第六十五話 一郎君は私のモノなんだからー
今回は長いです。
10000文字オーバー余裕です。
過去最長かもしれません
【《二年前》 main view 高橋一郎】
ゲシィ!
「ぅっ……!」
再度殴られる。
構えていても避けられない……か。当然だよな。寧ろ一瞬でも避けられるかも? なんて思った自分が愚かしい。
しかし、ダメージ的にはそれほどでもない。僕程度一撃気絶させられないなんてまだまだだな中黒龍人くん。
「どうして玲於奈と付き合った!?」
どうしてと申されても、付き合おうと言い出したのは玲於奈さんの方だし……
どう答えるべきか。
「……んと……僕が……玲於奈さんに憧れているのが……バレて……」
「つまりてめーから告ったっつーわけか」
「いや……ちが――」
「じゃあなんでフッたんだ!? しかもたった10日足らずで!」
「ぅ……それは……」
その質問には言葉が詰まる。
『今日は貴方が私をフッたということにするのよ』
この4つ目の条件が脳裏に過ったからだ。
もちろん真実は違うけど、ここで僕が『実はそうなんだ。僕が玲於奈さんをフッたんだ』なんて言ったら百列乱舞喰らわされそうだ。
しかしだからと言って玲於奈さんの4つ目の条件を破るのも……その癪だ。
なんていうか、玲於奈さんを裏切りたくないって気持ちが大きいんだよなぁ。
仕方ない。この場は――
「…………」
黙秘に限る。
これならば玲於奈さんの4つ目の条件を守れるし、中黒くんに余計な誤解を与えずに済む。最善の策だ。
「なんとかいいやがれ! こらぁ!!」
うわぁ。
この人、教室で声を掛けてきたときは真面目そうな印象が微かに在ったけど、蓋を開けてみればとんだやんちゃボーイだ。
いや、真面目なのは間違いではないのだろう。真面目に玲於奈さんを思っているからこそ彼は行動に出たまでのことだ。
……僕が逆の立場だったら、到底そんな行動起こせないのだろうなぁ。
「やめて! 中黒君!」
「「……!?」」
まさかこの場に3人目の飛び入り加入がくるなんて思いもしなかった僕達は、揃って声がした方向へ視線を移した。
聞き覚えのある声。
話の中心であり、最重要人物でもある深井玲於奈さんがそこに立っていた。
「玲於奈!? どうして……」
「中黒君が……心配だったからに決まっているでしょう!」
あっ、僕は眼中になしっすか。そうっすか。
「どいてろ、玲於奈。今、この最低野郎をぶっ飛ばしてやるからなっ!」
「やめて! やめて! 中黒君」
玲於奈さんが涙を散らしながら、中黒君の握り拳を包み込むように抑えた。
なぜか中黒君の中では僕は最低野郎になっている。
まぁ、僕を最低野郎と信じて疑わないからこそ殴られたのだろうけど。
「玲於奈……」
「もういいの。私が全部悪いのよ」
意外にも素直な言葉を玲於奈さんが吐き出し始める。
「最近、私と中黒君、険悪な雰囲気だったでしょ?」
「ぅ……あ……まぁな……」
それは新情報だ。
しかし険悪ならばなぜ中黒君は玲於奈さんの為にこんな行動を起こしたんだ?
「そのせいで……私、自暴自棄になっていたんだと思う。だから、私、こんな人の告白を……」
あっ、玲於奈さんの中では僕の方から告白したことになってるんだ。
それも新情報だなぁ。
「幸いにも私は10日で飽きられたみたいで捨てられたけど……あっ、でも勘違いしないで! 私とこの人は何もなかったから!」
うん、それは真実だ。
悲しいくらい何も無かった。
捨てられたうんぬんは勿論真実ではないけれど。
「つまりは……コイツが全ての元凶ってわけじゃねーか!」
再び胸倉をつかまれる。
話をまとめるとつまりこういうことか?
玲於奈さんが中黒君との喧嘩で傷心中なのをいいことに僕がそこにつけ込むように告白するが、付き合って10日で飽きて捨てた。
それはとんだ糞野郎だなぁ。こんな奴に大好きな玲於奈さんを奪われたとなれば殴りたくもなるだろう。
「私の為にここまでしてくれるのは嬉しい。でもそこまでにして! この人が全部悪いにしても中黒君が手を上げなければいけない理由なんてないはずよ!」
僕が手を上げられる理由も本来ないのですが……
「そうだな。でも、俺だって玲於奈の為に何かしたかったんだ。俺は……今でも玲於奈のことが好きだからっ!」
「ありがとう。中黒君。私も……貴方の事が好き!」
ここまで来てようやく分かった。
つまりは――茶番だ。
玲於奈さんは茶番を演出して中黒君と仲直りしたかっただけなんだ。
僕と言うキャラクターを悪役に仕立て上げることで、玲於奈さんは悲劇のヒロインとなり、中黒君は正義のヒーローとなる。
玲於奈さんのシナリオ通り事が進んだということか。
「でもなぁ……玲於奈……やっぱり……俺……」
中黒君の右手がわなわな震えている。
彼的には正義の拳が唸りを上げているといったところか。
彼の次の行動が容易に予測できた。
僕は静かに目を瞑り、歯を食いしばる。
「こいつを一発打ん殴らなきゃ気が済まねぇんだよ!」
ビシィィィィィッ!
本日何回目か分からない渾身の一撃が僕の顔面にクリーンヒットする。
口元にヒット。鼻の頭じゃなくて助かった。
初撃よりも気持ちが籠った凄まじい一撃。
バタァァァンッ
中黒君の響く攻撃を受け、僕は蹲るように倒れ伏した。
☆ ★
7月も終わり、8月初日。
バイトも一週間が経過し、軌道に乗っている手ごたえはある。
と言っても今日のお休みは僕なんだけどね。
しかしバイトが無ければ無いで途端にすることがなくなり、暇を持て余している。
こういう時こそ休日経験値稼ぎがやりたいのだけれど、相棒である親友は現在お仕事中だしなぁ。
「やはりゲームが無難か」
なんかゲームを起動するの久しぶりな気がするよなぁ。
RPGをしばらく放置するとストーリーの流れが掴めないから厄介だ。
~~♪ ~~~♪
おっとメールか。
誰からだろう?
――――――――――
From 星野月羽
2012/08/01 13:51
Sub はっぴーばすでー
――――――――――
お誕生日おめでとうございます♪
って、直接お祝いしようと思ったのに
何で公休になっているんですかぁ!
-----END-----
―――――――――――
知らんがな。このシフトを組んだ魔王様に言ってくれ。
って、そっか。そういえば今日は8月1日。僕の17歳の誕生日だった。
1日生まれが誕生日の場合ってついつい自分の誕生日をスルーしがちになるのが難点だよなぁ。誕生日が近づいてきている感覚はあっても、当日に忘れてしまうという不思議。月羽に指摘されていなければまた忘れる所だった。
~~♪ ~~~♪
って、またメールだ。
~~♪ ~~~♪
~~♪ ~~~♪
って、連続して続々とメールが到着した!
――――――――――
From 青士有希子
2012/08/01 13:52
Sub おっす
――――――――――
誕生日おめっとさん
アタシより誕生日先だった
とはな……
おめーが数ヶ月だけ年上とは
……なんか負けた気分だわ
-----END-----
―――――――――――
何の勝負だ。何の。
――――――――――
From 池=M=優琉
2012/08/01 13:52
Sub ハッピーブァースディ
――――――――――
セカンドイケメンが生まれた
この月、この日に……感謝を
-----END-----
―――――――――――
どこの宗教の人だ。
――――――――――
From 小野口希
2012/08/01 13:52
Sub (∩´∀`)∩ワショーイ
――――――――――
誕生日おめでとう!
高橋君の為にプレゼント用意
してあるから、午後6時に
喫茶魔王城へ集合だよ。
絶対来ること! いいね!?
-----END-----
―――――――――――
どうやら僕の休日出勤が決定したようだった。
【main view 星野月羽】
一郎君へのお誕生日プレゼントはすでに買ってあります。
でもタイミングが悪いことに一郎君は今日お休み。
渡すのは明日以降になりそうです……うぅ、こんなことなら一郎君の家の住所聞いておくべきでした。
あっ、でも今からメールで一郎君の家の住所聞いちゃおうかなぁ。
「大丈夫だよ、月ちゃん。高橋君こっちに呼んだから」
「いつの間に!?」
今日は二回目の小野口さんとのペアでの仕事。
魔女様のお部屋で相性占いのやり方を憶えた私達はカウンター席でお客様が来るのをひたすら待っていました。
「ふっふーん。前に高橋君に8月1日の誕生日は覚悟するように言ってあるからね。ぬくぬくとお休みなんてさせないんだから♪」
うーん、私的には今日中にプレゼントが渡せそうで良かったんですが、一郎君的には休みが潰されて不幸なんじゃ……?
なんだか一郎君が少し可哀想になってきました。
「ってなわけで、高橋君を祝う為にみんなで料理を作るから、お仕事終わったら喫茶魔王城の厨房に集合だよ」
「どういうわけですか!?」
聞いてません。
しかも料理なんて……料理なんて……うぅ……
「月ちゃん、料理とか苦手だったりする?」
「……小野口さん、私の家庭科の成績知っていますよね?」
家では全くと言っていいほど料理なんてしませんし、家庭科の調理実習では包丁する持たせてもらえませんし、ご飯の炊き方すら怪しいです。
「でも作る! 皆で作るのは決定事項だもーん!」
逃げることは出来そうにないですね。
きっと前々から今日の日を計画していたのでしょう。
それにしても小野口さん、『皆で何かをやる』っていうのが好きですね。
「フェザーよ。上級魔族も斬れる魔女様印の包丁、買っていかんかね?」
「なんで包丁なんて売っているんですか!」
「さー、作るよー!」
魔女様のお手伝いを終えた私達は、予定通り厨房にやってきた。
喫茶魔王でのお手伝いだった青士さんと池さんはすでに調理着に着替えている。やる気満々みたいです。
「頑張ってください! 皆さん!」
私に出来ることは邪魔にならないよう、なるべく手を加えないことです。
「月ちゃんも頑張るの!」
手を掴まれ、キッチンの前まで連行されてしまう。
うぅ、私に出来ることなんてあるのでしょうか?
「つーか、材料買い込み過ぎじゃね? 何人分のごちそうを作る気だよ?」
「別にいいでしょー。豪華の方がいいに決まってるもん。高橋君に喜んでもらうんだもん!」
「ふっ、なんだか恋する乙女みたいだな、小野口クン」
「ふふーん。私と高橋君は知り合い以上恋人未満の関係だもん」
むむっ。
むむむっ。
なんか、また知らないうちに一郎君と小野口さんが仲良くなっています?
「わ、私だって頑張って作ります! 料理苦手ですけど、頑張ります!」
なんでか知りませんが、負けられない気持ちが私の中で膨れ上がっていきます。
「ふむっ。星野クンも燃えているな。では俺も愛情込めてケーキでも作るとするか」
池さん。ケーキなんて作れるんですね。
もはや私なんかとはスペックが天と地ほどの差があるんだろうなぁ。
「んじゃ、ケーキはおめーに任せるわ。アタシらはテキトーに料理つくろーぜ」
「て、適当じゃ駄目です!」
「そうだよ! 豪華じゃないと高橋君が喜んでくれないよ?」
「……いや、あいつの場合、テキトーな料理でも普通に喜びそうな気もするけどな」
確かに欲がない人ですのでどんなものでも喜んでもらえそうですが、どうせなら感涙させるくらい喜ばせてあげたいです。
とはいっても、豪華な料理なんて私なんかに作れるわけないですけど……
「さて……何を作るかね。生野菜諸々、缶詰数種、生肉に、魚に、調味料……料理酒まであんじゃねーか。キャベツと豚バラの重ね蒸しとか作ってみっか? あとミートスパゲティと、魚は酒蒸しにしてみっか。鶏肉はにんにくしょうゆ焼きにして、余った豚肉は野菜と一緒に煮るか……あとは……」
青士さんが不思議な呪文を唱え出しました!?
そういえば青士さん、家庭科の成績だけ物凄く良かったです。
アルバイトでも喫茶魔王城のコックさんをやっているらしいとも聞きましたけど、ここまで料理上手さんだったなんて。
「なんか青士さん主導で作れば何とかなる気がしてきたよ」
「私もです」
前々から思っていましたけど、この中で一番女の子らしい人って青士さんな気がします。
「イチゴのケーキは定番として……他にも2種類くらいケーキを作るとするか。かぼちゃのパウンドケーキに……豆乳入りのパウンドケーキにも挑戦してみるかな。少し見た目に拘ってデザインケーキ風にしてみるとするか。そっちの方がイケメンだしな」
……ここにもいました。男子なのに私よりも女の子スキルが高い人が。
ほんと、もう、ここに居る人全員に言いたいです。
貴方達、一体何者なのですか、と。
「星野、野菜の皮むき頼むわー」
「はい!」
「小野口は炒め物の準備な。フライパンに油引いて温度上げといてくれ」
「はいよん」
青士さん、さすがのリーダーシップです。
同級生なのに頼れるお姉さんって感じです。
よーし、私も皮むき頑張ります。
「……おめー、包丁の持ち方独特だな」
「えっ? そうですか?」
薬指と中指で挟んで小指と人差し指で支える。そうすると親指が楽になるのでこんな持ち方をしていたのですが……
「月ちゃん、右利きだよね? なんで左手で持ってるの?」
「お茶碗だって左で持つじゃないですか」
「そんな理由で左で持ってたの!?」
「え!? いけなかったんですか!?」
「この子、割と本気で驚いてる!?」
むむむ? 包丁ってちゃんとした持ち方とかあるのでしょうか?
皆自己流の持ち方や切り方で調理しているわけではないのかなぁ?
「なんか星野に包丁握らせるのはこえーな。小野口と星野の役割逆にすっか」
「そうだね。野菜は私が切るから、月ちゃんは炒め物お願いね」
「了解です!」
フライパンですか。これでしたらそれほど持ち方に気を遣わなくてもよさそうですね。
とはいえ、大きなフライパンです。両手で持たないと持ち上がりそうにないです。
まずは油を微量垂らして、フライパン全体に広げます。
それから温度が上がるのをひたすら待ちます。
「星野、温度が上がりきる前に豚肉だけ入れてくれ」
「はい!」
えっと……豚肉……豚肉……
「大変です! お肉一杯でどれが豚肉か分かりません!」
「あー? 豚っぽいのテキトーに入れておけばいんじゃね?」
青士さんがこんなところで適当になりました!?
ここ、結構重要で失敗が許されない場面だと思うのですが……
ぅう……何度見てもお肉の種類が見分けられません。
「……小野口さぁん……わからないです……」
「きゅぅぅぅぅん! 月ちゃんきゃわぃぃいいいい!」
小野口さんにはなぜか抱き着かれました!
って、包丁! 小野口さん、包丁持ったまま抱き着かないでもらいたいです。
「月ちゃん、これが豚肉だよぉ。分からないことがあったらいつでも聞いてね。私に聞いてね」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
包丁装備の小野口さんの抱擁から解放され、指定されたお肉をフライパンに投入する。
生肉が焼ける音が豪快に鳴り、なんだかこれだけで料理をしている気分に浸れます。豚肉入れただけなんですけど。
「豚肉は両面焼けな。その後、小野口が切った野菜を入れて、料理酒を少量入れるんだ。結構強い料理酒だからちょびっとでいいからな」
「は、はい」
料理酒……ああ、これですね。
うわぁ、見た目あまりお酒っぽくないですが、一応アルコールが入ってるんですよね。
青士さんはほんのちょびっとでいいと言っていましたし……あっ、計量スプーンが付いてますね。これ一杯分くらいでいいのかなぁ?
慎重に計量スプーンへ移し……移して……
「あぅ……こぼれちゃいました」
とりあえずスプーンに入った分はフライパンに投入し、反射的に指に付いた分を口に運んでしまう。
「~~~~~~!」
口の中に未知の味が広がった。
同時にアルコール酒独特の臭いが鼻の中にも広がりました。
私はその場に立ち震えるように悶絶し、密かに涙を浮かべる。
「あれ? 月ちゃんどうしたの? 月ちゃん?」
「おい、どうしたよ? 星野?」
小野口さん達の心配する声が聞こえます。
だけど、私の意識はグルグル回って……
やがてそのまま目を回すように意識が闇に誘われてしまった。
【main view 高橋一郎】
午後6時20分。
約束の時間の10分前。
僕は喫茶魔王城に到着した。
さて、小野口さんの呼び出しと言うことあって、ここは心してかからないといけないな。
無事に帰れますようにと心の中で祈りながら、僕は魔王城への外門を潜った。
「こんにちはー」
時間的にはこんばんはか? まっ、どっちでもいいか。
「やほー。高橋君早いね! こっちも丁度準備が出来た所だよ! ささ、こっちこっち」
いつもの魔族服の上に何故か調理着を着こんでいる小野口さんに引っ張られ、僕は喫茶魔王城の奥席へ通された。
「ぅお!」
思わず驚嘆の声が出た。
そこには豪華絢爛な料理ややけに凝ったデザインのケーキ等々、上流貴族の晩餐みたいな御馳走が並びまくっていた。
「えへへー、私達全員の手作りだよ」
「つーても、主にアタシとエセメンが作ったようなもんだけどな」
「わ、私だって頑張ったじゃないかぁ」
今すぐプロ料理人になれ、キミ達。
喜びと通り越して若干引くくらいの出来栄えだぞ、コレ。
「これが私達の誕生日プレゼントだよ。どうだ! 参ったか!?」
「う、うん。正直参ったよ。こんなに豪勢な誕生日プレゼントはお世辞抜きで初めてだよ」
万年ぼっちだった僕にしてみれば、親以外の手作り料理なんてほぼ初めてなわけだし、その初めての手料理がこんなにも豪華だなんて思いもしなかった。
素直に嬉しかった。
「セカンドイケメン。キミの為に喫茶魔王城は今より貸切にしてもらえた。存分に味わうが良い」
「あ、ありがとう」
嬉しいけど、そこまでしてもらえると逆に恐縮してしまう。
僕の誕生日のせいで一日の売り上げが落ちちゃったら本末転倒のような気もするけど、せっかくの好意だ。つまらないことは気にしないでおこう。
「って、アレ? 月羽は?」
唯一無二の親友の姿がなぜか見えない。
「「「…………」」」
なぜ黙る。
気まずそうに顔を見合わせられると不安になるじゃないか。
「月ちゃんは……その……あそこ……」
小野口さんが指さした方向に視線を移すと、そこには……
「すー……すー……」
「寝てる!?」
「料理酒のアルコールを喰らってダウンしちゃったんだ」
「…………」
さすが我らが月羽さんだ。常に予想の斜め上の行動を起こしてくださる。
「ん……」
「あっ、起きた」
タイミング良く月羽が起床する。
「……あれ?」
焦点が合わないのか、ぼーっとした面持ちでこちらを見つめてくる。
「おはよう、月羽」
「……おはよう……ございましゅ?」
寝起きのせいか語尾がおかしい。
いや、おかしいのは語尾だけではない。なんだか顔が全体的に赤いし、視線が妙に熱っぽい。
もしかしたらもしかしてる?
「月羽、ひょっとして酔ってる?」
「や、それはねーっしょ。一応アルコール入っているとはいえ、料理酒だぜ? ちょっと口にして匂い嗅いだくらいで酔う人間なんていねーって」
料理酒のことはよく分からないが、そういうものなのか。
料理上手の青士さんが言うんだからとりあえず安心していいのかな?
「いちろーくんだぁ~!」
フラフラと近寄ってくると、そのまま倒れ込むように僕にダイブしてくる月羽。
「こいつ……酔ってやがる!?」
信じられないといった表情で月羽を見る青士さん。
しかもこの子……絡み酒だ。
「とりあえずもうちょっと横になろうか、月羽」
「むー、なんでれすかー! 私別に眠くないもん」
手を後ろに回し、胸元から上目づかいで僕を睨んでくる月羽。
相変わらずの熱っぽい視線に少しドキっとする。
「そ、そう。でも無理しないでね」
「は~~~い!」
月羽らしからぬ元気な返事が返ってきた。
僕の誕生会は早くも波乱の予感に包まれていた。
「はい、あーん」
隣にはゼロ距離で月羽さんがおり、僕の目の前には一口分のケーキが迫ってきていた。
なんだろうこれ。誕生日とはいえここまで尽くされるとは思わなかった。
とりあえず目の前のケーキはそのまま口の中に入れる。
「うへへへへー」
月羽はなぜか終始楽しそうに笑っている。
今まで数々の経験値稼ぎを得て、月羽との距離はかなり縮まったと思えるが、今日ほど密着したことはなかった。
周りには皆が居るし、すごく照れ臭いので離れて欲しいとは思うのだけど……
「あーん♪」
次々とフォークに刺さった食べ物が僕の口元へ運ばれてくる。
親友の好意を無駄にするわけにもいかないのでそれらを全部口の中へ流し込むが、少々ペースが速い。
「って、月羽、僕に食べさせてばかりで、全然自分が食べてないじゃない。僕のことは気にしなくていいから、月羽も食事を楽しもうよ」
「……んー……んー……パク……もぐもぐ……」
月羽が手に持ったままのフォークで料理をすくって自分で食べ始める。
……ふぅ、これで少しは食休みができるぞ。
「……お腹いっぱいです」
「早いよ!?」
「……はい……いちろーくん……あーん」
再度、フォークにケーキを刺して僕の前へ運んでくる月羽。
しかし、これは間接キスになるので戸惑いが僕の中で生まれた。
「……ぅう……あーん……です……食べてくださいよぉ」
なぜか瞳に涙を浮かべだしたので、僕は慌ててフォークにかぶりついた。
次の瞬間には月羽の満足そうな笑みがそこにあった。
うー、僕に餌を与え続ける行為にどんな面白さがあるというのだ、月羽よ。
この天国のような地獄があと何時間続くのだろうか……
「月羽、ちょっとトイレ行ってくるね」
「……ふぁい」
さりげなくトイレに行くために席を立つ。
月羽も同時に席を立つ。
更に同時に腕に絡みついてきた。
「あの……月羽? これからトイレに……ね?」
「……ふぁい」
今にも眠りにつきそうな細い声で返事をする。
駄目だこの子、意識が朦朧としすぎてほぼ無意識で行動していらっしゃる。
「月羽。回れ右!」
「……んっ」
「月羽。お座り!」
「……やですぅ」
断られた!?
「月ちゃんは高橋君と一緒に居たいってさ」
「いっしょに居たいですー」
トロンとした目で言われるとドキッとしてしまう。
懐きまくったペットみたいに片時も離れようともしない感じだ。
「でもまぁ、トイレくらいは一人で行かせてね」
「ぅうう……すぐに戻ってきてくださいね」
どうしてトイレにいくだけでこんなに胸を痛めなければいけないのだろう?
とにかく僕の誕生日は終始月羽無双になりそうだ。
トイレから戻り、僕は実験的にさっきとは別の席に座ってみる。
「……じーーーーーーーーーーー」
……やるんじゃなかった。
親友から突き刺すような視線を向けられ、1秒も経たずに後悔する。
ガタンッ
僕に熱視線を向けたまま、不意に月羽がその場に立ち上がる。
そして……
ふら……ふら……
そのまま頼りない足取りで歩きだす。
ストン。
僕の真横にまで移動すると足を折る様に隣の席に着席した。
それから倒れ込むように僕へ体重を預けてくる。
同時にさっきみたいに僕の左腕に絡みついてきた。
ぎゅぅぅぅぅぅ
「痛っ!?」
なぜか左手の甲を抓られた。
次に月羽が小声で僕の耳元で囁くように呟いた。
「……逃がさないもん」
いや、逃げるつもりはなかったけど、まさか追いかけられるとは思わなかった。
「ふっ、なんだか見ていて微笑ましいな」
「だよねー♪ やっぱりお似合いだなぁ、二人」
外野は楽しそうに眺めているだけだ。
恥ずかしいから見ないで欲しいのだけど。
「えへへ。お似合いですって、一郎君」
「う、うん。良かったね月羽」
「うーー! あまり嬉しそうじゃないぃ!」
背中に手を回して、そのままガクガクと揺さぶってくる。
「い、いやいや、ちょっと照れくさくて……僕もうれしいですよ?」
「今更照れることないじゃないですかー。一郎君は私のモノなんだからー」
どこからが本気でどこまでが冗談なのか判断しづらい。
とりあえず僕は月羽の所有物らしい。
「ほらほら、一郎君。あそこの豚肉さん私が炒めたんですよー。食べてくだひゃい」
言いながら月羽自ら豚肉を箸で掴み、また僕の口元へ運んでくる。
月羽も料理してくれたんだ。頑張ったんだなぁ。
「まー、星野がやった料理はそれだけなんだけどな」
「豚肉炒めた時点で月ちゃん倒れちゃったもんね」
この子、それほど頑張ってない!?
ま、まぁ、頑張ろうとはしたのだろう。調理酒が月羽を邪魔しただけで。
「それじゃあ頂くよ」
「はい、あーん♪」
正直、これが一番恥ずかしいのだけど、今更止めようとは思わない。
なんだかんだ言って僕に尽くしまくってくれるのが嬉しいのかもしれないな。
「うん。美味しいよ」
無難に豚肉を炒めた料理が口の中で広がる。
でもちゃんとした料理になっているのがなんだか感動的だった。
「えへへー、嬉しい……で……ふ…………すー、すー」
僕の感想を聞けて満足したのか、そのまま流されるように微睡みの中へと消えていった月羽。
やっぱり眠かったんだな、月羽。無理して起きて僕に尽くしてくれたのか。
「月ちゃん、寝ちゃったね」
「たぶんずっと眠たかったんだと思うよ。でも頑張って起きてくれてたみたい」
眠気を我慢してまで僕に尽くしてくれて……これは後でお礼言っておかないとな。
「分かっていたことではあったけどさ、月ちゃん、高橋君のことを相当信頼しているみたいだね」
「ん? そう見えたの?」
「うん。だって月ちゃん、起きてから高橋君のことしか見ていなかったもん」
確かに異様なくらい僕に執着していた気がするけど、そこまで露骨だったとは……
「女の子の方から特定の人にベタベタ触るのことって滅多にないんだからー。特に月ちゃんみたいな内向的な性格の子はね。信頼している証だー」
……いえ、小野口さん、貴方も結構異性の僕に触ってきてますよ?
もしかして無意識なのか? この人の場合。
「傍から見ていたらいちゃついているようにしか見えなかったぞー」
確かに今日は月羽との距離が近かったな。近すぎたくらいに。
たぶん近寄ってきたのが月羽以外の人だったら、恐縮して僕の方が全力で逃げていただろうな。
近寄られても不動で居られたのは、それが月羽からだったからだ。
月羽との距離は近ければ近いほど心地良い気がする。
「高橋、ちゃんと星野、送ってやれよ」
「あっ、うん。そうだね」
青士さんに指摘され、このままの月羽を一人で帰すわけにはいかない事実に気付く。
しかし、月羽の家なんて知らないぞ? とりあえず駅までバスで行って、おんぶしながら家まで案内してもらうしかないか?
しかしまぁ、見事に今日の主役の座を月羽に奪われたな。
でも、楽しかったかな。
「ファーストよ。タクシーは呼んでおいたぞ。フェザーと共にそれで帰ると良い」
「あっ、魔王様。ありがとうございます」
「ちなみにタクシー代は全部わしが持つから安心するが良い。領収書だけもらってきてくれ」
「だから、そんな優遇しなくてもいいですって! なんかいつもいつも悪いですよ!」
「気にするな。わしからの誕生日プレゼントと思って魔王の好意に甘えるが良い」
ここまで幹部想いなのは本当に嬉しいが、少しくらいは遠慮させて欲しい。
待遇良すぎて恐縮するレベルである。
「ほら、月羽。帰るよー」
「ん……んん……すー」
熟睡しておられる。これ、料理酒で酔っているんだよなぁ。泥酔後の本格的な酔っ払いとしか見えない。
「高橋君! お姫様抱っこだよ!」
「魔王様。担架ありますか?」
「お姫様抱っこが恥ずかしいからって、女の子を担架で運ぼうとするなぁ!」
……仕方ない。抱えて運ぶしかないか。
だっこは恥ずかしいからおんぶで。
もう外は真っ暗になっており、気が付くと時刻は午後9時を回っていた。
僕達は帰りのタクシーの中でも身を寄せ合うように後部座席へ座っていた。
月羽さんが再び僕の左腕に絡みつき、はがれなくなったのだ。
いや、本当に懐かれたものだなぁ。ここまで信頼を寄せられているって素直に嬉しい。
……鼻腔を擽る女の子のにおいは未だ僕の動揺を誘うけど。
「いちろー……くぅん」
寝言かな? と思い、月羽の顔に視線を移すと、彼女は薄目を開けながらこっちを見つめていた。
「起きていたんだ。月羽」
「んー、起きて……ますぅ……寝てなんていませんもん……」
嘘付け。さっきまで熟睡していたくせに。
「まだ……誕生日ぷれぜんと……渡してなかったので……」
言いながら月羽は自分のカバンを漁り出し、一つのプレゼント小箱を取り出した。
綺麗にラッピングされた小さめの箱だ。
料理とは別にプレゼントを用意してくれていたのか。
「開けていい?」
「ふぁい……開けて……いいですよ」
月羽は今にも眠りそうなので、ラッピングを丁寧に且素早く開く。
ラッピングの下には白い小箱が入っていた。
その蓋をおそるおそる開ける。
「あっ……」
小箱を開けた瞬間、煌びやかな光が視界を遮った。
細長い大きな銅色のリング。
大きな円形のアクセサリー。
「腕輪?」
「それ……古臭い……言い方ですよぉ……バングル……です」
バングル。
意外なオシャレアイテムだったが、銅色なので肌に馴染み、装着してもそれほど気にならない。
遇えて目立たない色を選んでくれたんだろうなぁ。
月羽の好意に感謝しながら、僕はそのブロンズバングル(命名)を腕に通した。
「ありがとう、月羽。大事にするよ」
せっかくの月羽からのプレゼントだ。常につけておかないと失礼だろう。
今日から寝るときとお風呂の時以外はこれを付けておこうかな。
「MPが高まりそうな装備品だなぁ」
「……私達……魔族なんですから……MPには……気にかけておかないといけませんねー」
「本当にね」
わけの分からない会話に思わず吹き出す僕。
月羽も眠そうにしながら静かに微笑んでくれていた。
「月羽、寝ていいよ。着いたら起こすからさ」
「ん……はい……ちょっとだけ……私の枕になってください……ね……」
再び僕に体重を預け、すぐにすやすやと寝息を立て始める月羽。
8月1日。
17歳の誕生日。
夏休みの加速時点。
この日の出来事は僕にとって忘れられない思い出となることは間違いなさそうだ。
残り数日の夏休みにも潤いが期待できそうだなぁ。
そんな風に考えていた。
――それが甘い考えだったのだと打ちのめされるのは、もう少しだけ後の話だった。
見てくれてありがとうございます。
長かったので2話に分けても良かったのですが、話数節約と言いますか、出来れば100話前後で終わりたい野望があるので、無理矢理一話にまとめました。
でもどんなに頑張ってもこのペースだと100話以内なんて絶対無理ですけどねw