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Experience Point  作者: にぃ
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第八話 今日は経験値稼ぎをやめておきましょう

 一限目は数学だった。

 数学という名の暗号解きゲームが黒板上で繰り広げられていた。

 教師がまず三角の図形をチョークで描く。その時点で教室中が嫌な予感に包まれる。

 sin、cos、tanの登場である。

 奴等の風格は物凄い。sinはまだ良い。奴は三角関数の中でも最弱だ。しかしcosレベルになると瞬時に人を混乱状態に陥れる恐ろしい能力を使ってくる。

 タンジェント――奴には決して近づいていてはいけない。素人は奴に瞬殺される。奴の存在が介入してきた途端、吐き気を催す生徒が後を絶たないという噂だ。

 それらの強敵を生み出した昔の数学者に偉大さを感じた。

 頭が痛かった。




 二限目は英語だった。

 中学英語では教科書の人物がリンゴを指さして「あれはペンですか?」みたいなツッコミ待ちのキャラがよく出てくるが、高校レベルになると思考がまともなキャラクターが増えてくる。

 ――と思いきや、そんな芸人魂を忘れていないキャラも稀に出てくる。

 その一例がこれだ。


 文:Ichiro pricked the nose with a leek. Then a leek did not fall out.


 訳:一郎は鼻にネギを刺しました。そしたらネギが抜けなくなってしまいました。


 僕と同名のキャラクターが物凄いことになっていた。

 何をやっているんだ。教科書の一郎は。精神がどうかしているとしか思えない。

 ていうか英語の教科書に出てくるキャラ名で『一郎』率は異常だ。『太郎』も多いがやっぱり一郎も多い。ちくしょう。

 頭が痛かった。




 三限目は家庭科だった。

 というか調理実習だった。

 数ある授業の中でも最もぼっちにとってツラい時間がやってきた。

 といってもこの時間中に何かあるというわけではない。

 何もないのだ。何もやらせてもらいないのだ。

 調理実習なのに調理させてもらえない。

 正確にいうと、何もやろうとはしないのは僕のせいだ。

 自主的に参加しようという行動力があれば、この時間惨めに突っ立っているだけということもないのだろうけど、今の僕にはそれができない。

 これも経験値次第でどうにかなるのかな。今日も放課後頑張ろう。


 ちなみに出来上がったクリームシチューは固体に近かった。

 なぜかジャガイモの輪切りが浮かんでいた。

 頭が痛かった。




 四限目は体育だった。

 なんだか体育の描写ばかりな気がする。

 しかし今日の体育はそれほど憂鬱ではなかった。

 何しろ長距離走だからだ。

 分かっているとは思うが別に長距離走が得意なわけではない。

 むしろ苦手だ。ていうか運動競技において得意なことなど一つもない。

 しかし、長距離は完全個人競技だ。

 それがいい。どんなに走るのが遅くても、どんなに後ろを走っても誰かに迷惑がかかるわけではない。

 体育が終わった後に「アイツのせいで負けたんだよな」なんて言われなくて済むのが何より嬉しかった。

 当然ながら僕は持前の持久力の無さを如何なく発揮し、後ろをゆっくり走っている。

 なんとなく前の奴の背中を追うように走っていたがすぐに距離が空いてしまう。

 なので次の奴の背中を追うがまたも距離が開く。

 距離が開くのはいつものことだが、今日はいつも以上に距離が開くのが早い気がした。

 頭が痛かった。







「実は前から思っていたことがあるんだ」


 五限、六限の描写はカットし、放課後。

 いつものように屋上に集合した僕と星野さん。

 開口一番、僕がそんなことを言い出したものだから星野さんは目を丸くしてキョトンとしている。


「経験値を共有にしては如何でござろうか?」


「高橋君が不思議な語尾を使っています」


 無意識に出た語尾なんだから仕方ないじゃないか。


「僕と星野さんがそれぞれ獲得した現EXPは40。それを一人が40EXPずつ持つんじゃなくて二人で40EXPを持つというのはどうかしら?」


「不思議な語尾」


「いや、語尾はいいから。気にしないで。それで……どう?」


 僕がこんな提案をしたのにはもちろん理由がある。

 仮にこのまま経験値稼ぎを進めたとする。

 しかし、それではその内経験値に差が出てくると思う。

 例えば片方が200EXP、片方が50EXPしかないという状況もあり得る。

 その場合僕はどちらの立場でも気まずくなる。

 僕が50EXPしか持っていない場合、星野さんに頑張って追いつこうと切磋琢磨するだろう。

 しかし焦りが災いしてミスをしまくるのは目に見えている。

 逆に200EXP持っている場合、こちらのほうが僕は嫌だ。

 確実に星野さんが僕の経験値に追いつくまで手を抜いた経験値稼ぎをするだろう。


 そこで考えたのが経験値の共有だ。

 共有されるなら常に共に頑張れる。それに僕と星野さんなら『相棒が頑張るから自分はサボっていいや』なんて思わない。

 むしろ『相棒が頑張るなら自分も頑張らなきゃ』と思うタイプだ。


「あの、逆に質問したいのですが……」


「ん?」


 なんだろう。星野さんが聞き辛そうにしている。


「もしかして、高橋君は獲得した経験値を別々の物に考えてました?」


「へっ?」


 おや?

 この質問の意図はもしかして――?


「もしかして星野さんは最初から共有しているつもりだったり?」


「そう……だったり……します」


 なんてこった。

 ここにきて互いに誤解していたことが発覚した。


「…………」


「…………」


 見つめあったまま、気まずい沈黙が流れる。


「さて! 今日の経験値稼ぎはどうしようか!」


 さっきまでの会話をなかったことにしてみた。

 星野さんも一瞬微妙そうな顔をするが、すぐに僕に合わせてくれた。


「そうですね~。今日の経験値稼ぎなんですけども――」


「うん」


 さて今日はどんなミッションが来るのか。

 最近はそれが一番の楽しみになっている。

 放課後が楽しみになるなんて、それだけですごい変化だよなぁ。


「――今日は経験値稼ぎをやめておきましょう」


 思いもしない解答が出た。


「また内容を思いつかなかったの?」


「『また』ってなんですか! そんな理由ではありません!」


 嘘付け。金曜日の学食でのミッションは即興の思いつきのくせに。


「(じー)」


 めっちゃ見られている。

 いつもより近い距離で見られている為に紅潮しざるを得ない。

 そしてゆっくりと彼女の手がこっちに伸びてきた。


    ピタッ


 そして僕のオデコに触れる。


「ほらぁ! やっぱりです!」


「な、なにが?」


「顔色が悪いと思っていましたけど、熱があるじゃないですか!」


「ほんとに!?」


「どうして自分で驚いているんですか!」


 どうも朝から頭が痛いと思っていたら、マジ頭痛だったとは。

 だから体育の時、いつも以上にフラフラだったわけだ。


「言われてみれば視界がふらついている気がする」


「言われる前に気付いてください! 今日はもういいですから早く帰りましょう」


「う、うん」


「…………」


「…………」


「起き上がれません?」


「うん。ごめん」


 思った以上に体調が悪いみたいだ。

 足に力が入らない。ていうか間接がゆるゆるな感じ。

 動くのがすごくしんどいなぁ。少しこの場で休んでから帰ろう。


「あっ、星野さん、先に帰っていいよー。僕はもう少しここにいるからさ」


「帰れるわけないです! 高橋くんが帰るまで私も居ます」


「そ、そう? でも風邪うつすと悪いし、調子悪いから気の利いたことも言えないと思うけど」


「変なこと気にしないでください。ほら、ベンチに横になって」


 肩を引かれ、あっさり身体が傾いてしまう。

 途中、星野さんの膝にぶつかりそうになり、慌てて身を屈めて回避する。


「……避けられた」


「えっ?」


「何でもないですっ!」


 星野さんが何で怒っているのか分からないが、とりあえずベンチに横になれて少し落ち着いた気がする。

 風がちょっと寒いけど、まぁ、いいか。

 ふぅ~。長く居すぎると星野さんが心配するからほどほどの頃合いで帰らないとな。


    バサッ


 ふと僕の体の上に何かが覆い被さった。

 ブレザーの上着。星野さんの物だ。

 星野さんの方へ視線を移してみると、すごく心配そうに僕を見つめる彼女の姿が在った。

 やばいな。すごく嬉しいぞ、これ。

 まさかこれが噂に聞く女子力というものか。

 とんでもないスキルだな。こうかはばつぐんだ。

 仄かに良いかほりがするのがまた体温を上げてしまいそうだけど。


 でもこれ本来男女の立ち位置逆じゃないか?

 男としてどうなんだ? この状況。どこのヒロインだよ、僕。

 それでも嬉しいものは嬉しい。


    ピタッ


「……っ!?」


 再度僕の額に星野さんの手が触れる。

 しかも今度は長い時間触れている。

 冷たくて気持ち良かった。


「…………」


「…………」


 ベンチに横たわる僕とその脇で額に手を添え続ける星野さん。

 周りから見ると奇怪な二人に見えるんだろうなぁ。

 そう思うと少し笑みがこぼれてしまう。

 いつまでもこうしていたいという気持ちにさせられる。

 このまま眠ってしまえばかなり気持ちいいことだろう。


「……いよぉぉしっ! 帰ろうか、星野さん!」


「急に復活しました!?」


 だけどずっと星野さんに心配そうな顔をさせるわけにはいかない。

 彼女を安心させるためにも、そろそろ家に帰っておくべきだろう。


「これ、ありがとう星野さん。その、暖かかったよ」


 言いながら、被せてくれていた上着をそっと手渡す。


「大丈夫です? 立てそうですか?」


「そこまで重病じゃないよ。でもありがとう。帰ろっか」


「はい!」


 こうして第三回目の経験値稼ぎは延期となった。

 だけど僕と星野さんの絆が深まった気がする。

 それだけで経験値稼ぎ以上の成果を得られたのではないかと、そんな風に思える放課後の一時であった。

見てくれてありがとうございます。

初の授業描写を入れてみました。他の教科のバージョンもその内書きたいです。



~(3/5)追記~

ソタ。さんよりイラスト頂きました

挿絵(By みてみん)

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