第六十四話 私はどっちかというとツッコミです
2月最初の更新です。
もうすぐ第一話更新から一年が経つんだなぁ。
【《二年前》 main view 高橋一郎】
中黒龍人くん。
同じ学年で別クラス在中の男子生徒だ。
中々背が高い。170cm後半はありそうだ。やや細身で整った顔立ち。中3ながら茶髪デビューをされているようだ。
当然ながら僕とは関わり合いはなかった人だ。
そんな人に僕は校舎裏まで引っ張られてきた。
二人きり、茶髪デビューの男子生徒、校舎裏……
この単語の羅列だけでこの後何をさせるか容易に想像できる。
「さて……」
バンッ!
壁を背に追い詰められ、急に背後の壁を思いっきり叩いた中黒くん。
うわー、いたそ。
「お前……名前は?」
「……高橋」
「そうか……高橋……」
バチンっ!
「――っ!」
絶対殴られるとは思ったが、自己紹介の段階で殴られるとは思わなかった。
いや、平手打ちだからまだマシと思うべきか。
「玲於奈をフッたそうだな」
そういうことになっているようですね。
「貴方には……関係ないのでは?」
ゲシッ!
「……ぐっ!」
追撃は初撃よりも破壊力があった。
「関係ねーだと?」
「…………」
口を開けば殴られそうだったから遇えて黙る。
しかし、中黒君の次の言葉が衝撃的過ぎて、思わず声が漏れそうになった。
「俺は……玲於奈の彼氏なんだよ! お前よりも前のな!」
☆ ★
夏休み、バイトに専念しながら来たるべきショーに向けて必死に台本を憶える。
今まで夏休みという行事は何回も経験してきたが、こんなにも人の為に頑張っている過ごし方は初めてのことだった。
夏休みと言えば僕の中ではゲーム消化休暇にイコールだったからな。もちろん今年もゲーム消化には励むつもりだけど、その時間を台本憶えに当てる必要があるからなぁ。
でもまぁ、こういう夏休みの過ごし方も悪くないというか、楽しいかもしれない。
もちろん今日も日中はアルバイトだ。
今日のペアは小野口さん。仕事場はンイオウヤの部屋か。
月羽は今日休みで、喫茶魔王での接客は池君と青士さんペアか。このペアが接客するのか。変な問題を起こさないか今から不安だ。
……って、人の心配をしている余裕はないか。今日の目標は『失敗しない』だ!
………………
…………
……
やっぱり『失敗は2回まで』に訂正しておこう。
「おっはよー。今日は私とペアだね! よろしくねん、高橋君!」
「うん、よろしく」
小野口さんはいつも元気だ。
この人初対面の時は結構おとなしめな印象があったけど、今は真反対の印象しかない。屈折なき元気キャラのイメージが強すぎる。
「高橋君、テンション低いぞー。月ちゃんが休みだから元気ないの?」
「いやいや。僕のテンションはいつもこんな感じだよ。でも確かに月羽が居れば5%くらいテンションが高くなるけれど」
「キミは馬鹿みたいに正直だよねぇ。それが君の良い所だけどさ。このオノグチサンと一緒でも5%くらいテンション高めてくれたら嬉しいんだけどな」
うーん。知らず知らずのうちに元気ないように見せてしまっていたのかな?
「いやっほぉぉぉい! 清々しいバイト日和だぜぇぇい! ひゃっはー! メギャー!」
「……ごめんね、高橋君。私が悪かった。悪かったからいつもの高橋君に戻って。お願い」
なぜか呆れた表情で僕を見る小野口さん。
彼女の望み通りテンションMAXになってみたけど、なぜ引かれてしまっているのだろうか。
「って、遅刻しちゃうよ! 早くンイオウヤさんのお部屋にいこ!」
焦り交じりに僕の手を引っ張る小野口さん。
月羽の冷たい手とは違い、小野口さんの手は暖かかった。
「ふふふーん。私と手を繋いでドキドキする?」
一緒に走りながら悪戯な視線を寄越してくる。
この人はいつも余裕綽綽だなぁ。
いつかこの人を焦らせてみたいものだ。
「割と」
「さすが正直者だ♪」
今度は笑顔を向けてくる。
この人の良い所は喜怒哀楽がハッキリ見られるところだ。
人によってはそれが短所になりかねないけど、小野口さんは見事にそれを長所に変えていた。
「ちなみに私も割とドキドキしてるよ」
「……正直者だなぁ」
なんかこの人には一生翻弄されるだけな気がしてきた。
ブンブンブンブンっ!
カンカンカンカンっ!
タンッタンッタンッ!
「めぎゃっはーーー! ンイオウヤのお部屋へようこそめぎゃー! イケメ!」
ンイオウヤーーもとい、中の人の田中さんがフラフープをしながら剣玉を器用に唸らせ、コサックダンスをしながら、先ほどの僕みたいなテンションでお出迎えをしてくれた。あと語尾がイケメンチックだった。
「ンイオウヤの設定が増えている!?」
ホワイトボードに視線を移すと、僕と月羽が以前訪れた時よりも設定が三つほど増えていた。
『~ンイオウヤの設定を考えよう~』
・『鳴き声はメギャー』
・『器用な剣玉で皆を楽しませる能力』
・『可愛らしくフラフープを回し、皆を笑顔にする能力』
・『常にテンションフルMAX』
・『トルコ風コサックダンスを披露できる』
・『語尾はイケメンに限る』
「あっ、それ私と青士さんと池君が考えた設定だよ」
「なんて無茶な!?」
『語尾はイケメンに限る』――この設定を考えたのは間違えなく彼だろう。
『常にテンションMAX』――これは小野口さんが考えた設定かな? 小野口さん、テンション高い人が好きそうだしな。
ってことは『トルコ風コサックダンスを披露できる』ってのを考えたのは青士さんか。なんだ? トルコ風って? ロシア風以外にコサックダンスがあるのだろうか? 謎すぎる。
っていうか、これらを全部同時にこなしていた田中さんが凄すぎる。
「これが未来の小野口さんの姿か……」
「確かにンイオウヤ役は私だけど、この姿を私の将来みたいにいうのはやめて!」
「はぁ……はぁ……やぁ……いらっしゃい……ぜぇ……ぜぇ……め、めぎゃー……」
「田中さんも必要以上に頑張らないでいいです!」
「そうですよ! お願いですから休んでください!」
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながらようやく行動を止めるンイオウヤこと田中さん。
やはりさすがの田中さんにも体力という概念は存在していたのか。
魔王様よりも魔女様よりも、誰よりも休みが必要なのはこの人かもしれない。
「あ、あの、それで今日僕達は何を手伝えばいいのですか?」
「先に言っておきますけど、私達にはこのホワイトボードに書かれていることを実行することはできませんよ?」
ダウト。
小野口さんがさりげなく嘘を吐いていた。
「き、キミ達には……ぜぇぜぇ……販促物の作成を……願いたい」
「販促物って……ポスターとかポップですか?」
「あぁ。正直このンイオウヤの部屋はこのテーマパーク内では不必要説が唱えられていてね。客付きが悪いんだ。だからお客さんが興味を引くような販促物を作って欲しいんだ」
いや、ンイオウヤの部屋以外の施設も必要かどうか言われると小首を傾げざるを得ないのだけど。
「なるほどー。そういうことならこのオノグチサンとファースト君にお任せあれです! とびっきり可愛いポスター作っちゃうんですから♪」
小野口さんはやる気だ。
しかし販促物作りか。これはセンスが必要となる仕事だぞ。僕早くも詰んだか?
……いや、こういうときこそ親友の助力を得るべきではないか!
「すみません。仕事中申し訳ないのですが、ちょっとメールしていいですか? 親友に販促物のアイデアを貰おうと思うのですが」
「ああ。勿論構わないよ。この職場では割と自由にしてくれて構わないから」
ありがたい話だけど、このテーマパークには規則はないのだろうか?
「月ちゃんにメールするの?」
「うん」
「私もするー♪」
なぜだ。
まぁ、いいや。
とりあえずメールを作成……と……出来た! 送信!
――――――――――
From 高橋一郎
2012/07/29 14:09
Sub 反則ブツ
――――――――――
どんな販促物を作ったら
ンイオウヤの部屋が繁盛
すると思う?
-----END-----
―――――――――――
――――――――――
From 小野口希
2012/07/29 14:09
Sub §^。^§
――――――――――
明日、月ちゃんにキスするよー
-----END-----
―――――――――――
~~♪ ~~~♪
おっ、返信きた。
さすが月羽、早いな。
~~♪ ~~~♪
「あっ、こっちも返信キター」
ほぼ同時タイミングじゃないか。どんなマジックを使えば同時返信できるんだよ。
――――――――――
From 星野月羽
2012/07/29 14:11
To 高橋一郎 cc 小野口希
Sub おはようございます
――――――――――
朝一からお仕事のお話しないで
くださいよー。
あと、キスはしませんから。
したかったら一郎君とでも
やってください
-----END-----
―――――――――――
なるほど、同時送信か。
しかもこの子、寝てやがった。
午後2時過ぎだというのになんという堕落っぷり。
しかも寝ぼけてるな。
~~♪ ~~~♪
――――――――――
From 星野月羽
2012/07/29 14:12
To 高橋一郎 to 小野口希
Sub (゜д゜)!
――――――――――
って、キスなんかしちゃ
駄目です! 不潔です!
二人とも、何をふざけて
いるのですか!
-----END-----
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すぐに月羽から再度メールが届いた。
「月ちゃんって可愛いよね」
「『面白い』って言葉の方が合っている気がするよ」
とにかく、我らが月羽さんに癒された所で、僕達は黙々と販促物作りに取り掛かったのである。
【main view 青士有希子】
さて、初仕事だ。
一昨日は休み、昨日は魔王ショーについての会議だった。
つまり、アタシの仕事っぽい仕事は今日が初というわけだ。
他の奴等に遅れをとっちまった感があるわ。
「よろしくな。幹部イケメン。幹部スノコ」
……そうだった。
自分の幹部ネームを聞いて脱力しかけてしまった。
今更だけど、この幹部ネームはねーよなぁ。コイツの『イケメン』がまだマシに思えるレベルだ。
「なぁ、魔王様。アタシ、人前で笑顔とかできねーんだけど。オーダーも上手く取れる自信ねーし」
「大丈夫だ。直に慣れる。他の皆も一日終える頃には様になっておった」
なるほど。まー魔王様もこういってくれてるし、アタシに出来ることだけでも何とかやってみるとすっかね。
ガラガラっ
おっ、客だ。
昼ピークは過ぎたっつーのに、まだ客が来るか。ウゼー。
よし、ここはアタシが先行してみっかね。
「らっしゃーせ。魔王城も付けずに間抜け装備へ乗り込むとは間抜けなパーティだな。良いだろう。このスノコ自らメニューを聞いてやんよ。おら。早くしろ」
よし、マニュアル通り言えた。
アタシもやればできるじゃねーか。
「(メンタルイケメ――じゃなく、幹部スノコ。色々セリフを間違えてるぞ)」
あん? そうだったか?
……まー、言われてみりゃー、『間抜け』って二回言った気がするな。凡ミスレベルだろ。
「(幹部スノコよ。あまりお客様を威圧してはならん。確かに上から口調のマニュアルだが、あくまでもお客様へは下手でいくのだ)」
いや、魔王様の言いたいことは分かるが、威圧うんぬんに関してはアンタに言われたくねーよ。この歩く威圧感め。
ガラガラっ。
そうこう言い合っている間に次の客が来店した。
案外流行ってるじゃねーか。この怪しい喫茶店。
「おら。エセメン。次はおめーが手本を見せてみろ」
「ふっ、良いだろう」
自信満々な表情で客の元へ足を運ぶ池。
「いらっしゃいませ。装備を付けずに魔王城へ乗り込むとはお間抜けさんなパーティ殿ですね。良いでしょう。このイケメン自らメニューを聞いて差し上げましょう」
完璧じゃねーか。妙にホストっぽい雰囲気以外は。
「きやぁぁぁぁぁあああぁ! イケメンよ! イケメンがおるわ! イケメンオブイケメンが店員をしているわ! きぃぃぃやああぁぁぁぁああ!」
耳を裂くような悲鳴をあげるなオバサン共。
もはや奇声だ。
イケメンとオバサンが交じり合うとこんな化学反応が起こるのか。恐ろしいな。
「……一昨日のオノグチサンもそうだったが、池殿も接客未経験だったはずよのぉ?」
「あー、アレは人間やめてる口だからな。アタシがポンコツに見えるのはアイツが凄すぎるからだ」
そう、アタシはフツーなんだ。
コイツや小野口レベルに働けるなんて最初から思っちゃいねー。
……けどまぁ、少しだけ悔しいわなぁ。
ちょっとした嫉妬心の芽生え。
そんなモヤモヤを払拭させてくれるのは……アイツしかいねーわな。
「あー、魔王様、仕事中わりーけど、ちょっとメールしていーか? 仕事に集中する為にちょっと星――フェザーの助言がひつよーなんだ」
「ふむ。構わんよ。一応客の見えない所で頼む」
「あいよ」
魔王様に断ってから、アタシは厨房に下がり、メールを作成する。
「……ふむ。星野君へメールか?」
「んだよ。見んなよエセメン」
「よし。俺もメールを送ってみよう」
なぜ、コイツまで。まっ、いいけど。
……よし、メール完成。送信っと。
――――――――――
From 青士有希子
2012/07/29 14:33
Sub 頼みがある
――――――――――
突然だけど、なんかボケて
みてくれ
-----END-----
―――――――――――
「俺もメール完成だ」
――――――――――
From 池=MEN=優琉
2012/07/29 14:33
Sub イケメ!
――――――――――
突然だけど、イケメンの
3か条を答えよ
-----END-----
―――――――――――
~~♪ ~~~♪
~~♪ ~~~♪
アタシと池のケータイが同時に鳴る。
アタシの方は星野からの返信だった。返信はえーな、コイツ。
「星野君から返信が来たぞ」
池の方も星野からかよ。
一斉送信ってやつか?
――――――――――
From 星野月羽
2012/07/29 14:35
To 青士有希子 cc 池=MEN=優琉
Sub 突然すぎます!
――――――――――
んと……優しくて、面白くて、
可愛くて……って、イケメン
3か条ってなんですか! それに
突然ボケろってなんですか!?
私はどっちかというとツッコミです!
って、どうして皆、仕事中に私へ
メールするのですかぁ!
-----END-----
―――――――――――
「よっしゃ。癒された」
「俺も癒された。今日一日くらいどんな苦行にも耐えられそうだ」
すげーな、星野のヒーリングパワーは。
RPGの職業でいえば確実に僧侶キャラだわな。
「ん? 厨房に誰もいねーじゃねーか」
そういえば料理って誰が作ってんだ?
専用コックとかいねーのか?
「調理は全てワシがやっておる。調理師免許も持っておるぞ」
いつの間にか背後に忍び寄っていた魔王様がアタシの問いに答えてくれた。
「アンタ一人かよ。っつーか、ウエイターも兼用してたろ魔王様。労働条件過酷過ぎじゃね?」
「いやいや。前にも言ったがキミ達が接客をしてくれるだけでワシはかなり助かっている」
「……でもなぁ」
この会社、ブラック企業すぎじゃね?
っつーか、親会社このエセメンのオヤジが社長している所だろ?
「おい、エセメン。派遣とか雇うようにオヤジにいってやれ」
「……残念ながらそれも難しい状況でね。俺の親父が経営している施設はこのミニテーマパークのみではないからな。人材があれば他の施設に回すだろう」
「っち、使えねー社長だな」
まてよ?
厨房か。
「……なぁ、魔王様。厨房って免許ねーと入っちゃ駄目なん?」
「ん? いや、そんなことないが? ファミレスと同じで免許がなくても調理は可能だ」
よっしゃ!
それならば!
「じゃ、アタシ、厨房メインっつーことで。アタシこっちのほーがいいわ」
「いいわって……スノコ、料理出来るのか?」
「料理くらいふつーできるだろ? 女なんだし。ノウハウさえ教わればここのメニューくらい作れるとおもーけど?」
「「マジか!」」
どうして二人してここまで驚いているのだろうか?
私が料理出来るのがそんなに意外っつーのかよ。
「それはエクセレントだ! よしっ! 今から当店秘伝の調理技術を伝達しよう! 池殿、悪いが客席の方は任せて良いか?」
「ああ、任せておけ。俺のイケメン力で満席にしてみせようぞ」
なんかこいつなら本当にやりかねないのが怖ぇ。
客釣りという意味では小野口なんかよりよっぽど接客向きなのかもしれない。
「それではスノコ、調理着を付けたら向こうへ来てくれ」
「へーい」
魔王様から真っ白な調理着を渡される。
……よかった。調理着はフツーなんだな。
って、これ魔族衣装の上に着けないといけないのだろうか?
それはそれでシュールな図が完成しそうだった。
見てくれてありがとうございます。
高橋君と小野口さんとのやり取り、一見フラグっぽく見えますねw
このペア、ボケとツッコミがハッキリしているから書きやすいんですよ