第六十一話 全体的に棒読みですよ
更新速度がどんどん遅くなっていっている気がする……
なるべく早く上げられるように頑張ります
【《二年前》 main view 高橋一郎】
「私が言った三つの条件を憶えているわよね?」
フラれたばかりの僕にショックを受ける間も与えないまま玲於奈さんが持論を畳みかけてきた。
『一つ、私に触れないこと』
『二つ、貴方から私に話しかけてこないこと』
『三つ、質問は一切受け付けません』
玲於奈さんが申し付けた条件とは以上の三つ。
僕は忠実に守ってきていた。
今日、それを破ろうとしたんだけど、その前にフラれてしまった。
「これからもちゃんとそれを守ってよね。絶対。何がなんでも。はい、返事」
「…………」
『うん』とも『はい』とも言える力すらなかった。
「まぁいいわ。それじゃもう一つ条件を与えます」
フラれた次いでにこれ以上条件を増やされるとか。
なんか悲しいというよりは驚きしか沸いてこない。
だけどこの後言い渡される条件が僕を更に驚愕させることになる。
「今日は貴方が私をフッたということにするのよ」
四つ目の条件誕生だった。
☆ ★
「「「………………」」」
「ふはははは~。装備も付けずに喫茶――じゃない、魔王じょーへ乗り込むとは間抜けなカップルだなぁ」
「団体様の場合は『間抜けなパーティよのぉ』……ですっ」
おぉ、そうだった。
月羽、ナイスフォロー。
「こほんっ。間抜けなパーティよのぉ。良いだろう。このファースト様自らめにゅーを聞いてやろう」
「一郎く――じゃなくてファースト君! なんか全体的に棒読みですよっ」
とは言ったものの、初接客なのだから勘弁して頂きたい。
緊張しているわけではないが、どうも決められたセリフを言うのって上手くいかないのだ。
「「「………………」」」
お客様方は茫然とこちらを見ている。
正確には茫然と僕と月羽の格好を眺めていた。
「おめーら……その格好はなんなん?」
お客様の一人――青士有希子さんはジト目で疑問を投げる。
僕らの初接客の相手――それは全施設を回り終えた小野口さん、青士さん、池君の三人パーティだった。
知り合い相手に接客するのって、本来ならすごく気まずいのだけど、今回に至っては彼らが相手で安心した。
今みたいに用語ミスっても見逃してもらえるしね。
「魔族の幹部衣装だよ。幹部ネームは『ファースト』だってさ。たぶん『一郎』の名前から幹部ネーム決まったんだと思う」
幹部ネームというのは仕事中に互いを呼び合う為に設けられた仮名だった。
ちなみに月羽の幹部ネームは『フェザー』。『月』じゃなくて『羽』の方を取ったっぽい。命名は全部魔王様だ。
「ほぉ。中々イケメンコスチュームだな。俺も着るのが楽しみだ」
「うんうん。二人ともすごく可愛いよ! 他にもどんな衣装があるんだろ~♪」
興奮している所悪いけど、小野口さん今『二人とも』って言った? 可愛いという単語を僕ら二人に当てはめた?
「つーか、ここに書かれてるメニューなんなん? 地獄のマグマとか魔王シェイクとかさっぱりわかんねーんだけど」
「一応全部まともなソフトドリンクだよ。全部試飲させてもらったけど普通に飲めた」
「ふーん。んじゃゴッドウォーター頼むわ」
「私は純白の暗黒~」
「MIZUを頼む」
三人から注文を受け、ハンディターミナルにメニューを打ち込む。
……が、これが中々難しい。
無駄に手順が多いのだ。
それに打ち間違えた時の絶望感と言ったら……
僕は慎重に時間を掛けて正確に打ち込んだ。
……この打ち込みの遅さは団体様来たらアウトだな。慣れるしかない。慣れるまで何日掛かるか分からないけど。
「月――あ、いや、『フェザー』。送信したよ。ドリンクお願いね」
「はい!」
ハンディから送信されたメニューを見て、月羽がドリンクを入れ、運んでくる。
「おぉ! 高橋君と月ちゃん、ナイス連携! ナイス夫婦!」
小野口さんは褒めてくれるが、バックルームでの練習は散々だった。
完全に覚えたと思っていたメニューはたまに間違えるし、月羽がドジってドリンクを零すし、ハンディの打ち込みで変な画面に行くと抜け出せなくなるし、月羽が転んでドリンク零すし、やっぱり人前に立つと緊張するし、月羽が転んでトリプルスピンを決めながらドリンクを零したりしていた。
「おっ、ゴッドウォーターってソーダか」
「こっちはミルクコーヒーだ!」
「水だ」
月羽が震える手で皆の前にドリンクを置いた。
……ほっ、今回は転ばなかったか。
「でも月羽。ウケを狙うんだったら、ここはさっきみたいに大げさに転ばないと」
「ウケ狙いで転び続けていたわけではありません!」
「……いや、星野のキャラならここは転ぶべきじゃね?」
「そうだよ! 月ちゃん! ドジっ子の方が絶対良いって!」
「なんで皆して一郎君の味方なんですか!」
さすが特訓メンバーだ。月羽に何を望むべきなのか、しっかりと心得ている。
僕と月羽はポンコツなくらいが丁度いい。
下手に上手くできちゃうとそれが逆に不自然に見える不思議さがあった。
「がはははっ。チームワークは抜群みたいだな。うむうむ。さすが我が幹部達だ。魔族はそうでなければいかん」
「「「魔王様!」」」
満面の笑みの我らの王が僕らの前に現れた。
「ファーストとフェザーのおかげで私は厨房に専念できる。助かっているよ」
と、魔王様はこういっているが、たぶん魔王様一人の方が上手く回れるんだろうなぁ。僕はキョドるし、月羽は転ぶし。
それでも部下を労ってくれる。
世界の上司にしたいランキングでも一位を取れそうな器の人だ。
「あ、あの、魔王様! その幹部ネーム? というの、私達も頂けるのですか!?」
小野口さんが目を輝かせながら言う。
その問いかけに魔王様は笑みを浮かべながら答える。
「もちろんだ。我が配下に加わる魔族は全員に幹部ネームを与えることにしている。モブ子や魔女も幹部ネームなのだ。ンイオウヤだけは社長――池殿の父君が決めた名だけどな」
モブ子さん達、幹部ネームだったのか。
しかし池君のお父さんはどんな思惑があってウイオウヤと名付けたのだろう。イケメンの父親の考えることは常人には理解できないということか。
「よし、お主らにも幹部ネームを与えてやろう」
「わーい!」
「イケメンな名前を頼む」
嬉しそうにしているのは小野口さんと池君。
青士さんだけはどうでも良さそうに成り行きを見守っている感じだった。
「まず池殿」
「うむ」
「そうだな……う~む……」
僕達の時はスパっと名前を付けてくれたのに、池君のネーミングには何故か時間をかけていた。
しばらく唸った後、魔王様はゆっくりと顔を上げ、言葉を繰り出す。
「やはり池殿は『イケメン』以外のネーネングが思いつかんわい。幹部ネームもイケメンでいいかのぉ?」
「ふっ、もちろんだ魔王様。やはり俺にはイケメンの称号以外似合わんからな」
魔王様公認のイケメンが誕生した。
しかし、池君のイケメンっぷりは魔王様すらも認めざるを得ないレベルなのか。計り知れぬイケメンっぷりだ。一度でいいから魔王クラスの人間に『ゆけ! イケメン!』なんて言われたいものだ。
「次に……青士有希子さんと言ったかの……うーむ……キミは……」
再び腕を組んで考え出す魔王様。
「いや、そんな無理しなくてもいいっすよ。ふつーに青士って呼び捨てでもかまわねーっすけど」
「それはならん。魔族の掟に反することになる。心配せずとも格好良い幹部ネームを与えてやるぞ」
魔王様は好意で言ってくれているのだろうけど、青士さんは困ったような表情をしていた。
正直、青士さん的には幹部ネームとかどうでもいいんだろうな。
「有希子……ゆき……こ……ゆき……スノー……スノー子……」
魔王様のネーミングセンスがおかしな方向に走り出しているのが分かる。
さすがの青士さんも冷や汗を浮かべていた。
「よし! お主の幹部ネームはスノコだ!」
幹部簀子が誕生してしまった。
青士さんは口をポカンと開けたまま硬直してしまっている。
不憫な人だった。
「最後にお主、小野口希さんと言ったの」
「はい!」
「キミの幹部ネームはオノグチさんだ」
「なんで私だけそのまんまなんですか!?」
小野口さんの幹部ネームは他二人と違って瞬時に決定していた。
「いや、なんかお主だけ一目見た時からこの幹部ネームしかないと思っていたのじゃ」
「第一印象で名字そのままって! どうせなら名前の方から幹部ネーム付けてくださいよぉ」
「うーむ。なぜかお主のことを名前で呼ぶのは恐れ多い感じがしての」
「高橋君達もそうだけど、なんで皆して意地でも私を名前で呼ばないんです!?」
さすが小野口さん。魔王様ですらビビらせるとは。しかも唯一幹部ネームにさん付けされている優遇っぷり。
小野口さんが只物でないことを魔王様は薄々感づいているのかもしれない。
「よし! 『ファースト』! 『フェザー』! 『イケメン』! 『スノコ』! 『オノグチサン』! 我が新魔族軍団として今日からよろしく頼むぞ!」
「「「はい!」」」
こう幹部ネームを並べてみると僕と月羽の名前が当たりな気がする。ていうか僕ら以外の三人の名前の存在感が半端ない。
「では三人は魔族衣装に着替えてきてくれ。その間ファースト達は接客を頼む。まっ、お客様は少ないから大丈夫だろう」
「「ぅ……はい……」」
ドモリながらの返事が月羽と重なった。
「じゃ、着替えてくるねー!」
更衣室へ消えていく三人。
――頼むから皆早く着替えて出てきてください。接客嫌だから。
……なんて、口が裂けても言えないよなぁ。
「おっまたせー! 魔族のオノグチサン完成だよ~!」
ちょうど僕がお客様に渡すお絞りの束を床にぶちまけた所で魔族衣装に身を包んだ三人が出てきた。
お客様に詫び入れて別のお絞りを渡し終えた僕は三人と共にバックルームへ下がる。
「ミスしてやんの。ダッセー」
部屋に下がり、開口一番に青士さんに笑われた。
グレーの大きなマントを纏い、堅そうな脚甲を膝元に掛けている。
全体的に赤で統一した服飾の上にそれらが装備され、すごく格好良かった。
「いや、ただの自損事故だから不幸中の幸いだ。僕が絶好調の時は剛速球のおしぼりがお客様の顔面にデッドボールするよ」
「自信満々に何を言っているの!? キミは!」
そうツッコんだのは小野口さん。
皆が着替え終わった時、一番に目を引いたのは彼女の衣装だ。
私服は大人しかったが、魔族衣装は真逆だ。
大胆に背中が開いたグレーの服。太ももまで見える短いレギンス、胸元も少し開いている。けしからん。誠にけしからん。サービス業はもっと清楚な服でないと。全く。もっとやってください。
「まぁ最初だし、ミスしない方がおかしい。お絞り落としたくらいミスの内にも入らんさ」
唯一励ましてくれたのは我らがイケメン。魔族衣装ももちろんイケメンだった。
白色のローブの上に紫色のケープを羽織っている。
そして持ち前の長身が髑髏のベルトを格好良く見せている。
頭には僕や魔王様と同じ角の飾りを付けているが、これを外したら勇者一行の賢者みたいな雰囲気を漂わせていた。
「そうとも! 最初から完璧に出来る方が怖いわい! がっはっはっ!」
魔王様、そうフォローしてくれるのはありがたいですが、目の前に居る大胆衣装の魔族さんはたぶん最初から完璧に仕事をこなします。予言してもいい。
「さて、仕事の基本的な流れを説明しよう」
仕事のミーティングっぽく机を囲みながら魔王様が仕切り始める。
そういえば他に社員やバイトさんは居ないのかな? 魔女様達はバイトなのかな? そういえば喫茶魔王も魔王様以外のスタッフみたことないけど……
「最初、キミ達五人は二人一組で行動してもらう」
「「ひぃぃぃぃぃぃっ!」」
同じタイミングで僕と月羽の悲鳴が重なる。
「ど、どうしたのだ? 二人とも?」
魔王様達が不思議そうに僕ら二人を見つめている。
皆は気付いていないのか? 今の言葉の恐ろしさを!
「五人を、ふ、二人一組にするなんて……」
「ひ、一人余るじゃないですか! 絶対私余るじゃないですか!」
「いや、悪いけど月羽、僕は奇数での二人分けでペアになれたことは一度もない! 余ることに関しては僕の方にカリスマがある」
「一郎君は私のぼっちっぷりを分かっていません! 絶対私の方が余るもん!」
「いいや! 月羽こそ分かってない! 僕の方が余る自信がある!」
「こらー! 自虐ネタで喧嘩しない!」
ヒートアップした僕達をお色気魔族――もとい小野口さんが間に入って仲裁してくれる。
そういえば喧嘩らしい喧嘩って初めてした気がする。
って、これも喧嘩違うか。ただの言い争いだ。しかもかなりどうでも理由で言い合っていた気がする。
「なんか二人は組み合わせのことについて言い合っていたみたいだが、二人組の組み合わせはこちらで勝手に決めさせてもらうぞ」
「で、でも、一人残る……」
「残った一人は休日だ。わしだってお主らを無休で働かせるような鬼ではない。まぁ魔王だがな! がはははは!」
良かった。そういうことならば誰も傷つかずに済む。
「予め休みたい日があれば言ってくれ。こちらでシフトを調整する」
なるほど。ペア二組と休み一人をローテーションで回すってことなのか。
「肝心の仕事内容だが、今日ファースト達がやっていたように喫茶魔王城での接客が一組、もう一組は魔女、ウイオウヤ、モブ子の手伝いだ」
「あれ? 入口のレッドさんのお手伝いはいいんですか?」
「ああ。アレは別に手伝いも必要ないからのぉ。それに外は暑いし」
レッドの人はもっと暑いのでは?
魔王様、正義っぽい人には厳しいのだろうか。
「それともう一つ、キミ達五人全員に重要な任務を与える!」
おお。言い回しが魔王っぽい。
気分は完全に魔王様の配下になる。
それよりも重要な任務とは?
「八月の下旬に子供向けの魔王ショーが開催されるんだ。それをお主達五人が全員力を合わせて公演してほしい」
「ま、魔王ショー?」
ヒーローショーの魔王バージョンってこと?
しかし子供向け?
魔王ショーが子供向け? どっちかと言うと名前だけなら成人向けな感じがあるけど、やっぱり子供向け?
「証明、背景、機材はこちらで用意する。キミ達には子供達が喜びそうな脚本、演出を考えてもらい、そして役を演じてもらう」
「演劇みたいな感じですか?」
「そうだ。夏は子供さんが多く来店する。その小さい子が再来店したくなるような最高の思い出を提供するのが狙いだ」
ハードル高くないか? しかも脚本もこっちがやるの? 真更光宙とか謎中二病キャラクターを生み出した僕らに脚本やらすとな? まぁ、小野口さんさえいれば脚本は何とかなる……か?
「ミニテーマパークの宣伝も狙いの一つだ。だからキャラクターは魔王ショーに登場するキャラクターは五人」
キャラクターは五人。
それを僕らが演じることになる。
……って、まさか。
「その演じるキャラクターというのは皆も知っての通り、『レッド』『魔女』『モブ子』『ンイオウヤ』そして『魔王』だ。誰がどの配役を演じるかはキミらに全て任せる。仕事の合間を利用して魔王ショーの準備も並行して行ってほしい」
見てくれてありがとうございます。
高橋君の過去編は短めに区切っていく形で行こうと思います。