第六十九話 経験値稼ぎが……足りないです
過去編もバイト編も大詰めです
【《二年前》 main view 高橋一郎】
今日、グラウンドで喧嘩があったらしい。
きっとそれは高橋のせいだ。
今日、好きな子に告白したがフラれてしまった。
それは高橋のせいだ。
今日、苦手な授業で先生に当てられた。
これは高橋のせいだ。
今日の朝礼は校長先生の話が長かった。
じゃあ、それは高橋のせいだ。
今日は朝から腹痛気味だ。
高橋のせいだ。
今日は天気が悪い。
高橋のせいだ。
今日は疲れた。
高橋のせいだ。
ちょっと耳を澄ませば皆口をそろえて『高橋のせいだ』と呟いている。
どうやら学校で起きている全ての不祥事は僕のせいらしい。
この世に起こっている全ての悪行は僕のせいにされている気分だ。
僕に関する変な噂は元から絶えなかったけど、最近は特にひどい。
噂を流している方は面白半分で僕を悪者にしているのだろう。
しかし、そんな面白半分の噂が多すぎて、第三者はどれが真実なのか混乱している状態にある。
だから我が学校の生徒はある結論を導いた。
『ならば全部高橋が悪いってことにすればいいんじゃね?』
何かあったら高橋のせいにする。
そうすることによって彼らの混乱は霧散するのだ。
要するに僕は悪の権化となった。
その恩恵で全校生徒が僕の敵になった。
厄介なのは教師達だった。
初めは僕がイジメられていると思われて、相談にも乗ってくれようとしていた。まー、結局僕は何も話さなかったけど。
だけど僕に関する悪い噂が飛び交い過ぎて、教師達も何が真実なのか見失いがちになっていた。
そして、ある日、『高橋が他校の生徒と喧嘩していた』という噂が教師の耳に入ってしまい、その一件以来、彼らの僕を見る目が一転してしまった。
最終的には僕は『要注意生徒』として見られることになってしまった。
それで生徒会にも睨まれることになってしまう。
もちろん喧嘩なんてしていない。
ていうか何もしていない。
飛び交っている噂の10割が虚言だった。
だけどその真実を知っているのはこの学校では僕だけになっていた。
卒業まであと四ヵ月。
長い四ヵ月になりそうだった。
☆ ★
今日は火曜日。
いつものメンバーが全員集合する日だ。
毎週火曜日は来たる魔王ショーに向けて練習の時間に当てている。
魔王ショー本番は8月後半。
僕はある事実に気付いた。
「全体練習できる日って3回しかないじゃん!」
「今更!?」
本番は8月後半。
そして今日は8月4日。
同じ8月であることに戦慄した。
一応家でも個人的に練習はしている。
といっても月羽とボイスチャットしながら台本憶えたり、セリフ合わせしたりしているだけなのだが。
しかも棒読みもいいところだった。
「練習できる日が少ないのならば今日という時間が貴重になりそうだな」
「フルタイム+残業余裕くらいの身構えじゃないとやばい感じだな」
池君や青士さんはこう言っているが、僕とは違って表情に焦りがない。
青士さん演じる魔女様役はセリフ少ないから余裕あるのは分かるけど、池君はそうじゃないはずだ。下手すれば悪役レッドは主役魔王よりもセリフ多いはずなのにこの余裕。これがイケメンの成せる業なのだろうか。
「皆、台本は覚えてきてる?」
「自信ないけど一応」
「私も。自信ないですけど」
「アタシも覚えてきたぞ、自信ねーけど」
「俺もしっかりと記憶した。自信ある」
「この自信ない率の高さっ!?」
池君以外全滅か。あっ、いや小野口さんは大丈夫だろうから自信ある率は40%か。
不安いっぱいの初練習が始まりそうだ。
『それは昔のお話。
世界はある男に征服されていた。
といってもそれは表向きな話。
世界を手に入れた『魔王』と呼ばれる男は世界の片隅に自らの城を設けるだけで、特に人々に危害を加えようとはしなかった。
ただ、『居るだけ』の支配者だった。
そんな魔王にも野望があった。
『魔法』という異能の力。
それが魔王にだけ備わっていた。
この世にたった一人だけ、魔王だけが使うことができる『魔法』。
人々はそんな異能力を恐れ、遠ざけた。
魔王自身はその異能の力で人々を苦しませるつもりはなかった。
ただ認めて欲しかったのだ。
こんな異能の力を持っていても、自分はこの世界に居ていいのだと。
だけど、それを認める者など居なかった。
だからこそ魔王は世界を征服した。
征服し、自分自身が『魔王の居ていい世界』を作ろうとしていた。
たった一人だけで。
――否。
魔法が使えるのは魔王一人だけではなかった。
ある日、自らを『魔女』と呼ぶ女が現れる。
魔女は魔王と同じように一人ぼっちだった。
魔法が使えることがコンプレックスだった。
そんな二人が手を取り、同じ夢想を描くようになり、魔王の野望に協力者が増えた』
これが魔王ショーで演じる台本のプロローグ。
台本はみんなで作ったのだが、大元は小野口さんが考えてくれた。
僕は最初、この台本を見たときドキッとした。
この魔王様と魔女の境遇が僕と月羽の経験値稼ぎに似ていたからだ。
しかし、これ子供向けショーだよな?
内容が青年向けな気がして仕方がないんだけど。
『しかし、魔王と魔女の野望はそう簡単には実現しなかった。
例え征服しても一部の政府は魔法の存在を危険視し続け、密かに魔王討伐に備え、エージェントを育てていたのだ。
その名も『レッド』。
魔王の力に対向しうる力を持つ彼は単身で魔王城に乗り込んでくる。
しかし、人の力の限界を超えたくらいでは魔王や魔女の魔法には通用せず、返り討ちにされてしまう。
温情深い魔王は魔法で軽く気絶させるだけで抑え、レッドにトドメを刺したりはしなかった。
だけど、それがいけなかったのかもしれない。
レッド襲撃事件からひと月程経った後、世界は魔王に対して不信感を抱きだす。
『魔王が魔法で人を傷つけた』
そんな内容の噂が街に広まりだしたのだ。
しかもそれだけではなかった。
『魔王は平気で人を傷つける』
『今も城で人体実験を行っている』
『魔王が静かなのは大戦争の準備をしているからだ』
根も葉もない噂。
そんな噂が魔王や魔女を苦しませる。
だけどそれはある男の思惑通り――
敗戦から一転、この現状。ここまでが『レッド』の作戦だったのだ』
ここまでが序章~中章。
僕はまたも驚きを隠せずにいた。
内容があまりにも中学時代の自分にそっくりだったからだ。
レッドの突然の襲撃、この事象にどうしても玲於奈さんの姿を当てはめてしまう。
そして根も葉もない噂。その苦しみは僕が一番共感できるだろう。
しかし、偶然とはいえ、この不遇な魔王役を僕が演じるなんてなぁ。
ていうかこんなのを子供向けショーとして演じていいのだろうか?
『噂は魔王達を苦しめる。
世界からの拒絶を誰よりも恐れていた魔王。
勝手に『王』を名乗っているが、メンタルは誰よりも弱いのだ。
悪い噂は魔王の心を極限まで苦しませ、そして彼は誓う。
『もう魔法は使わない』と。
相棒である魔女も同意し、長年連れ添った城を後にすることも決意した。
疲れ果てた魔王達は隠居することにしたのだ。
即ちそれは一度支配した世界を諦めることと同意だった』
この辺りの心情描写も良くできたものである。
噂に押しつぶされて、その場に居るだけでも苦痛。だから逃げる。
リアルだった。リアル高橋一郎そのままだった。
リアル過ぎて苦笑してしまったくらいだ。
『魔王と魔女は長く親しんだ城を捨て、山奥へ小さな家を設けた。
身分を隠しながらたまに街へ出て、親睦を行なったりもした。
魔法を捨て、世界を捨てた魔王達。
でも初めて『人らしさ』と言うものを得られた気がした。
だけどその幸せは長くは続かなかった。
レッド率いる勇者パーティが魔王の居場所を突き止めていたのだ。
ある日、魔王はいつものように街へ出て街人と親睦を深めていた。
だけど、その現場にレッドが現れる。
レッドは勇々と街の人に事実を伝える。
「そいつは世界を征服した魔王だ」と。
正体がバレた魔王は顔を青ざめるが、街人はその事実を咎めたりはしなかった。
むしろ、魔王を庇うように奮い立ち、レッドと戦おうとした。
しかし、レッドは魔王に味方する街人を魔王の手下と見做し手を加えようとする。
魔王は躊躇することなく、魔法を使ってこの場を切り抜けようとした。
しかし、魔女や街人はそれを止める。
魔法を使ってしまったら、また世界に嫌われる魔王に逆戻りされてしまうから。
だけど、敵は魔法無しで倒せるような甘い相手ではない。
魔法を使うか、使わないか。
魔王に究極の選択が迫られる』
小野口さんはこの題材で一つの小説でも書くべきだと思った。
さすが現国98点の猛者。文章に長けている。
……あっ、現国98点は僕や月羽も同じだったっけ。
しかし、物語が進めば進むほど子供向けでは無くなってくるような感じはあるが、次の展開は王道且子供にもウケそうな内容になっているのだ。
『迷う魔王に決断を促したのは街の人達だった。
彼らはこう言ってくれたのだ。
「例え魔法が使えようと魔王の人柄に惚れている自分達は貴方を嫌いになったりしない」と。
魔王もその言葉を信じて魔法を使うことを決意する。
しかし、卑怯なレッドは街の子供の『モブ子』を人質に取り、魔法を使わせようとしない。
そしてレッドは奥の手である怪人『ンイオウヤ』を地に放つ。
ンイオウヤの力はとてつもなく、更に人質も取られている魔王は一気にピンチへ追い詰められる。
……が、ここで一瞬の隙を突いた魔女がモブ子の救出に成功する。
そして魔王の反撃も始まった』
ここまではある意味王道な展開。
そして次にショーとしても王道な展開を見せる。
ついに反撃っ! という場面で一端幕をおろし、司会のおねーさんである小野口さんが再登場し、会場の皆で魔王様を応援するように促すのだ。
この際、月羽もシークレットキャラの準備に入る。小野口さんのンイオウヤから司会衣装への早着替えもあるので、役者が一番バタバタする時間帯でもある。
幕開け後、会場中の声援を受けて勇気をもらった魔王が強大な魔法を放ち、強敵ンイオウヤとレッドを撃破するというストーリーだ。
驚異を退けた魔王は、より街の人々と仲良くなり、幸せに暮らしていく、というエピローグで大団円を迎えるのだ。
「ポイントはやっぱり月ちゃんのもう一つの役になりそうだね」
「ぅうう……モブ子さん役よりそっちの方が上手くできる気がしないです」
月羽のもう一つの役は場の空気に大きく左右される難しい役なのだ。
逆に言えば会場の雰囲気がすごく良ければ月羽のもう一つの役は必要ないんだけど……それは本番当日にならないと何とも言えなかった。
「そんなことよりも主役の僕がまるでセリフを覚えきれていないことの方が問題だと思うんだ」
「真顔でしれっと言うことじゃないでしょうが! 頑張って覚えてこの頭の中に入れるしかないの!」
僕の頭をぐらんぐらんと揺らし、叱咤してくれる小野口さん。
が、いくら揺らされて記憶力が向上するとは思えなかった。
「だってさ、この魔王様が魔法を放つシーンだけど――」
「ほぉ。一番の見せ場シーンであるな」
「『真紅の空に集いし大気。育まれし千年の大地の生命よ。星の海に眠りし神秘を呼び起こし、今ここに大いなる炎を生み出さん!』っていう呪文。なにこれ? 誰考えたの? こんなややこしいの」
「あん!? 文句あんのか? アタシが考えた呪文が気に入らねーってのか?」
まさかの青士さんによる台本だった。
そういえばこの人、隠れラノベ脳だったなぁ。なんか昔のファンタジー小説っぽい呪文だと思ったらこの人の仕業だったのか。
「これ、結局何の魔法なの? 大気とか大地とか海とか言っておきながら、結局『炎を生みださん』って……どういうことなの?」
「どうもこうも、四属性を結集させた究極魔法に決まってんじゃん。音素風に言うと第二、第三、第四、第五音素を組み合わせた音素結集高射砲みたいなもんよ」
妙な二次創作の見過ぎだ。もはや元ネタが誰にもわからない。
「そうそう、魔法演出だけど、魔王様に相談したらなんとか可能みたいだってさ。台本に合った舞台作りも始めてくれているっぽいよ」
さすが本物の魔王様は違うなぁ。仕事の出来る男って感じで憧れる。そんな人の役を演じなければならないのか僕が。
本気の本気でやらないとこの魔王ショーによって魔王様の評判を下げかねないぞ、これ。
「(今日からもっと本気を出して練習に臨まないと危なそうですね)」
「(……だね。今日も練習相手頼むよ、親友)」
分かってはいたことだけど、この劇中で一番重要なのは僕と月羽の役割だ。
そしてこれも分かっていたことだけど、このメンバーの中で一番演技に不安を持っているのも僕と月羽なのであった。
それからの日々はとにかく切磋琢磨だった。
日中は各自仕事場で頑張り、夕方は帰る前にちょっとだけ魔王ショーの練習をする。
夜間は月羽とボイスチャットをしながら必死に台本を憶える。
今年の夏はそんな忙しさに包まれていた。
「おーい、高橋―、5番テーブルにこれ運んでくれー」
「はーい」
喫茶魔王では青士さんが主みたいな立場になっていた。
「セカンドイケメンよ。帰りにバーガーでも食べながらイケメンとは何かを語り合おうではないか」
「う、うん……」
池君はよく帰りに色々場所へ誘ってくれる。
そして色々な場所でイケメンについて色々教えてくれた。
「たっかはっしくーん! 一緒にお昼食べようよー!」
小野口さんはここ最近よく僕に構ってくれる。
スキンシップが好きなのが、手を握られたり、頭を撫でられたりする。
彼女から見たら僕はからかいがいのある弟みたいな感じなのだろう。
「経験値稼ぎ……経験値稼ぎが……足りないです」
そして我らが月羽さんは禁断症状で悩まされているようだ。
んー、この子忘れてないかなぁ? このアルバイト活動も経験値稼ぎの一環だということを。
確か、『アルバイトを無事に終えられたら50EXP獲得』という話だったはずだ。
まぁ、月羽が経験値に関する事項を忘れているはずないか。
そんな感じで仲間達と共に忙しい夏を過ごしている。
忙しいけど、充実感を肌で感じてられていた。
充実した日々は超速で過ぎて行く。
そして――
「いよいよ明日ですね」
「だねだね! 楽しみー!」
そう、いよいよだ。
「衣装いい感じじゃん」
「ふっ、これを着たら俺のイケメン度が更に増してしまうな」
八月十六日。火曜日。
最後の合同練習。
「明日かぁ……」
明日、いよいよ魔王ショーの本番を迎えることになる。
不安九割、楽しみ一割、それが本音だ。
本音なんだけど……
「頑張りましょうね。一郎君」
「うん。頑張ろう」
だけど僕は一人じゃない。
この仲間達となら上手くいくような気がするんだ。
見てくれてありがとうございます。
次の話はちょっと執筆に手こずっていますので、更新に時間がかかるかもしれません。また長くなりそうな予感ですw
それと青士さんが言っていた幻の二次創作ですが、自分の更新リストからも消えてしまいました。
まぁ、バックアップは全話残っているので全然問題ないのですが、やっぱり寂しいものがありますね。