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Experience Point  作者: にぃ
73/134

第七十話 私達の経験値、信じましょう

前の更新から10日開いてしまいました。

そして区切りが分からずダラダラ書いていた為、また長くなってしまって……

とりあえず過去編は今回で締めくくりです。

    【《二年前》 main view 高橋一郎】



 玲於奈さんにフラれてから四ヵ月が経過した。

 その間、僕と彼女は一言も会話をしていない。当然だけど。

 しかし、同じクラスなおかげでたまに視線が合ってしまう。

 あちらがコンマ2秒で視線を外すから顔を見ることもままならないが。


 卒業まであと三ヶ月。




 玲於奈さんにフラれてから五ヶ月が経過した。

 僕の冤罪はすでに全校に伝わり、たまに別クラスの勇者様が僕を懲らしめにくる。

 勇者は必ずパーティを組んで僕を囲ってくる。

 要するに呼び出し&リンチだった。


 卒業まであと二ヶ月。




 玲於奈さんにフラれてから六ヵ月が経過した。

 生徒会からの睨みが怖かった。

 先生からの睨みも怖かった。

 クラスメートからの睨みも怖かった。

 だけど……何よりも……


「…………」


 僕を避けまくっていた玲於奈さんがこの日辺りから頻繁に僕を睨んでくるようになった。

 玲於奈さんの睨みが何よりも怖かった。


 卒業まであと一ヶ月。







「高橋君、ちょっといいかしら?」


「…………」


 いつぞやを彷彿とさせるようなセリフで玲於奈さんに呼びとめられる。

 約半年ぶりに玲於奈さんの声を聞いたような気がする。

 ていうかもう一生玲於奈さんとは話をする機会なんてないと思っていたのに……


「ちょっとここだとアレだから……そうね、中庭に来てくれる?」


 中庭――

 初めて玲於奈さんに呼び出しを受けた時も行先は中庭だった。

 そして玲於奈さんにフラれた場所も……やっぱり中庭だった。

 嫌な予感が拭いきれぬまま、僕は黙ってこくんと頷いて、玲於奈さんの後姿を追うように中庭へと向かうのであった。







「貴方、進路は南高を避けて西高に行くそうね」


 どこから漏れた情報だろうか。

 南付属の生徒の大半はエスカレーター式に南高校へ進学する。

 だから僕は知り合いを避ける為に西高校を受験した。


「玲於奈さんは……やっぱり南高へ?」


「条件その3」


 ピシャリと言い放つ。


『一つ、私に触れないこと』

『二つ、貴方から私に話しかけてこないこと』

『三つ、質問は一切受け付けません』

『四つ、僕が玲於奈さんをフッたことにすること』


 今の言葉は条件その三に反していたようだ。


「まぁいいわ。答えてあげる。もちろん私は南高へ進むわ。そこで私はもっともっと輝くの」


 今でさえ十分すぎるほど輝いているのに、まだ輝き足りないのか。

 玲於奈さんは学校のアイドル。たぶん高校でもアイドル的存在になるのだろう。彼氏持ちだけど。

 もしかしたら本物のアイドルになってテレビに出たりなんかもしそうで怖い。


「だから貴方と話すのはきっとこれが最後になるでしょうね」


 まぁ、そうだろう。

 高校へ進めば玲於奈さんとのつながりは完全に断たれる。

 携帯の番号すら知らないしなぁ。


「だから今の内に貴方へ最後の条件を与えます」


 四つだけでも多いのに、ここにきて更に条件が増えるのか。

 しかし、玲於奈さんと会うのは今日で最後のはずなのに、どんな条件が必要だと言うのだろうか。


「あの日から貴方はただ耐え忍ぶだけだったわね」


「う、うん。まぁ……」


「反論もせずに、反抗もせずに、ただただみっともなく皆の良いように弄られていた」


 図星過ぎて何も言えない。

 しかし『みっともなく』……か。大体の事情を知っている人からみたらやっぱり僕の姿はみっともなく見えたのか。


「でもまぁ、良いみっともなさだったわよ。しっかりと私が出した条件も守っていたし、及第点ね」


 良いみっともなさってなんだろう。

 玲於奈さんは何故か僕がみっともないことを褒めてくれていた。


「クラスメートともかかわらず、友達も作らず、悪行三昧の噂を流されて、生きる価値ないオーラをまき散らすだけの迷惑な存在、それが貴方だったわ」


 再度図星を突かれ、言葉を失う。

 やっぱり馬鹿にされていたのか。一瞬でも褒められたと思って少し喜んでしまった自分が情けない。


「落ち込むことないわ。私、貴方のそういうところ買っているのだから」


 生きる価値ないオーラをまき散らすことを買われていると?

 妙な所に僕の価値を見出している人だなぁ。


「それが私から出す最後の条件としたいのよ」


「……?」


 脈絡のない会話切り替えに小首を傾げる僕。


「条件その5、貴方はこれからも生きる価値ないまま変わらないこと」


「…………」


 今までの条件もかなり変わっていたが、この最後の条件には度肝が抜かれた。

 つまり、ヘタレのまま変わるなということ?


「じゃあね。最後の条件、期待しているわよ。もう会うこともないでしょうけど」


 それだけ言い残すと、玲於奈さんはゆっくりとした足取りで立ち去って行ってしまう。

 凛とした美しい後姿。整い過ぎている容姿ももう見ることもない。

 その憧れていた人と付き合っていたという事実は僕の中で人生のピークだったのかもしれない。


「変わらないこと……か」


 変わろうと思って西高を受験したのに、それすらも制されてしまった。



 だけど、僕は――



 僕は――



 やっぱり――



「僕は……変わりたいんだよ……玲於奈さん」


 玲於奈さんから掲示された最後の条件。

 こればっかしは守るつもりはなかった。

 玲於奈さんにどんな思惑があるのかは分からない。

 でも、どんなに憧れていた人からのお願いでも聞けないことはある。

 この条件まで鵜呑みにしてしまったら、それこそ終わりだと思うから。


「絶対……変わってやるっ」


 この日、僕は初めて玲於奈さんに反発した。


 卒業まであと一日。

 僕の経験値がマイナスからゼロへと変わった日であった。




  ☆  ★




 8月17日。水曜日。

 大一番の日がやってきた。

 今まで頑張って練習してきた魔王ショーの本番。

 天気は快晴。

 カラっとした気持ちの快晴の日であった。


「しっかし、おめーの魔王衣装あんまり似合わね―な」


「高橋君童顔だもんね」


 確かに衣装は格好良いけど僕が来たら威厳も何もない。

 魔王様用の仮面とかあればよかったんだけどなー。


「格好良いですよ、一郎君」


「そ、そう? ありがとう」


 こんな風に言ってくれるのは月羽だけだ。

 そして何気に喜んでいる僕がいる。


「月羽も似合っているよ」


「そ、そうですか? ありがとうございます」


 少し頬を赤らめながら照れ臭そうにする月羽。

 月羽は現在モブ子さん衣装を着けている。

 そしてお世辞抜きに月羽が一番似合っている気がする。

 夏休み途中からずっとポニーテールでいる月羽だったが、やっぱりこの子は髪をまとめているほうが可愛い。その上に街人であるモブ子さんの衣装を着た月羽は素朴な可愛さが浮かんでいた。

 ……モブ衣装が似合うって微妙な褒め言葉だったかもしれないけど。


「ねーねー。お客さんの入りはどんな感じー?」


「ふっ、上々のようだ。子供連れのお客様で賑わっているようだ」


 うぅ……結構入っているのか。そんなのミニテーマパークネメキじゃない。客の入っているテーマパークなんてネメキらしくない。

 今日だけはガラガラが良かったなぁ。視線が多く集まるとテンパりそうだし。

 やばい。ネガティブに考え出すと増々不安になってくる。


「ぅああああああああぁぁぁぁぁぁ」


 大道具の隙間に身を屈めて頭を抱える僕。


「どしたの? 高橋君」


「きんちょーして震えあがってんっしょ。ほっときゃいいって。なんだかんだいってアイツは上手くやれるんだろーし」


「だな。セカンドイケメンならば舞台を大成功へ導いてくれると俺は確信している」


 みんなして謎の過大評価して僕に構ってくれない。

 その過大評価が更なるプレッシャーになっていた。


「一郎君、一郎君」


 だけど月羽だけが寄ってきて、同じように身を屈めて僕に話しかけてくれる。

 そして軽く背中に手を当てて、心配そうに顔を近づけてきた。


「大丈夫ですよ。毎日あんなに練習したんですから絶対大丈夫です」


「そ、そう……かなぁ?」


「はい。月羽さんが保障します♪」


 なんだろう。月羽の保障が頼もしく感じる。

 ていうかいつもと立場が逆な感じになっているな。

 いつも励ます立場だった僕が励まされている。

 でもそんな関係も悪くないと思えた。


「一郎君。私達の経験値、信じましょう」


「……うん」


 相変わらず不思議だ。

 『経験値』という単語が僕の元気の源になっている気がする。

 EXPが溜まれば溜まるほど自信が沸いてくるのもわかる。

 ……月羽じゃないけど、経験値稼ぎをもっとやりたいなと思ってしまった。


「皆の衆、時間になった。スタンバイしてくれ」


 エキストラとして出演予定の魔王様が時間を知らせてくれた。


「さっ、行きましょう一郎君。一緒に」


「うん。一緒に……ね」


 差し出された月羽の手を軽く握り、互いを引っ張り合うように舞台袖へ向かう。

 相変わらず冷たい手。

 だけど不思議と落ち着ける、そんな不思議なパワーが月羽の冷たい手から伝わってきていた。







 始まりを告げるブザーが鳴り響き、幕がゆっくりと上がっていく。

 その壇上の中央に司会衣装の小野口さんが一人立っていた。


「みんな~! こーんにーちはー!」


「「「こーんにちはー」」」


 小野口さんの高らかな挨拶が子供達の興味を煽る。


「あれー、元気が無いぞー! それじゃあもう一度! こーんにーちはー!」


「「「こーーんにちーーーちはーーー!」」」


 テンプレの客席パフォーマンスの煽りだ。

 小野口さんはさすがすぎる。

 この大勢の客の前でも全く物怖じしていない。

 小野口さんの掴みによってお客さんは早くもショーに興味が注がれていることだろう。


「うわぁーい。ショー楽しみだね。みきちゃん」


「ほんとだね、拓ちゃん」


 どれだけ子供たちの心を掴めるかが今日の勝負だな。

 しかし、物語内容がちょっと青年向けだけどそこが大丈夫か不安だな。


「このショーはね、とーっても格好良い魔王様の物語なんだよー! 正義の魔王様が仲間と一緒に悪者と戦っていく話なの。だからみんなも魔王様を応援しようねー!」


 お手本のような司会のおねーさんだ。

 なんだか小野口さんが同級生なのに大人のおねーさんのように見えてしまう。


「魔王が主役だって、みきちゃん」


「わー、面白そうだね、拓ちゃん」


 最前列にいるみきちゃんと拓ちゃんの会話が耳に入ってくる。

 奇抜な設定だと思ったが、案外子供達にも受け入れられているようだ。


「――それは昔のお話です。世界はすでに魔王様に征服されていました」


「初期設定で世界征服をしているんだって、みきちゃん」


「わー、その過程の説明はまるでないんだね、拓ちゃん」


 なんだかみきちゃんと拓ちゃんの評価が急に辛口になった気がする。

 子供ながら早速設定に批判をしてくるなんて……この子達只物じゃない。

 っと、ここで僕の登場シーンだった。

 僕はやや駆け足で壇上の中央へ移動した。

 震える足を叱咤するように、僕はなるべく大きな声を張り上げて第一声を放った。


「世界の征服は完了した。これで我の魔法に臆する者が居なくなる世界を構築していくのだ」


 なるべく声を低くして魔王様っぽさを心がける。

 それでも元の声が高めな故に威厳が保てずに居られる自信はないけど。


「――魔王様は生まれつき持つ強大な力がコンプレックスでした。その魔力で人を苦しませるつもりなんて微塵もないのだけれど、大きすぎる力は存在するだけで人々は恐怖したのです」


 小野口さんの司会アナウンスと共に物語を進行していく。

 序盤は登場キャラクターが少ないからこれはある意味仕方ないのだけど、


「我はただ認めてもらえればそれでいい。異能な力を秘めていようと、自分がそこに居てもいい世界を創れればそれでいいのだ」


 最初は独奏のような展開。

 魔王の気持ちをただ述べていくだけなのだけど、ここで観客に感情移入させられるかで今後の展開にも影響する大事なシーンだ。

 ……まぁ、感情うんぬんよりも先にセリフを忘れずに言えるかすら怪しい所だけど。


「大いなる力を秘めた主人公の苦悩が伝わってくるようだね、みきちゃん」


「征服することでしか自分の世界を築けない悲しい背景が見えてくるみたいだね、拓ちゃん」


 この子達は年齢を偽った子供ではなかろうか?

 身体は子供、頭脳は大人のお客様が最前列にいる。







    コンコンっ


「むっ? 誰だ?」


 魔王の屋敷に来客が訪れる。


「この屋敷に人が来るのは珍しいな」


 一人、呟くように魔王である僕は屋敷のドアを開ける。


「……私を……匿って……もう……貴方しか……頼れる人が……うっ――」


 ドアを開けた途端、異端の格好をした女性が倒れ込んでくる。

 魔女の格好をした青士さんである。


「お、おい! きみ、大丈夫か!?」


「…………」


 空腹と疲労で喋れない魔女。


「この娘の内より溢れるオーラは……まさか、我と同じ力を……?」


 自分と同じ力を感じた魔王。

 その出会いが魔王の運命を大きく動かすことになる。


 ここで一度閉幕。


 幕が下りている間に魔王様や田中さんが大急ぎで背景のチェンジをする。

 そして再度司会の小野口さんが登場する。


「世界を征服した魔王様。だけど心の内はただ臆病で優しい人だった! しかし、そこに一人の女性が登場だぁ! この劇のメインヒロインだよー!」


 小野口さんはああいっているけど、魔女様はメインヒロインというよりは相棒的ポジションだと僕は思っている。

 初めて見つけた自分と同等の存在。

 演じるのは青士さんだけど、境遇的にはやはり僕と月羽に似ていた。


「『魔法』という異能の力、ファンタジー世界では常識的に出てきているけれど、この世界では一番のキーワードになりそうだね、みきちゃん」


「孤独な魔王の悲しい心情が今後どのように溶かされていくのか、そしてそんな彼と同じ境遇の女性の登場で更なる波紋が広がりそうだね、拓ちゃん」


 もっと子供らしい感想を述べなさい、みきちゃんに拓ちゃんや。

 おっと、準備が整ったみたいだな。

 デミの位置へ移動しておかないと。


 ブーっと長い音声が響き、再度幕が上がった。


「やはりキミの魔法を使うことが出来る存在だったのか」


「まーな。ったく、街の奴らめ。『魔法が使える』ってことがバレた途端に人を化け物扱いしやがって!」


 疲労した女性を休ませ、魔王である僕は彼女にパンを与えると、半日くらいで彼女の意識ははっきりとしてきた。

 魔王はゆっくりと話を聞き出し、彼女――魔女は自分と同じ力を持つという事実を知った……という場面からのスタートである。


「……あー、うめ。超うめー。喫茶魔王でも食べることのできる魔王ランチめっちゃうめー」


 このあからさまなステマ発言は青士さんのアドリブである。

 しかし、あくまでもこの魔王ショーはミニテーマパークの宣伝であるのだから、このアドリブも間違いじゃない。


「キミは……その……あれだな……中の人まんまだな……」


「あん!? わりーか!? 清純派ヒロインじゃなくて悪かったな!」


「……げ、元気だな。衰弱設定のはずなのに」


 魔女様っていうより、まんま青士さんだ。

 当初、魔女様の設定は無口で寡黙な女性なはずだった。

 だけど、青士さんは練習の時からその設定をガン無視し、我を通し続けてきた。

 そんなわけで、こんなギャルギャルしい魔女様が誕生した。


「つーかさ、なんでウチら世界からハブられるんだろーな? ただ単に魔法が使えるってだけだっつーのに」


 ここでようやく青士さんが台本の台詞に戻ってくれた。

 僕も気持ちを籠めて、台本の台詞の続きを言葉に出す。


「強大な異能の力は持っているだけで罪なのかもしれんな。我もそんな世界が嫌で世界を征服してみたが、正直な所、それほど情勢は変わっていない」


「あん? それって征服した意味ねーじゃん。無駄世界征服だな」


「……それをいうな。悲しくなる」


 魔王の世界征服は成功したけど、失敗した。

 そんな感じ。


「しゃーねーな。じゃあこのアタシがおめーの野望に協力してやんよ」


「……というと?」


「おめーだけじゃいつまでたっても魔法の恐怖感を払拭しきれない世界のままな気がするからな、アタシの超利口な頭脳を貸してやるよ」


「なんかあまり頼りにならない気もするが……だが、協力者を得られるのはありがたい。これからも一緒に頑張ろう」


「おう! 今日からアタシ達は仲間だ! 同盟だ! たった二人だけだけど『魔法を認めてもらおー委員会』結成だ」


「……その組合名は早急に何とかしたいものだな」


 こうして魔王と魔女は同じ悩みを持つ者同士、世界の改革を目指していくことになる。


 ここでまたも閉幕。


「さぁさぁ! 魔法を認めてもらおー委員会結成だよー。二人は世界に魔法を認めさせることができるのか! ご期待あれ!」


 テンション高いなぁ、小野口さん。

 練習通りのテンションで本番を迎えられるのってさりげなく凄いと思う。


「人々と魔法の譲歩、魔王が目指す世界というのは一見簡単そうに見えてそうは行かなかったんだね。仮に『魔法は危険だ』という集団心理が全世界に流通しているとすれば、それを覆すのは至難の業だ。世界を征服したとしても人々の恐怖心を完全に拭い去るのは無理だ、その大問題にどう立ち向かっていくのか、見どころ満載だね、みきちゃん」


「単純な演劇のように見えて、練り組まれた設定が感じ受けられるね。見たところ、背景、証明は超一流。そして期待感高まるのは魔法エフェクトの演出だね。役者さん達も頑張っているし、物語中盤から終盤に向けての盛り上がりが舞台を生かしも殺しもする。何よりも客側の感情移入がまだ薄いのが残念。でも今後の修正に期待できそうな予感はするね、拓ちゃん」


 将来評論家になれ、みきちゃん、拓ちゃん。

 なんかあの二人の子供に劇を見られていることがとんでもない名誉なことに思えてきた。


 そんな果てしない緊張感に見舞われながら、再度上がった。







 今度は場面が一気に変わり、別キャストが壇上に上がっている。


「さぁ、ついに決戦だ。対魔王に備え、完成させた人物兵器『レッド』よ! 今日の日に備え、完成させたお主の超人的パワーを今こそ見せつける時だ」


 政府軍もといアンチ魔王戦隊リーダー……その役は緊急代役で我らが魔王様が受け持ってくれた。

 やたら大物臭のするキャラではあるが、この物語ではちょい役である。


「ふっ、ついにこの日が来てしまったみたいだな。この俺のイケメンパワーを存分に解き放つ日がっ! 魔法が何だ。そんなものイケメンパワーに比べたら恐れるに足らず力であることを俺が証明してこようではないか!」


「き、期待しておるぞ、人類の希望、レッドよ」


 人類の未来はこの自称イケメンの赤色全身タイツに託された。


 短いが、ここでまた一度幕が下りる。


 ここで登場するのはもちろん司会の小野口おねーさん。


「敵か味方か、といっても流れ的に明らかに敵なんだけど! ここでライバルキャラが登場だ! これは激戦必至の予感がするぞー? みんなは魔王とレッド、どちらを応援するのかなー」


 レッドの出現は唐突すぎる感が否めないが、これは尺の都合上仕方なかった。

 さてさて、未来の評論家二人のお言葉を聞こうじゃないか。


「…………」


「…………」


 無言かい!

 逆に怖いよ! その反応!

 この子達は本当に楽しめているのか、果てしなく不安になった。


 その微妙な空気の中、幕が再度上がった。







 舞台はまたも打って変わって魔王屋敷。


「具体案、何も思い浮かばねーなー」


「そういう本音はなるべく口に出さないで頂きたいな」


 『魔法を人々に認めさせる』という目標の為に奮起したのは良いが、魔女の言う通り、具体案はまるで思い浮かばなかった。


「何か行動を起こさねばいかんな」


「それが思い浮かばねーからこうして悩んでんじゃねーか。ボケたか? 禿が」


 最後の一言は青士さんのアドリブだ。

 この人、思いつきでとんでもないアドリブを入れてくるから怖い。

 今のもギリギリのラインじゃないか? お子さん引いてないだろうか。


「――なぁ? なんか外騒がしくねーか?」


「むっ? 確かに妙な物音がするな。この屋敷には我々しかいないはずなのだが……」


「……この馬鹿でかい屋敷も大概意味ねーよな」


 いちいち一言多い魔女は、しぶしぶといった表情で重い腰を上げて、扉を開ける。

 ――が、扉を開けた瞬間、その来客者はいきなり大剣を振り回してきた。


「あぶねっ!」


「魔女!」


 魔女はギリギリの所で奇襲攻撃を避けることに成功していた。


「ほぉ、俺の攻撃を避けたか。敵ながらやるな」


 全身真っ赤の男が良い声を響かせながら賞賛を送っていた。


「誰だ。お主は!」


「ふっ、俺か? いいだろう。教えてやろう!」


    バッ! バババッ! くるりっ、スタッ!


 地面で一回転ターンをした後、空中でも二回転半のジャンプを成功させると、その勢いのままバック転を決めた。

 客席から『おぉっ』とどよめきが聞こえた。

 確かに凄いアクションではあるが、これも池君のアドリブだ。正直僕もビックリした。青士さんといい、池君といい、アドリブに頼りすぎじゃないか?


「対魔王討伐最終兵器! その名も……イケメンレッド!」


 本来ならここも『その名も……レッド』となるはずだったのに、妙な単語がちょっぴし付けたしされていた。

 まぁ、これは想定内だけども。やるだろうなーとは思っていたさ、池君ならば。


「人々を恐怖へ陥れる害悪め! この俺が討伐してみせよう!」


 身の丈ほどある大剣を上段気味に格好良く構えている。

 さすが池君だ。格好良い構えを当たり前のようにこなしている。


「でやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 レッドは真っ直ぐ魔王に向かって突進してくる。


    ガキィィンっ!


 だが、魔王が張った魔力の障壁の前に、アッサリと弾かれてしまう。

 これは証明と暗幕を使った光の演出だ。それに加えて、剣が弾かれるリアルな音を響かせ、臨場感を演出する。


「やるなっ! だが、この攻撃は……防げまい!」


 レッドは剣を捨てると、忍ばせていた銃器を取り出す。

 西部劇を彷彿とさせるような早打ちで銃口から放たれた弾は魔王に向かって真っすぐ奔る。


「ぐっ……!」


 銃弾を足元に喰らい、片膝を付く魔王。

 その際に血糊を膝に付着させ、ダメージを視覚化させる。


「ガチ兵器じゃねーか! 卑怯者め!」


「何を馬鹿なことを。対魔王戦において、勇者パーティには銃使いのキャラが居てもおかしくなかろう?」


「この……やろっ! 魔法使えんのは魔王だけじゃねーぜ! てめーはアタシが倒してやる!」


 魔女が魔法の詠唱に入る。


「甘い」


    バンッ!


「――ちぃ」


 が、詠唱が完成する前に、レッドの銃が唸りを上げ、呪文を中断させられてしまう。


「俺は戦いを長引かせるつもりはない。魔法を使う者を一掃するという目的を確実に実行させてこそ、真なるイケメンと言えるからだ」


 レッドは懐からもう一丁の銃を取りだし、それぞれ片手ずつクロスに構える。


「レッドくんよ。残念ながらそれはかなわない」


「なんだと?」


「魔女が奮闘してくれている間にわしは魔法を完成させた。もうキミに勝機はない」


「……ふん、ハッタリだな。魔力の気配もないし、戦場にはまるで変化もない。そのボロボロの魔壁も銃相手には何の障害にもならない。最後の強がりとしては少々お粗末だったな」


 レッドは双銃をこちらに構え、攻撃の態勢に入る。


「やめておけ。自分を傷つけたくなかったらな」


「――ほざけっ!」


    バン、バンッ!


「――ぐっ!」


 銃声が鳴った瞬間、肩辺りに激痛が奔った。

 そのまま、苦しそうに両膝を付く。

 ――レッドの方が。


「障壁が……強化されていたのか……?」


「この障壁は無詠唱で繰り出されていたのを忘れたか? お主がモタモタしている間に、何重もの壁を張らせてもらっただけのこと。跳弾がお主自身に返るように緻密な計算もされておるがな」


「そ、そんな芸当まで出来るのか……貴様……」


「この程度、朝飯前だ」


「……ならばなぜ攻撃魔法を放たない!? そんな器用なマネが出来るのであれば、そのくらい可能なはずだっ」


「確かに可能だ。しかし、わし自身がそれを嫌ったまでのこと。人を殺めるために存在する魔法は使いたくないのだ」


「……甘い男だ」


    パタリ。


 肩に傷を負ったレッドはそのまま前のめりに倒れ、気絶する。

 魔王や魔女も傷を負ったが、とりあえず危機は逃れたのであった。


 これで前半は終了。

 再度幕が下りる。


「白熱した魔王VSレッドの戦い! その結末は圧倒的な力を持った魔王の勝利で終わったっ! ……が、しかし、危機はそれだけでは終わらなかったっ! 気になる続きは――休憩の後だぁ!」


 ショーの半分を終え、ここで10分間の休憩タイムに入る。

 僕は客席の反応が気になって、幕の隙間から除き見ることにした。


「期待以上の演出だった。特に光と音による演出は一級品だ。魔法と言う非科学的な物を裏方スタッフは見事に再現していたね。それにアクションも凝っていた。血糊を使うことにより戦いに臨場感が生まれていたし、レッドの人の細かな動きも秀逸だった。素人の演劇と思って初めはそれほど期待していなかったけど、いやはや、とても良質な演劇というものを見させてもらったよ、ね、みきちゃん」


「それだけじゃないよ、背景もかなり作り込まれていたし、台本もこちらに考えさせられるような出来になっているね。何より役者さん達の熱演が光っていたよ。レッドの人が飛びぬけて凄いのは確かだけど、魔王や魔女、それに政府の人も、素人にしてはかなり頑張っている。相当練習したんだろうね。その努力が結果となって現れているよ、ね、拓ちゃん」


 みきちゃん、拓ちゃんコンビからも絶賛を受け、とりあえず一安心する。

 この二人だけじゃない。会場に来ているお客様皆が楽しんでくれているようだ。

 会場に笑顔が溢れている。

 その無邪気な笑顔を見ているだけでこちらも幸せな気分になってくる。


 ――しかし。


「茶番ね」


「……っ!!!」


 その甲高い声の一言は、会場の歓声に流されながらも、確かに僕の耳には入ってきていた。

 いや、聞こえてしまったと言った方が正しいか。


 聞き覚えのある声だった。

 そして二度と聞くことのない声だと思っていた。

 おそるおそる声のした方へ視線を向けてみる。



 ――――――居た。



 声の主は僕の予想通りの人物だった。

 冷や汗がドッと湧き出る。

 なぜ僕はその姿を探してしまったのだろう。

 今更ながら後悔する。

 足が震えているのが自分でも分かる。

 だけど見つけてしまったのは仕方ない。

 僕は再度、視線をそちらに向け、もう一度、その姿を――彼女の姿を確認する。


 約一年半ぶりに見た。

 約一年半ぶりに声を聞いた。

 一年以上時が経っても彼女の美しい容姿は変わらない。


 深井玲於奈(ふかいれおな)は確かにそこに居た。

見てくれてありがとうございます。

そして遅くなって申し訳ありません。すごく執筆に手間取ってしまって……

更に先に言ってしまうと次回の更新も遅くなってしまう可能性があります。なるべく早く上げられるよう努力は致しますが。


それと前書きでも言いましたが、過去編は今回で打ち止めです。

次回は冒頭から劇の続きで始まります。

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