第九十四話 過去に何をしていたとしても、私は気にしません
メイン視点がコロコロ変わる回です。
最終章はこういう回が増えてくる予定です。
「はっ……はぁ……はぁ……」
中黒君との対話が終わった後、僕は駆け足で店へ向かっていた。
自分で店から離れたことがこんなにも悔やまれるなんて。
中黒君との会話以上に玲於奈さんとの遭遇は危険視すべきだったのに……迂闊だった。
玲於奈さんが店に来ていないことだけを祈りながら僕は只管走っていた。
「はぁ……はぁ……ぜぇ……」
体力無さすぎじゃない? 僕。
今度、月羽と経験値稼ぎする時は体力アップ系のことをやってみようかな。
「はぁ……はぁ……や……やっと……ついた……」
息を切らしつつ、汗を滲ませながら僕はお店のドアに手を掛け――
「――おかえりなさい」
その声を聞いた瞬間、僕の体内に潜んでいた汗が更にドバッと湧き出した。
ゆっくりと……僕におかえりと言ってくれた方へ振り返る。
ウェーブ茶髪のモデルさんが壁にもたれながら立っていた。
何その無駄に格好良いポーズ。
「帰ったふりして店の前で張り込んでいれば会えると思っていたわ」
「え……あ……そ……その……」
「相変わらず三点リーダの多いような喋り方なのね。人見知りも度が過ぎるとウザったいだけだわ」
いや、この不意打ち登場では三点リーダが多くなるのも仕方ないと思うのですが。
「ふ、深井……さん……」
「覚えてくれていたのね。嬉しいわ」
全然嬉しくなさそうな玲於奈さん。
二年……いや、一年半ぶりか。なんか五年ぶりにくらいに会った感覚すら覚える。
突然の元恋人の登場に戦慄を憶えながらも、頭の中の冷静な部分が彼女を観察する。
1年半前比べて、変わった所と変わってない所を見つけた。
中学時代も恐ろしいくらい可愛かった彼女は更に可愛くなった。いや、美人になったというべきだろう。
彼女の中にあった美人さと可愛さの割合が8:2から9:1になったような、年月と共に彼女の魅力も乗じて増していたらしい。
だけどそれはある意味近寄りがたいということ。完成された美人は遠くから眺めていたくなるのだ。
玲於奈さんはその代表格だった。
対して変わらない所はというと……
「…………」
この眼力だ。
彼女の鋭い目で睨まれていると全てを見透かされているような感覚を憶える。
「私から逃れる為に外出していたのね。まぁ、私と会いたくない気持ちも分かるけど、いつまでも逃げられると思わないことね」
そしてこれだ。
見透かされているようでこの人は結構見当違いなことを発言する。中黒君といい、カップル揃ってこれだ。
「僕に……何か……用?」
この人を前にすると言葉が途切れ途切れになってしまう。
どうして僕はここまでプレッシャーを感じているのだろう?
どうして僕は背中に汗をビッショリかいているのだろう?
「用……ね。あると言えばあるし、無いと言えば無いわね」
じゃあ無いと言ってください。
そして今すぐこの緊張感から解放してください。
「ちょっと聞きたいことがあったのよ」
やっぱりあるんじゃないですか。
どうして変な風に回りくどいのかこの人は。
「私が出した五つの条件……言って見なさい」
いきなりなんだろう。
こんなことを確かめて何になるというのか。
「早くしなさい」
「う、うん」
彼女が中学時代に出した5つの条件。
「えっと……一つ、深井さんに触れないこと。二つ、僕から深井さんに話しかけないこと。三つ、質問は一切受け付けないこと」
この三つは玲於奈さんと付き合うことが決まった時に出された条件だった。
最初は馬鹿にされているんじゃないかと思ったものだ。
そして今も同じように思っている僕が居る。
「四つ、僕が深井さんをフッたことにすること」
これは玲於奈さんにフラれた時に出された条件だ。
この質問の真意は未だ僕も分からなかった。
まぁ、真意不明なのはこの条件に限ったことじゃないのだけれど。
「五つ、僕はこれからも変わらないこと」
そして最後の条件は卒業式の前日に出されたものだ。
玲於奈さんから出された条件は以上五つだった。
「80点ね」
まさかの採点式だった。
減点分はなんだろう?
「四つ目までは正解よ。でも五つ目は不正解ね」
「えっ?」
間違えた?
記憶がうろ覚えになっていた?
いや、そんなはずはない。あれほど強烈なインパクトの条件、忘れたくても忘れられない。
「正解は、五つ、貴方はこれからも『生きる価値ないまま』変わらないこと、よ」
ただの脱字だった。
いや、玲於奈さん的にはそこが重要なキーワードなのかもしれない。
しかしなぁ、そこの『生きる価値ないまま』が嫌だから経験値稼ぎをやっているわけでもあって。
……なんて絶対言えないよな。うん言えない。玲於奈さんには絶対に経験値稼ぎのことは黙っておこう。
「そして貴方は見事に五つ目の条件に違反しているようね」
「……!?」
喋ってもないのに経験値稼ぎのことがバレた!? いやまさか。
「ど、どうして違反してるって……」
「貴方、目がイキイキしてるもの」
「そ、それだけ?」
「それと前より喋る様になったわ」
「ど、どうも」
なぜだろう。普通なら褒められて嬉しいはずなのに、玲於奈さんに褒められると恐怖感を憶える。
ホント、この人と話をすると代謝がよくなるなぁ。汗が止まらないや。
「これはおしおきが必要ね」
「……ん?」
あ、あれ?
なんかおかしくない?
話の流れ的に不自然じゃない?
「何を活きがってアルバイトなんてやってるの?」
「そ、そこですか……」
「そうよ。貴方は死人のような目で引き籠っているのがお似合いだわ」
生きる価値の無い奴が人様の為にアルバイトをやっていることが彼女には許せないらしい。
相変わらず訳の分からない理由で怒りだす人だ。その辺りも玲於奈さんの変わらない所フォルダに入っている。
「よっておしおきを実行します」
「お、お手柔らかに……」
「というよりすでにおしおきは実行済みよ」
「……?」
「貴方はこれから絶望することになるの」
「ど、どういう……こと?」
「絶望して引き籠ってしまうといいわ」
「…………」
無視された上、やたら引き籠ることを祈願する玲於奈さん。
「ふっ、知りたいかしら?」
『ふっ』って笑い方に多大な邪悪さを感じ、嫌な予感がブワッと膨れ上がる。
なんだ? 僕はすでにどんなお仕置きをされていたんだ?
今日一番の冷や汗が身体全体に流れ出る。
「『私の知っている』貴方の過去をお友達、もとい恋人さんに言っておいたのよ。やはりと思っていたけど、過去のことを周りに話していなかったのね」
「なっ!?」
い、一体どこまで話したんだ?
僕がぼっちだったこと?
あまりにも無口すぎてキモがられてたこと?
まさか玲於奈さんと付き合っていたことまで……
「『全部』、よ。私の知りうる限り全てを洗いざらい話したつもりだわ。貴方に関する『噂』のことを中心にね」
「……っ!?」
言葉を失ってしまった。
噂……? 噂ってなんだ?
……いや、そんなこと僕が一番よく分かっているじゃないか。
――『体育館に飾ってある横断幕に悪戯書きしたらしいぜ』
――『数学教師のでっかい三角定規を叩き割ったのもアイツだろ?』
――『そういえばC組の麻衣子が自分の靴箱に高橋からのラブレター貰ったって言ってた』
――『アイツ、過去にも女の弱みに付け込んで何人ものやつと付き合ったことあるらしいぜ)』
――『我らが玲於奈様と仮とはいえ十日も付き合えたんだろ? その報いは必要だろ』
あの10割が嘘で塗り潰された身も蓋もない噂話を……月羽達に?
「お店に戻った瞬間、彼らが貴方を見る目が変わるでしょうね。でも貴方は慣れっこのはずよ。一人で居ることは得意でしょう?」
たしかに得意だ。
得意……だった。
でも、ただのクラスメートに無視されることは大丈夫でも、月羽達に無視されることは……正直考えたくもない。
……いや、そんなこと考えるべきではない。
玲於奈さんが何を言おうとも、その噂話がデタラメであることを皆は察してくれるはずだ、
それを信じよう。
「気に喰わない表情ね。本当に第五の条件を守る気がないのね。気に喰わないわ」
2回言う程気に喰わないらしい。
だけど、僕だってそこを譲る気はない。
「僕は……成長したいんだ……」
「無理ね」
一蹴された。
「貴方はこれから絶望してもらうんだから、今以上の成長はできないわ」
「ぜ、絶望なんてしない」
「それは貴方次第……いえ、お友達次第かしらね」
お友達次第。
月羽達の態度次第。
あ、あれ? どうしてだろう。さっきまで汗がダラダラ出ていたのに今は悪寒が奔って身体が寒い。
「そもそも貴方は成長なんてできる器じゃないのよ。努力が報われるのは選ばれた人間だけよ。貴方、自分が選ばれるとでも思ってるの? 自惚れるんじゃないわよ」
努力が報われるのは選ばれた人間だけ?
選ばれないと経験値を稼いでも無駄?
無駄……
610という経験値は……無駄?
「また様子を見に来るわ。次にくるまでちゃんと絶望していなさいよね」
玲於奈さんは薄らと微笑むと、奇妙な捨て台詞と共に僕の前から去って行った。
「…………」
僕はしばらくその場に硬直する。
一度憶えた震えがなかなか収まらない。
店に……入らないと。
「…………」
どうして……入れないんだ?
僕はみんなが例の噂なんてデタラメだって察してくれると信じている。
だけど、どうしても足が前に進まない。
「…………」
その後、僕は店の扉に手を添えたまま、しばらく彫刻のように硬直していた。
【main view 青士有希子】
こいつ……名前なんて言ったっけか? まぁいいや。
アタシは男Aのシャツを掴み身体を引き寄せると、渾身の肘鉄を胴元へ炸裂させる。
「グフぅっ!」
男Aが蹲っている隙にアタシは次の行動へ移っていた。
相手は二人居る。もう一人の名は――そうアレだ。男Bだ。
「こんのぉ!」
相手もただ立ち止まっているだけじゃない。こちらが攻撃を仕掛ければ相手も反撃をしてくる。
でもなぁ、何と言うか見え見え過ぎて困る。
構えが大振り過ぎて、これから顔を殴りますよーって魂胆が丸分かりなもんだから――
「よっと」
こんな風に簡単に避けることが出来てしまう。
ガンッ!
あっ、つい反射的に繰り出したカウンターがヒットしてしまった。しかも相手の顎に。
こりゃー痛いだろうなぁ。急所の一つだし。男Bはこれでダウンだな。
「つ、つええ……なんだこいつ……っ」
「いや、お前らが何だよ。まるで喧嘩慣れしてねーじゃん。もしかして喧嘩もしたことねーのにあんな態度でかかったん? 」
「う、うるせーな!」
実力もないのに態度だけでかい小者って映画とかでは良く見るけど、現実にも居るもんなんだな。
挑発的なやつってみんな喧嘩つえーと思ってたけど、例外もありきってことか。
アタシは性格あれだから敵多いしなぁ。知らん間に喧嘩に慣れちまった。まー、アタシの喧嘩は急所狙いの卑怯組手だけど。
「あ、青士さんっ!?」
なんか聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
この真面目が眼鏡を掛けたような声は……小野口か?
「な、何をやっているのだ!? キミは!」
今度は男の声が……この声は真面目に誰だ?
見当がつかなかったので思い切って振り返ってみる。
「ああ、田中サンか。ンイオウヤ衣装じゃねーから分かんねかった」
まー、衣装と声色は全然かんけーねーんだけど。
小野口が硬直してつっこまねーからセルフツッコミしちまったよ。
「や、やめなさい。スノコくん!」
その呼び方もやめてくんねーかな、田中サン。
「でもまだ13発しか殴ってねーっすよ?」
「何発殴るつもりだったのかね!? とにかくやめなさい!」
「……うーい」
田中サンがいうなら辞めておこう。上司めーれーには従順でいよう。
殴り足りない感はあるが、十分ダメージは与えたし、これで良しとするか。
「な、なんてことをしてくれたんだ、キミは」
この世の終わりのような表情をしている田中サン。
「あ、青士さん……」
「…………」
小野口も似たような表情をしている。
あー、この魔物を見るような目、見覚えあんなー。あれだ。アタシを怖がっていた頃の小野口の表情だ。
まー、こえーだろうな。喧嘩現場を見慣れない奴からすれば今のアタシは野獣みたいな存在だ。
……せっかく仲良くなれたと思ったけど、これでコイツとの関係も――
まっ、後悔はしてねーけどな。
「はー、すっきりした」
さてさて、これからどうなるのかね。
店にも迷惑かけちまった。喧嘩を目撃されちまったし、学校での立場もどうなるか……
この先どんなことになるのか正直考えたくもないけど、今はアタシの胸の中に広がる達成感をかみしめようじゃないか。
とりあえず屈辱を受けた報復はしてやったぞー、高橋、星野、池。
強いていうなら50発殴れなかったことが心残りだな。
【main view 星野月羽】
一郎君が中々戻ってこない。
田中さん達を呼びにいった小野口さんもまだ帰ってこなくて。
いつの間にかキッチンの青士さんも居なくなっていました。
ど、どうしたら良いのでしょう……
「星野クン。とりあえず店を一時閉めるぞ。二人だけでは店を回すことはできない」
「は、はい」
さすが池さん。皆さんの事ばかり心配している私と違って、お店のこともしっかりと考えています。
確かに今一番にすべきことはお店のことかもしれません。
でも、やっぱり――
「……ふむ」
私の微かな顔色変化を池さんは見逃さない。
「星野クン。これを店前に出しておいてくれないか」
「は、はい」
池さんから渡れたのは『臨時休業中』を知らせる立看板。
これを店先に出しておけば集客を防ぐことができます。
「それを立てたらキミはそのままセカンドイケメン達を探してきてくれ。店内の片づけは俺一人で十分だ」
「えっ? で、でも……」
この五人でも閉店準備には時間がかかるほどなのに、片づけを一人でなんてさすがに大変です。
「任せろ。だからみんなの事はキミに任せた」
池さんも本当はすぐにでも皆を探しにいきたいはず。
なのにこの方はその役目を私に譲ってくれていた。
だからここで池さんの言葉に従わないのは失礼に当たる気がしました。
「……ありがとうございます!」
逸る気持ちを抑えきれずに私は駆け足で出口へ駆けだす。
取っ手を引っ張り、ドアを勢いよく開けた。
「うわっ!」
「えっ?」
ドアを開けた瞬間、すぐ目の前に今私が一番会いたかった人が立っていた。
「一郎君!」
良かった。無事で。
本当に良かった。
「や、やぁ、月――」
「一郎くんっ!」
「わわっ!」
感極まって一郎君に飛び込んだ。
抱き着いたとも言いますね。池さんの前だというのにそれが気にならないくらい一郎君と再会できたことが嬉しかった。
「大丈夫ですか? 怪我とかしていないですか?」
「う、うん。大丈夫だよ。話し合いしただけで終わったからさ」
「本当ですか!?」
「し、信用無いなぁ。本当に平気だよ」
ジーっと一郎君の顔から足先まで観察する。
お店を出ていく前と後で変わった所は無いように見える。
でも一郎君のことですので、見えない所に傷を作っている可能性もあります。油断できません。
それに一目で変わった所に私は気付いていました。
「一郎君……何か……あったのですか?」
「な、何かって?」
「何だか……元気ないです」
どちらかというと表情変化に乏しい一郎君ですが、今ははっきりといつもと違う表情をしていました。
それも良くない方に。
覇気と元気が全く感じられず、明らかに何かあった顔です。
「た、大したことはないよ。それよりそっちこそ……その……何かなかった?」
おそるおそる尋ねてくる一郎君。
何かを探るような、怖がっているような、そんな不思議な雰囲気。
何を怖がって――
――『私の元彼よ。中学時代のね』。
まさか、一郎君、あの人が来ていたことを知って……?
――『彼に関する面白い噂の数々、私からも教えてあげる』。
私達が、一郎君の中学時代を知ってしまったこと……言うべきでしょうか?
このまま知らなかったふりしてやり過ごすのが一番平和的な気がします……けど。
「…………」
こんな不安そうな表情をしている一郎君に隠し事をするのは逆効果な気がします。
それに私はすぐに顔にでるから知らんぷりなんてできないでしょうし。
ここは正直に先ほどあったことを伝えましょう。
それに――
――『過去も知らず恋人を気取っているの?』。
一郎君の過去を知ったことを知ってほしいから。
「一郎君……実は……先ほど深井さんという方がいらっしゃいました」
あと二人ほど居ましたが、あの方たちのことは無理して思い出す必要はないので省略です。
「……っ!!」
強張っていた表情が更に強張ってしまう一郎君。
やはり言わなかった方が良かったかも、と一縷の後悔が奔る。
で、でも、ここまで来たら引き下がれません。
「そ、それで、玲於――深井さんは……なんて?」
「そ、それは……」
一郎君はなんだかデリケートになっているみたいなので最大限言葉には気を付けて話すことにしました。
「一郎君の中学時代のお話を……少々……」
「……!!」
言葉を選ぶまでもなく、一郎君の顔色が悪くなってしまいました。
私も気が引けましたが、私が聞いたこと全てを一郎君に伝えたのでした。
「――その、私が聞いたのは……以上です」
深井さんと一郎君がお付き合いしていたこと。
一郎君が原因で別れたこと。
その後、様々な噂が学校中に飛び交っていたこと。
その噂があまり良いものではなかったことまで。
私が聞いたのはそんな昔話でした。
「…………」
一郎君の顔がこれ以上ないほど青ざめてしまっています。
このままではいけません。
私が一郎君の気分を害してしまったので、私が一郎君をフォローするんです!
その、こ、恋人なんだから、その役目は私じゃないといけません。
「い、一郎君!」
「……! な、なに!?」
なぜか一歩後退する一郎君。
だから私も一歩前進して話しかける。
「大丈夫です! 何を聞いても私の一郎君への想いは消えたりしませんので!」
上手く言えなかったかもしれないけど、それは私の本心です。
例え何を聞いても、私の心は揺れ動いたりしない。
自分で言うのも変かもしれませんが、一途過ぎるほど一途なのが私の本音なのだから。
仮に一郎君に愛想を尽かされてしまっても、私は他の人と恋することはないでしょう。
それほどに私の中で一郎君の存在は大きかった。
大きくなることはあっても収縮することは絶対にありえないと断言できます。
だから――
「だから一郎君が過去に何をしていたとしても、私は気にしません!」
「!!!!」
――何か。
何か私は大変な失敗をしたのではないでしょうか。
自然と出た言葉を吐き出した瞬間、とりかえしのつかないことをしてしまった予感が私の背筋を通過した。
一郎君の顔をゆっくりと覗き見る。
「…………」
いつの間にか私と一郎君の距離はかなり遠くなっていた。
「い、一郎君?」
私の呼びかけもまるで聞こえていないかのように無表情のまま、一郎君は一歩一歩静かに後退している。
「いち――」
ダッ!
「あっ……!」
私が呼びかけた瞬間、一郎君は全速力で走り去ってしまった。
ど、どうして!?
どうして……私の前から全力で去って行ったのですか?
どうして……私から逃げるように居なくなるのですか?
どうして――
どうして……
「どう……して……」
一郎君が最後に私に向けた表情。
私はそれを知っている。
私の言葉のせいで一郎君はその表情を浮かべてしまっていた。
『悲しみ』の表情を。
見てくれてありがとうございます。
テイルズ二次以来バトル展開を書けて非常に満足しています。
青士さんも大概チートな感じになっちゃいましたがw