第五十九話 ジェントルマンファーストです
本当は前回と今回繋げて更新したかったんですけど、文字数が10000文字オーバーしてしまったので、前後半と分けることにしました。
よって今回は少し短めです。
「メギャー!」
「「…………」」
次の部屋へ入る度に客を絶句させるのがこのミニテーマパークのウリなのだろうか?
ミニテーマパーク『ネメキ』第四の施設。『ンイオウヤのお部屋』。
初めてパンフレットを見た時に一番怪しさを滲みだしているなと思っていたのがここだ。
だけど同時に謎の人物『ンイオウヤ』とは何か興味を沸いていた。
「メギャー!」
「「…………」」
手作りお面を被って、大きな羽のオブジェを背負いながら、ひたすら『メギャー!』と叫び続ける人がそこにいた。
どうしよう。今までで一番どうしたらいいのか分からない空間に来てしまった。
くぃくぃ。
不意に服の袖が引っ張られた。
月羽かなとも思ったが違った。
ンイオウヤさんだった。
「メギャー!」
奇声を上げながら僕を引っ張っていくンイオウヤさん。
そのまま大きなホワイトボードの前に連れて行かれた。
そこにはこんなことが書かれてあった。
『ンイオウヤのキャラ設定をみんなで考えよう!』
「これって……」
「どういうことなんでしょう?」
二人で顔を見合わせながら首を傾ける。
今までの部屋には目的が在った。
魔女様の所では占いを、モブ子さんの所ではモブ修行を。
そしてこの部屋では――
「――そう。ミニテーマパークネメキの自作キャラクターである『ンイオウヤ』のキャラ設定をみんなで考えるアトラクションなんだよ」
「「シャベッタァァァァァァァァッ!?」」
突然ンイオウヤくんの中の人がお面を取り、係員の人が普通に話しかけてきた。
「そりゃ喋るよ。お面を取ったらその瞬間、私はンイオウヤではなくなり、ただの田中となるのだから」
「は、はぁ……」
思ったより普通のお兄さんだ。
まぁ、今まで出てきた人が異常にキャラが濃かっただけなのかもしれないけど。
「しかし! 再びお面を被ったら私は瞬時にンイオウヤにな――メギャーーー!!」
「「うわぁぁぁ!?」」
突然お面を被り、瞬時にキャラを田中さんからンイオウヤへ移行していた。
二重人格なのではないか? と思えるほど完璧なキャラチェンジだった。
「メギ――おっと、驚かせてすまない。つまり、そういうことだ。まだ鳴き声しか決まっていないこのキャラを皆で仕上げていってもらいたいんだ。勿論面倒くさかったらさっさと次へ進んでいいよ」
見ると、ホワイトボードには『鳴き声はメギャー』とその一文だけ書かれてある。
つまり他のお客さんはあまり協力的ではなかったということか。
気持ちはわかるけど――
「鳴き声しか決まっていないなんて……可哀そうですよ」
月羽も同じことを考えていたらしい。
「だね。せめて僕らで素晴らしい設定をンイオウヤに与えてあげよう」
「……ありがとう。普通の人はンイオウヤが奇声を上げた時点で引くのに、キミらはンイオウヤの事を考えてくれるんだね」
貴方が律儀にンイオウヤに成りきって奇声を上げなければいいだけの話なのでは?
仕事熱心なのか、ただのおかしな人なのか分かりづらい人だ。
「さて、どんな設定を作るか」
下手なことを言えば、田中さんは確実にその設定をやりきってしまう。
慎重に考えなければ……
「どうせなら皆がハッピーになれるような設定がいいですよね」
「そうだね。見ているだけで幸せになれるような……そんな設定」
鳴き声が『メギャー』な時点でハッピーとは程遠いが、まだ何とかなる。
ンイオウヤ改造計画の始まりだ!
「んー」
「う~ん」
………………
…………
……
「メギャー!」
カンッカンッカンッカンッ
ブンブルンブンブルン
ミニテーマパークネメキ。ンイオウヤのお部屋。
やや広い部屋の中央にて剣玉をしながらフラフープ回しているンイオウヤが居る。
何の為に剣玉をしているのか、何の為にフラフープを回しているのか。
すべては僕と月羽がそれを良しと考えてしまった故に現状へ至る。
真っ白だったホワイトボードには新たな二文が追加されていた。
『器用な剣玉で皆を楽しませる能力』
『可愛らしくフラフープを回し、皆を笑顔にする能力』
ンイオウヤの中の人の田中さんが今どんな気持ちでいるのか。
それは本人しか分からないのだった。
大地は荒れ果てていた。
日の光を失ったかのような真っ黒な空間には一つの城が存在していた。
喫茶『魔王城』。
暗幕で完全に光を遮断し、ランタンの光が各テーブルに設置されており、闇の城をイメージした『喫茶店』がそこには存在していた。
ダークな雰囲気が好きな人にはオシャレで気に入られそうだけど、常人はすぐさま帰りたがるんじゃないか? コレ。
実際、隣に座っている月羽さんは怯えていらっしゃる。
実は言うと僕も足の震えが止まらなかった。
「ふはははは。装備も付けずに魔王城へ乗り込むとは間抜けなカップルよのぉ。良いだろう。この魔王様自らがメニューを聞いてやろう」
凄い人がオーダーを取りに来た。
魔王城って言ってもやっぱり喫茶店なんだなここ。
「えと、それじゃあ、黒の神水ってやつをお願いします」
「わ、私は、緑の泉ってものをお願いします」
「ふっ、了解した勇者共よ。最後の平穏の一時を楽しむがよい」
黒いマントを翻しながら、やたら威厳ある店員さん――魔王様は厨房へと姿を消した。
えっと、ソフトドリンクを頼んだつもりだけど、まともな飲み物出てくるよね?
不安が拭いきれなかった。
「…………」
「…………」
駄目だ。この喫茶店の闇の雰囲気に飲まれてしまって、楽しくお話できる状況じゃない。
んー、これはよろしくない気がするなぁ。
下手すると月羽の誕生日に変なトラウマを植え付けかねない。
飲み物飲んだらここはさっさと退室しよう。
「ふはははは。待たせたな勇者達よ。黒の神水と緑の泉、持ってきてやったぞ。さぁ。飲むが良い!」
運ばれてきたのは、黒い水と緑色の水。
周りの雰囲気もあってか、怪しい液体にしか見えない。
「い、一郎君。お先にどうぞ。ジェントルマンファーストです」
初めて聞いたぞ。そんな言葉。
「よ、よしっ! ここは男らしく――」
覚悟を決めた。
「さすが一郎君です!」
月羽から賛辞を受け、震えながらコップを手に持つ。
「僕が合図したら同時に飲むよ。月羽」
「男らしさはどこに行ったのですか!?」
僕だけが怖い目に遇うなんてあってたまるものか。
「ここで恐怖を分かち合ってこその親友!」
「うっ……そ、それを言われると私も飲まざるを得ませんね」
最近単純すぎる気がするこの子。
こんなに簡単に操縦出来てしまうと少し心配になってくる。
「そ、それじゃあ、行くよ……」
「は、はい……」
互いに震えながらグラスを持つ。
そして覚悟を決めて合図を出す。
「いっせーのーせっ!」
僕の合図で同時にグラスを傾け、怪しい液体を喉に通す。
まず、舌に触れた瞬間、気泡のように弾ける感触があった。
それは痺れるような甘味の瞬間。刺激的でありながら、一口入れるとそれは止まらなくなる。
軽い中毒性すらも覚える黒い液体は、次へ次へと身体がその液体を欲しているのを分かる。
これは――
「コーラだ!」
「こっちはメロンソーダでした!」
怪しいのは雰囲気だけで出された商品は普通だった。
魔王城とか名がついてもやはり喫茶店としての役割は忘れないということだろう。
「ふっ、我の持て成しを正面から受けるとはな。気に入った! 魔王バーガーを食してみぬか? 今ならリニューアルオープンセールということで半額で食させてやるぞ」
すごく気前の良い魔王様だった。
なんか、緊張が一気にどこかへ飛んでった気がする。
「わぁぁ。頂きましょう。一郎君!」
「そうだね。魔王様の好意を無下にするわけにはいかないよね」
お互いに笑顔を向け合う僕と月羽。
それから僕らは魔王様とも意気投合し、三人で談笑しながら楽しんだ。
ミニテーマパーク『ネメキ』。
入場門で変な語尾の戦隊モノのレッドに出迎えられた時点では今日はどうなることかと思ったが、今思い返してみると魔女様もモブ子さんもンイオウヤも魔王様も皆面白い人で楽しいアトラクションばかりだった。
「また、来ましょうね。一郎君。今日はとてもとても楽しかったです!」
月羽もいい思い出ができたようで安心した。
また……か。いいかもなぁ。今度は経験値稼ぎで訪れるのもいいかもしれないし、魔王様達の顔を見に来る為だけで訪れるのも悪くない。
夏休みも長いことだし、休みの間にまた来るのもいいかもなぁ。
長い夏休み。
その初日は凄く素敵な幕開けとなった気がした。
明日からは不安が募るバイト初日。
だけど、今の気分を持続できれば何でも上手くいくような気がした。
見てくれてありがとうございます。
新章への繋ぎ?みたいな回でした。