prayers
二○一三年一月一日。新年を迎えた今日、彼は布団の中にいた。というのも、年を越してからもずっとテレビをみていたからである。「これぞ年末年始の風物詩だぜ!」などと深夜テンションにまかせてテレビを見ていたせいか、携帯のアラーム機能を目覚まし時計がわりにしっかりと設定していたにもかかわらず、起きれずにいた。
親から起きなさいと言われても、睡魔には勝てない。そのまま再び夢の世界へと旅立とうとしていたとき、「とりゃああっ!」という叫び声と同時に、背中に衝撃を受ける。「ぐぼぁっ」などというよくわからない声を上げつつ、彼は俯せに寝ていた体勢から180度回転して、仰向けとなる。そして、先ほどの衝撃の犯人を知ることとなる。――否、背中に衝撃を受け目が覚めた時に、彼には大体誰なのかわかっていたのだが。
「よっ! どーせ暇だろうな、と思って来てやったぜ!」
「……いい加減にしてくれよ、シオリ……」
そこにいたのは、彼の幼馴染であるシオリだった。小中高と同じクラスということもあってか、長い付き合いではあるものの、彼氏と彼女とかそういう関係になった事は一度もなかった。そもそも、性別の違いを互いに理解していない時期から一緒にいるがために、お互いに相手を恋愛対象として見るのが難しかった、という事があったからである。
「まーまー、いーじゃんか。減るもんじゃあるまいし」
「こっちの精神力が減るぞ。いきなりだから心臓に悪いんだって」
「いやー、わるいわるい。今度気をつけるよ」
「……そう言って直したことが、今まであったか?」
「ない!」
彼の問いに、シオリははっきりとそう答えた。
「……だろうと思ったよ。で、何の用だよ? 僕は寝正月にする、って決めてたんだが」
「初詣いこーぜ初詣!! やっぱお正月は初詣っしょ!!」
「別に今日じゃなくたっていいだろ」
「いや! 絶対に今日だって!」
初詣に行きたくない彼と行きたい彼女。口論がこのあとも続く――が、途中で彼の母親が彼の部屋に入り、「シオリちゃんがそう言うなら、行ってきなさい」という一言で、結局、彼は初詣に行かなくてはならなくなった。
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「いやー、それにしても、元旦に雪かあ……珍しいよね。っていうか初めて?」
「どうりで寒いわけだ。と、いうわけで家に帰りたいんだが、シオリ」
「却下。やっぱ、元旦に初詣に行きたいしね!」
そう言って、彼女は彼の手をとって走る。「ちょ、おい、待てよ! 引っ張んなって!」と彼は叫ぶ。そんな彼の顔をちらりと見て、シオリはくすりと笑い、そのまま全力疾走で近所の神社へと向かう。有名な神社、というわけではないにしろ、彼らの地元は結構多くの人が住んでおり、その関係から神社の敷地面積が狭い割にはかなり多くの人々が参拝する。故に、長い行列ができあがる。そのため、彼らは全力疾走したものの、長い行列に阻まれ、神社の境内にすら入れなかった。
「……なあ、帰りたいんだが」
「ダメだって。ここまで来て帰るとかそりゃないっしょ?」
「俺はある」
「私はないので却下です」
そういって、シオリは「べー、だ」と言って舌を出す。そんな様子に彼は苛立つも、シオリの顔を見るとどうも怒れないでいた。シオリは彼の通う高校では人気者だ。このような滅茶苦茶なところがあるも、意外にもしっかりとしている面があり、部活動では彼女を慕う後輩が多く、生徒会長の仕事もしっかりとこなしている。それでいて容姿がいいのだから、彼としては、自分なんかが隣にいていいのだろうか、と考えてしまう。どうせ、本人はそういうことを考えていないのだろうな、と彼は思ってはいたのだが、そういう理由もあって、彼女と初詣には行きたくなかったのだ。
とはいえ、彼女が行きたい、と言ったらそれを突っぱねるだけの強情さは彼にはなかった。なんだかんだで付き合いの長い友人故に、他の誰かと一緒にいるよりかは気が楽なのは間違いないし、一人でいたらまず間違いなく家に篭ったままである。家に篭るのもどうなのだろうかと誰も気にしていないというのに周りの目を気にして外出したがる彼にとって、彼女にそういって誘われるのは絶好の外出のチャンスであるため、断るという事はまずありえないのだ。だから、「……ま、別にいいけどさ」と彼は返すだけで、本気で帰ろうと思っているわけではなかった。
それから数秒ほど沈黙が続き、それを破るようにシオリが「ところでさ」と彼に声をかける。彼は「何だよ?」と返し、彼女の顔を見る。
「彼女とかっていないの?」
そして、彼は「はぁ!?」と叫んだ。つい大声を出してしまった彼は気まずくなり、行列の前後の人に小声で「すみません」と謝り、咳払いをしたあとで、シオリの質問に不機嫌そうな顔で答えた。
「いねえよ。悪かったな、年齢と彼女いない歴が一緒で」
「ふぅん……じゃあ、私が幼馴染でよかったね。彼女がいる気分を味わえるよ?」
彼女はそう言うとにやりと笑みを浮かべた。どことなく彼をからかうつもりでそんな発言をしたのだろう、というのがひと目でわかるぐらいに怪しい笑顔だ。とはいっても、笑顔は笑顔。容姿の整っているシオリの笑顔に彼は少し、「う」と声を漏らしそうになるが堪えて、極めて冷静に切り返す。
「……こんな関係はどう考えても彼氏と彼女のそれには見えないので、そんな気分は味わえないな。せいぜい親友同士ってのが限度だろ」
「でも、男女で友情は芽生えないって聞くけど?」
「そんなんありえないだろ。まあ、そう考えるのも無理はないかもしれないけど。でも、人間なんだから友情が芽生えてもいいだろ。ヒトだったら無理かもしれないが」
「? どっちも同じじゃないの?」
シオリは首をかしげながら彼に問う。耐えろ、耐えろ、と自らに言い聞かせながら彼は口を開く。
「ヒトだと動物と一緒なんだよ。文化とかそういうのを持っているのが人間。動物は野蛮だとかは言わないけどさ、人間って理性があるだろ? 理性があるって事はそれをきちんと利用しなきゃならない。ってなれば、理性的に動くんだから、そう簡単には恋愛だとかそういうのにはいかないだろ? ……まあ、晩婚化の原因もこれかもしれないけどな」
「へぇ……普段そういうこと考えてるんだ?」
「考えてねえからな? なんかどっかでそういうの聞いたことがあったから受け売りしてみた」
「受け売り、かっこわるい」
「……でも、なるほどなって思ったからいいだろ別に」
「却下です」
「なあ、そのフレーズ気に入ったのか?」
「却下です」
「……」
とりあえず、「却下です」しか言わなくなった彼女を放置し、彼が無言でいると、一分も経たずに「私が悪うございました」という声が横から聞こえてきたので、「ん」とだけ返し、何かを話そうと彼は思ったのだが、話題が思いつかず何も話せずに、ついに境内へと入ったのだった。
「ねぇ」
沈黙を破ったのは、シオリだった。賽銭箱まであともう少し、という場面で彼に声をかけた。「何だよ?」と彼が返すと、シオリは問うた。
「願い事、決めた?」
その問いに、「ああ、決めた」と答えつつ彼はどんな願い事にしようか考える。無難に「今年が良い年でありますように」というのも良いかもしれないと思いつつ、彼はもう一つを考え――いや、それはどうなんだー―と、自分で自分の願い事を否定した。
――シオリと今年も一緒にいられますように、だなんて、そんな事願うわけないじゃないか――
彼にとって、シオリは美少女な幼馴染であって、一緒にいるのが当然な相手であるのは否定できない。しかしながら、これからどうなるかはわからない。シオリは美少女である。であれば、シオリを射止めようとする男子は多い。その中に、彼女が彼より魅力があると思う男子がいる場合、シオリは彼から離れていってしまう可能性がある。ようは、シオリが誰かと付き合ってしまえば、このような関係は続かないかもしれない。一緒にいるためには、シオリと所謂彼氏と彼女という関係に発展させなければならないのかもしれない――と、彼は本能的にそう思っていた。故に、そんな事を願おうとしたが、それを理性が止めた。
確かにシオリは美少女である。しかしながら、彼女を恋愛対象として捉えることだけはどうしても難しく、できないでいた。どうすればいいのだろうか、と悩ませるも結論は出そうになく、結局、彼の中で願い事は「今年が良い年でありますように」という無難なものに決まったのだった。
「……さて、と。初詣も終わったし、もう帰ってもいいよな?」
「いーや、昼食が先だよ。私んちのほうが近いから、私んちでご飯食べよ!」
「いや待て。僕は母さんに外食するなんて事言ってな――」
「既に私が言ってあるから安心していいよ?」
そう言って、にこりとシオリは笑う。
「――それに、私の願い事もついでに叶えちゃおうかな、なんて」
彼女のその笑みは、どことなく妖艶さがあった。だから、彼は理性を失いかけたがなんとか堪えた。
そして、同時に彼は考えた。
シオリは普段、異性である彼をあまり意識していないかのような行動をとっている。そういった行動に彼は性別の違いを理解してくれ、と思っていたのだが、この行動がもし、“自らの優れた体型、容姿を再体現に活かして彼を誘惑しようとしていた”、という解釈にするとどうだろうか。
つまり、シオリはずっと彼の事を――
――そして、彼はそこに至った。だが、だからと言って、軽々しく誘惑に負けていいのか。否、いいはずがない。彼としては、今の距離感を保ちたいのだ。確かに、彼氏と彼女という関係であれば繋がっていられるだろう、と彼は考えた。だが、それ以上に、今この瞬間の平凡な日々を彼は好んでいたのだ。
だから、彼は――
「やめろよ」
――そう言って、誘惑を跳ね除けた。
「ゑ?」
「そういうの、いらないから」
そして、彼はそれだけ言って、シオリの手を握って歩き出す。
「え、ちょっ」
「これから昼食なんだろ? んなアホな事しないでとっとと飯食って寝正月と行こうぜ、シオリ?」
その言葉を聞いて、ただただ呆然とするシオリだったが、数秒程度でようやく平常運転に戻り、妖艶な笑みではなく、彼のよく知る彼女の笑顔がそこにあった。
――ま、いいか。でも、いつか、きっと――
そんな事をシオリは心の内に呟きつつ、彼女は彼の手を強く握り返し、彼よりも前を歩く。
「そう言えば、母さんと父さん出かけてるんだった」
その声に、がぐ、と体勢を崩す彼。「僕はやっぱり帰ることにするぞ」と言うが、シオリは手をよりつよく握り、「だいじょーぶ。私は信用してるからね」と返す。
「僕はさっきのでお前が信じられなくなったんだがその辺どうなんだよ」
「さっきの?」
シオリは首をかしげる。この動作が形だけのものであることなど彼にはわかっていた。だが、普段通りの日常を望んだ彼は、「……いや、なんでもない」と先ほどの出来事をなかった事にした。それを察して、シオリも「そっか」と言って流す。
「さあって、昼食は手作りだけど、何が食べたい?」
「餅」
「手作りじゃなくてもいいよね、それ。却下で」
「正月だから餅だろ常識的に考えて」
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぎつつ彼らは道を歩く。互いに、何かを願いながら、未来へと歩んでゆく。
Fin
というわけで、お正月がメインの小説を書いてみました。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。YBFです。
あらすじの通り、『新年明けまして小説!』の参加作品です。思ったほど本気を出せませんでした。思ったよりも去年の年末が忙しかったぜ……。
携帯がスマホ(iPhone)に変わったりと波乱の年末年始でした……
とりあえず、企画詳細はこちらまで
http://mypagek.syosetu.com/mypageblog/view/userid/100614/blogkey/598049/
では、以上、YBFでした。