第七十一話 うどん……ですか……
今回からは過去編もないので、劇の途中から始まります。
分かりづらいが、客席の一番右端に彼女は居た。
いや、彼女だけじゃない。玲於奈さんの周りには見知った顔の人達が囲んでいた。
あいつ等だ。
この間、喫茶魔王で大暴れしていた不良っぽい人達。
僕を病院送りにしたあの怖い方々だ。
なぜ彼らが玲於奈さんと一緒に居るのだろう。遊びにきた? 一対多数の集団デート? 彼氏の中黒君は居ないのに他の男とデート?
様々な思考が僕の中でグルグル回っていた。
「どうしたんですか? 一郎君。顔色が悪いですよ?」
「あっ……つ、月羽……その……大丈夫……」
客席に見えた中学時代の元カノの姿に動揺し、知らぬうちに顔が青ざめていたようだ。
そんな僕の異変に唯一気付いたのは月羽だった。
「でも……」
「だ、大丈夫。うん、心配してくれてありがとう月羽」
「……はい」
精一杯強がってみせるが、月羽の心配そうな表情は変わらない。
強がりが強がりにならないほど、僕が動揺しているということだろうか。
ギュっ。
「……!?」
月羽は無言のまま、僕の右手を強く握る。
気を使っているのか、心配そうな表情をこちらに向けず、ただ僕の利き手を握ってくれた。
本番前にも月羽はこうしてくれた。
あの時と同様、小さくて冷たい手。
その冷たさに包まれていると、僕は安心出来た。
「ありがとう月羽」
「頑張りましょうね、一郎くん」
そうだ、今は玲於奈さんなんて関係ない。
今はただ劇を成功させることだけを考えればいいんだ。
それを親友が無言で教えてくれた。
「さー、お待たせしましたー! お手洗いはもう済ませたかな? 魔王ショー後半始まるよー!」
舞台上で最も支持を得られているであろう、司会のおねーさんこと小野口さんが登場する。
彼女が出てきただけで、子供たちは笑顔になっている。司会がはまり役すぎる。
よしっ、絶対に会場右端を見ないようにしておこう。
後半はその点だけを注意して壇上にあがることにしよう。
甘かった。
「ま、街の方では不穏な……えっと……う、噂が広がっているようだね……だな」
右端を見なくても、そこから発せられる妙なオーラは半端ない存在感だった。
見なくても見られているのが分かった。
そのせい……というわけでもないかもしれないが、壇上で上手くセリフが出てこなかった。
「みたいだね。この前の赤タイツとの戦いで魔法を使いまくったのが何故か知れ渡っているみたいだよ」
目の前の青士さんも僕の異変に気付いているのだろう。
きちんと劇を演じながらも怪訝そうな顔を客から見えないように向けている。
「……え……えっと……」
……しまったっ。
完全にセリフ忘れた。
え、ええーっと……あれ? 台本のどの辺りを演じているんだっけ?
後半始まってどれくらいが経過したんだっけ?
モブ子やンイオウヤは出てきてないからまだ中盤あたり……なのか?
「そう卑屈になんな、魔王。『魔王が魔法で人を傷つけた』なんて噂、すぐに風化すっから。元気出せ」
「あ……ああ……」
今の台詞、本来僕が言うはずだったものだった。
つまり今のは青士さんのアドリブ。
しかし、おかげで少し冷静になることができ、台本の文章を思い出すことができた。
「とにかく今は一刻も早く誤解を解かねばいかんな」
「ああ。そうだな」
僕が大きく崩れかけたが、青士さんのおかげで持ち直すことができ、一端ここで閉幕する。
幕が下りた後も、僕はゆらゆらと舞台袖へ移動し、椅子にも座らずにそのまま突っ伏すように倒れついた。
なんか、凄く疲れた。五分くらいしか壇上に上がっていないのに前半よりも疲れた。
さすが深井玲於奈。そこに居るだけで芸能人みたいなキラキラオーラをまき散らしている。
その輝かしいオーラは僕にはダメージ源となっているようだ。
徐々にHPが削られて、たった五分でご覧の現状だ。
「一郎君……」
「高橋君、どうしたのかな?」
舞台の反対側の袖で月羽と小野口さんがすごく心配そうに見つめているのが分かる。
しかし、顔を上げて手を振り返すような余裕は今の僕にはない。
……普段の僕でもそんなことできる勇気はないか。
彼女だけでなく、客席からの声も聞こえてくる。
「どうしたというのか、魔王役の方は。まるで別人のようだ。前半のような落ち着いた演技が出来なくなっている。アクシデントか? それとも練習時間が少なく、前半しか演技の特訓ができないみたいな事情があったのだろうか……心配だね、みきちゃん」
「異変があるのは魔王の方だけみたいね。本当に練習不足なのか、それとも魔王の変わりよう自体が大きな伏線のなのかもしれない。その全ての真相はショーを見終わった時に答えは出ているはず……目が離せないね、拓ちゃん」
物凄く批判されると思いきや、なかなかポジティブな思考をしていらっしゃった。
なんか、癒されるなあの子達。
とにかく、次の場面は魔王の出番はないし、少し体力回復に臨むことができる。
このまま椅子に突っ伏しながら、ゴリゴリ削られたHP回復に努めるとしよう。
「レッドとの戦いで街では不穏な空気が流れています。魔法と世界、魔王と人々、縺れ崩れるような互いの関係は果たして修復できるのか!?」
小野口さんの司会アナウンスが耳に入ってこない。
ただ客席右方から放たれるたった一つの視線だけが気になってしまう。
相当重症のようだ。一度心を無にしないといけない。
壇上にはエキストラ役として街の住人の格好をしたモブ子さんと田中さんが立っていた。
場面は街の様子が映し出されていた。
「きいたぁ? ついに魔王が暴行を始めたらしいわよ」
「魔法で人を傷つけたらしいね。世界を征服した後はずっと大人しかったが、魔王も化けの皮が剥がれてきたな」
「それどころかお城では人体実験を進めているらしいわよ」
「私の聞いた話だと魔王はお城でハーレムを作っているらしいわよ。ざっと三人くらいの女の子に囲まれているとか」
モブ子さんと田中さんも中々の熱演である。
もしかしたら誰よりも演技がうまいのではないだろうか?
エキストラなのが勿体無かった。
そして街陰から一人の男がその様子を覗っていた。
「……ふっ、俺の敗戦により、人々の魔王に対する凶悪なイメージを植え付けることができた。計算通りだ」
物陰の男――レッドはボソリと呟いていた。
「理想としては俺が魔王に勝てればそれで良かったが、負けたら負けたでこういう作戦も実行できる。つまり勝敗は勝負前から着いていたというわけだ。フハハハハッ」
悪役全開の演技を存分に示す池君。
モブ子さん達も熱演だったが、やはり誰よりも存在感あるのはこの人の演技なのかもしれない。
「俺を負かさせたことを直に後悔させてやるぞ」
ここで閉幕。
くそぅ、短いな。まだ完全にHPは回復していないのに。
次に幕が上がったらすぐに出番だ。
今の内に台本を読み直しておいて、セリフが抜けないようにしておこう。
小野口さんの言葉ではないけど、今はこの空っぽの頭に無理やり叩き込むしかないのだ。
「たかはしー、これ食えや」
「…………え? 青士さん何かいった?」
「ほれ」
「むぐっ!?」
突然口の中に何かを入れられた。
口にいれたそれは柔らかな感触の奥に小さな歯ごたえが存在した。
「な、なに?」
「揚げタコヤキ。冷めてっけどな」
「何故揚げタコヤキが!?」
「ほれ、これも食えや」
「むぐぐっ!?」
今度は口の中一杯に酸っぱさが広がった。
この鼻にくるような味……
「ぱ、ぱいん?」
「正解。さて、次は――」
「い、いやいやいや、別にお腹空いてないから。そんな餌付けされまくっても困るよ」
「あん? 腹減ってるから調子わりーんじゃねーの?」
「何そのそんなおとぼけキャラみたいな理由!」
「でもまー、ちょっと元気になったぽいじゃん。そのちょーしで次も頼むわ」
青士さんなりの励ましだったのか、これ。
でも確かにちょっとリラックスは出来た気がする。
駄目だなぁ、僕。色々な人に心配されて、月羽に励まされて……それでもドジって……その上青士さんにも励まされて……
これ以上、自分が惨めにならない為にも、せめて劇の間だけは集中しよう。
玲於奈さんの視線は気になるけれど、それを気にしないでいられるだけの精神力は僕にはない。
だから玲於奈さんの視線を気にしながら、それに耐えながら、それでも最高の劇を演じよう。
つくづく僕は甘かった。
「駄目だ。噂は広まるばかりでもう収集のつかねー所まできちまってる」
「その……ようだな……」
セリフは出てくるが、覇気がない。さらに声も小さい。
自分でも分かっているけど、なぜかそれが直せない。
玲於奈さんの視線攻撃がこれほど後を引くとは思わなかった。
「魔女よ、我はもう……魔法を……使うのを……やめる」
「そうか。おめーがそう決意したなら、アタシもそれに付き添うぜ」
「いい……のか……?」
「おめーこそいいのか? 魔法を捨てるってことは、一度支配した世界を諦めるっつーことだろ?」
「……承知の……上だ……」
「わかってるならいーんだ。んじゃ、山奥の集落に家でも設けっか」
「そうだな……争いのなく……我の知名度も知れ渡っていない場所が……理想だな」
「ド田舎なんてちょっと探せばいくらでもあるさ。さっ、早く荷物まとめよーぜ。夜逃げだ夜逃げ」
「……明るいな、お主」
檀上でも壇上外でも心底明るい彼女が羨ましい。
中学時代の知り合いの顔を見つけただけでこんなに怯えまくっている僕とは雲泥の差だ。
その元気を分けてもらいたい。
ここで幕が下りる。
この辺りから場面転換が多くなるのだ。
だからこそ司会の小野口さんの存在が重要なのである。
「魔法を捨て、お城を捨て、そして一度征服した世界をも捨てた魔王! その一大決心の向こうでほくそ笑むレッド。さぁ、物語もいよいよ佳境! 魔王はこれからどうなってしまうのか! レッドはどんな攻勢を仕掛けてくるのか! 目を離さずに次を待て!」
この小野口さんの司会繋ぎが無かったら、劇はグダグダも良い所だ。
閉幕中に会場を飽きさせないような司会をしてくれる。
しかもほとんどがアドリブだったりするのだ。
『その場の空気を読んだ司会をするよ』と宣言していたが、しっかり有言実行している所がさすがだった。
あー、そういえば次は月羽の初登場か。
小野口さんももうすぐ出番だ。檀上がバタバタしてくる時間だっけ。
僕も何とか頑張らねば。いい加減立ち直らなきゃ、また誰かに迷惑を掛けてしまう。
そろそろ幕が上がる時間だ。
次の場面、月羽の台詞から始まる。
「山奥村へようこそ。疲れたら宿屋に泊るといいですよ」
モブ子さん役の初登場。
モブのお手本のようなセリフでお出迎えだ。
「村人よ――」
「モブ子と申します」
「モブ子……さん……よ。この村に空き家とかあったりしないかね?」
「空き家……ですか? ちょっと森奥になりますが、一件だけ空いているお家がありますが……」
「ちょうどいいな。その家をお借りしたい。誰の許可を取ればよろしいかな?」
「い、いえ。許可は特にいらないと思います。ただあの辺は野生の魔物や野獣が多くて、危ないですよ?」
「良いのだ。では悪いが空き家の場所を教えて頂けるかの?」
「は、はい。こちらです」
モブ子さん案内によって僕らは山奥村の更に山奥まで歩くことになった。
到着すると、人の気配が全くない一件の木造家がそこに在った。
「うおっ、せまっ!」
中へ通されると魔女が正直な感想を漏らす。
「前の屋敷が広すぎたのだ。それに自然に囲まれた良い場所ではないか。我は気に入ったぞ」
「……アンタ、つくづく悪の魔王にはむかねーよな」
「昭和住居を好む魔王が居て何が悪い」
よし、魔女とのやり取りも普通になってきた気がする。
俄然舞台右方から放たれるたった一人の視線が突き刺さっているが、それほど気にならなくなってきた。
この調子なら練習通り演じることができそうだ。
「よし、まず荷物を置いたら街の人達に挨拶回りに行くぞ。蕎麦持っていこう」
「魔王自ら挨拶周りって……こいつ一度世界を征服したんだよな?」
「何か言ったか? 魔女よ」
「なんでもねーよ! さっさといくぞ。その前にヒゲ剃れ! てめー」
「ひ、ヒゲだけは勘弁してくれ! わしのチャームポイント消すでない!」
「妙な所でこだわりもってやがる!」
そんなコントのようなやり取りに客席から大きな笑い声が聞こえてくる。
この辺りの台本は月羽と小野口さんが考えてくれた所だ。
こう言ったシュールな笑いを作るのは本当に上手い。月羽は天然かもしれないが。
一瞬だけここで証明を落とし、背景だけを変える。閉幕はしない。
次の場面は魔王と街人との接触シーンである。
「あっ、先ほどの……お家までたどり着けましたか?」
「おぉ、モブ子さん。おかげさまで助かったぞ。これ、お近づきの印じゃ」
「あ、ありがとうございます……うどん……ですか……」
「蕎麦がなかったので他の麺類で代用させてもらった」
「そ、そうですか……」
困惑するモブ子役の月羽。
この子のこういう演技は正直上手い。
僕は最後まで棒読み感残る仕上がりになったが、月羽は違った。
ていうか素の月羽のままで十分モブ子役として完成されていたのだ。
……モブ役の方が適役なのもどうなのかと思うけど。
「……おや、新しい住人かえ?」
舞台袖から一人の老婆が登場する。
エキストラ役として登場した魔女様である。
「村長様っ」
「お主が町長殿でしたか。挨拶が遅れました。本日より山奥の小屋に住まわせて頂く魔――じゃなくて……ファーストと申します。こっちはスノコ。よろしく願います」
魔王という立場を隠している設定なので、仮ネームとして幹部ネームを名乗る。
「こんな何もない村に新しい住人が増えるのは喜ばしいことじゃ。どうか末永くこの村に住んでくだされ」
「そういっていただけるとありがたい」
村長役の魔女様に深く頭を下げる僕と青士さん。
そのまま舞台袖へと村長は去ってゆく。
「いい村ではないか。ここでなら上手く……人らしく暮らせていけそうだな」
「だな。こんな異端者とすんなり受け入れてくれるなんて思わなかったわ」
新住居先の村にて暖かい歓迎を受ける魔王と魔女。
心温まる空気の中、一端幕が下りる。
「すっかり一村人となってしまった魔王様と魔女! 良い村人に迎えられ、二人は幸せな日々を送っていました! だけど、忘れちゃいけない、あの人の企み! 新しい住居先でも何やら波乱の予感がするよー!」
司会での一言を終えると小野口さんは急いで舞台袖へと消えていく。
小野口さんもンイオウヤ役として出陣するのだ。
物語もいよいよ佳境だ。
僕の動揺もようやく収まってきた感じがする。
このまま無事に終わりますように。
フラグとかそういうの抜きで、本当に心からそう願う。
「ファーストさん。本日は喫茶店のお仕事ですか?」
「いえ、今日はただの買い出しじゃ」
「貴方の入れるコーヒー私、好きです。またあの喫茶店――『喫茶魔王』へ通わせて頂きますね」
「おお。ぜひとも来てください」
魔王は喫茶店でバイトしているという設定。
モブ子さんはそこの常連。
これもただのステマ――もとい宣伝だ。
こんなことで喫茶魔王の集客が増えるとは到底思えないけども。
「ファーストさん、すっかりここの村人らしくなりましたね」
「はっはっはっ、そう言っていただけると光栄ですじゃ」
現在檀上には僕と月羽の二人だけが立っている。
不思議なものだな。さっきまで玲於奈さんの視線に怯えまくっていたのに、この子が一緒に演じてくれているだけで妙に落ち着ける。
月羽と二人ならなんか怖い物なしな気持ちになれる。
なんだかんだ言って、この子と長く過ごした時間は僕の力になってくれているのだと実感する。
「おう、魔――ファースト! ここに居たのか! 大変だぞ!」
ここで舞台袖から魔女役の青士さんが緊迫した表情で駆けてくる。
「どうしたのだ? そんなに慌てて?」
「どうしたもこうしたもねー! 今、村人から噂で聞いたんだけどよ。なんか全身赤タイツの不審者が街に紛れ込んでいるみてーなんだ!」
「全身赤タイツって……どう考えても……アイツ……だよな?」
「アイツしか考えられねーだろ! こんな辺境にまで追ってきやがった!」
「……あの? アイツってどなたのことですか?」
首を傾げながら聞いてくるモブ子役の月羽。
「アイツというのは――」
「――こんなイケメンのことを言うのだよ」
「「「……!?」」」
明後日の方向から不意に第三者の声が聞こえた。
いつの間にか忍び寄る様に近寄ってきたレッドこと池君が視線の先に居た。
「てめぇ!」
「おっと。今は争う気はないさ。レディの前だしね」
モブ子さんに対し、ウインクを送るレッド。
悪役ながら行動はイケメンなのだ。全身赤タイツだけど。
「そうだな。ギャラリーが多い場所へ移動したい。俺のイケメンっぷりを多くの人に見てもらいたいからね」
「誰がてめーの言うことなんか従うかよ!」
「ふっ、いいのか? 戦闘になれば困るのはそちらではないかね?」
「ぐっ……!」
レッドは魔王が魔法を捨てていることを知っているらしい。
それ故に魔王達は今戦えない状況に居るのだ。
「さぁ、案内にしてもらおう。そうだな。そこのキミ、人が一番多く集まる広間とかに案内してくれるかい?」
レッドがモブ子に対して道案内を頼む。
モブ子は怪訝そうな顔をしながらそれに従った。
大広間にはギャラリーが勢揃いしていた。
レッド役の池くん、魔王役の僕に、魔女役の青士さん、モブ子役の月羽、エキストラ出演のモブ子さん(本物)と魔女様(本物)、に田中さん。
これだけ揃うと圧巻だった。
「ふむ。ギャラリーとしては少ないが、まぁ、良いだろう」
レッドはコホンと一つ咳払いを鳴らすと、その長い腕を伸ばし、綺麗な指をビシッと刺した。
その指先には魔王である僕が居た。
レッドは焦らすことなく、担当直入に言いたいことを宣言したのだった。
「この男は世界を征服した魔王だ!」
「「「……!!」」」
溜めもなく、もったいぶらずに言ったことで村人へその言葉の意味がストレートに伝わった。
村人に戦慄が走る。
空間にざわつきが奔る。
「魔王が魔法で人を傷つけたという噂を聞いたことはないかね?」
「いや、ないけど」
「ないが」
「こんな辺境に噂が伝わるとでも?」
田舎パワー恐るべし。
世界常識もこの村では非常識であるパターンが多いのだ。
「そ、そうかね……ともかくそいつは危険で悪い奴なのだ」
「いや、急にそんなこと言われても」
「そもそもアンタ誰? 怪しさで言ったらアンタの方が格段に上なのだが」
村人は戸惑いながらも冷静だった。
「と、とにかくっ! そいつは極悪な魔法を操る魔王なのだ!」
「それがどうしたんじゃ?」
「別に魔法の一個や二個使えるから何だって話じゃん?」
「いやー、実はアタシも昔は魔法使いに憧れて、ファンタジー物の小説を執筆したもんじゃ」
村人の冷静さが半端なかった。
というかレッドのアウェー感も半端なかった。
「そ、そいつは皆を騙して村に住みついていたんだぞ!? 許されないことではないか!」
「それが何の問題が?」
「いや、別に秘密くらい誰にでもあるでしょ」
「誰が何と言おうとファースト殿はもうこの村の一員じゃ。魔法が使えるくらいで追い出したりせんわ。山奥村なめんな」
そうだそうだと囃し立てるエキストラ一同。
「み、皆……」
村人の暖かい言葉を聞き、感動する魔王。
「くっ、予定変更だ! もう形振り構っていられるか!」
アウェー感に堪えられなくなったレッドは、強引な策に転じる。
「きゃっ」
モブ子役の月羽の腕を掴み、そのまま首筋にナイフを構える。
早い話が人質策である。
「卑怯者めが!」
「最後に勝てばいいのだ。その為ならば俺は手段を選ばん!」
イケメンとは程遠いセリフだ。
池君は最後までこのセリフに反論していたという裏話もあったりする。
「それにこっちは奥の手があるのだ!」
「な、なんだと!?」
「さぁ、出てこい。究極人体兵器、『ンイオウヤ』よ」
「めぎゃーー!」
ンイオウヤ役の小野口さんが初登場だ。
ンイオウヤは剣玉をしながら、フラフープを回し、『めぎゃー』と奇声を上げていた。
ンイオウヤの全設定をしっかりとこなす小野口さん。客から見ればなぜ剣玉しながらフラフープを回し、更にコサックダンスをしているのか謎で仕方ないだろう。しかしそれが設定なのだから仕方がない。
「な、なんだ、こやつは!?」
「ふっ、こいつも俺と同じく人類の希望兵器だ。戦闘能力は軽く俺を超える。イケメン度は俺を超えられなかったがな」
また池君が妙なアドリブを入れる。
レッドが一番イケメンなのは分かっているから、そこまでイケメンを強調しなくても大丈夫だと言ってやりたい。
「こいつめがっ!」
魔王は術式を組み、簡単な呪文を唱え始める。
「待て、魔王。魔法はもうつかわねーって誓っただろうが!」
「――ぐっ!」
自らが立てた誓いを思い出す。
しかし、モブ子がピンチなのも変わらない。
魔王は組み上げた術式を完成させるべきか躊躇する。
「でも、魔法抜きに何とかできる相手でもねーんだよな」
相手は重火器使いレッド。
魔法には長けていても武術はからっきしの魔王には体術で勝てる術などなかった。
「魔法を使うか……使わないか……か」
最優先すべきは人質の救助に決まっている。
しかし、それには魔法の力は不可欠だ。
だけど、自らが立てた誓いが力を使うことを阻む。
「大丈夫ですじゃ。アンタはもう立派な住人と言ったろう。魔法がどうのこうのでお主さんを嫌いなったりする村人なんて居るものか」
「そ、村長殿……」
「ファーストさん! モブ子さんを助けてあげて!」
「私からもお願い! モブ子さんを救って!」
「み、みんな……し、しかし……」
皆からの支援を受けても魔王は迷っている。
苦悩の魔王。
ここで一度幕が下りる。
さぁ、ここだ。
この瞬間が一番忙しくなる時間帯だ。
まず小野口さんはンイオウヤ衣装から司会衣装へ早着替えをする。
同時に月羽もモブ子衣装からシークレット衣装へ着替え、スタンバイをする。
準備が出来たら二人は互いに合図を送り、タイミングを計って司会の小野口さんが壇上へ向かう。
「ぜぇぜぇ……さ、さぁ、ついに攻めてきた政府からの敵襲、レッドと新たな敵ンイオウヤ。しかし魔王は未だに魔法を使うことを迷っているよ。そこでおねーさんから皆にお願いがあるんだ!」
さすがの小野口さんもこのバタバタのせいで少し息切れをしている。
しかし、ここが一番の見せ場でもある。小野口さんもそれを分かっているので、精一杯頑張っているようだ。
「会場の皆も魔王様を応援して欲しいんだ! 皆の声援で迷っている魔王様に勇気を与えて欲しいの。きっとみんなの声は魔王様に届くはずだからお願い! 大きな声を魔王様に送ってあげよう!」
「こ、これは客席参加型のパフォーマンス!? そうか、これが子供向けのショーだと言うことを今の今まで忘れていた! し、しかし、大声を出して応援するなんて……恥ずかしいじゃないか! ね、みきちゃん」
「で、でもここで私達が魔王様を応援しないとこの劇の結末を見ることができないわ。一時の羞恥の為に劇を中断させるのは忍びない。で、でもやっぱり恥ずかしいっ! ね、拓ちゃん」
みきちゃんや拓ちゃんのみならず、客席の反応はこんな感じだ。
だけど僕らはこの展開もきちんと懸念していた。
そして対策も立てていた。
そう――我らが月羽さんのシークレットキャラクターがここで登場するのだ。
「ま、魔王様―! 頑張ってくださいー!」
会場から一人の女の子の声が――僕にはとても聞きなれた声が響いてきた。
「頑張れー! 魔王様―!」
再度同じ女の子が大声を出す。
その声が機転となり、会場の雰囲気が少しずつ変わってきていた。
「が、がんばれー」
「魔王様―」
「ぎゃんばれー! 魔王しゃまー」
会場に居る子供達からも応援の声がポツポツと聞こえ始めた。
狙い通りだった。
懸念していたのは客が恥ずかしがって魔王を応援しないと言う場合。それに客席がガラガラだった場合も同時に想定していた。
後者の心配はなかったみたいだけど、たぶん前者の問題は起こりうるだろうと推測したのは池君だった。
彼はイケメンを学ぶためにたまにヒーローショーを見学していたりもしていたらしい。その現場でも同じように客の声を煽るパフォーマンスはよく行われていたが、その成功確率は半々らしい。
よほど煽りの上手い司会じゃないと難しいらしいのだ。
小野口さんもかなり上手い司会だったが、それでも客側の支持を煽るのは難しいとのことなのだ。
特に最近の子供は恥ずかしがり屋が多い傾向だ。
だからこそ、僕らは策を練った。
客の羞恥心を散らすにはまず誰かが大声を上げること。
そうすればそれにつられるように他の客も一緒に応援をし出してくれる。
だから僕らは最初から客席にサクラを紛れ込ませた。
それが月羽の第二の役――『観客』なのである。
まぁ、月羽は最後までこの役を嫌がっていたけど。あまりキャラじゃないもんな、大声を出すって辺りが。
でも体格や容姿的に観客として紛れることが出来そうなのは月羽くらいなものなので仕方なかった。
「魔王様―! 頑張ってくださいー!」
「いけー! 魔王―!」
「赤タイツなんてやっつけろー!」
しかし、彼女の頑張りのおかげで客席のヒートアップには成功していた。
今や会場は魔王の応援一色だ。
これで理想的なエピローグへ劇を進めることができるぞ。
「つまらないわね」
「――!?」
応援一色だと思っていたが、その中にただ一つだけ異端の空気が存在していた。
一人の女の子を中心とした一角は明らかに場違いな視線をこちらに向けている。
氷のような――冷たい眼差しを。
見てくれてありがとうございます。
魔王ショーは3部構成でお届けしたいと思います。
ですので次回魔王ショー完結&バイト編も完結です。