は薄情で淡泊だな。

 結局、僕とはぐみの攻防はHRが終わるまで続いた。

はぐみときたら僕が破ったり丸めたり紙飛行機にしたりシュレッダーにかけたり飲み込んだりしても次から次へと入界届とやらを出してくるのである。なんでそんなに持ってんだよ。

「モテ期ってやつよ。良かったわねモテ男くん」

「そんなモテ期は一生来ないでほしかったんだけどねえ」

 更科が180度回転して僕の机に頬杖をつく。

授業中だろうと彼女の態度はかなり自由だ。先生も、黒板から目を離しちらりとこちらを一瞥したきりお構いなしに授業を進めていく。

「素敵じゃないなんでも屋界。かっこいいと思うわ。入ればよかったのに」

「なんでだよやだよ」

「じゃあ詐欺師でもやってみる?」

「そっちの方がやだわ」

 僕話術とか持って無いし。逆にやり込められるのがオチだ。

「昨日だって春川さんにアプローチされてたし、ほんとに人気者ねえ瀬野くん。普通一般人は業界人にここまで好かれないのに」

「ならどうして」

「この学校に入学してきた一般人なんて、どう考えても一般人じゃないもの」

最近ずっと考えていたことを揺らぐことなく断言されて、思わず言葉に詰まってしまう。

こんな変人しかいない学校に入学してしまった僕は、もしかしたら普通じゃないのかもしれない、なんて。

 自分でもうすうす気づいていたことを、他人から指摘されてしまった。

「みんなあなたに期待してるのよ。なにかやらかしてくれるんじゃないかってね」

「期待するだけ損だよ僕は正真正銘の一般人だ。今まで悪事に手を染めたことは一回もないんでね」

「業界人が全員悪人みたいな言い方はやめてほしいわね」

 なにがおかしいのかくすくす笑いながら、僕の筆箱を勝手にがさがさ漁り始める更科。

「ま、正直なことを言えばなんでも屋はあんまりおすすめできないわね」

「なんか問題でもあるの?」

 僕のノートに反対側から落書きし始めた更科の手からシャーペンを奪いつつ聞き返す。

「なんでも屋よなんでも屋。なんでもするのよ。そんな人種めったにいないわ」

「まあ、そうだろうな」

 依頼されればなんでもやるというのはよくよく考えればとんでもないことだ。なかなかそんな職業に就こうと思うやつもいないだろう。

「専門職に嫌われる仕事よ。貴重な顧客を奪われるんだもの、邪魔な存在でしかないでしょう」

 黒板に書かれた数式をノートに写しながら更科の話をぼんやりと聞く。

「……客も多ければその分敵も多いんでしょうね、彼女」

 小さくつぶやいた彼女のその言い方にはどことなく冷たさを感じた。はぐみの存在は詐欺師の更科にとってもあまり好ましいものではないのかもしれない。

 黙ってしまった僕を見て、更科がとりつくろうように鉄壁の笑顔を作る。

「だから、なんでも屋をやるならそれ相応の覚悟が必要だと思うわ」

「言われなくてもなんでも屋なんてやらないよ。僕はこれから先一般人のまま一般人として生きていくから」

「それもそれでどうかと思うけどね」

 くす、と笑って窓際の方を見やる。彼女の視線の先を追うと、眉根を寄せて僕らを見つめるはぐみがいた。

なんで微妙に怒ってるんだ。あとその手に持ってる紙切れはもしかしてまた入界届じゃ「瀬野くん?」

呼びかけられてあわてて前を向く。想像以上に近いところに更科の顔があって、ほんの少し面喰いつつ居住まいを正した。

「はいなんでしょう」

「最後に一つ、詐欺師のお姉さんから忠告」

「……信用していい忠告なのか? それ」

「やあねえ、詐欺師といえども金にならない嘘はつかないわよ」

 低い体勢で僕の机の上に顎を乗せ、挑発的な瞳で僕を見上げる。


「――……っていうのが、嘘だったりして」


「…………」

 うーん。

掴めないなあ更科爽。

 なにも言わない僕に、更科は悪戯っ子みたいにちろっと舌を出しておどけてみせた。

「下枝はぐみにはくれぐれも気を付けて。彼女、あなたが思っている以上に危険かもしれないわ」

「危険、って」

「仕事のためなら手段を厭わないわ。殺しだろうと盗みだろうと詐欺だろうとなんでもするのは、この学校で彼女ひとりよ」

 いまだに僕らをにらみ続けているはぐみにちらりと視線を送ってから、月島は周囲を気にするようにして声を潜める。

「関わるとほんの少し面倒なことになる、かも」

「…………」

 すでに面倒なことになってるんだけどなあなんて思いながら腕を組んでふーっと息を吐き出す。そんな僕を見て、更科はふわりと微笑み、制服の胸ポケットから折りたたまれた白い紙を取り出した。

「で、よかったらぜひこの詐欺師界入界届にサインを」

「お前もか」


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