第九十五話 一郎君。早く来ないかなぁ
更新が遅れた上、ちょっと短めです。ごめんなさい。
【main view 星野月羽】
夜。
私は部屋のベッドで今日起こった出来事を振り返る。
魔王様が本社へ出張の為、喫茶魔王に召集された私達は久しぶりのアルバイトを行い、皆さんで楽しい時間を過ごしていた……はずでした。
でも一人の男性客が一郎君を外に連れ出してゆき、何を話していたのかはわかりませんが、戻ってきたときには酷く元気のない顔をされていました。
基本ポーカーフェイスの一郎君があんなにも表情が揺れ動いていたのは珍しい。余程一郎君にとって大きな話がされていたのだと思います。
一郎君と男性客が外で話をしている間、深井さんという綺麗な女性が来店した。しかも、以前一郎君と中学校を見に行ったときに会った男子生徒二人組も一緒に。
しかもあの時と同じようにその二人組はまた一郎君を悪く言うのです。
更に深井さんも過去の一郎君に流れていた噂の数々を話していました。
突然の展開に私はアタフタしていただけですが、池さんのおかげで事態は沈黙化し、平和的に収まった……と思ったのですが。
いつの間にか姿を消していた青士さんが魔女様の館入口辺りで喧嘩をしていたのを小野口さんと田中さんが目撃したそうです。
相手は深井さんと一緒にいた男子生徒二人組。
二対一、しかも男と女というハンデがあるにも関わらず、青士さんが一方的に殴り倒していたとか。
その後、田中さんが倒れている男子生徒二人を病院まで車で送り、手当てを受けさせたそうです。
青士さんは魔女様と面談。
何を言い渡されたのかは分かりませんが、厳重注意で済むとも思えません。
小野口さんも喧嘩現場を目撃したショックで青ざめた顔をしていました。
一郎君も一度お店に戻ってきたのにすぐに走り去っていってしまいました。
とても悲しそうな表情を浮かべていたことが私の脳裏に張り付いて離れません。
悲しそうな顔で走り去っていった一郎君。
ショックを受けた様子の小野口さん。
そして暴力沙汰を起こしてしまった青士さん。
今日一日だけでこれだけの大事件が連続して勃発してしまった。
心配になった私は三人にメールを送りましたが、メールが返ってきたのは小野口さんのみ。
それも『私は大丈夫だから』、と装飾もなく送られてきた単調な一文のみでした。
ショックを引きずらなければ良いのですが……
それにメールの返信がない一郎君と青士さんも心配です。
「これからどうなってしまうのでしょう……」
虚空に向かって呟くが、当然返事などあるはずがない。
視線の先にあるのは、ゲームセンターで一郎君が取ってくれたじゃがいもスターのぬいぐるみ。
これを貰った時がひどく懐かしく思えたのだった。
翌日。
2-Bの教室にいつも居るはずの人が来ていないことに気付きました。
「小野口さん。ちょっといいですか?」
「おはよう月ちゃん……青士さんのこと?」
「はい。来ていませんね。欠席でしょうか?」
「もともと遅刻ギリギリに来る人だけど……」
昨日あんなことがあった後なだけに心配です。
って、そうだ。小野口さんも昨日はショックを受けていた様子だったことを思い出す。
「小野口さんは……その……大丈夫ですか?」
上手い言葉が見つからず、曖昧な感じの質問になってしまう。
でも私が問いたかったことを小野口さんは瞬時に察してくれました。
「……正直言うと少し引きずっているけど、私が元気を無くしていても仕方ないもんね。大丈夫。今日中にはいつも通りに戻っているから。だから……少しだけ時間頂戴」
「……わかりました」
昨日青士さんの喧嘩現場を目撃した小野口さん。
あの田中さんも顔色青ざめるくらいなのですから、相当激しい喧嘩であったことが想像できる。
でも、それを目撃してしまった小野口さんのショックは私には計り知れません。
キーンコーンカーンコーン
朝礼の時間を告げるチャイムが鳴り響く。
同時に担任の田山先生が入室し、淡々と青士さんが欠席であることを告げたのでした。
放課後。
この時間にやることと言えば一つしかありません。
私はいつものように終礼と同時に屋上へ早足で向かった。
扉を開けると、強い残暑の光が私をお出迎えする。
この場所はいつも静か。
それもそうですよね。わざわざ別校舎である文化塔の屋上になんか来る人なんて居ませんよね。
でもそのおかげで私と一郎君は経験値稼ぎに集中することができる。
そしてこの場所は一番私らしく居られるところでもあった。
「一郎君……早く来ないかな」
昨日のことを引きずっているかもしれないけど、それでも一郎君は来てくれる。
私と同じように経験値稼ぎが生きがいであるならば、どんなことがあっても来てくれるはず。
そう信じて今日も私はこの場所で一郎君を待つのです。
………………
…………
……
私がこの場所に来てから約一時間が経過した。
一郎君は……まだ来ていない。
遅いな、一郎君。
………………
…………
……
更に30分が経過する。
今日の経験値稼ぎの内容も大まかに頭の中で決まってきました。
後は一郎君の到着を待つのみですね。
………………
…………
……
更に30分が経過する。
空が暗くなってきた。
一郎君は……来ない。
「今日はちょっと用事があったのかもしれませんね」
一郎君ってばメールくらいしてくれてもいいのになぁ。
でも用事なら仕方ないですね。残念ですけど、経験値稼ぎはまた明日です。
また……明日。
「……あと30分だけ」
私が帰った後に入れ違いで一郎君が来てしまうのは嫌なので、あと30分待ってみる。
結局私がいつものベンチから腰を上げたのはそれから一時間後のことだった。
翌日。
一日が経つのが早い日だった。
その日の授業はどんな内容だったのかまるで覚えていない。
気が付いたら放課後でした。
屋上へ向かう足は速かった。
「一郎君。早く来ないかなぁ」
いつものベンチに腰を掛け、いつものように一郎君を待つ。
「…………」
一時間経過。
来ない。
けど待つ。
あと3時間は……待つ。
そう決めていた。
「…………」
二時間経過。
私が不登校になった時――
あのカンニング疑惑が向けられて学校に来れなくなった時、一郎君はこの場でずっと私を待ってくれていた。
だから私もまず待ってみようと思った。
「…………」
三時間経過。
私は今日も黙って腰を上げる。
昨日と違ってすっぱり切り上げるように帰路へ着く。
また明日。
明日を最後に……私は待つのを辞めようと決めていた。
翌日の一日はもっと早かった。
高速で授業が終わって、光速で屋上へ向かって、音速で三時間が過ぎた。
「……さ……て」
ゆっくりと腰を上げる。
「一郎君……来なかったな」
正直言ってそんな気はしてました。
二日前に屋上へ来なかった日から――
いえ、三日前に私の前から逃げ出されたあの日から――
もう、私の前に現れてくれないと思っていた。
明日は木曜日。
私は一郎君程辛抱強くない。
しばらくここには来ない。
翌日。
昨日と同様に高速で授業が終わり、私は早速行動へ移す。
私が向かうのは屋上ではなく、職員室でした。
「失礼します」
挨拶と共に入室し、目当ての人を探す。
……見つけた。
担任の田山先生……の横を素通りし、その隣の席でぼーっとしていた先生の前に立った。
「沙織先生」
「……ふぇ? あ、あれ? 星野さん? どしたの?」
「聞きたいことがあります」
「えっと……高橋君のこと……だよね?」
「もちろんです!」
待つのは止めた。
だからこちらから行く。
私から一郎君を迎えにいくんです!
「一郎君、今日学校に来ましたか?」
「あ、あら? 星野さん知らなかったの?」
沙織先生のこの反応。
やっぱり一郎君は……
「高橋君、今週に入ってから一度も学校に来ていないの」
沙織先生の言葉で予想は確信に変わる。
「どうして一郎君はお休みしているのですか?」
「……体調不良って……連絡は来ているわ」
「……そうですか」
嘘だ。
体調不良ならば私にメールを寄越さないはずはない。
何よりあの経験値脳の一郎君が体調不良なんかで経験値稼ぎを休むはずはありません。たぶん。
他に理由があるんだ。
他に――
――『だから一郎君が過去に何をしていたとしても、私は気にしません!』
なぜだろう。
他の理由を考えた時、真っ先に私が放ったこの言葉が浮かんでくる。
どうしてかはよくわからない。
だから――
「先生。一郎君の家の住所を教えてください」
だから確かめに行く。
迎えに行く。
「……本来はこういうの教えられないのだけれど、星野さんには内緒で教えてあげるね。そのかわり……」
「そのかわり?」
「そのかわり高橋くんを絶対に学校に呼び戻すのよ」
やっぱり先生も一郎君が欠席の理由が体調不良でないことを感づいている。
担任として力になってあげたいと顔に書いてある。
でも先生はその役目を私に託してくれました。
「はい! 私が必ず……連れ戻します!」
先生から住所と地図をプリントしていただき、私は早速出発しようとする。
でも――
不意に……先生方の会話が耳に入ってしまった。
「――やっぱりそうなりますかな」
「――だろうな。彼女には『前科』もある。それに加えて今回の騒ぎ、これはもう決定でしょう」
えっ?
なに? 何の話をしていらっしゃるのですか?
足が完全に止まり、先生方の会話に集中する。
「――全く、大変なことをやらかしてくれた」
「――処分の決定は来週の会議で決まるらしいですが……」
「――そんなことするまでもないと思うがね」
「――だろうな。今度ばかりは停学では済むまい」
何の……話?
話の流れから嫌な空気が流れ出している。
見ると、沙織先生も鎮痛な表情で先生方の会話に耳を傾けていた。
「――青士有希子は、今度こそ『退学』でしょうな」
見てくれてありがとうございます。
久々の主人公不在回でした。
しばらくはずっと月羽視点で進みます。