第五十六話 不安を軽減させようじゃありませんか
後書きに今回の獲得経験値数と総経験値数を記入することにしました。
試験は二教科だけ返ってきた。
現国と世界史。
得意分野に属する二教科だ。
この二教科で点数が低かったら絶望に浸る所だったけれど、見事経験値獲得ラインは突破していた。
しかし、経験値稼ぎの答え合わせは全教科返ってきてからやりたい。
「う~ん」
ここで悩むのは今日の経験値稼ぎの内容についてだ。
僕は今屋上へ向かっている。
屋上の扉を潜ったら恐らく月羽が待っていてくれることだろう。
久々の屋上経験値稼ぎだ。ここはテンション上げるべきなのだろうが、正直今は夏休みに待ち受けているであろうバイトの強いられ騒動で不安一杯だった。
だけど、その不安感を利用した経験値稼ぎを一つ僕は思いついている。
しかし、それを行うのは僕だけが不安状態では無理だ。
もし、この扉を開けた先の月羽が不安いっぱいの顔をしていたら、今日の経験値稼ぎの内容は決定だ。
いつも通りのホワワンッとした月羽さんがいらっしゃったら、経験値稼ぎの内容は彼女に委ねよう。
さぁ、本日の月羽はどっち!?
「い、いいいい、一郎君。お、おは……こんば……ごきげんよう……です」
本日の経験値稼ぎの内容が決定した。
「ふ、不安を、ととと、取り除く、経験値、か稼ぎ?」
分かりやすいくらい不安がっている親友に僕の方から経験値稼ぎの内容を申し出た。
顔が真っ青で今にも倒れそうだな、この子。僕の不安なんか比較にならないくらい『アルバイト』という単語に敏感になっている。
「な、にゃるほど。そ、それはいいいい考えですね。うん。とてもいいです。ぜひやりましょう。一郎君が不安がっているからぜひともやりましょう」
どう見ても不安がっているのは……いや、遇えてツッコむまい。精一杯の強がりを見守ってやろうじゃないか。
なんかこの子を見ているとすごく落ち着く。月羽を見ているだけで僕の方は不安霧散する勢いだ。
ギュムッ
「ぅお!?」
何の前触れもなく、月羽が僕の手を握ってきた。
なぜか凄い力で僕の左手が補足されている。
な、なんぞ?
「と、とりあえずずず、おおお話でもして、その、ふふ不安な心を軽減させようじゃありませんか」
……なるほど。
不安なあまり無意味な行動をして自分の不安を紛らわせようとしているんだな。
物凄く不安定な状態みたいだな。不安なだけに不安定ってことか。
しかし、もうちょっとソフトに僕の手を包んでくれると嬉しいんだけど……とにかく手が痛い。月羽のどこにそんな力があるのかと問い質したいくらい手が痛い。
「いやー、それにしてもテストご苦労様。前期はもうテスト返しを残すだけだねー」
まずは当たり触りのない話題で会話の先導を努めてみる。
「……テスト……テスト返し……夏休み手前……アルバイト!?」
月羽の白い顔が真っ青になる。
……しまった。
よく考えると現在が夏休み手前という事実を間接的に伝えてしまっているではないか。
これは僕のミスだ。
早急に別の話題を提案しなければ。
「いやー、池君ってイケメンだよね。パーフェクトなイケメンだよね」
「……池さん……イケメン……知り合いの紹介……アルバイト!?」
月羽の真っ青な顔が紫色っぽくなる、
馬鹿か僕は。バイトの紹介をしてくれるのが池君だったことをすっかり忘れていた。
今度は慎重に、慎重~に話題を選ばなければいけない。
「最近暑くなってきたよね。僕、寒いのは大丈夫だけど、暑いのは苦手だからこの季節は嫌いだよ」
「……暑い……夏……夏休み……アルバイト!?」
月羽の紫色の顔が一周して真っ白に戻る。
駄目だ。相当デリケートな状態に居るみたいだ。
『夏』、『池君』、『暑い』、この辺りですらNGワードなのか。
よしっ! ここは、それらと全く関係ない話題で攻める!
「そういえばじゃがいもスターの公式HPで二期の発表があったの知ってる? 新番組『じゃがいもスター2』だって。楽しみだよね」
「……じゃがいもスター……2……つぅ……アルバイト!?」
月羽の中でどんな連想ゲームが行われたのだろう。
もはやこの子にはどんな言葉を掛けてもアルバイトという単語に直結してしまうようだ。
「よし、月羽。ここは遇えてアルバイトに触れる方向で行こう」
「ぅええええ!? い、一郎君が鬼畜眼鏡になりましたっ!」
「ここは荒療治が必要な気がするんだ。それと眼鏡じゃないから」
「ぅううう……」
久々の獣化だ。
掴まれた左手に力が入られるのが分かる。
「月羽的にはさ。アルバイトをするに当たってどの辺りが不安かな?」
「全部です!」
「おお。僕と意見があったね」
そう全部。
不安じゃない要素なんてない。
しかし、始める前から不安だらけではいけないのだ。
「じゃあ一番の不安要素は何?」
「私の鈍くささです。ちょっと目線を下げれば底辺線が見えるような私の能力では何をやっても上手くいくはずがないから不安なんです」
「……つくづく意見が合うなぁ」
普通の人が一日で出来ることを僕らは一ヶ月掛けて出来るようになる。
普通の人が一ヶ月で出来ることを僕らは三ヶ月の時間を要して辛うじて出来るようになる。
普通の人が三ヶ月で出来ることを僕らは一年掛けて出来るかもしれない位置に居る可能性が少なからずある。
普通の人が一年で出来ることは、僕らでは何年掛けても出来はしない。
これは卑屈になって言っているわけではない。
己の人生を振り返り、その事実認識を素直に述べているに過ぎない。
悲しいくらいポンコツなのだ、僕は。
「い、一郎君の不安な所は何ですか?」
今度は月羽から質問してくる。
そうだなぁ。勿論『全部』というのが正直な所だけど……
「……人間関係とかかなぁ。僕達以外にも働いている人はいるわけだし、その人達と上手くやっていける自信が無さすぎる」
「わ、わかりますっ!」
強く同意してくれる月羽。掴まれた左手が更に痛みを発する。
テンションに乗じて握った手に力を籠める癖があるみたいだ。気を付けなければ。
「一郎君が私と同じ気持ちで安心しました」
聞き方を間違えれば物凄く勘違いしそうな言葉をくれた。
「よし、じゃあ不安だと思うことを一度全部吐き出そう」
「それ、いいかもしれませんね。なんか『不安なのは私だけじゃない』って気持ちが膨らんでいけそうです」
不安なことを溜めこんで隠すのではなく、遇えて吐き出す。
それが意外といい手だということに初めて気付いた。
今まで吐き出す相手が居なかったからなぁ。
「バイトって頭を使う系と体力を使う系のどっちなんだろうなぁ?」
池君の紹介でバイトすることになったが、詳細は全く聞かされていない。聞いてもあのイケメン勿体ぶるのだ。
「頭を使う系は自信がないです。体力を使う系はもっと自信がないです」
そうなのだ。どちらにしても僕らに不利であることは変わりない。
「頭を使う系は色々と覚えることが多そうだよね。要領の悪い僕は余裕で足手まといになりそうだ」
「体力を使う系だって覚えることが多いと思いますよ? すぐにテンパってしまう上、お婆ちゃんみたいな体力しかない私こそ余裕で足手まといですよ」
「いやいや、月羽は頭がいいんだから、大丈夫だよ。それに引き替え僕なんて……」
「いえいえ、一郎君こそ本当は何でも出来るのですから大丈夫ですよ。それに引き替え私なんて……」
「いやいやいや、月羽は僕の駄目っぷりを甘く見ているよ。今まで上手くいっていたのはただ運が良かっただけだよ」
「いえいえいえ、一郎君こそ私のお馬鹿っぷりを分かっていませんよ。授業を理解できても社会では全く役に立たないということを私が身を持って証明してあげます!」
なぜか自身のポンコツアピール合戦と相手を持ち上げる合戦が始まった。
だけど不毛に見えてこれは中々意味のある言い合いなのだ。
気持ち的な面で微々たる量ではあるが安心を得られることができる。
自分はこんなにも駄目な人間なんだ~と先に言っておくことで気持ちにゆとりができた。
テスト前に『自分は勉強してない~』と遇えて保険を掛ける人の気持ちが少し理解できた瞬間だった。
「僕のせいで職場がギスギスしたらどうしよう」
「一郎君は何気に人当りが良いから大丈夫ですよ。それに引き替え私こそ周りの雰囲気を悪くしそうです」
「月羽は人の気持ちを汲むのが上手いから大丈夫だよ。それと、僕のことを過大評価しすぎだよ。初対面の人を前にしたら余裕で無言無双する自信があるよ」
「過大評価なんかじゃありません、一郎君はすごいんだもん。それに無言無双のことを言ったら私の方がスキル上ですもん」
まさに自爆&ヒールの連続だ。
自分で卑屈になりながらも相手を持ち上げるのを忘れない。
そんな繰り返しを僕らは40分以上にも渡り繰り広げたのであった。
「……はぁ」
「……ふー」
さすがに自爆ネタが尽きてきたので、僕らはベンチに深く腰を掛け、二人で天を仰ぐようにグッタリとしていた。
「……一郎君」
「……ん~?」
「全部……吐き出したら……なんか……疲れましたけど……けど……」
「安心した?」
そう訪ねてみると、月羽は視線をゆっくりと天から僕の方へと向けた。
そのままゆっくりと微笑んだ。
「正直言えばまだ不安です。だけど凄く落ち着きました。ありがとうございます」
「そっか。僕も同じ。バイトに対する不安は残っているけど、なんかなるようなるかなって思えるようになってきたよ」
『恐れ』はなくなった。
だけどまだ不安がある。
実はいうと僕はその不安を軽減させる手段を知っていた。
でも先に全てを吐き出した方がいいと思ったんだ。
それが終わった今、僕はその切り札を使うことにした。
「ね、月羽」
「なんです?」
今度は僕が視線を天から月羽の方へと移し、彼女の瞳をじっと見つめた。
「経験値稼ぎをしよう」
「……? 今やっていますよね?」
「いや、そうじゃなくて、アルバイトを経験値稼ぎに置き換えてみない?」
「アルバイトを……経験値稼ぎに?」
「最近気付いたんだけどさ。僕らって経験値稼ぎをやっている時が一番力発揮されるって思うんだ」
「……あっ」
僕にそう言われ、思い当たる節を見つけたのか、月羽は大きく目を見開いていた。
初めて経験値稼ぎを行なった時、【お話をしましょう】のミッションで僕は勇気を振り絞って話題作りを頑張った。
西谷先生を説得させるミッションでも月羽の勇気と頑張りのおかげで僕達は親友になれることができた。
苦手な試験勉強を経験値稼ぎに置き換えることで僕らは今まで以上に勉強を頑張ることができた。
どれも共通して言えるのは結果はどうであれ経験値稼ぎの時はすごく頑張ることが出来るという事実を指していた。
「経験値稼ぎですかぁ。なんか……なんか……わくわくしてきちゃいました!」
僕も月羽もいい意味で経験値脳なのだ。
こんな簡単なことで気持ちを切り替えることができる。
僕らにとって経験値稼ぎは魔法みたいなものなのかもしれない。
「アルバイトを無事に終えることができたら……えと……50EXP! どう?」
「はい! いいです。それ、すごくいいです!」
「決まりだね」
夏休み、僕らはアルバイトという重大な経験値稼ぎに挑む。
今まで以上に難しい経験値稼ぎになりそうだけど、やりがいは十分にありそうだった。
「一郎君、一郎君」
月羽が何やら嬉しそうに僕の肩を揺らしてきた。
「どうしたの?」
「私の不安を取り除いてくれてありがとうございました」
「いやいや、僕こそ今日月羽といっぱい話せて凄く安心できたよ」
「えへへ」
にへらっと笑みを浮かべると月羽は僕の胸元へ腕を伸ばしてきた。
おっ、これはいつもの経験値獲得の謎儀式ではないか。
互いに不安が軽減されたことで今日の経験値稼ぎは成功ってことか。
「あっ、そういえば決めてなかったけど、今日獲得分の経験値はいくつくらいにしよう?」
具体的数値を決め忘れていた。
この辺りの凡ミスが月羽提案の経験値稼ぎとは違う点だよなぁ。
「今、とてもいい気分なので30EXP、上げちゃいます♪」
屋上の扉を潜った時とは正反対な良い表情を浮かべていた。
「それじゃ、30EXP獲得ということで」
「最近絶好調ですね」
バチィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!
めでたく総経験値が400となり、僕の左手と月羽の右手が合わさって、景気の良い音が屋上に鳴り響く。
ずっと繋いだままの僕の右手と月羽の左手は、いつの間にか互いの震えが消え失せていたのであった。
見てくれてありがとうございます。
途中にもあった、
『普通の人が一日で出来ることを僕らは一ヶ月掛けて出来るようになる。
普通の人が一ヶ月で出来ることを僕らは三ヶ月の時間を要して辛うじて出来るようになる。
普通の人が三ヶ月で出来ることを僕らは一年掛けて出来るかもしれない位置に居る可能性が少なからずある。
普通の人が一年で出来ることは、たぶん僕らでは何年掛けても出来はしないと思う。』
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獲得経験値:+30EXP
総経験値数:400EXP